【解説】この論考は、今から17年前の2007年に『サンデー・タイムズ』に掲載されたジュリー・ビンデルさんの記事です。現在、イギリスでは、すでに紹介したように、パキスタン系のグルーミング・ギャングの問題が大きな話題になっています。これに乗じて保守派・右派の論客の中には、この問題に「フェミはだんまり」(日本式に言えば)だったと主張する人が多いので、「フェミはだんまり」どころか、ラディカル・フェミニストこそ最も早くからこの問題に取り組んでいた一つの事例として、この2007年の記事を紹介します。
ジュリー・ビンデル
『サンデー・タイムズ』2007年9月30日
〔2007年〕8月10日、プレストンの地方裁判所で開かれた2人の南アジア系の男性が関わる裁判は、イングランド北部のいくつかの都市で大きな関心を呼んだ。被告のズルフカル・フセインとカイザー・ナヴィードは、誘拐、児童との性行為、規制薬物の供給により、それぞれ5年8ヵ月の実刑判決を受けた。2人はともに有罪を認め、終身性犯罪者登録された。
これは、搾取的な男性と世間知らずな女性が関わる多くの事件の典型事例であると思われた。下劣でくだらない事件だと。しかし、この有罪判決が出るまでは、リーズ、シェフィールド、ブラックバーン、ハダースフィールドなど10以上の都市の警察は、地元住民の多くが深刻な問題として認識していたにもかかわらず、その問題に対処することに消極的であった。その問題とは、若く脆弱な少女たちを狙って売春に引きずり込もうとする男性グループの存在である。
それは非常に不快なシナリオであった。とりわけ、これらの犯罪の多くに明確な人種的要素があったからだ。ギャングは南アジア系で、被害者は白人であった。政治家や警察といった当局は、犯罪のこの側面を認めることに消極的であったように思われる。
モーリーンさんの娘ジョーは、フセインとナヴィードの被害者の一人であり、14歳の時に彼らを含む多数の南アジア系男性に性的虐待を受けていた。ジョーは、フセインとナヴィードに支配されていた2005年の6ヵ月もの間、ブラックバーン市の自宅から90回も姿を消していた。
「ある警察官は、性的犯罪でパキスタン系男性を逮捕することで『人種暴動を起こしたくない』と私に言った」とモーリーンは語る。ジョーが6ヵ月間、この男たちに捕らえられていた間、彼らは彼女をレイプし、殴り、虐待した。母親によると、ジョーは自分が誰なのかも分からなくなるほどだったという。最終的に、フセインとナヴィードに鉄棒で襲われた後、ジョーは勇気を出して警察に2人を訴え、2人は逮捕された。この事件が法廷に持ち込まれるまで16ヵ月を要した。その間、他のピンプたちは、迫り来る裁判をものともせず、活動を続けていた。
では、警察は何をしているのか? ランカシャー警察によると、ここ数ヶ月の間に、若い女性と異常なほど長い時間を過ごしていると思われる70人の男性に手紙を送ったという。その手紙では、女性が未成年であることを男性に警告し、男性は手紙を受け取り、読んだことを確認する署名を求められた。
詳細はファイルに保存されているが、もしこの状態が続いた場合、警察がさらなる措置を取る保証はない。
ブラックバーンは北部の多くの町と同様に、ピンプ行為(pimping)〔女性に売春をさせて利得を得る行為。「人身売買」とも訳せる〕が急増しているが、最近のピンプ組織の多くが南アジア系コミュニティ出身者であることは、当局にとって、そして警察にとっても不愉快な真実である。2005年に実施された調査では、リーズを拠点とするキャンペーン組織「Crop(Coalition for the Removal of Pimping人身売買根絶連合)」に助けを求めた106家族が対象となったが、ヨークシャーだけでも30人以上の少女が性的搾取の被害に遭い、中には売春を強要された少女もいた。200もの家族が、この組織に相談に訪れている。
