【解説】本サイトの2025年11月30日のポストで、ドイツの連邦議会議長が売買春の廃絶と北欧モデル導入の必要性について語ったという短いニュースを紹介しましたが、今回、ドイツの最も老舗のフェミニスト雑誌『エマ(EMMA)』により詳しい記事が掲載されましたので、それを翻訳します。とくにこの新しい動きに対する各党の反応が紹介されています。ちなみに、『エマ』は欧米の老舗のフェミニスト雑誌の中で、ポルノ・売買春反対とトランスジェンダリズム反対の両方の立場を取っている極めて例外的な雑誌です。
『エマ(EMMA)』2025年12月15日号
シャンタル・ルイ
ベルリンで開催されたアリス・シュヴァルツァー財団の2025年ヒロインアワードの授賞式は、買春客を犯罪化する幅広い同盟のきっかけとなった。連邦議会議長であり、表彰者でもあるユリア・クレックナーは、ドイツにおける性売買の禁止を求めた。彼女の演説は爆弾のような衝撃を与えた。それ以来、いくつかの動きがあった。
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アリス・シュヴァルツァー財団のヒロイン・アワード授賞式で、ドイツ連邦議会議長のユリア・クレックナーははっきりとこう述べた──「私たちの社会のど真ん中に、奴隷市場が存在しています」。「ヨーロッパの貧しい家庭出身の女性たち」は、売買春で「殴られ、顔に唾を吐かれ、買春客の前にひざまずいて這い回らなければならない」。売春を「他のどの仕事とも同じ」と宣言するというドイツの特別な取り組みは、失敗に終わったとユリア・クレックナーは判断した。「ドイツでは 20 年以上にわたり、法律によって売春者を十分に保護していないことが明らかになっています。それどころか、ドイツはヨーロッパの売春宿になっている!」
その前に、アリス・シュヴァルツァーは開会のスピーチで、1949年の国連人身売買防止条約を引用し、「売買春とそれに伴う人身売買の害悪は、人間の尊厳や価値とは相容れません」と述べた。それは、本人の「同意」の有無とは無関係である。同様に、「売春店を経営する者はすべて犯罪化するべきです」とも述べた。この条約が成立したのは76年も前のことだ。シュワルツァーは、「社会で真の平等を実現したいなら、売買春が存在するかぎり、つまり女性が売買される性別であるかぎり、それはけっして実現しません」と述べた。そのため、スウェーデン、アイルランド、フランスなどの国々ですでに導入されているような、買春者の処罰が必要だとしている。「なぜか? なぜなら、客こそが市場を生み出しているからです」。
11月4日の夜、バーデン・ヴュルテンベルク州代表部で表彰を受けた2人の受賞者、ザビーネ・コンスタベルとカトリン・シャウアー=ケルピンも、同じことを要求している。2人は30年にわたり、ソーシャルワーカーとして売買春の中の女性たちを支援し、売春からの離脱を支援してきた。コンスタベルは、シュトゥットガルトの赤線地帯の中心にある売春女性のためのカフェ「ラ・ストラダ」を経営し、「売買春からの離脱をめざす姉妹たち」の会長を務めている。シャウアー=ケルピンは、チェコ国境にある保護施設と彼女の所属団体「KARO」を通じて活動している。2人は、売春女性たちと共に戦い、売買春という制度と闘っている。
「私は、想像を絶する苦しみを見てきました。血を流し、殴られ、傷つき、打ちのめされた女性たちです。そして、そのほとんど全員が、子ども時代に暴力を経験しています。これらの話は犯罪小説のストーリーではありません。それは、私たちのすぐそばで起こっている悲劇なのです」。怒りに震えた様子で、カトリン・シャウアー=ケルピンは語った。「貧困、暴力、虐待を美しい言葉でごまかす制度に、私は怒りを感じ続けています! 女性の身体を商品化し、それを『性的自己決定』と呼ぶ構造に、怒りを感じ続ています! 政治や社会が目をそらすことに、怒りを感じ続けているのです!」。
ザビーネ・コンスタベルはこう語った。「世間では、今でも『自発的なセックスワーク』と表現されています。しかし、私が出会った女性のほとんどは、子ども時代や10代の頃にすでに性的暴力を経験しています」。「ドイツでも、性を買うことの禁止を実行する勇気が必要なのです!」と訴えた。サビーネ・コンスタベルへの称賛のスピーチをしたドイツ連邦議会議長のクレックナーも、その意見に即座に賛同し、「この国でも、買春をついに禁止しなければならない!」と発言した。
クロックナーの演説は爆弾のように衝撃を与え、『ビルト』誌から『シュピーゲル』誌まで、さまざまなメディアが報じた。授賞式の翌日、ニーナ・ヴァルケンも発言した。保健大臣であり、キリスト教民主同盟(CDU)の女性連合の議長である彼女は、「ドイツも他の国々と同様、買春客に対する罰則付きの買春禁止法が必要です」と述べた。売春女性は引き続き罰せられることなく、包括的な離脱支援を受けるべきであり、「ドイツはもはやヨーロッパの売春宿であってはならない」と力強く語った。
