アナ・フィッシャー「グルーミング・ギャング――点と点を結ぶ」

【解説】以下は、2025年4月27日(日)に開催された「グルーミング・ギャング――その発想の源は?」というウェビナーでのアナ・フィッシャーの講演を編集したものです。この録画は YouTube で閲覧可能。フィッシャーさん本人の許諾を得たうえで以下に全訳を掲載します。

アナ・フィッシャー

Nordic Model Now!、2025年5月4日

 みなさんと同じく、私はいわゆるグルーミング・ギャング・スキャンダルにおいて少女たちが受けたひどい扱いに対して人々が広く抱いている恐怖をもちろん共有しています。しかし、世間の議論の焦点が狭すぎる点にも懸念を抱いています。

いくつかの重要な問い

 この講演では、いくつかの重要な問いについて取り上げます。

 第1。いわゆる「グルーミングギャング」の行動は、パキスタンからの移民によってイギリスにもたらされた、まったく異質な行為なのでしょうか? それとも、労働者階級の女性と少女に対する性的利用や虐待は、すでにイギリスの文化に深く根づいていたのでしょうか?

 第2。当局が目を背けた主な理由は、人種差別と非難されることを恐れたからなのでしょうか?それとも、当局が白人男性による同様の行為に対して何世紀にもわたって目を背けてきたことを考えると、はるかに複雑な要因が絡んでいたのでしょうか?

 この講演が、これらの問いに光を当てられることを願っています。

歴史的背景

 話を進める前に、歴史について少し理解しておく必要があります。イングランド北部に住むパキスタン系コミュニティの多くは、第2次世界大戦後に起こったイギリスへの大規模な移民の波(そのピークは 1960 年代後半)に、そのルーツを持っています。これは、パキスタンが英国の植民地支配から解放されて間もない頃のことでした。

 移民の多くは、パンジャブ州やアザド・カシミール州の農村部出身で、封建的な経済と厳格な家父長制的社会構造のある、閉鎖的な村落で暮らしていました。

 そこでの女たちは最下層でしたが、複数の世代の女性たちによって囲まれ、慰めや支援を受け、時には男性の集団の力に対するカウンターバランスとしての役割も果たしていました。

 男たちは戦後のイギリス経済の再建を助けるよう呼びかけられ、ランカシャーとヨークシャーの紡績工場、ミッドランズのエンジニアリング産業、南部の軽工業で働き始めました。通常、男性が先に渡英し、家族を呼び寄せるのは数年後の場合もありました。

 妻たちが到着すると、彼らは通常、荒廃した地域にある貧しい住居で生活しました。夫たちは職場で英語を学びましたが、女性たちは英語を話すことができず、主に家にいたため、学ぶ機会がほとんどなく、しばしば孤立していました。これは、故郷での生活とは痛ましい対照をなしていました。故郷では、多世代の大家族で生活し、家族経営の農場で働き、村内を自由に移動でき、誰もが親戚同士だったからです[1]

 これらの要因は、これらのコミュニティにおける男性の女性に対する地位を強化する結果となりました。

 一方、イギリスではスウィンギング・シックスティーズ〔1960年代のロンドンに代表される新しい若者文化の興隆〕と呼ばれる社会的変化が進行し、女性はスキニー・トップス、ミニスカート、ホットパンツを採用しましたが、同時に人種差別が蔓延していました。これらの要因は、女性の謙虚さを重んじる移民コミュニティを内向きにさせる傾向を伴いました。

 警察は、こうした家族たちが主に暮らす荒廃した地域での売買春を広く容認し、人種差別とともに性差別も蔓延しました。ヨークシャー警察は 1970 年代、ヨークシャー・リッパーとして知られる女性連続殺人犯の逮捕に失敗しつづけました。その主な原因は、この殺人犯に襲われ、その容貌を正確に説明した女性たちの証言を警察がまともに聞こうとしなかったことです。

 本日の講演者であるシアンさんが私の後で、1980年代の10代の頃、ミッドランド地域のコミュニティで地元の白人麻薬ディーラーによって売春させられた経験についてお話します。13歳から16歳で学校を辞めるまで、5000人以上の、そのほとんどが白人のイギリス人男性が彼女をレイプし、その対価をピンプに支払ったのです。