被害者の多くの親たちは、警察の対応に不満を抱いている。この原稿が新聞に出る頃には、家族たちは弁護士と会い、警察に対する訴訟の可能性について話し合っていることだろう。これは、子供たちを性的捕食者から守らなかったとして、警察に対して起こされた民事訴訟としては過去最大のものとなる可能性がある。
ブラックバーンで警察と地方自治体がセックス・グルーミング問題に対処するために設置した「オペレーション・エンゲージ(Operation Engage)」の責任者である主任警部のアリス・ノウルズは、フセインやナヴィードのような性的捕食者問題に警察は断固とした姿勢で取り組んでいると主張している。「私たちは、ソーシャルサービスや他の機関と緊密に連携し、若者たちが被害者とならないよう教育し、予防するとともに、犯罪者を特定して逮捕しています」と、ノウルズは言う。彼女は、フセインとナヴィードの最近の判決は、この犯罪の深刻な性質を反映したものであり、警察は「ランカシャーではこのような行為は決して許されないことを示すために、今後も大いに努力を続ける」と信じている。
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ブラックバーンにあるショッピングモールは、この街の若い男女の待ち合わせ場所として人気がある。2フロア構成で、100を超える一般店舗が入っており、明るく照らされ、いつも賑わっている。ショッピングモールには、ベビーカーを押す若い女性やウィンドウショッピングを楽しむ高齢者、友人と待ち合わせるティーンエイジャーなどが溢れている。警備員の無線機の音と安っぽい音楽が混ざり合う。
しかし、そこにいるのは買い物客ばかりではない。おしゃれに着飾った南アジア系の10代の少年たちが、若い白人女性を物色し、安価なジュエリーや香水を販売する店舗で彼女たちに付きまとっている。一方、より年配の男たちはベンチにどっしり腰かけ、自分の手下たちの行動を監視している。年配の男たちは、少年たちを「雇い」、女性たちに声をかけて最終的に自分たちに引き渡させているのだ。
このショッピングモールは、若い男女がアーケードをぐるぐると回って相手を探していることから、地元では「ラップ(Lap)」として広く知られている。彼氏を見つけようと躍起になっている女の子たちは、これを「ラップを回る」と呼んでいる。若い男性たちは、くすくす笑う女の子たちに立ち止まって話しかけ、からかったり、いちゃついたりしている。多くの人々にとって、彼らは他のティーンエイジャー・グループと何ら変わりないように見える。ある警備員は、男たちがピンプかどうか尋ねられたが、「さあね」「どうでもいい」と答えた。「女の子たちはパキスタン人のことが好きなんだ。俺たちには関係ない」。近くでは、若い男が2人の女の子を連れて店に入り、そこで化粧品と香水を買っている。その後、男たちはブラックバーン駅近くの複合映画館「ヴュー」へと移動する。若い男たちは自転車で、年配の男たちは高級そうな車でやって来る。サウンドシステムからはバングラ〔パキスタンの音楽〕やギャングスタ・ラップが大音量で流れている。女の子たちが彼らに近づき始め、やがて年配の男たちに車で連れ去られていく。彼女たちは「スラグ・ハウス」に連れて行かれ、そこで売春を強要される可能性がある。
一方、ラップやヴューでは、若い男たちが金やダイヤのアクセサリーを身に着け、道を闊歩しながら、近くにいる女の子たちに指を鳴らしてアピールしている。
ジェマは自分が幸せだった記憶はないと言うが、母親のアニーは、娘が13歳になるまでは幸せそうな子供だったと語る。 それは彼女が初恋に落ちた日だった。そしてそれはまた、24歳のボーイフレンドのアミールが彼女を残忍にレイプすることを選んだ日でもある。