その翌日、アンジャ・ヴァイスガーバー(CSU)は、ARDの朝番組で「私たちは売春婦保護法を持っていますが、それは失敗に終わりました。その目的は、売春婦たちに公的に登録させて、社会保険、健康保険、失業保険に加入できるようにすることでした。しかし実際には、当局に登録した女性は全体のわずか10~15%にすぎません。つまり、残りの女性たちは今も隠れて働いており、売春業者や買春客に無防備なままでいます」と、CDU/CSU の党副代表は嘆いた。そして、売買春支持派に対して、彼女は明確なメッセージを送った。「自発的に売春を行なっているという 10% の女性たちのために、90% の女性たちを見捨てることは正当化されません」。
いわゆる「北欧モデル」を支持するCDU/CSUの女性たちの戦線は広く、その勢力はますます拡大している。ドロテ・ベア科学大臣(CSU)が、いわゆる「北欧モデル」、つまり性売買産業で利益を得る者たち(買春客、売春業者、売春店の経営者)を処罰すると同時に、被買春者を非犯罪化し、脱売春の支援を行なう法体系を支持していることは、以前から知られている。同じことが、CDU/CSU の議会内女性コーカスの議長であるメクティルト・ハイルにも当てはまる。エリザベス・ヴィンケルマイヤー=ベッカー(CDU)も同様だ。連邦議会議員であり、元裁判官で、長年にわたり法務委員会委員長を務めてきた同氏は、長年にわたり、ドイツにおけるひどい法的状況に対して取り組んでいる。
これほど広範で強力な女性陣営を、CDU/CSUはもはや無視することはできないだろう。特に、政権交代前から明確な決定があったことを考えればなおさらだ。連邦議会におけるCDU/CSU議員団は、2024年2月にすでに北欧モデルを支持していた。5月には、CDU党大会が、買春客の犯罪化をCDUの基本政策に盛り込むことを決定した。つまり、CDU/CSUは選挙前から明確に売買春に批判的な立場を取っていたのである。これはフリードリッヒ・メルツ首相の立場でもあると、今日でも党の舞台裏では言われている。
しかし、この要求は連立協定には記載されていない。それはどこへ行ってしまったのか? 社会民主党(SPD)が交渉で削除したと言われている。しかし、2002年における破滅的な売春改革を緑の党と共同で推進した社会民主党内でも、真のパラダイムシフトを求める声が高まっている。その先頭に立っているのは、当時大臣を務めていた2人の人物だ。当時の司法大臣、ヘルタ・ドイブラー=グメリンは「この改革は間違いだった!」と語る。「そうできるなら売春から抜け出したいと思っていない売春婦にまだ出会ったことがありません」。また、元保健大臣のウラ・シュミットは、今日、「SPD pro Nordisches Modell(北欧モデルを支持するSPD)」というネットワークの支持者となっている。その理由は、「女性は商品ではない」からだという。そして、2023年秋には、当時の連立政権の首相であったオラフ・ショルツ氏が、連邦議会で次のように述べている。「男性が女性を購入することは容認できません!」
にもかかわらず、連立政権時代、社会民主党(SPD)の中でパラダイムシフトを求めて戦った議員はごくわずかだった。たとえば、現在は議会を離れているレニ・ブレイマイヤーは、その後、10 年間にわたり「売買春からの離脱をめざす姉妹たち」の代表を務めた。また、元党首で、現在は家族委員会委員長を務めるサスキア・エスケンも、買春客を処罰するべきだと主張している。欧州議会議員のマリア・ノイヒルも同様だ。彼女は長年にわたり、ブリュッセルで、ドイツの破滅的な売春合法化法および売買春推進ロビーと闘ってきた。
ローゼンハイム出身の社会民主党員である彼女は、2023年9月に欧州議会が「売春制度は本質的に暴力的であり、きわめて非人間的である」と宣言する上で決定的な役割を果たした。ノイヒルが共同執筆した「イニシアチブ報告書」の中で、議会は234対175という明確な多数決で次のように述べている。「売春が合法である国々では、人身売買業者が被害者を搾取するための法的枠組みを利用することがはるかに容易であるというのは事実だ」。そして、「性の買い手は、こうした市場を拡大する上で重要な役割を果たしている」と述べた。まったくその通りだ。したがって、買春客を処罰することは、批判者たちがよく口にするような「道徳」の問題ではない。それは、女性という商品を求める需要を止め、そうすることで市場を縮小することを求めるものである。
ベールベル・バス労働大臣(SPD)も、いわゆる「北欧モデル」は「十分に検討に値する」と考えている。彼女の故郷であるデュイスブルクは、ヘルズ・エンジェルスやバンディドスといったギャングが特に横行する悪名高い赤線地帯で知られている。「私はその悲惨な状況、そして強制売春によって状況がますます悪化しているのを目にしています」と、バスは連邦議会議長に選出された後、『エマ(EMMA)』誌のインタビューで語った。「このままではいけない」と。
では、どうすべきだとバスは考えるのか?
