【解説】以下は、アメリカで大問題となった有名音楽プロデューサーにしてヒップホップ界の大物ショーン・コムズ(別名ディディ)が性的人身売買や暴力・脅迫などの罪に問われた裁判で、性的人身売買に関して無罪の判決が出たことを受けて、2025年7月2日に「女性人身売買反対連合(CATW)」が出した声明の全訳です。この事件と裁判についてはすでに、このサイトで、テイナ・ビエン・アイメ「愛の名の下での暴力と支配──キャシー・ベンチュラの勇気ある証言が教えるもの」をアップしているので、詳しくはそちらをお読みください。
女性人身売買反対連合(CATW)
ニューヨーク、2025年7月2日
8週間にわたる公判と13時間に及ぶ審議の結果、ニューヨーク南部地区連邦裁判所は本日、ヒップホップ界の大物、ショーン・コムズ(別名ディディ)に対して、性的人身売買、組織犯罪による不正利得(racketeering)の容疑については無罪判決を下したが、マン法に基づく売買春目的の人員移送に関する2つの容疑については有罪判決を下した。とはいえ、売買春を助長する――連邦法では「ピンプ行為(pimping)」とも呼ばれる──というマン法違反の容疑で、コムズは最高 20 年の懲役刑に処せられる可能性がある。
検察側は、コムズが、カサンドラ・ベンチュラ(別名キャシー)と「ジェーン・ドウ」という2人の女性を、性的搾取のために人身売買したと立証しようとした。2人は、いずれも被告と長年にわたり断続的な関係にあった。2人は、コムズから受けた長年にわたる極度の性的暴力、身体的虐待、人間としての尊厳の否定、支配、強制、売買春への誘惑について、数日にわたって、非常に詳細でつらい証言を行なった。
「被告と同等の人々による陪審員(jury of his peers)」〔「jury of his peers」とは本来は、陪審員制度において、被告と同じような社会的・経済的背景を持った人々が陪審員になることで偏見を減らし、公正な陪審を可能とするという趣旨のものだが、ここでは、被告と同じ高い社会的地位を持った有色の男性を意味していると考えられ、被害者に同情するよりも加害者にシンパシーを抱くようになっていることを暗示している〕が、女性たちが述べた恐ろしい性的搾取行為に関してコムズを有罪と認定できなかったことは驚くことではない。とはいえ、私たち「女性人身売買反対連合(CATW)」は、同判決がコムズにこれらの犯罪の責任を問うことを拒否し、サバイバーたちに正義の感覚を否定したことに深い失望を覚えている。
これらの重要な証人の証言にもかかわらず、検察は、連邦の「人身売買被害者保護法(TVPA)」における性的人身売買の現在の定義に基づき、法廷で立証が極めて困難な「暴力、詐欺、または強要」の証拠を提示して、性的人身売買の容疑を立証するという困難な課題に直面していた。
人身売買被害者保護法(TVPA)は、米国が批准している国連の人身売買禁止条約、すなわち「人(とくに女性および児童)の人身売買の防止、抑止および処罰に関する議定書(パレルモ議定書)」の国際基準を満たしていない。パレルモ議定書の定義では、人身売買業者が被害者を搾取するために用いる手段を「…詐欺、欺罔、権力の濫用、もしくな脆弱な立場に乗ずること、……金銭や利益の授受」など、広範に列挙しており、同意はけっして搾取の弁明にはならないことを明記している。これらの要素はいずれも、コムズ事件における性的人身売買の立証に重要な役割を果たした可能性がある。
「この注目度の高い裁判の結果は複雑であり、私たちが直面している文化的、法的課題をはっきりと示すものだ」と、CATW の事務局長テイナ・ビエン・アイメは述べている。「第1に、この事件は、人身売買業者を有罪とし、被害者に正当な正義をもたらす上で、人身売買被害者保護法(TVPA)が強力な手段ではないことを改めて証明した。第2に、この判決は、男性が女性に対して重大な暴力や性的虐待を犯すことを容認する根深い文化的な傾向の徴候だ。私たちの社会の主流の倫理観は、現在ポルノ文化に浸透しており、彼女は『そのすべてに同意した』という考えに基づいている」。
人身売買被害者保護法(TVPA)の規定がパレルモ議定書で定義された基準に合致したものに修正されるまで、世論──時には法の仲裁者としての役割を求められる──は、性的人身売買について混乱した不完全な理解を持ち続けるだろうし、したがって性的人身売買業者は大手を振って活動できるだろう。
ディディ・コムズは今では有罪判決を受けたピンプであるが、彼を性的人身売買の罪で有罪と認定しなかったことは、キャシー、「ジェーン」、そしてあらゆる形態の性的暴力や性的搾取のサバイバーたちに悪影響を及ぼすだろう。多くの人々は、この無罪判決を、社会で最も成功した男性たちによる権力の乱用を容認し、そのような乱用に反対する女性たちを無視するものと解釈するだろう。
女性人身売買反対連合(CATW)は、性的搾取および性的暴力のすべてのサバイバーと連帯し、今後とも、加害者に責任を負わせるための文化的変化と強力な法律の制定を求めるとともに、サバイバーに永続的な正義、そして女性と少女に対する法律上および実践上の平等を実現するために、闘い続けるだろう。
「CATWの声明──私たちは、ショーン・コムズ(ディディ)の性的人身売買事件に関する判決に納得せず、サバイバーとともに闘い続ける」への1件のフィードバック