ジェマはブラックバーンにある学校で、15歳の少年からアミールを紹介された。内気で自分に自信のない彼女は、学校の多くの女子生徒から「おあつらえ向き」と思われていたその少年に積極的に言い寄られ、非常に喜んだ。ジェマが新しいボーイフレンドに夢中になったとき、彼は24歳の「従兄弟」アミールを紹介した。その従兄弟は、彼女にマリファナとアルコールを勧め始めた。彼女は当初、大人になったような気分を楽しみ、両親に反抗していった。やがて、母親のアニーはジェマの行動と外見に劇的な変化が現れたことに気づいた。
ジェマがレイプされた日付は重要だ。ベテランのピンプであるアミールは法律を熟知していた。13歳未満の少女と性行為すれば、未成年者との性行為で逮捕されるリスクが非常に高くなる。しかし、13歳に達すると、被害者が警察に訴え出ないかぎり、何も起こらない。ソーハムの殺人事件〔2002年に起きた10歳の少女2人が殺された事件〕を受けて出された勧告では、16歳未満の児童と性交した年長の男性は警察に逮捕されるべきであると明確に述べられている。しかし、被害者が訴えないかぎり警察が動くことはまずなく、そのため、ピンプと彼らの客たちは罰せられることなく行動できる。
ジェマや彼女と同じ境遇にある少女たちから当局への訴えは出てこないだろう。彼女たちは証拠を提出することを恐れているか、あるいは拒否している。「だからこそ、私はジョーのことをとても誇りに思うんです」と、フセインとナヴィードに判決が下された直後にモーリーンは語った。「彼女はあの2人から肉体と精神の両面でひどい拷問を受けていたにもかかわらず、警察に行く勇気を見つけたんですから」
もちろん、ピンプは非常に人を操るのが上手だ。傷つきやすく自信のない少女たちを餌食にし、高価な贈り物をしたり、絶えず褒めたりすることで、彼女たちを依存させる。性的関係を結ぶと、虐待者は脅しや暴力で少女を支配し、他の男たちに彼女らを売って性行為をさせるようになる。専門家によると、親が気づく兆候は明らかにあるという。少女が子供っぽく無邪気な性格から、怒りっぽく、荒々しく、露骨に性的な性格へと変化し、酔って帰宅したり、タバコの臭いをぷんぷんさせたり、学校をさぼったり、家出をしたりするようになる。
「これらの少女たちが受けている虐待はひどいものです」と、Cropの調査員であるアラヴィンダ・コサラジュは言う。Cropは過去に内務省から資金援助を受けており、最近ではその活動をさらに発展させるために宝くじから多額の助成金を受け取っている。「ピンプたちは、罰として妊娠させることさえします」とコサラジュは言う。「私たちは、客に妊娠させられ、裏道で中絶を強いられた2人の少女を支援したことがあります」。Cropは、3児の母であった故アイリーン・アイビソン氏によって設立された。彼女の娘フィオナは、シェフィールドの幸せな家庭で育った聡明な少女だったが、14歳の時にボーイフレンドを装ったピンプに誘惑された。うまく操られていた彼女は、17歳になる頃、客によって殺された。
Cropの調査員は10年以上にわたってピンプ・ギャングを追跡調査し、数百件に及ぶ親や被害者からの証言をもとに、ピンプ・ギャングに関する貴重なデータベースを構築してきた。しかし、ピンプたちはほとんど罰せられることなく活動している。「もし私たちがこの問題について何度も何度も訴えていなかったらフセインとナヴィードは今でもそこにいるでしょう。私の子供を虐待した者たちと同じように」とアニーは言う。
アニーは他の被害に遭った母親たちとともに、地元の報道機関を活用して正義を求めるキャンペーンを行ない、警察に圧力をかけてきた。ブラックバーンは労働党議員のジャック・ストローの選挙区であり、アニーとモーリーンは2人とも彼に助けを求めて面会している。「私は過去2年間にわたり、選挙区の診療所で2件の事件を担当し、警察、議会、地域の指導者、『ランカシャー・テレグラフ』紙とこの件について話し合ってきた」とストローは言う。同紙は、南アジア系ピンプ・ギャングの事件をいくつか調査した結果、昨年「Keep Them Safe」キャンペーンを開始した。
