茨花子「娼婦を憐れむ」(1908年)

【解説】以下の論考は、1908年というきわめて早い段階で、公娼制度が性奴隷制であり、輪姦の公認であること、そして婦人解放はこの売買春制度の廃止なしには不可能であることを、きわめて力強い筆致で語ったものである。

『世界婦人』とは明治期に福田英子によって創刊・編集された日本最初の社会主義婦人新聞であり、石川三四郎、幸徳秋水、安倍磯雄ら当時の名だたる社会主義者たちが執筆していた。その第23号(1908年3月)に掲載されたのが、この茨花子による「娼婦を憐れむ」である。社会主義者でさえ平然と遊郭に通っていたこの時代に、公娼制度、ひいては売買春の本質を赤裸々に曝露したこの文書は、歴史的に極めて高い価値がある。ただし、時代的制限もあり、筆者は男女の自由恋愛さえ全面的に認められれば、自然と公娼制度のようなものは衰退すると見ており、その制度が男性支配そのものから必然的に生じるシステムとはみなしていない。

明治期の文語調の文章なので、難しい漢語には(  )して読み方と意味を付し、漢字のいくつかは平仮名で表記してある。

 近時に至り、男女同権論盛んに唱導せられ、頑迷不霊(がんめいふれい:頑固で無知なこと)なる旧慣の無意味なる踏襲にすぎない現代の悪制度下に、奴隷のごとく制縛されて、毫(ごう)も自由を有することなき、蹂躙されたる婦人の権威のために、これが解放を呼ぶの声、ようやく高きを加えたり。新酒を古嚢(このう)に盛らんとする固陋(ころう)の論者は、口を極めてこれらの思潮を排斥し、あるいは生理上の権理より、あるいは家族制度の関係より、百方弁難攻撃を試みつつあり。しかもこれ、二千年来横暴なる男子のために、非理性的なる制縛下に抑圧せられ、屈辱のほか何ものをも学ぶあたわざりし婦人が、一朝覚醒して「自我」の真価を発見し、一斉に起って、横暴なる男子の前に、屈従の理由を聞かんと欲する雄々しき叫びなり。もし、それ反駁論者の根底より唯一の「習慣」を除き去らんか、余すところはただ曲弁のみ、非道のみ、畢竟、昨日の習慣を今日に継続し、今日の状態を明日に存続し、依然婦人を奴隷の境遇にあらしめて、これを侮辱し、玩弄し、虐使して、横暴の斧鉞(ふえつ)を不断に振るわんとする卑劣なる根性をおおう覆面のみ。見よ、「婦人に参政権を与えよ」という痛烈なる婦人の正面よりの叫びに対して、男子は面を背けつつ、「女は女らしかれ」とかすかに呟くのみにあらずや。

 現代において、婦人が男子のために、奴隷的制縛をこうむりつつあるは、ここに贅(ぜい)するまでもなし。けだし、その内にあって、具象的に、裸々的に、現前の事実として、もっとも明瞭に這般(しゃはん)の消息を物語れるものは娼婦の境遇なり。彼らは獣欲の放散器と罵られつつ、朝(あした)に源性を送り、夕(ゆうべ)に平族を迎え、日ごと夜ごとの仇枕(あだまくら)にはかなき痴夢(ゆめ)を結ばざるべからず。直截に言わば、これすなわち輪姦の公認にあらずして何ぞや。いちど廓地に赴きたる者は、多くの娼婦が球燈(きゅうとう:提灯の明かり)燦(さん)としてまばゆきところ、綺羅(きら)を飾りて艶姿嬌態(えんしきょうたい)を装い、満面に媚(こび)をたたえて並列せるを見ん、これすなわち輪姦の相手を待望しつつあるにあらずして何ぞや。妓夫が声をかぎりに縹客(ひょうきゃく)を呼び止めつつあるは、これすなわち輪姦の醜辱事を奨推しつつあるにあらずして何ぞや。惨たるこの光景を率直に真面目(しんめんぼく)に満睜諦視(まんそうていし)したる者、誰か棘然(きょくぜん)として寒慄せざらんや。しかして遊廓はすなわちこれらの罪悪を公行する魔殿なり、迷宮なり。ああ習慣の久しきこの奇怪千万なる現象をさえ、社会は毫も怪しむことをなさざるなり。

 ひるがえって、かの娼婦の日常における生活状態はいかん昔日にあっては冷酷なる雇主より虐待をこうむることもまた甚だしく、その飲食物のごときも、芋がらまたは豆腐殻、草箒(くさほうき:コキア。その実は「とんぶり」と呼ばれる)の目出しまたは実、葉を混じたる雑炊などを供給せらるること一日わずかに一両回にして、たまたま遊客の歓心を損ねたる場合のごとき、細引き縄にて厳しくて足を縛せられ、縄の先を鴨居の折れ釘に吊り上げ、鳶口の類をもって所嫌わず打擲し、もしくは、寒夜(かんや)裸体のまま庭の木に縛せられ、針のごとく肌を刺す凍寒のうちに放置せらるるなど、すこぶる辛辣(しんきょく)なる苛責(かせき)を受けたるものなりき。今日なお彼ら社会において俗に称せられつつある「お茶挽き」は、遊客の登楼せざりし娼婦のために罰として、終夜茶を挽かしめたるよりこの称起これりと伝えらるるにあらずや。推して以て全班を知るべきのみ。爾後明治五年の解放令発布となり、さらにさる三十三年十月自由廃業の公認となりてより、やや監禁制縛の程度を緩(ゆる)うするに至りといえども、自由廃業のごときも近時に至りてはようやく空法死律としてその実を挙ぐるなからんとし、娼婦の自由は依然奴隷的検束の抑圧下にあり。

