インゲボルク・クラウス「なぜ私はセラピストとしてドイツのセルフID法を拒否するのか」

【解説】ドイツでは2024年4月12日、左派連立政権の下で、医師の診断書も裁判所での審判もなしに自己申告だけで性別を変更することができるとする「性別の自己決定法(セルフID法)」が成立しました。この性別変更は、1年の期間を置けば何度でも可能で、未成年でも14歳以上で保護者の同意があれば、未成年でも申請でき、5歳以上であれば、保護者の申請で可能になります。

 以下は、セラピストであり、かつ性売買反対運動に長年の間とりくんで来たインゲボルク・クラウス博士による論稿で、このセルフID法がなぜ間違いであるのかについて、そのセラピストとしての経験に基づいて、具体的に明らかにしています。筆者の許可を受けて、ここに全訳を掲載します。ドイツの左派連立政権は、2001年には、他の一連の新自由主義政策とともに、性売買の合法化、自由化を強行しており、性売買の自由化路線とセルフID政策との不可分一体性が改めて示されています。

インゲボルク・クラウス

 私は、診療所を経営してきた12年間で、約900人の患者にサイコセラピー(心理療法)を提供してきた。そのうち4人のトランスセクシュアルが私の診療所を訪れた。この数字は、人口に占めるトランスセクシュアルの割合(1%未満)とおおむね一致する。しかし、今回の性別自己決定法(セルフID法)により、人口の99.5%が生活の多くの分野でトランスの要求に従わざるをえなくなっている。

 これまでは外科的介入を行う前にアセスメントが行われてきたが、それでも私の4人の患者は誤診されたり、トランスセクシュアルであることにアンビバレントであったため、外科的介入は彼らの幸福度を改善することはなかった。

 ある「トランス男性」が「本人の希望」で乳房切除を受けたことがある。彼は術後のセラピーのために私のもとを訪れた。彼は結果に満足できず、今回の手術についてとても後悔していた。さらに、彼はもはや自分自身をトランス男性とみなしていなかったが、同時に自分を女性ともみなしておらず、中間的な存在と見ていた。では、なぜこのプロセスを始めたのかと彼に尋ねた。彼女(当時10代の少女だった)は母親への愛着が強すぎた。法定年齢に達してから男性に移行することで、母親との距離をとることができたと語った。

 また、私の診療所を訪れたある「トランス女性」は、ペニスを人工膣に改造したいという希望をもっていて、そのための診断書が必要だった。私は彼女に、このことについて何か調べたり、当事者の意見を聞いたりしたことはあるかと尋ねた。彼女は実際に、そのような手術を受けた「トランス女性」の手記を「トランス・フォーラム」というサイトで読んだことがあった。彼女の言うところでは、そのほとんどが手術後に不満を抱いていたという。しばしば合併症を引き起こし、「膣」から不快な臭いがするという書き込みも多かった。私は彼女にそのような手術を許可する診断書を発行することはできなかった。しかし、「トランス女性」としての日常的な諸問題を解決し、サポートしたいと彼女に申し出た。だが彼女は興味を示さなかった。

 トランスジェンダーの人たちは、手術をすれば問題が解決するとすぐに思い込んでしまう。残念ながら、そうではない!

 私のセラピーを受けていた別の「トランス男性」は、陰茎形成術を伴う完全な外科的移行手術を受けていたが、重度のうつ病と診断されて、私のところに来ていた。10回以上もの手術が必要で、数年経った今でも痛みに苦しんでいた! 彼は結果に満足しておらず、痛みによって日常生活が著しく制限されていた。彼の幼少期はトラウマ体験を特徴としていたが、セラピー的に対処されたことはなかった。ちなみに、私たちトラウマ・セラピストにとって、人が感情的な苦しみをその身体を通して外部に向けて表現することは、何も珍しいことではない。トランスセクシュアルにとっての解決策は手術だと思われがちだ。しかし、こうした人々の軌跡を見ると、性別適合手術にもかかわらず、多くの心理的不満、慢性的なうつ病が生涯続くことが多い。

 反対の性別に属するという感覚があるからといって、健康な臓器を切除したり、しばしばそれに伴う身体的ダメージ(痛み、失禁、不妊、パフォーマンスの低下など)を正当化するものなのか、真剣に自問しなければならない。このような不可逆的な措置は、慎重に精査されなければならない。だからこそ、これまではそのような介入が必要であった専門的なカウンセリングや医学的・治療的評価をネグレクトすることは、完全な怠慢であり、多くの誤った決断を招き、多くの犠牲者を生み出すことになるのだ。厚生大臣ともあろうものが、このような法律に真面目に拍手を送ることなどありえない!