 彼女が経験したことは、まさに恐怖そのものでした――そして、いわゆる「グルーミング・ギャング」に搾取された少女たちが受けた苦痛とほとんど変わりませんでした。

 彼女は「誰もが」何が起こっているか知っていたと述べています。おそらく地元の警察もそこに含まれていたでしょうが、誰もそれを止めようとしたり、助けようと試みることもしませんでした。彼女は「あばずれ(slapper)」と呼ばれ、自分に降りかかったことはすべて自業自得だとされていました。

 彼女に起こったことは、今もなお、イギリス文化そのものです。女性と少女が売買春で搾取されていることを誰もが知っているにもかかわらず、誰もそれを変えようとしない文化です。1960年代、70年代には、それはちょっとした冗談の種であり、下品な海辺のポストカードやパントマイムのほのめかしなどの題材となっていました。しかし、「セックスワークは本物の仕事(ワーク)である」というイデオロギーが定着した今日、それはもはや冗談ではなく、真剣な仕事とみなされています。しかし、いずれにせよ、その犠牲になっている女性たちと少女は、自分たちだけで立ち向かわなければなりません。大衆文化によれば、彼女たちは自分自身を責めるべきであり、別の仕事を選ぶべきだったのです。

 以上を踏まえるなら、パキスタンの男性たちも売買春を頻繁に利用していることになぜ私たちは驚いているのでしょうか? イギリス自身の文化において公式に売買春が容認され、家父長制的態度が蔓延しているのですから。そして、1980年代以降、産業の空洞化が進み、多くの男性が安定した生計手段を失ったことで、彼らが少女や若い女性たちに売春させ、レイプのために売り渡すようになったことを、なぜ驚くべきことだと考えるのでしょうか? とくに、欧米産のポルノがこのような行為をエロティックなものにし、ノーマルなものにし、それが彼らの文化における女性の低い地位と密接に結びついていた文脈を考慮するなら、なおさらです。

 常に境界線を押し広げようとする人間は存在します。それが刑法典が存在する理由です。一部の行為は許容範囲を超えていることを明確にし、その境界線を越えた者は厳しい制裁を受けるリスクを負うことを示すためです。

 少なくとも理論上はそうです。問題は、法律が施行されない場合、それは機能しないことです。

 英国政府は、主に労働者階級の少女と女性に対する残虐な性的搾取を長年にわたり容認し、加害者に対する法律もほとんど施行されていませんでした。では、この事件について最大の責任は英国政府にあるのではないでしょうか?

 なぜなら、この事件はこの国家の目の前で実際に起こっていたからです。パキスタンのギャングだけでなく、急成長する性的搾取業界全体、そして 1980 年代のシアンや他の多くの女性と少女たちの売買春から搾取してきた者たちにも責任があります。

「多文化主義」と「多機関」プロジェクト

 1980年代には、これらすべてに「多文化主義」が加わりました。表面的には、これは素晴らしいことのように思えます。私たちはみな、寛容、相互リスペクト、そしてそれぞれの文化の独自性を尊重することを望んでいるのではないでしょうか? しかし、実際には、この政策はそのようには機能していません。

 サウスオール・ブラック・シスターズのラヒラ・グプタ氏は、次のように説明しています。

 「多文化主義は人種差別や不平等の構造的基盤に挑むことはありません。[…] それは、社会正義や女性の平等に興味のない、自分で自分を任命したコミュニティ・リーダーたちに依存しています。『多文化主義』の政治を通じて、国家はマイノリティ・コミュニティのより強力なリーダーたちと非公式な契約を結ぶことになります。実際、コミュニティ・リーダーたちは家族、文化、宗教に関する権力を維持し、男性と女性の間の権力関係を隠蔽し、女性の従属を正当化する効果をもたらします […]。」[2]

 ここで、この考え方が、男性による女性や少女に対する暴力は「真の警察の仕事」ではなく、おそらくは女性や少女が本質的に甘受すべきものとして考え、課題や不正行為には結束して目をつぶって対処してきた警察の文化に、どのように組み込まれたかを考えてみましょう。

 これらの「コミュニティ・リーダー」たちは、例外なく男性の宗教指導者でした。

 「多文化主義」とともに「多機関(マルチ・エージェンシー)」プロジェクトも導入され、よりラディカルな意見は排除され、「コミュニティ・リーダー」に中心的役割が付与されるようになりました。その結果、多くの場合、女性いっそうは周辺化され、そのニーズはまったく無視されるようになった一方で、「コミュニティ・リーダー」たちは地域社会の上層部の一員となり、移民コミュニティにおける男性の権力バランスはさらに強まりました。

