国連特別報告者リーム・アルサレムが代理出産の禁止を訴える報告書を発表

【解題】「女性と少女に対する暴力問題国連特別報告者」であるリーム・アルサレムさんが2025年7月14日付で総会に提出した代理出産(surrogacy)問題に関する23ページの報告書(「The different manifestations of violence against women and girls in the context of surrogacy」)が8月23日に各国語で公表されたので、その英文報告に基づいてその簡単な要約を以下に紹介します。

 国連特別報告者リーム・アルサレムによる代理出産問題に関する報告書は、代理出産の文脈における女性および少女に対する暴力の多様な側面を詳細に調査し、その原因、影響、国際人権基準への対応を分析している。

 Ⅰ.序論

 報告書は、人権理事会決議50/7に基づき作成され、代理出産が女性や少女に及ぼす影響と人権への影響を焦点に据える。特別報告者は、120のステークホルダー(依頼父母、代理出産エージェント、医療専門家、経験者など)からの提出資料、78人の専門家とのオンライン協議、そしていくつかの二次資料を活用した。報告は、代理出産が女性や少女に及ぼす暴力の多様な形態を明らかにし、その実践の推進要因と人権への影響を評価する。

 Ⅱ.用語

 代理出産は、代理母が依頼父母のために妊娠・出産する契約と定義される。伝統的代理出産では代理母が自身の卵子を使用し遺伝的関係を持つが、胎児代理出産では遺伝的関係がない。商業的代理出産では経済的報酬が支払われ、利他的代理出産では費用のみが補償される。しかし、報酬が実質的に商業的支払いとなる場合が多く、純粋な非商業的枠組みはまれだ。報告では「代理母(surrogate mother(s)” “surrogate(s))」という用語を採用し、性や性別を中立化する「胎児キャリア(gestational carrier(s)」などの非人格的表現を避け、女性の尊厳を強調する。

 Ⅲ.現象

A. 規模と傾向 代理出産は世界的に増加し、2023年の市場規模は149.5億ドルで、2033年には997.5億ドルに成長すると予測される。依頼父母は先進国から選ばれ、代理母は規制が緩い低所得国から選ばれる。報酬の大部分が仲介業者に流れ、代理母は10~27.5%しか受け取らない。紹介者にボーナス(米国で1,000~5,000ドル、印度で最大100ドル)が支払われることもある。規制強化や戦争により、ラテンアメリカが新たな代理出産先として注目されている。

B. 国家政策 規制モデルは、(a)明示的な禁止、(b)規制と承認(利他的に限定する場合あり)、(c)未規制の3つに分けられる。禁止は西欧諸国で一般的だが、執行は不十分である(例: ドイツでの公開イベントでの代理出産宣伝)。イタリアは2024年に海外での代理出産を「普遍的犯罪」と定めた。オーストラリアやインドは利他的代理出産のみ許可し、ジョージアやロシア(最近国際代理出産を禁止)は商業的代理出産を認める。多くの国では規制が不明確で、執行や仲介業者の監督が弱い。

 Ⅳ.代理出産の影響を受ける女性と少女

A. 代理母 過去に出産経験のある女性が主で、経済的必要性や他者を助けたいという動機から参加。低所得層や単身母が多く、法的な救済手段が不足。特に移民女性が標的にされ、搾取のリスクが高い。契約で「サービス提供者」と見なされ、尊厳が損なわれる。

B. 依頼母 高所得層に多く、妊娠の不確実性や法的手続き、詐欺被害に悩まされる。文化的に不妊がスティグマとなる場合も。代理出産エージェントによる詐欺で多額の損失を被る例がある。

C. 卵子を提供する女性と少女 経済的脆弱性のある若年女性が対象で、オンライン広告で募集されるが、健康リスク(卵巣過剰刺激症候群など)の情報が不足している。白人や高学歴女性が高額(最大100倍)で取引される。

D. 新生児(代理出産を通じて生まれた少女を含む) 生まれた子は依頼主である父母に引き取られるが、即時の母子分離や法的未解決によるアイデンティティの混乱、早産や低出生体重のリスクが指摘されている。母乳育児が契約で禁止されている場合が多く、乳児の発達に影響を与える。

 Ⅴ.原因と結果

 代理出産の背後には、経済的不平等、法的不確実性、ジェンダーに基づく搾取構造が深く根ざしている。経済的要因は特に顕著で、低所得国の女性が経済的必要性から代理母となるケースが頻発し、グローバルな格差が搾取を助長している。法的不確実性は、規制の欠如や国際的な親子関係の認識の不一致により、代理母や新生児が法的保護から排除される状況を生み出している。また、ジェンダー規範が代理母を「サービス提供者」として扱い、身体的・心理的暴力を正当化する文化が問題を悪化させている。結果として、代理母は身体的負担(妊娠・出産の健康リスク)や心理的トラウマ(子との分離)を経験し、経済的報酬が期待に比べて低い場合が多い。依頼母は詐欺や感情的負担に直面し、新生児は発達的遅延やアイデンティティ危機のリスクにさらされる。