 性別移行は、トランス活動家が言うほど単純明快なものであることはまずない。そのことによって身体が傷つく。ほとんどの人は手術の結果に満足しない。もしあなたがセラピストとしてトランスの人々に会うのであれば、トランス活動家たちの誤ったジャーゴンを繰り返すのではなく、性別移行を希望するに至るありうる原因やリスクについて正しく解明するべきである。つまり、性別移行がもたらすリスクや否定的影響を患者に認識させるだけでなく、性器切除を望むようになった理由を探ることが重要なのだ。この治療法は「転向療法(コンバージョン・セラピー)」ではない。というのも、性別移行したいという願望は、性的暴力や単に性差別的なロールモデル(これが少女の70%が自分の体を拒絶する理由である)など、しばしば身体に影響を与えるトラウマ的な経験の代替表現であることが多いからである。現在、性別自己決定法が求めているように、移行願望に対して完全に無批判な態度をとることは、完全なる怠慢である。しかし、それこそが今、セラピストがすべきことであるらしい。問答無用というわけだ! このようなやり方で、心理療法士という職業を正しく実践することが可能だろうかと私は自問する。

 ZDF〔第二ドイツテレビ〕のドキュメンタリー番組『デトランス(Detrans)』の中で、かつて男性であり、その前は少女だったネレが登場している。現在、彼女は自分のトランス手術は間違いだったと語っている。だが、彼女の胸と彼女の女性の声は、取り返しのつかないほど破壊されてしまっている。このようなケースはたくさんある。イギリス、フィンランド、スウェーデンのように、すでにこのような法律がある国では、30%がトランスしたことを後悔している! この責任はいったい誰にあるのだろうか?

 ドキュメンタリーを見たとき、ネレは性別移行に同行したセラピストについて話していた。それは彼女に性別移行を勧めた無批判なセラピストだった。ドキュメンタリーを見たとき、私はこのセラピストに引っかかり、彼に対するある種の怒りを感じた。どうして彼は無批判に、自分の身体にダメージを与えるようなことを少女に勧めることができたのだろう?

 優れたセラピストは、内的な心理的葛藤を理解し解決するために、問題の原因に取り組む。これは心理療法士(サイコセラピスト)の仕事の重要な部分である。私は、もはや何も疑問を抱かないという態度は非常に危険だと考えている。セラピストがトランスイデオロギーに共依存しているため、セラピーはもはや行なわれない。そしてこれこそが、何も疑うことは許されないというドグマにもとづいた自己決定法がやっていることなのだ。

 トランス活動家界隈からの威圧は極めて攻撃的で、組織的かつ極端である。彼らは議論を許さない。このトランス運動は、殺害を予告し、殺害を呼びかけ、女性を虐待し、侮辱し、女性に対する暴力を呼びかけ、女性の空間を占拠する権利を主張し、女性がそれに文句を言えば、自分たちこそが被害者であるかのように装う。彼らは、自分たちに同意しない医師や心理療法士をその職業団体に通報し、追放させようとする。

 作家のJ.K.ローリングは、女性のことをもはや女性と呼ぶのではなく、「血を流す人」とか「出産者」などと呼ぶことに疑問を呈しただけで、トランス活動家界隈から100件以上もの殺害予告を受けた。

 トランスイデオロギーに従わなければ、組織的に「TERF」のレッテルを貼られる。FLINTA〔女性、レズビアン、インターセックス、ノンバイナリー、トランス、Aジェンダーのそれぞれのドイツ語の頭文字を合体させた言葉〕ミーティングではなく女性ミーティングを続けたいとか、女性専用トイレを維持したいと言えば、あなたはすでに「TERF」なのだ。「TERF」とレッテル貼りしたら、その女性に対する暴力は許される。そして、公然とファシスト呼ばわりしたり、「TERFは俺のトランスチンポをしゃぶれ」「TERFを殴れ」「TERFを殺せ」などと、「TERF」に対する(性的)暴力を呼びかけたりすることも許されるのだ。ゲイプライドの参加者たちは、このようなプラカードを掲げてドイツ中を行進している。これらのイベントは公式なものであり、市議会議員や連邦議会議員も後援者として代表を務めているにもかかわらずである。それでも安全な女性はどこにいるだろうか?