 そのため、これらのパキスタン人コミュニティにおける男性による少女たちの性的搾取が明らかになったとき、その反応は、警察や地元のロータリークラブに所属する有力な白人男性の息子が売春組織を運営していたことが明らかになった場合とほとんど同じだったのです。

 あるいは、ロッチデールの下院議員を20年間(1972年~92年)務め、騎士号を授与されたにもかかわらず、数十年にわたり多数の子供を虐待したサイル・スミスのような有力な白人男性の場合でも同様です。言うまでもなく、彼は責任を問われることはありませんでした。

 何年も多機関ミーティングで隣り合って座っていた警察署長や地元のイマームを怒らせたい人はいないでしょう。とにかく、それは労働者階級の少女たちが自分で何とかするべき問題とされ、彼女たちは「自分たちだけを責めてきた」のです。そのため、誰もが一致協力して、この問題を無視するだけでなく、それを隠蔽するために全力を尽くしてきました。これに従わない者は、明らかに「感情的になりすぎ」であり、そういう態度は厳しく排除されました。

 一度そうなってしまうと、その後どんなエビデンスが明らかになったとしても、自分の共犯関係を暴露することになってしまうため、隠蔽を続けなければならないのです。

 これが、階層的な社会組織が機能する仕組みです。

 数年後に振り返って、彼らは人種差別主義者だと非難されたくなかったからだと主張するかもしれませんが、それは過度に単純化した説明だと思います。人種差別主義者だと非難されたくないと説明するのは、単に「男性が子供に何をするかなどどうでもいい」と考える臆病者だったと認めるより、ずっと聞こえがいいからです。また、この説明は、過激な反人種差別運動家や「政治的正しさの過剰さ」に責任を転嫁する都合の良いものでもあります。

「児童売春など存在しない」

 状況が無視できないほど深刻になると、通常、わずかな譲歩が解決策として提示されますが、多くの場合、状況の改善はほとんど見られず、場合によっては状況をさらに悪化させることもあります。

 その一例として、2015年に英国の刑法から児童売買春に関するすべての言及が削除され、「児童の性的搾取」(CSE)という用語に置き換えられたことが挙げられます。これは、「児童売春など存在しない」というスローガンを掲げたキャンペーンに対応したものでした。用語を変更すれば、人々は少女たちを売春婦として見なしたり、それがライフスタイルの選択だと言ったりすることをやめるだろうという考えだったのです。しかし、もちろん、意識や文化を変えることは、用語を変えるよりもはるかに難しいのです。

 この変更は、多くの意図しない結果をもたらしました。その一つは、成人売春は「ライフスタイルの選択」であるということを暗示することになったことです。私たちは、この考えに厳しく反論しています。また、加害者が、お金、権力、地位のために、少女たちを他の男性に売買し、性的に利用、虐待したという事実を覆い隠してしまいます。つまり、加害者の動機は、彼ら自身の歪んだ性的満足だけでなく、金銭的な利益も目的だったのです。これは、成人女性の売春を斡旋するピンプの動機とまったく同じです。

 このことを認識することは、少女たちを「売春婦」と呼ぶべきだ、あるいは(誤って)彼女たちの関与はライフスタイルの選択であると示唆すべきだということではありません。しかし、加害者の金銭的な動機を認識しないことは、この問題の本質的な側面を無視することになります。少女たちは、単に性的虐待を受けているだけでなく、他者の利益のために売買される商品として扱われているのです。これは、国際法上の人身売買です(彼女たちがある場所から別の場所に移動されたかどうかに関係なく)。

 児童の売買春を、大人の売買春とは根本的に異なる現象として扱うということは、この 2つがどのように関連しているかを誰も考える必要がないことを意味します。その結果、男性による女性や少女を性的に利用し虐待する需要と、そこから得られる金銭によって結びついた、相互に関連した巨大な問題を見る代わりに、次のような状況が生まれます――「互いに何の関連もない小さな問題であり、男性の需要に挑む必要はない」と。

 これは、根本的な変化が不要であることを意味します。警察は、「パートナー」である大手ピンプウェブサイトと引き続き協力し、ピンプや売春店の経営に関する法律を執行しないまま、政府は売買春を GDP に引き続き含めることができ、政府が「セックスパーティー」を運営している会社「Killing Kittens」に投資しても、誰もそれを不自然だとは感じません。より正確には、この会社は「ポップアップ売春店」と表現すべきでしょう。そうです。これらはすべて事実であり、ここイギリスで起こっていることです。まさに今、この瞬間にも、です。

