シアン「売買春から抜け出す道――Ruhamaの取り組みが示すもの」

【解説】本稿は、いつもお世話になっている「Nordic Model Now!」さんのサイトの最新記事の翻訳です。Nordic Model Now!と筆者のシアンさんの両者からの許可を取ったうえで、ここに全訳を掲載します。

Nordic Model Now!, 2023年12月19日

By シアン

 アイルランドの性的搾取研究プログラム(SERP)はこのほど、慈善団体「Ruhama(ルハマ)」の離脱プログラムと活動に焦点を当てた、アイルランドにおける売買春からの女性たちの離脱に関する調査研究報告書『PATHWAYS TO EXIT: A study of women’s journeys out of prostitution and the response to their complex support needs』を発表した。この文書は勇気づけられるものであり、アイルランドで進行中の人身売買と女性と子どもの売買に対する取り組みの地平を照らす光明である。

 この調査研究が示しているのは、離脱プログラムが売買春に巻き込まれた女性たちにとって切実に必要とされているだけでなく、それがちゃんと機能していることだ。このことはいくら強調してもしたりない。必要な手段とリソースさえあれば、女性たちはその準備ができたときに売買春から離脱することができるのだ。性産業の業界が有している構造上、売買春をやめるには多くの障壁がある。離脱する際に女性たちが直面する多くの問題に対して一元的に対処できるよう、きちんと体系化された離脱プログラムを用意することは、女性たちが希望すれば売買春から自由に離脱できるようにするために絶対に不可欠なことだ。

 Ruhamaがもたらした肯定的な結果、そしてイギリスのイプスウィッチで以前実施された離脱プログラムの肯定的な結果を見れば、女性にとって最善なのは、売買春の中の女性たちができるだけ現実に離脱できるようにするために、このような選択肢がどこでも恒久的に利用できるようになることであるのは明らかだ。

女性が離脱支援にアクセスする上での中心的ポイント

 Ruhamaが窓口となる一つの拠点を持っていることは、その離脱プログラムが非常にうまく機能するための重要な特徴のひとつであると思われる。福祉給付、住宅、学校教育、育児、依存症支援サービスなど、女性が直面する諸問題に対処できる窓口が一つに集まっていることだ。つまり、売買春をやめようとする女性たちは、直面する特定の問題ごとにサービスを探すのに時間を費やす必要がない。これは本当に重要なポイントだ。

 売買春をやめるというのは単純な選択ではないし、女性がやめるまでには多くの選択肢を用意する必要があるかもしれない。どうやってお金を稼ぐのか? 住居を確保できるか? どこに住めるのか? 育児はどうするのか? メンタルヘルスのサポートは? 性産業から抜け出そうとする女性にとって、特定のニーズに対して支援が受けられるかどうかを知ることさえ、大変なことである。特に、福祉、医療、教育制度について交渉したことがない場合はなおさらで、ピンプや「ボーイフレンド」に知られずにこっそりと行なう必要がある場合はなおいっそうそうだ。

 売買春の中の女性たちの多くは、「公的」サービスを警戒し、それを避けている。これは、利用可能な支援を見逃すことにつながる。各部門が互いに連絡を取り合うことをせず、それを探す仕事が、時間、エネルギー、教育、知識、自信のない女性たちに委ねられている場合も多い。

 Ruhamaは、売買春をやめるために各女性のニーズを評価し、他の部門に女性を誘導するための連絡窓口となる1つの中心的な拠点を持っており、これはシンプルで実用的なアイデアである。福祉や住宅といった部門がこの必要性を理解し、プログラムを促進しているのは素晴らしいことだ。

一人ひとりに合わせたサポート

 Ruhamaの離脱プログラムのもう一つの大きな特徴は、サービスを利用する女性一人ひとりに、個々のニーズに合わせたサポートを提供していることだ。これは、まだ売買春の当事者である女性たちから、すでに売買春をやめたがまだサポートを必要とする女性たちに至るまで、どのような状況の女性たちに対しても、あれこれジャッジされないサポートを提供するという、個人を中心とした考え方からきている。