 そもそも何がゆえにわれらはかかる奇怪なる現象を黙認しおかざるべからざるか、存娼論者は論じて曰く、もし遊廓を廃して娼婦を絶無ならしむる時は、いたずらに私娼の数を加え、密売淫、随所に行われ、ひいて恐るべき花柳病(かりゅうびょう:性感染症)は社会全体に蔓延し、姦通罪を犯すもの、処女の強姦せらるるもの、挙げて数うべからざずに至らん。これ社会の風俗を壊乱するものにして、廃娼によって加わる弊害は、存娼のために数えられるる弊害よりも遥かに大なり。ゆえに遊廓はこれを存置せざるべからず、娼婦は絶無ならしむべからずと。もしはたしてこれらの単純なる理由が存娼論者の根拠なりとせば、いたずらに枝葉の末に走りたる浅見にして、その根本に横たわる両性問題を遺忘(いぼう)したるものといわざるべからず。しからば根本の両性問題とは何ぞや。

 元来、今日の両性関係は、虚妄なる道徳律に強いられた不自然至極のものにして、恋愛の自由は、不謹慎なる堕落と嘲られ、人間自然の本能なる性欲もまた大なる罪悪なるかのごとくに罵られ、男女七歳にして席を同じうせず的の偏狭なる幼稚なる男女交際観が、依然正当なるものとして認められつつあるなり。しかしてこれに加うるに強制的結婚あり。その結婚を強いて存続せしむべき一夫一婦の縄墨律(じょうぼくりつ)あり。これあたかも人間の四肢を折り曲げて、窮屈なる燐寸箱裡(まっちばこり:マッチ箱の中)に封禁しさるも同様のみ。見よ、相愛する両性の抱合を禁じて不合意なる結婚を強い、相融合すべからざる両個の分子を一所に結びつくるの結果、果然、失恋の嘆きあり、煩悶の呻きあり、自暴自棄の乱行あり、ひいて姦通の罪悪あり、離婚の悲劇あり、夫は酒色を漁りてさもしき一時の快を他に貪ぼり、婦は墳墓のごとく寂寥なる心の空虚を満たさんとして姦通の罪を犯すに至る。社会を挙げて姦淫の天地となし、しかしてこれが風俗の壊乱しつつあるものはけだし虚妄なる道徳律の強制によるものと云うもけっして不当に非ざるべし。

 もしそれ今日のごとき両性関係を一変し、何ら旧来の慣習に軟弱なく、絶対に恋愛の門戸を解放し自在なる男女交際を奨推し、愛人は相互に愛人の人格性癖に顕(あらわ)れたる長所美点を認むるのみならず、同時にこれが欠点弱所をも知悉(ちしつ)してともに相たすけつつその足らざるを補い、充分相愛の実を継続してゆくべき確信円熟したる後、初めて結婚行なわんか、これ真に愛する者と愛する者との融合にして、全き結婚と云うべきなり。荒涼落莫なる人生の行程は、かくて随所に恋愛の百華爛漫として咲き匂い、結婚の果実を収めて、意味ある色彩に飾られなん、かかる社会にあっては、故なく青年処女を隔離して自然の欲求を圧迫することなく、父兄は自己の意志に任せて子弟の意向に背戻(はいれい:背くこと)せる結婚を強いることなく、危険なる財婚なく、売買婚なく、きわめて完全に合意的に一夫一婦の制を守らずして守るに至るべし。かくてもなお売女(ばいじょ)の要ありや、娼婦、妓楼を存置せざるべからざる要ありや。

 かの存娼論者の第一に杞憂する花柳病の蔓延のごときは、畢竟(ひっきょう)、売女制度――輪姦を公認する不埒千万奇怪至極なる――の副産物にして、姦通強姦のごときは、虚妄なる縄墨倫理が、人間自然の性欲を罪悪視し、これを圧迫抑制せんとして却って反抗を喚び起し、発してここに至れるものなること上述のごとし、見よ根本の両性問題にして解決せられんか、存娼論者の駁論も、ここに半文の価値なきものとなりおわするにあらずや。

 これを要するに、娼婦、妓楼の存置を必要とする社会は、明々地(あからさま)にその社会制度の病的なることを物語れるものなり。婦人の解放を叫ぶ者よ、廃娼論をすこぶる陳腐なるがごとしといえども、これが実現を見ざるかぎりは、あくまでもこれを主張して、社会の一廓(いっかく)よりこの醜辱の汚点を拭い去らざるべからず。婦人解放の第一要義は、即ち婦人の奴隷的好典型なる娼婦を全廃することによって初めて意味のあるを得べし。もし、世上流俗の嘲罵声と、遂行の困難なることに逡巡して、この奴隷的好典型を永久に存置せんか、婦人の解放はついに行わるる時あらざるなり。

(『世界婦人』第23号、1908年3月5日)

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

コメントを残す