ピンプの支配下で、少女たちはストックホルム症候群に似た状態に陥り、虐待者に共感や同情を抱くようになる。ブラックバーン・ウィズ・ダーウェン区議会に雇用され、児童性搾取に関する助言を行なっている元ソーシャルワーカーのシャーリー・ゴレックは、ピンプに捕まった少女たちの支援グループを運営している。彼女は、少女たちが虐待者によって完全に洗脳されてしまうことがあると指摘する。「まるでカルトに洗脳されているかのようです。そうなると、彼女たちに事態を理解してもらうのは、ほとんど不可能なんです」。
ピンプによる洗脳の手法は、ピンプが生活に困っていて彼らの生活を支えているのは自分たちなんだという責任感を被害者に植えつけることが多い。「アミールは、私に同情させることで、私を売買春に引きずり込んだんです」とジェマは言う。「彼は大家に借金があると私に言いました。そして、お金を稼ぐにはそれ〔売春〕が唯一の方法でした。私は彼のために何でもしました」。
少女たちがみな不遇な環境で育っているわけではない。バーナードによる最近の全国調査では、売春を行なう未成年者のほぼ半数が依然として家族と同居しており、保護されているのはわずか14%であることが分かった。
ピンプ稼業は利益が大きい。ロンドン警視庁の風俗犯罪対策課によると、16歳の少女に売春させた場合、ピンプは年間30万ポンド〔約5700万円〕から40万ポンド〔約7600万円〕を稼ぐことができる。少女たちを買いたいという男たちには、驚くほど事欠かない。犯罪者たちは、少女たち自身を使って、近所の友人や学校の友人をギャングに勧誘することも多い。行方不明になった娘を捜して町中を車で走り回っていたある母親は、10代の少女が2人の少女にメイクを施しているのを目撃したことがあると言う。その少女たちを待っていたのは、ピンプらしき南アジア系の男たちで、彼らはBMWのそばで待機していた。「その少女たちは、彼らのために『セクシーダンス』を披露するように言われたんです」とジーンは言う。「でも、彼女たちはとても幼かった! 以前、彼女たちがスキップをしているのを見たことがありました」。
Cropのような組織による厳密な調査から、ギャングの多くがパキスタン系イスラム教徒の男性で構成されているという証拠があったにもかかわらず、多くの人々はこれを軽視しようとしている。「私たちが対処しているのは重大な犯罪です」とコサラジュは言う。「加害者の人種に関わらず、これに立ち向かわなければなりません」。
ランカシャー警察の警部補マイク・カニンガムは、ランカシャー警察に報告された最近の事件のいくつかに南アジア系の男性が関与していることを認識しているが、若い女性に対する性的虐待の問題は人種や文化のみに起因するものではないと述べている。
「犯罪者はさまざまな文化的背景を持ちうるし、実際に持っています。そして、私たちはそれぞれのケースを個別に処理しています」と、カンニンガムは言う。「被告やそれぞれのコミュニティから人種差別的告発があったという認識はありません」。
歴史的に見ると、英国のピンプたちの多くは移民コミュニティの出身者である。20世紀初頭にはユダヤ人、1950年代と60年代にはジャマイカ出身者とマルタ出身者が多かった。英国生まれの白人ピンプは、犯罪組織ではなく個人として活動することが多い。しかし近年では、南アジア系の若い男性が、イングランド北部、特に失業率が高く人種間の対立がみられる貧困地域において、明確に組織化されたネットワークを構築して活動している。
少女たちが勧誘されるショッピングアーケードで働くタクシー運転手、商店主、警備員も関与していると、ある警察官が私に語った。