 売買春の中の女性たちは、売春をやめる第一歩を踏み出そうとしている女性たちによるピアサポートに参加することが奨励されている。それは、売買春のトラウマを直接経験し、そこから得た知識を持つ人たちを尊重し歓迎するサービスをつくり出している。

最後の手段としての売買春

 Ruhamaが支援する女性の大半は、自分たちを売買春に引きずり込んだ複数の原因に直面しているが、最も一般的な要因は貧困である。大多数の女性にとって売買春が、他に収入の手段がないときに生き延びるための最後の手段であることは明らかだ。

 女性がこのような立場に追い込まれるのは許しがたいことであり、性産業しか生き残る方法がないと感じているのであれば、福祉給付制度が女性のニーズにこたえていないのは明らかだ。また、Ruhamaが指摘しているように、ピンプや人身売買業者は、この絶望感を武器にすることに非常に長けている。そして、多くの女性たちは、売買春に入ったときの年齢が非常に若く、5分の1は子供のときだったという。

蔓延する暴力の余波

 Ruhamaは、売買春の中の女性たちにとって最大の問題は暴力であることを発見した。女性団体は何度も何度も売買春に内在する暴力を指摘してきた。EUは最近、売買春は女性に対する暴力であるとの声明を出したが、ここでもまた、売買春の中の女性たちが直面する恐ろしいレベルの虐待について詳細に報告されている。

 Ruhamaは、女性が売春をやめた後の生活で直面する最大の問題のひとつは、このような長期にわたる虐待の後遺症と、それが女性に残す長期的な影響であることを発見した。PTSD、うつ病、不安、恥の観念、自責の念といった症状が典型的だ。このことは、仕事や教育にアクセスする場合の障害をもたらすだけでなく、精神的・身体的な健康問題を引き起こすこともある。そのうちのいくつかは、離脱した女性の子供たちにも影響を及ぼす。

 Ruhamaが指摘している重要な点は、PTSDの症状や、売買春における深刻で長期にわたる虐待の後遺症は、女性が売春をやめ、もはや「危機モード」(毎日売買春に対処している状態)ではなくなってから初めて前面に出てくることが多いということだ。

 女性が売春から離脱すると、感情的・精神的なゆとりが生まれ、絶望、怒り、恐怖、恥の感情が、復讐心とともに湧き上がってくる。サバイバーの人生のこの時期には、メンタルヘルスとピアサポートが絶対に欠かせない。出口を提供するだけで、すべてがうまくいくと期待することはできないのだ。

 日常的な性暴力が女性の人生に与える影響は深刻で甚大である。それが後に残す傷は、癒すのに一生かかることもある。癒しのプロセスは急がせることのできるものではなく、女性が売買春をやめた後も、必要なかぎりサポートを受けられることが不可欠だ。Ruhamaと今回の調査研究がこのことを認識していることは、本当にポジティブなことだ。願わくば、売春をやめた女性に対する長期的サポートが、基本的なケアの標準と見なされるようになることを期待したい。

離脱に対するさまざまな障壁

 Ruhamaは、売春からの離脱には多くの障壁があると指摘する。収入がないこと、安全な場所に住めないこと、さらなる危害の脅威、強要、売買春以外の社会的つながりの欠如、恥の観念、メンタルヘルス上の諸問題などである。

 他の離脱女性に関する調査研究、特に最近ではCSEアウェア・スコットランドによる調査研究や、イプスウィッチで被買春女性が惨殺された後に実施された離脱プロジェクトでも指摘されているように、女性にとって売買春をやめることが単純明快な決断であることはまれである。

