テイナ・ビエン・アイメ「同意は虐待を正当化しない──エプスタイン事件の一教訓」

【解説】以下は、No More というサイトに掲載された女性人身売買反対連合(CATW)の事務局長であるテイナ・ビエン=アイメさんの最新記事の全訳です。

『No More』2026年3月7日
テイナ・ビエン・アイメ

 1978年、ワシントンD.C.の黒人銀行員ミシェル・ヴィンソンは、上司によるセクハラと望まぬ性的要求を理由に会社を訴えた。この訴訟は最高裁まで進み、米国で初めて上司が作り出した敵対的な職場環境が性差別の一形態であると認められた。裁判所はまた、権力と強制が関与する場合、性行為への表向きの自発的参加が同意を意味しないとも指摘した。
 この画期的な判決は職場のセクハラ対策に革命をもたらしたが、こうした犯罪が女性の生活に与える壊滅的な影響に対する公的な認識と責任追及の要求が起きたのは、約30年後に#MeToo運動が勃発してからのことだった。
 法律は加害者に責任を問うための重要な手段であり、サバイバーを守るための道具でもある。しかし、女性と少女が潜在能力を十分に発揮することを阻む有害な社会的慣行を覆す動きは、非常に遅いペースでしか進んでいない。
 何世紀にもわたり、裁判所、議員、諸機関、そして支配的な意見は概して、女性が家庭、職場、地域社会で虐待を受けた場合、同意の推定がなされ、被害の存在が否定された。
 たとえば結婚においては、妻は夫の所有物とみなされ、夫が彼女に行なうあらゆる行為に対する不動の同意契約に縛られていた。裁判所は、夫が妻を折檻するのは、その暴力が過度なものでないかぎり自由だと判断した。こうした法律は今日でも多くの国で残っている。アメリカで婚姻内レイプが犯罪と認められたのは20世紀に入ってからだった。
 家庭外では、レイプは父親や配偶者の名誉を盗む行為として扱われ、戦争では避けられないものとされた。今日では、国際法が性的暴力を人道に対する罪として、レイプを戦争の武器として認めている。
 ドメスティック・バイオレンスを私的な家族問題とみなし性的暴力を不運とみなしてきた文化的・法的認識に変化が生じたのは、1970年代から1990年代にかけて頂点に達したグローバルな女性権利運動による苦闘の結果であった。
 サバイバーや最前線の支援者たちが街頭に繰り出したり、データを集めたり、自国の政府を訴えたりしたことで、社会はドメスティック・バイオレンスや性犯罪を、公衆衛生上の蔓延する危機として理解し始めた。企業もこの議論に加わり、親密なパートナーによる虐待やセクハラが労働力に影響を及ぼした場合の経済的損失を計算しはじめた。
 女性と少女に対する暴力のメカニズムと根本原因を明確にすることに向けたこの変革は、あまりに遅れてやってきた。今日、私たちは性的人身売買と性的搾取に対する理解においても、同様の文化的転換を必要としている。
 ジェフリー・エプスタインやヒップホップ界の大物ショーン・「ディディ」・コムズといった著名人たちによる性的人身売買事件は、虐待における女性の同意を正当化する考え方が依然として危険な誤解であり、サバイバーの生きた体験を否定し、司法への被害者のアクセスを困難にするものであることを浮き彫りにした。
 国連は人身売買をジェンダーに基づく犯罪と定義し、売買春目的で人身売買された被害者の90%以上が女性と少女であり、その大半が有色人種であると指摘している。性的人身売買とは、搾取者が自分たちの獲物を性売買へと送り込むこと全般を指す。ここでいう「性売買」には街頭売春やエスコートサービス、ストリップクラブや「Only Fans」、違法マッサージ店、ポルノグラフィ、「シュガー・デート(パパ活)」などが含まれる。
 悲劇的なことに、アメリカの法廷では、被害者が疑いの余地なく立証した強制が伴う場合にのみ、性的人身売買だと認識される。たとえば、ディディ・コムズの裁判において、陪審員たちは、被害者の証言からコムズの計り知れない権力乱用と心理的強制のパターンが明らかになったのに、それが典型的な性的人身売買であることを理解できなかった。
 同様に、エプスタイン事件では、彼が売買春組織に誘い込んだ若い女性たちの一部に金銭や贈り物で対価を支払っていた実態が明らかになった。彼は、数十年にわたり罰せられることなく、女性と少女を世界有数の権力者たちに──そして自分自身に──人身売買してきた。そして、脆弱な立場の人々を守るべき機関は、レイプや性的搾取を「対価を伴う同意」として軽視してきた。
 性売買における「同意の神話」は、アメリカの法制度のエートスとなっているが、それを大きく超えて蔓延している。メディア、アカデミズム、商業的性産業もまた、このメッセージを集団的無意識に刷り込んできた。
 ジャーナリストのソフィー・ギルバートは2025年の著書『ガール・オン・ガール──ポップカルチャーが女性の一世代を自己嫌悪に陥れた方法』で、ポルノグラフィが2000年代初頭の主流文化のトレンドセッターとなった経緯を検証している。
 ギルバートは主張する。ファッション誌からハリウッド映画に至るメディアのあらゆる側面における女性と少女のポルノ化は、規制のないインターネットの拡大によって悪化し、女性を男性消費のための客体へと疑いなく変容させる有害な環境を生み出したと。
 今日、ミレニアル世代とZ世代の女性たちはSNSで、自らの少女時代がジェフリー・エプスタインとそのエリート仲間たちの脅威の下にあったという恐怖を共有している。少女の性的客体化は、ヴィクトリアズ・シークレットやザ・リミテッド(それらの所有者たちはエプスタインとつながりがあった)といったアパレル企業のマーケティング計画に組み込まれていただけでなく、何世代もの少女たちに「自らの価値は男性の視線と性的支配への耐性に依存する」と教え込んできたのだ。
 「エプスタイン島で少女たちを洗脳していただけじゃない」とインスタグラムのある女性は語る。「彼らは私たち全員を洗脳していたのだ」。実際、エプスタイン文書に登場する指導者たちは政策や法律を形作り、公民権運動に資金を提供し、技術を開発し、売買春はエンパワー的な仕事であり女性は売買可能だというイデオロギーを推進する大学で教鞭を執っている。彼らはセックスを通貨とし、商品化を煽り、女性の非人間化をありふれたものにするミソジニーの文化を創り出した。彼らは、エプスタインやショーン・コムズのような買春者たちが人間に与える残虐行為を粉飾してやり、男たちの「無制限の性的権利」を保護するのだ。
 夫婦間レイプ、パートナーの虐待、セクハラにおいて「同意」という物語を紡ぐのを止めるために法と文化を変えたように、オンライン・オフラインを問わず性売買サバイバーに関しても同じ理解に到達しなければならない。
 ミシェル・ヴィンソンや無数の勇敢な女性たちが、女性にとっての平等が真に何を意味するのかを理解させるためにその大胆な一歩を踏み出した。私たちはその階段を上り続け、最後まで登り切らなければならない。

出典:https://www.nomore.org/in-epsteins-shadows-of-sexual-abuse-the-grooming-of-women-and-girls/

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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