「警察は非常に慎重な姿勢のようです。レイシストとレッテルを貼られることを恐れているのです」と、ロッチデールを拠点とするイスラム教徒の若者向け教育慈善団体「ラマダン・ファウンデーション」の報道担当者、モハメド・シャフィクは言う。彼は最近、一部のイマームや地域リーダーに呼びかけようとしたが、あまりうまくいかなかった。「彼らは皆、『ノーコメント』の姿勢でした」とシャフィクは言う。「しかし、私たちの組織は、この問題が継続しており、麻薬取引と関連していることを明確にしています。〔極右の〕イギリス国民党(BNP)だけを非難することはできません」。
単なる金儲け主義だけでなく、黒人や少数民族の男性による白人女性の人身売買(pimping)は、白人に対する一種の復讐である場合もある。「私の両親は食料品店を経営していました」と、1990年代後半にピンプ・ギャングの一員であったことを認めるフセイン(Hussein)〔有罪になった「フセイン(Hussain)とは別人〕は「大きな喜び」を感じていたと語っている。彼女らの両親が心配で気が気でないだろうと知っていたからだ。フセインは警察に通報されたが、犯罪容疑で逮捕されたことは一度もなく、現在はリーズで働いている。
黒人男性や南アジア系男性が「ピンプ」というレッテルを貼られるという問題は、非常に論争を呼ぶものであるが、警察が目をつぶる理由にはならないと両親は言う。しかし、それは人種差別を助長しうるし、実際に助長している。黒人男性とピンプは、大衆文化を通して結びついている。アフリカ系アメリカ人のアイスバーグ・スリムの古典的自伝小説『ピンプ』〔1969年の作品で、30年にわたってピンプ稼業を行なってきた経験を語ったもので、ベストセラーとなった。日本語訳は以下。『ピンプ――アイスバーグ・スリムのストリート売春稼業』DU BOOKS、2017年〕から、ヒップホップやラップのアーティストによるピンプの美化された描写まで。
2004年には、南アジア系のピンプをテーマにして物議を醸したドキュメンタリー『Edge of the City』が、ウェスト・ヨークシャー州ブラッドフォードでパキスタン人ギャングに売春をさせられていた2人の少女の母親に焦点を当てた。しかし、この番組が放映される前に、黒人および南アジア系グループ、『イースタン・アイ』紙などのメディア、そして「ブラック・インフォメーション・リンク」などのウェブサイトが、チャンネル4に圧力をかけて番組の放映中止に追い込むべく、電子メールによる請願活動を行なった。チャンネル4には500通以上の抗議メールが寄せられた。イギリス国民党(BNP)は、この騒動に乗じて、南アジア系男性は白人女性にとって性的な脅威であるとほのめかした。
このドキュメンタリーは当初、ブラッドフォード暴動〔2001年にイギリス中部のブラッドフォードで起こった白人極右組織とパキスタン・バングラディッシュ系住民との間で起こった人種衝突〕からまだ3年しか経っていない2004年5月に放映が予定されていたが、ウェスト・ヨークシャー警察の要請により放映が中止された。当時の報道官は、警察は組織的な搾取の証拠を見つけられなかったと述べ、ウェスト・ヨークシャー警察の警察署長は、この時期にこのような番組を放映することがブラッドフォードの地域社会の不安定化につながり、ひいては同市で公共の秩序を乱す可能性があるとチャンネル4に警告した。
パキスタン系ピンプ・ギャングの被害に遭った多くの家族は、警察の不作為と、白人リベラルがこの問題を認めようとしない態度が、かつてないほど多くの少女を危険にさらしていると述べている。「私たちが今対処しているのが、子どもに対する組織犯罪であることを認識してもらうために、私たちは今も闘っているのです」とコサラジュは言う。