 当然、成人との性行為に金銭を支払うことが受け入れられると、17歳や16歳との性行為に金銭を支払うことへの抑制が低下します――そして、14歳はすでに十分に発達しているのだから、彼女も構わないだろう、ということになりかねません。

 また、いわゆる「グルーミング・ギャング」で起こっていることも不明瞭になります。法律が改正される前に裁判にかけられたオックスフォードの事件では、商業的利益が主な動機であったことが明確に認識されたのは偶然ではありません。これは、裁判官の判決文でも認められ、当時マスコミも取り上げ、ある少女が1時間600ポンドで売られたと報じられました。

 法律用語が児童売買春から児童の性的搾取(CSE)に変更されて以降、こうした事件におけるこの側面は、ほとんど認識されなくなりました。それ以外では優れた内容だったテルフォード調査でさえ、成人と児童の売買春、および両者を求める男性の需要との関連について、まったく認識が欠けていました。

 用語の変更によって、多くの人々が、児童売買春の実態や、その成人売買春との関連性を認識することは、何らかの形で不適切であると感じているかのようです。悲しいことに、少女たちを非難することに関しては、そのような抑制はまったく見られません。

同意年齢

 イギリスで現在蔓延している児童の性的虐待に関するあまり知られていないもう一つの側面は、同意年齢に関する法律です。ほとんどの人は、同意年齢は 16 歳であり、それより若い子供との性的行為は自動的に法定レイプまたはその他の児童の性的犯罪に相当すると考えています。しかし、実際にはイギリスでは、これは子供が 12 歳以下の場合にのみ適用されます。そうです。12 歳です。ほとんどの子供たちが思春期を迎える前です。

 子供が13歳以上であれば、被告は「彼女が16歳だと思っていた」(性的搾取犯罪の場合は18歳)と主張でき、検察側がその主張が事実でないことを立証する必要があります。これは男性にとって「裁判官殿、私は彼女が16歳だと思っていたのです。本当です」と主張できる免罪符のようなものです。この主張が事実でないことを立証することは、多くの場合、ほぼ不可能です。

 さらに、CPS の同意に関するガイダンスには、児童の性的搾取(CSE)に関する法律では同意は関係がないにもかかわらず、性的搾取事件における同意に関する長いセクションが含まれています。

 これは児童性犯罪の起訴を複雑化し、報告された事件のうち成功した起訴が極めて少ない理由の一つであると考えられます。法律を改正し、すべての児童性犯罪における立証責任を検察から被告に移すか、さらに良いのは厳格責任罪に改めるべき時期はとっくに来ているし、遅すぎるくらいです。

現代奴隷禁止法

 もう一つの問題は、イングランドおよびウェールズの人身売買に関する法律である 2015 年現代奴隷禁止法(Modern Slavery Act 2015)が、国際法に基づく拘束力のある義務に準拠していないことです。特に、女性と少女に不均衡な影響を及ぼす性的人身売買に関する部分でその傾向が顕著です。

 「グルーミング・ギャング」スキャンダルで搾取された少女たちは、ほぼ全員が国際的な性的人身売買の被害者の定義に該当しますが、現代奴隷禁止法の定義には該当しません。

 この考えと、同様の論理に基づく政策により、最新の統計では、イギリスでは、主に男性である労働力の人身売買の被害者は、ほぼすべて女性が占める性的人身売買の被害者の約 3倍にも上っています。労働力搾取と犯罪的な搾取を合わせると、上図が示すように、その格差はさらに衝撃的なものになります。これは、実際の事実を反映しているとは考えられません。むしろ、イギリス当局が、目の前で起こっている性的人身売買の膨大な件数を認識していないことを示していると言えます。

 これにより、ヨーロッパ、さらにはグローバルな統計が歪められ、労働力の人身売買が性的人身売買よりも大きな問題であるように見えるようになってしまっているのです。

 性的人身売買は、非常に収益性が高く、リスクもほとんどないのですから、イギリスで労働力の人身売買が性的人身売買の 3 倍から 4 倍も発生している可能性は極めて低いでしょう。最近の調査によると、イギリスのピンプや人身売買業者は、1 人の女性または少女から 1 か月あたり 2万 ポンドの収益を得ていることが明らかになっています。これは、他の形態の人身売買よりも何倍も収益性が高いことを意味します。

この行動はイギリスにとってまったく異質なものなのか?