デュイスブルク警察署長のアレクサンダー・ディールゼルフイスは、率直に語っている。組織犯罪を専門とする元検察官である彼は、連邦議会の家族委員会で、売買春支持派が「客を処罰すると売春は地下に潜る」と主張するのはまったくのナンセンスだと、専門家として説明した。「売春店の場所はわかっています。まったくわかっていないのは、そこで何が起こっているのかです。現在の制度の方が、地下の部分、闇の部分がよっぽど大きいのです!」。人身売買に関する少数の訴訟は、脅迫された女性たちが証言を拒むため、しばしば失敗に終わる。そのため、ディールスフイスは、女性を購入する行為そのものを犯罪化する方針を支持している。「そうすれば、立証が容易な犯罪となり、捜査の入り口となるでしょう」。
「問題なのは、女性を購入すること可能にしている法律が現在存在することです」と、社会民主党(SPD)内で買春処罰の主張をするもう一人の人物、ジャスミナ・ホスタートは言う。SPD の女性政策担当議員である彼女はボスニア出身で、東ヨーロッパの女性がどのような手段でドイツに引き入れられているかを熟知している。ホスターは、需要側、つまり買春客側に決定的な問題があると考える。「女性は商品ではないことを男たちに教えなければなりません。考え方を変えなければならないが、それは北欧モデルによって可能になるのです」。
草の根レベルの社会民主党員も、この見解に賛同する者が増えているようだ。
〔2025年の〕11月16日から17日にかけて、SPDの女性議員たちが連邦規模の会議を開催した。そこでは2つの陣営が対立した。一方の陣営は「セックスワークは通常の仕事だ」と主張し、もう一方の陣営は「売買春は女性に対する暴力だ」と主張した。SPDの女性部は、これまでの北欧モデルに反対する決議を撤回し、「売買春に関する2つの立場を公平に扱う」ことを決定した。
マリア・ノイヒルは、これを段階的な勝利だと考えている。「これは、SPD女性部内で、北欧モデルを率直かつ声高に支持する勢力がますます強まっていることにとって大きな成功だ」と述べている。また、欧州議会議員である彼女は、党の仲間たちに「スウェーデン、スペイン、フランスなどの国々の他の社会民主党は、すでにこの一歩を踏み出しており、つまり、最も弱い立場にある人々に明確に味方している」と指摘している。
では、左翼党(Linke)はどうか? 同党はかつては売買春を支持していた。メンバー構成がかなり若返り、女性化が進んだ同党の立場が変化したかどうかは、まだ不明だ。しかし、少なくとも同党にも「売買春なき世界を求める左翼」というネットワークが存在する。
最後に緑の党はどうか。同党は「売春は他のどの仕事とも同じ」というスローガンを考案した当の組織だ。同党にとって、売買春の中の女性たちは「セックスワーカー」である。しかし、この暗闇の中にも、小さな光が、いや、かなり大きな光がある。党首のフランツィスカ・ブラントナーは、「フランス・モデル」に基づく性購入の禁止を支持していると言われている。フランスでは、売買春は人間の尊厳に対する重大な侵害とみなされ、売春業者や売春店の経営者は言うまでもなく、買春客も処罰の対象であり、そして売買春から抜け出したい女性たちには支援が提供される。ブラントナーは、欧州議会議員として、ブリュッセルの「売買春のないヨーロッパのために」というアピールに署名した。
1996年、女性政治家の超党派連合が、ついに婚姻内レイプを犯罪化する法案を成立させた。それまでは、夫の権利が優先されていた。当時、SPD議員のウラ・シュミットがイニシアチブを取り、全員がそれに協力した。
今回は、CDU/CSU の女性議員たちが立法イニシアチブを取り、再び全員が協力すれば素晴らしい結果になると思う。なぜなら、これは女性の中で最も貧しい人々だけの問題ではないからだ。これは、男女どちらも含むすべての人間の尊厳に関わる問題なのだ。
出典:https://www-emma-de.translate.goog/artikel/prostitution-es-geht-voran-342211