【解説】以下は、いつもお世話になっている Nordic Model Now! に掲載された売買春サバイバーのジェンさんの証言の全訳です。NMNおよびジェナさん本人の許諾を得たうえで、ここに掲載します。
2026年3月7日
ジェナ
今年も再び国際女性デーを迎え、平等、エンパワーメント、ビジネス界の女性活躍について議論がなされることだろう。経営者や起業家、あるいはSTEM分野の女性たちの声は聞こえてくるかもしれない。しかし、売買春に関わったことのある女性たちの声は聞こえてこない。かつて私は自分をトラウマ・サバイバーだとは考えていなかった。その影響を真剣に考え始め、自分の「メンタルヘルスの問題」がホルモンバランスの崩れや個人的な弱さによる避けられない問題ではなく、むしろ人生経験の結果だと気づき始めたのは、ごく最近のことだ。
身体が極限状況に置かれることに慣れると、その虐待を予期する状態が持続する。結果として常に覚醒状態を生きることになり、脅威と認識した状況に思考停止で反応してしまうのだ。
トラウマ反応は自傷行為のように見えることもあるが、必ずしも想像通りのものではない。売買春における性的暴力のような虐待を生きのびた者が危険な状況に戻る理由は、それが慣れ親しんだものだからだ。低い自己評価のせいで、「虐待こそ自分が受けるべきもの」「自分が得意なこと」と思ってしまったり、虐待を受けている時に何かを感じたりするからだ。
幼少期から虐待を受けていた場合、これが健全な対処法ではないと認識するのは非常に難しい。もともと自分のものではなかった感情を「学び直す」必要があり、それは脱洗脳というより悲嘆に似た感覚を伴うこともある。トラウマ・サバイバーは時に自らの身体や感情から切り離され、虐待こそが生きている実感を得る唯一の方法に感じられるのだ。
トラウマ的出来事の記憶は長期間心に留まり、予期せぬ瞬間にフラッシュバックする。睡眠に影響を及ぼし、悪夢や不安の波を引き起こすこともある。その時は自分の体がまるで別物のように感じられる。
人間性を奪われたような経験をした場合、自己価値は深刻なダメージを受ける。その結果、何が有害かを認識できなくなったり、これまで生きのびてきた経験ゆえに、物事を気にかけなくなることもある。不健全な対処法が身につくのは、ある意味避けられないように思える。時には無敵だと感じることもある。自分の体は世界が与えうる最悪を経験したのだと。一方で、誰かに怒鳴られただけで自分が壊れてしまうかもしれないと感じる時もある。
現実の危険がない時でも、闘争・逃走反応(flight or fight response)が作動することが多い。おそらく世界で最も危険な職業の一つと言える職場で日々を過ごしてきた者にとって、その危険が存在しない生活に適応することは非常に困難なのだ。
その世界から離れて、振り返り、癒しの歩みを始めると、小さな課題さえも圧倒的に感じられる。最初の反応は、ただ逃げ出して心を閉ざすことかもしれない。自分を閉ざし、「もう二度と傷つきたくない」と拒絶するのだ。
自分が経験してきたことを知っていれば、それは理解できる。だが他人はそれを知らない。その狭間で生きることは非常に困難だ。お前は「扱いにくい」「厄介」「神経質」と見なされる。つまり、あなたが決してあってはならない存在として。常に平静で、落ち着いて、柔軟でいなければならない。
これまでに目にしてきたもの、感じてきたことを踏まえると、これは非常に困難な課題だ。私は怒っている。ほとんどいつも怒っている。他人が怒らないことに怒っている。虐待的な性産業を見ておきながら、それを「エンパワーさせる」と平然と言える人に怒っている。このトラウマが私の中に生き続け、それを制御する責任が私にあることに怒っている。私自身がそこに植え付けたわけでもないのに。
この国際女性デーに、私は性産業と性的虐待のサバイバーたちが、単に耳を傾けられるだけでなく、理解されることを求める。私たちのトラウマは複雑で多様だ。私たちは、思いやりと優しさを示されることを許された世界で生きるに値する。