 では、最初の問いに戻ります。いわゆるパキスタン人による「グルーミング・ギャング」の行動は、イギリスにとってまったく異質なものなのでしょうか? 答えは明らかだと思います。いいえ、まったく異質ではありません。労働者階級の少女や若い女性たちの売買春を通じて搾取する行為は、この国の文化に深く根づいています。そして、その行為は、イギリスの企業である OnlyFans の影響も大きく、ますます拡大しています。

 パキスタン系コミュニティの独特な性質により、グルーミング・ギャングに関与するこれらのコミュニティの男性は、例えば、女性や少女を性的に虐待し、その売春を冷酷に搾取する白人男性とは行動が異なることは事実かもしれません。白人男性は緩やかなネットワークで活動する傾向がありますが、これらの非常に結束力の強いパキスタン系コミュニティの男性は、より部族的な方法で活動する傾向があります。しかし正直なところ、それが被害に遭った少女たちにとっての恐怖の現実性において、大きな違いを生むとは確信できません。

 パキスタン系ギャングに対してのみやたら怒りを向ける人々が見られることが、私にとって非常に不快です。彼らは、白人男性や性搾取産業全体が同様の行為を行なうことには特に問題を感じていないように見えるからです。

 白人女性が、自分の家族(息子、夫、父親、兄弟、男性恋人など)の白人男性には自由を許しながら、他の男性たちに対して怒りをぶつけることが正当なものなのかどうか、私たちは自問しなければなりません。その白人男性の中には、少なくとも一部は、ほぼ間違いなくポルノのヘビーユーザーであり、統計的にも、女性や少女たちに同様の虐待や拷問を加えている買春者である可能性が高いのです。

 一方、チャーリー・ピーターズやアダム・レンのように、これらのスキャンダルの恐ろしさを暴露している人々もいます。彼らの多くは素晴らしい仕事をしていますが、パキスタン系ギャングへの過度の焦点に懸念を抱くし、主流の性搾取産業とのつながりを認識できない点に不安を感じます。点と点を結びつけなければ、何が起こっているのか理解できません。ポルノがこのような行為のノーマル化を促進している現実を見ないかぎり、この状況を改善する希望はありません。

 表面上は、これは私にとって一種の差別のように見えます――パキスタン人男性に対して怒りをぶつけることは許されるが、白人男性に対しては許されないという差別です。

 たとえば、2023年に60億米ドル以上の収益を上げた OnlyFans のオーナーであるレオニード・ラドヴィンスキーのような白人男性はどうでしょう。OnlyFans は、10年足らずで、以前のポルノ業者が夢にも思わなかったような方法で、ポルノグラフィと主流文化の境界線を曖昧にし、女性と少女に対する残虐な性的虐待をビジネスモデルとして利益化し、それをノーマル化した英国の企業です。彼は、1日あたり100万ポンドを超える報酬を自身に支払う男性なのです。

 なぜ私たちは、女性と子どもの苦痛からますます富を搾取する新自由主義エリートの白人男性たちに対して怒りをぶつけないのでしょうか。

当局が目を背けた主な理由は人種差別だったのか?

 最初に提起したもう一つの問い、つまり、当局がグルーミング・ギャングに目を背けた主な理由は、人種差別と非難されることを恐れたからだったのでしょうか? 私の見解では、実際にははるかに複雑な事情があったと思います。重要なのは、権力を持つ男たちを怒らせたくなかったということです。つまり、これは、権力への崇拝、権力者への崇拝、男性への崇拝、そして、すべての男性に、社会的に低い階層の女性や少女たちを性的に利用し虐待する権利を与えるという、昔とまったく変わらない家父長制の現れであると言えます。

 「多文化主義」の実践と、その結果として男性指導者たちに迎合することが、女性に対して差別的であった例は他にもたくさんあります。例えば、2002年に、宗教上の結婚がまだ解消されていない場合、裁判所は離婚を認めない権限を与える法律が導入されました。これは、男性だけが宗教上の離婚を認める権限を持つイスラム教徒や正統派ユダヤ教徒のコミュニティの女性たちにとって、大惨事となりました。そしてこれはイギリス国家によって承認されているのです。

 別の例として、北アイルランドのグッドフライデー合意交渉において、イギリス政府はカトリックとプロテスタントの両コミュニティの男性指導者からの要求に屈し、交渉継続の条件として1967年中絶法を北アイルランドに適用しないことを承諾しました[3]。 このように、イギリス政府は両側の男性政治指導者の要求に従い、北アイルランドの女性に対する義務を踏みにじったのです。