 性別の自己決定法(セルフID法)は、女性の安全な空間を系統的に無効化する。これに疑問を呈する者は「クソTERF」か、あるいはファシストだ。60年にわたる女性の権利闘争、そして女性に対する暴力に関する保護と教育は、このイデオロギーによって一挙に台無しにされた。

 たとえば、イギリスのキャスリーン・ストック教授は、トランス活動家たちから過激な暴力でいじめられ、大学のポストを追われた。なぜか? 生物学的性別が一定の役割を果たしていると信じていたからだ。

 心理療法士(サイコセラピスト)の職業行動規範には、「心理療法士は、その職業を実践するにあたり、現在の科学的知識に導かれなければならない」と記されている。4月12日から法律となったトランスイデオロギーは、「性別は2つ以上ある」とか、「性別はもはや重要ではなく、性別に属するという感覚だけが重要である」、「服を着替えるように性別を変えることができる」、「自分の意志で、人生の中で何度でも性別を選ぶことができる」という考えに基づくイデオロギーである。このイデオロギーは、いかなる科学的根拠からもかけ離れている!

 私は最近、婦人科医にトランス女性が来院するかどうか尋ねた。彼女は「来ます」と答え、子宮頸がん検査も行なって、検体をラボに送ると言った。このような検査はまったく馬鹿げている。人工膣は本物の膣ではないし、子宮もないからだ。その婦人科医もそれを認めた。しかし彼女は、トランス女性の気持ちにとって重要なことなのだと言った。つまり、「トランス女性」の気持ちのためだけに、まったく無駄な医療上の検査や診察がすでに意図的に行われ、そのための費用が支払われているのだ。これは最新の科学的知見に沿ったものなのだろうか?

 トランス活動家たちのイデオロギーの大きな誤りは、性別(セックス)が常にジェンダーと混同されていることだ。そしてこれはすでに、破滅的な結果をもたらしている。身体/脳の発達に悪影響を及ぼす幼少期/青年期のホルモン治療、健康な器官の切除や外科手術後の慢性的な痛みにつながる性別適合手術、機能を失った/機能しない性器(乳房の切除や人工膣の形成など)、あるいは非常にしばしば失禁につながる性器(たとえば人工ペニス)などである。

 セラピーを受けていた男性(50歳以上)が、しばらくして、週末は「シシー」(女性風に変えた名前)だと言ってきた。彼は有名な大企業の部長だった。私たちは非常に良好な治療関係を築いており、彼は「女性」としてセラピーのセッションに来たこともあった。ある時、彼にその理由を尋ねてみた。答えはこうだった。「男性としては、自己の内面を発達させる余地が非常に狭いんです。ごくわずかな感情しか許されません。女性であれば、その範囲はもっと広い。男として、私は強くタフでなければなりません。女性であれば、弱くなることもできます。ドレスに身を包んだ瞬間、まるで休日のような気分になります。やっとリラックスすることができるのです」。私は彼に、もっと「女性的」な男性が必要だし、とくに管理職においてはそうではないですかと言った。すると、彼の答えはこうだった。「男性として女らしく振る舞ったら、負け犬になってしまいますよ」。このセリフは、残念ながら私たちの社会のあり方について多くを語っている。この男性は、性別を変えることでしか、「タフガイ」という意図された役割から自分を遠ざけることはできなかったのだ。しかし、女性であることは、男性にとってマッチョな振る舞いから解放される場所ではない! 彼は、いつかは完全に性別を変えたいという願望も表明している。定年を迎えると突然女性になろうとする男性は珍しくない。だが、男性としてその利益を人生の大半で享受してきたことは、彼らをますますもって女性から遠ざけるだけである。女性として差別されたこともなければ、職場でセクハラを受けたこともなく、老後の貧困を恐れる必要もないのだから。

 この場合、自己決定法はかえって男性を解放することの障害となる。そして伝統的な性別役割分担意識は、女性にとってもいっそう強固なものとなる。だから自己決定法は、ショルツ首相がTwitter(現X)でつぶやいたこととは違って、けっして進歩ではないし、国の現代化に向けた一歩でもないのだ。それは反動的であり、古いステレオタイプ的な性別役割分担への回帰なのである。

 だからこそ、私は診療を行なっている心理療法士として、この法律をきっぱり拒否するのである!

インゲボルグ・クラウス

カールスルーエ、2024年4月14日

出典:https://www.trauma-and-prostitution.eu/2024/04/14/warum-ich-das-selbstbestimmungsgesetz-als-psychotherapeutin-gaenzlich-ablehne/

★インゲボルク・クラウスの他の論稿

ドイツのアボリショニストが、コロナ後の売買春政策についてメルケル首相と州首相らに公開書簡(2020年4月28日)

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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