オンライン・マガジン『Asians in Media』の編集者であるサニー・フンダル氏は、南アジア系のピンプ・ギャング現象を追っている。「加害者は明らかに若い無法者のパキスタン系の少年たちだ」とフンダル氏は言うが、「人種や宗教の問題にするのは難しい。どちらも真の要因ではないからだ」しかし、南アジア系の若い男たちの中には「白人女性に対して非常に軽蔑的な態度を持ち、白人女性を『尻軽』と思っている」人もいると彼は考えている。
ジーンは40代の活発な女性で、ブラックバーン東部の小ぎれいなテラスハウスに3人の子供のうちの2人と暮らしている。16歳の誕生日を間近に控えた娘のサリーは、南アジア系のピンプ・ギャングの男たちに洗脳され虐待された結果、母親と疎遠になってしまった。「サリーは、こうなる前は内気な少女で、服装も地味だったのですが、突然、厚化粧をして売春婦のような服装をするようになったのです。その段階では、何が起こっているのかまったくわかりませんでした」とジーンは言う。
ジーンの長女サリーは13歳の時に、少し年上の南アジア系の少年たちに学校で狙われた。彼らは、町でピンプ行為を行なっている年配男性の手下だった。そのギャング集団の手口は、ピンプが学齢期の少年たちを使って、好みの少女たちと最初に接触し、親しくなるように仕向けるというものだ。少女たちはやがて、少年たちの年上の親戚だと聞かされていた男たちに紹介される。年配の男性は彼女たちを高級車に乗せて外出し、プレゼントを贈る。しかし、すぐに見返りを求められる時期が訪れ、少女たちは個人宅やホテル、車から男たちに売られる。
「ある日突然、サリーはパキスタン系の少年たちとばかり一緒にいるようになったんです」とジーンは言う。「彼女は私のことをレイシストだと言い始め、それが理由で、彼らとつるむことに反対していると言うのです」。
ジーンは、娘がどれほど洗脳されているかを理解するのにそう時間はかからなかった。サリーが撮った写真とプロフィールがウェブサイトに掲載されているのを発見したのだ。彼女はパキスタンの国旗と一緒に写っていた。そこには彼女と接触した南アジア系男性97人の名前が掲載されていた。彼女は南アジア系男性に「デート」を求めていた。彼女は白人を憎悪していると語っていた。このサイトには他の少女たちの写真も掲載されており、そのうちの1人はサリーがスカウトした少女だった。他の少女たちも同様に、ピンプたちにスカウトされていた。ジーンのボーイフレンドは少女になりすましてオンラインでアクセスした。ある男が尋ねた。「君はサリーよりいいのかい?」
彼女の内気さと弱みに付け込んで、ピンプたちはサリーに、自分たちに忠実であるかぎり、美人でプリンセスのように扱ってやると言った。また、お前の両親はパキスタン系の彼氏がいる娘を「クズ」だと思っているから、家族はもうお前のことを気にかけていないと信じ込ませた。「私たち親は、警察以上にこうした犯罪者を調べ上げています」とジーンは言う。「夫と私は、ホットスポットの外で何時間も座って車の登録番号を控えていました。娘の携帯電話から何十人もの名前を警察に渡しましたが、警察は何もしてくれませんでした」。
Cropによると、ピンプたちは十代の反抗心につけ込むのが上手く、同様の手口を使って、少女たちに、白人はみなレイシストであると信じ込ませるという。これは少女たちに罪悪感を植え付けるための支配プロセスの一部である。「他の10代の若者たちと同じように、私は母親と口論する時期を経験していました」とジェマは言う。「アミールは、親たちは私のことを理解しておらず、レイシストで無知だと言いました。私は彼の言うことを信じました」。ジェマはアミールから南アジア風の名前を付けられ、コーランを読まなければならないと言われた。これは支援員からよく耳にする話だ。「彼らは少女たちのアイデンティティを侵食し、従順で依存心の強い人間にしようとしているのです」とコサラジュは言う。