 多文化主義に対するこの批判は、人種的寛容や文化的多様性の尊重に対する批判ではないことを明確にしておきたいと思います。私が批判しているのは、当局による多文化主義の実施方法と、それが代表性のない家父長制的指導者に与えた権力です。ラヒラ・グプタ氏は、「問題は多文化主義のアプローチそのものではなく、『コミュニティ』という概念が構築されている方法にある」と説明しています。

 当局は、自分たちにできるだけ似た指導者を探します。1980年代から90年代にかけての当局は(そしてその多くは現在も)、家父長制的階層文化の価値観に基づいて運営されていたため、こうした価値観を反映した指導者に惹きつけられ、例えば、既成秩序に抗う女性たちは無視していました。これが、その典型的なやり口になったように私には思えます。他にも例を思いつくでしょう。

 しかし、とくに重要な例は、ほとんどの当局が、性的搾取産業の拡大と正常化を求めるロビイストたちの意見しか聞かず、それを女性や少女に対する暴力だと考える人々の意見には耳を貸さなかったことです。リーズでは、このことが非犯罪化されたホルベック街頭売春制度の導入につながり、ダリア・ピオンコがそこで買春者に残酷に殺害された後も、当局は長年にわたってこの制度を堅持し続けたのです。この地域では、膨大な数の男性買春客が、地域社会の女性や子供たちを恐怖に陥れていたことは明らかでした。男性買春者が、制服を着た女子学生を学校への通学途中でナンパしようとするのは、珍しいことではありませんでした。それにもかかわらず、当局は、あらゆるエビデンスに反して、女性にとってより安全であると主張して、この制度を何年も維持し続けました。

 したがって、私たちは、女性が男性と同等の権利を有する現代的な民主主義社会に住んでいると信じているかもしれませんが、現実はそれとはかけ離れています。私たちの現在の法律は、女性が選挙権を得る前から何世紀にもわたって発展してきた体制や制度に組み込まれたものです。これは、1880年代に制定された同意年齢に関する法律や、警察や地方自治体を含むほとんどの公的機関の家父長制的性質や価値観にも表れています。

 さらに、売買春のノーマル化と性産業の拡大を求める、資金力のある圧力団体による数十年にわたるロビー活動も加わっています。彼らのロビー活動の結果、2015年に性差別的な「現代奴隷禁止法」が制定され、2019年には、ボリス・ジョンソン首相が、議会ですでに可決されていた優れた年齢確認法案を棚上げにし、6年経った今でも完全に施行されていない、はるかに厳格性の欠ける「オンライン安全法」に置き換えたのです。

結論

 私が触れた以上のような法律の限界や力学を理解しなければ、「グルーミング・ギャング」スキャンダルを完全に理解することはできないと思います。

 警察や地方自治体、その他の権力機関における文化が、ヒエラルキーへの忠誠、上層部への忠誠、そして何よりも男性の性的権利を重んじる厳格なヒエラルキーに支配されているかぎり、このようなスキャンダルは今後も数多く発生し続けるでしょう。

 この状況を変える必要があります。支配的な語り方(ナラティブ)と文化とを変える必要があります。男性による女性や子供へのレイプや拷問を免罪する風潮を終わらせる必要があります。男性に対する免罪に「NO」と言う必要があります。オンラインの OnlyFans やウェブカメラルーム、あるいは「現実世界」において、いかなる状況でも、男性が性行為を購入することを「NO」と言う必要があります。それが北欧モデルです。男性たちに、これまでと同じような行動は続けられないことを理解させることです。男性は赤ん坊ではありません。女性たちが常に求められているように、大人として行動し始める必要があります。

 私たちは抵抗しなければなりません。

 しかし、絶望してはいけません。アリス・ウォーカーが鋭く指摘しているように、「抵抗は喜びの秘密」なのですから。

[1] Wilson, A. Finding a Voice: Asian Women in Britain.

[2] Gupta, R. (2003) From homebreakers to jailbreakers: Southall black sisters. London, NY: Zed Books.

[3] Rossiter, A. (2009) Ireland’s hidden diaspora: The ‘abortion trail’ and the making of a London-Irish underground, 1980-2000. London: Iasc Publishing.

出典:https://nordicmodelnow.org/2025/05/04/grooming-gangs-joining-the-dots/

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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