 代理出産は、女性の自己決定権や尊厳を損ない、子どもの人権(例: 母乳育児や安定した親子関係)にも悪影響を及ぼす。報告は、代理出産が単なる商業取引を超えて、人権侵害の構造的な問題として浮上していると指摘し、搾取の連鎖が世代を超えて続く可能性を警告している。

 Ⅵ.代理出産の文脈における女性と少女に対する暴力

 代理母は、妊娠・出産に伴う身体的リスク(例: 早産や低出生体重児の増加)や、契約による子との即時分離による心理的トラウマに直面する。卵子提供者は、ホルモン注射や卵巣過剰刺激症候群などの健康リスクを負い、十分な事前情報やアフターケアが提供されない場合が多い。依頼母も、詐欺や法的手続きの複雑さから経済的・感情的負担を被る。新生児は、母子分離や母乳育児の欠如により発達的影響を受けやすい。

 暴力は、身体的搾取(過酷な医療手順)や心理的搾取(子との分離強要)だけでなく、経済的搾取(報酬の不均衡)や尊厳の侵害(「サービス提供者」としての扱い)にも及び、代理出産が人権侵害の構造的問題として浮上していることが強調される。特に、低所得層や移民女性が標的にされ、搾取の連鎖が続いている。

 Ⅶ.暴力の加害者

 暴力の加害者として、代理出産エージェント、依頼父母、政府の規制怠慢が挙げられる。エージェントは利益追求のために代理母を搾取し、過酷な条件を課す。依頼父母は、契約を盾に代理母の権利を無視する場合があり、心理的圧力を加える。政府は、規制の不徹底や執行の欠如により、搾取を間接的に助長している。国際的な法的不確実性が加害行為を複雑化させ、被害者が救済を求める手段が限られている現状が指摘される。この構造は、グローバルな経済格差と結びつき、加害者が責任を回避しやすい環境を作り出している。

 Ⅷ.その他の影響、とくに少女への影響

 代理出産で生まれた子供、特に少女は、依頼父母に引き渡される過程で即時分離を経験し、情緒的・発達的影響が懸念される。研究によると、安心感のある愛着形成が阻害されると、精神疾患リスクが高まる。また、親子関係や国籍・アイデンティティの法的曖昧さが、子供を不安定な状況に置く。健康面では、早産、低出生体重、出生異常のリスクが報告され、人工生殖技術や多胎妊娠はこれを増大させる。母乳育児が契約で禁止され、発達に不可欠な栄養が不足する。長期的には、遺伝的起源の不明確さからアイデンティティ危機が生じる可能性が指摘され、特に少女が社会的・心理的影響を受けやすいとされる。即時分離や法的混乱により精神的な影響を受けやすい。発達障害やアイデンティティ問題のリスクが指摘され、長期的な幸福に影響を及ぼす可能性がある。

 Ⅸ.適用可能な国際人権基準

 代理出産は国際人権基準に抵触する可能性があり、経済的社会的文化的な権利に関する国際規約(ICESCR)や児童の権利条約(CRC)が参照される。ICESCR第10条は家族の保護を定め、代理出産が女性の尊厳や自己決定権を侵害するとの懸念が強調される。CRCは子どもの最善の利益を優先し、代理出産による分離や健康リスクがこれに反すると指摘。報告は、代理出産が人身売買や搾取に類似する行為とみなされ得るとして、強制労働撤廃条約(C29)や女性差別撤廃条約(CEDAW)も関連すると主張。国際社会は、これらの基準に基づき、代理出産の規制と女性・子供の権利保護を強化すべきと提言する。

 Ⅹ.結論と提言

 報告書は、代理出産が女性と少女に対する暴力の深刻な形態であり、グローバルな搾取構造を反映していると結論づける。現在の規制枠組みは不十分で、商業的代理出産が人権侵害を助長しているため、以下のような提言(一部のみ記載)がなされている。

  • 規制強化: すべての国が商業的代理出産を禁止し、利他的代理出産も厳格に監督する法制度を確立すべき。国際的な親子関係の認識基準を統一し、法的混乱を解消する。
  • 搾取防止: 仲介業者の活動を監視し、代理母への搾取を防ぐための透明性と説明責任を確保する。経済的支援を提供し、代理出産に頼らない選択肢を女性に与える。
  • 国際協力: 国連や地域機関が連携し、代理出産に関する国際条約を策定すべき。途上国での搾取を防ぐため、先進国と低所得国間の経済的格差を是正する取り組みを推進する。
  • 教育と啓発: 代理出産のリスクと人権侵害の側面を広く教育し、依頼父母や社会全体の意識を変革する。健康リスクや心理的影響に関する情報提供を義務化する。
  • 子どもの保護: 新生児の最善の利益を優先し、母乳育児や安定した発達環境を保証する政策を導入する。

 これらの提言は、代理出産が単なる生殖技術ではなく、人権と男女平等の観点から根本的に見直されるべき課題であることを強調している。報告書は、国際社会が即座に行動を起こさなければ、女性と子供の権利がさらに侵害される危険性を警告し、持続可能な解決策を求める声を強めている。

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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