 多くの女性たちが売買春をやめ、また戻ってくるが、その理由はさまざまで、短期間の場合もあれば長期間に及ぶ場合もある。その背景には、そもそも売買春の中の女性たちが売春をやめられずに苦しんでいるのと同じ理由があることを認識することが必要だ。

 離脱プログラムの重要性は、以前に離脱したかどうかにかかわらず、女性が離脱の道のりのどこにいようと支援することである。そして、これこそがRuhamaがそのサービスで行おうとしていることだ。サポートがあり、いつでも利用できることを知れば、女性たちは、自分一人でそうするのではないこと、すぐに成功しなくても批判されないことを知りながら、離脱への一歩を踏み出すことができる。

主なニーズ

 調査の結果、女性たちが売買春から抜け出すためには、以下のような支援やサポートが必要であることがわかった。

・健康、特にメンタルヘルス

・安全に暮らせる場所

・訓練と教育

・経済的支援と雇用へのアクセス

・法的助言と代理、特に入国管理に関すること。

・性売買で経験したことを理解しているスタッフや仲間からの支援。

 Ruhamaは、これらのサービスへの窓口を一つの拠点的場所で提供し、それぞれの女性とそのニーズに合わせた支援を提供することに重点を置いている。そして、彼女たちのニーズこそが、売買春の中の女性たちの業界から離脱するのを支援するプロジェクトの成功の鍵なのである。

 同グループは、まだ手を差し伸べていない女性たちがいることを指摘し、今後はより多くのアウトリーチに力を入れ、これまで離脱プログラムにアクセスできなかった女性たちとのつながりを深めたいと考えている。

ピアサポートとサバイバーからの意見

 Ruhamaはまた、性的搾取を直接経験した女性たちの声を聞き、彼女らの経験や支援が同じ境遇にある他の人たちの離脱を助けることができるよう、ピアサポートとサバイバーからのインプットシステムの発展にも力を入れている。

 Ruhamaは、売買春のサバイバーが発言し、売買春の現実的な諸問題について一般市民や公共政策を決定する責任者に情報を提供できるようにすることに今後も注力していくと指摘する。

 これは絶対に基本的なことであり、Ruhamaがそうすることでサバイバーたちを支援していることを今回の研究報告書から知って、私は信じられないほどポジティブな気持ちになった。というのも、最近の公共政策や議論の多くは、性産業の既得権益集団によって推進されており、それがしばしば「解放」や「フェミニズム」という言葉に包まれているからだ。サバイバーたちの声を聞く必要があり、彼女らに発言の場を与えるRuhamaはとても素晴らしい。

結論

 売買春からの女性の離脱を支援するために、どれだけの仕事と資源が必要であるか、それは驚くべきものである。また、こうした離脱プログラムがいかにうまく機能しているか、そして、売買春という暴力から解放されて自活する機会と支援を女性たちに与えることによって、長期的に国家に対してどれだけの時間とお金を節約してやっているかということも、驚くべきものである。

 性産業がもたらす長期的なコストは、当事者である女性や子どもたちの破壊された生活や身体だけでなく、医療、福祉給付、影響を受けた子どもたちへの支援など、支援の必要性が増大することで莫大なものとなる。

 イースト・アングリア大学(UEA)は、イプスウィッチ・プログラムの評価を委託され、この戦略に費やされた各1ポンドあたり2ポンドの公費の節約になったことを明らかにした。つまり、女性のための質の高いサービスに投資することは、医療費や社会的支援費の節約を通じて、中期的には元が取れる可能性が高いということだ。

 そもそも売買春の中の女性たちが売買春に巻き込まれずにすむならば、多くの女性や少女たちの痛みや心痛を救うことができ、そして政府の財布も節約できるのだ。社会がこれほどまでに無関心で、莫大なコストがかかっているにもかかわらず性産業を是認していることは、この世界の状況とそれを助長している性差別の実態を告発するものである。

出典:https://nordicmodelnow.org/2023/12/19/pathways-out-of-prostitution-what-do-women-need/

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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