少女たちのほとんどは自分が人身売買されていることを知らず、またそれを認めたがらない。少女たちは男たちを愛しており、彼らをボーイフレンドだと思っているため、警察はそれを少女たちが同意している証拠と見なすことが多い。「私にとって、アミールは彼氏でした。彼が私に、彼の友人たちと寝なければならないと言ったとき、彼がその見返りとしてお金をもらっているとは知りませんでした。私はたくさんの薬物を使用しており、その代金を支払うように言ってきたのです」。
ピンプが存在する場所には、深刻かつ組織的な犯罪の他の形態も存在する。ロザラムの南アジア系ピンプの中には、麻薬売買や銃犯罪に関与している者もいる。 町での発砲事件はまれだが、ピンプに捕まった少女たちは、ピンプたちの多くが銃を所持していると明かしている。ピンプはまた少女たちを町から町へと売買している。英国人身売買センター(UKHTC)は、国内での人身売買の捜査を担当する刑事部長にアマンダ・パーマーを任命した。「現在の法律では、これらの少女たちは人身売買されたことは疑いようがありません」とパーマーは言う。「しかし、今日まで、この法律の下で有罪判決を受けた者はいないのです」。
この現象から生じる数多くの悲劇のひとつは、それまでほとんど存在しなかったパキスタン系住民に対する白人の人種差別や不信感を煽ったことである。ブラックバーンなどの町では人種差別が蔓延しているが、ジーンは、娘の人生が台無しになる前は南アジア系コミュニティに対して何の反感も抱いていなかったと主張する。だが今では状況は変わってしまった。タクシーを呼ぶ際には、ジーンは数分かけて電話帳を調べ、「白人が経営する会社」を探していると説明する。「もし南アジア系の男性が私の家のドアをノックしたら、フラッシュバックを起こして気が狂ってしまうかもしれない」とジーンは言う。
その間、Cropのような組織は、これまで蓄積してきた情報をもとに警察と協力して戦い続けている。両親が起こした訴訟という形で、新たな進展が間近に迫っているのかもしれない。そして、私が話を聞いた多くの両親たちは、フセインとナヴィードの有罪判決を受けて、慎重ながらも楽観的な見方をしている。「これは始まりにすぎない」とモーリーンは言う。「しかし、これは他の加害者たちに、網が自分たちに迫っており、もはや逃げおおせられないというメッセージを送ったと思う」。
ジェマのピンプは彼女が16歳になったときに彼女に飽きたが、彼女は今でも薬物中毒であり、性的な拷問と貶めを長く被ったことで取り返しのつかないダメージを負っている。若い女性たちの多くはこうした捕食者の魔の手から逃れて、人生を立て直すことができるが、中には街頭での売春や暴力的な関係、自傷的なライフスタイルに引きずり込まれる女性たちもいる。
ジーンの娘サリーは里親に預けられているが、それでも定期的にピンプに迎えにこられ、彼女の名前さえ知らない男たちにレイプされている。彼女は母親と完全に疎遠になっており、最近、母親に対して刺すぞと脅したこともある。「彼女にされたこと、そして彼女の人生がどうなったかについて、悪夢を見続けています。」とジーンは言う。「私は彼らを殺したい。警察に何とかしてくれと頼んだが、そうでなければ自分自身が制御できなくなって、何かしでかしてしまうかもしれない」と語った。
これらの都市ではみな、サリーのような被害者たちが、警察・司法当局とパキスタン人コミュニティの両方から、残忍さと否定とが交じり合った暴力的反応に直面している。多くの人々にとって、それは起こっていないふりをする方が簡単である。しかし、被害に遭った少女たちには、そのような選択肢はない。
(被害者およびその親族の氏名はすべて、身元を保護するために変更されている)
出典:https://www.thetimes.com/article/mothers-of-prevention-v6wn7b8vrjc
「ジュリー・ビンデル「ピンプ・ギャングと闘う母親たち」(2007年)」への1件のフィードバック