売買春の何が問題なのか

【解説】以下の文章は、イギリスのアボリショニスト(性売買廃止主義者)のウェッブサイト「Nordic Model Now!」からの翻訳です。フェミニズムの立場から見た売買春の本質とその現実についての基礎知識(世界のアボリショニストの共通理解となっているもの)を知るために、ここに紹介します。主としてイギリスの状況が取り上げられていますが、日本でも本質的な違いがあるわけではありません。

  サバイバー

 18歳のころに売買春の世界に入ってから19年間もその中にいたあるサバイバーは次のよう述べています。売買春は「女性からあらゆる夢、目標、その美しき本質を奪い取る。私がその中にいたときに、その行為を楽しんでしている女性に一度も会ったことがない。誰もがそこから抜け出したがっていた」。

 彼女はそこから何とか脱出することができました。彼女はオーストラリアに住んでいるが、同国のいくつかの州では性売買は非犯罪化されています。彼女は語る、そこから抜け出そうとあがいていたときも、依然としてこう考えていました。「それは合法化されているのだから、そんなに悪いものであるはずがない」と。それゆえ彼女は、何とかそれに対処して続けるべきだと自分に言い聞かせました。「それでも、それはまったく惨めな生活だった」。

 売買春が実際にどのようなもので、それが長期的にどのようなダメージを与えるかについて誰も警告してくれませんでした。彼女は各地の学校で自分の話をしました。若い人々に売買春の真実について知ってほしかったからであり、それが女性の生活と幸福にどのようなダメージを与えるかを知ってほしかったからです。

 かつてアスベスト工場で働いていた女性労働者たちも、それが自分たちの健康に長期的にどのようなダメージを与えるかについて誰からも教えられませんでした。上の写真は、1918年におけるアスベスト工場の女性労働者を写し出しています。当時、アスベストが致命的な肺疾患をもたらし、ゆっくりとした苦しい早死を引き起こすことを知っていた者はほとんどいなかったのです。現在、アスベスト被害の深刻さは周知の事柄であり、イギリスでは1999年にそれの全面禁止が実施に移されました。

 売買春の現実について見る前に、誰が買い手なのか、誰が売り買いされているのかに注目しましょう。売買春における買い手――あるいはわれわれが時おり使う呼び名では「買春客(パンター)」――のほとんど全員が男性です。

 そして、売買春の中で売り買いされている者の圧倒的多数は女性です。世界のどこにおいても、もっぱら女性が使用するための男性ばかりが勤める売春店など存在しません。

 この論考では、私たちは、売買春において売り買いされるのが女性と少女であると前提して議論します。私たちがそうするのは単純化のためであり、売買春のジェンダー化された性質を強調するためであって、売買春が少年、男性、トランスジェンダーの人々に与える被害が小さいと言いたいからではありません。

  売買春の中にいるのはどういう女性たちか?

 上の力強い絵は、売買春と性的人身取引のサバイバーであるスーザン・ブラックによるものです。絵の中の若い女性が頭に銃口を向けられていることに注目してください。

 少女たちは普通、売買春の中に入りたいと思って成長するものではありません。では、結局その中に入ることになった少女や若い女性たちの身に何が起こったのでしょうか?

 サバイバーたちの証言や、売買春の中にいる女性と少女たちに関するさまざまな研究が常に示しているのは、多くの人々――しばしば3分の1もの人々――が子供のころに地方自治体の児童養護施設におり、約半分が18歳になる以前に、あるいはホームレスであったときに売春に入っていること、約半数が誰かによって売春に入ることを強要されていること、約4分の3が子供の時に虐待を受けていたことです。

 近年イギリスでは、政府の緊縮政策、低賃金、ゼロ時間契約、学生の学費負担、福祉の削減と〔働かない者への〕制裁などの結果として、貧困が急増している。これは女性を、とりわけシングルマザーを最も厳しい打撃を与えています。

 ケン・ローチ監督の映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』は、シングルマザーのケイティが最後の手段として売春に頼らざるをえなくなったことを描いています。売春の中の女性たちに支援しているさまざまな機関は、全国至る所でこうした事態が見られると報告しています。すなわち、にっちもさっちもいかなくなった女性が、自分の子供を育てるために売春に入っている事態です。

  ピンプ行為とグルーミング

 女性に売春をさせて稼ぐピンプ行為(pimping)は非常に金のもうかる商売です。一人のピンプは平均して、1人の女性あたり1時間で70ポンドを稼いでいます〔1ポンド135円とすると、9450円〕。これを成人の最低賃金と比較してみてください〔イギリスの最低賃金は年齢によって異なっており、25歳以上で8.21ポンド、日本円にして約1100円。21~24歳だと7.7ポンド、18~21歳だと6.15ポンド〕。しかし、毎日見知らぬ男20人とセックスしたいと思っている者は誰もいません。それゆえピンプは常に力と強要を用いるのです。

 では「グルーミング」とはどういう意味でしょうか? 典型的にピンプは、愛情と思いやりを求める女性の心理、そしてよりよい生活や素敵な品々に対する欲求を巧みに利用することから開始します。そうしておいて、ピンプは、緊急にお金が必要なんだと言って彼女らを商業的セックスに引き込むのです。「俺のことを愛してるなら、やってくれるよね」と彼は言いますが、しかし、これはすぐに次のようなセリフに変わっていきます。「お前は単なる娼婦だ。俺の娼婦(おんな)なんだよ!」。ピンプは、心理操作と暴力とを交互に使って、彼女に売春を続けさせるのです。彼女が続けているかぎり、彼はその稼ぎで暮らしていけるからです。

 端的に言って、ほとんどの少女と若い女性たち、とりわけ、困難な家庭環境にあったり地方自治体の児童保護施設にいたりしていた彼女らが十分な人生経験を持っているとか、ピンプによるこの種の心理操作の背後にある隠された動機を察することができるとか、それに抵抗することができるなどということは、ありそうもないことです。

 私たちは、子供たちが男性の集団によってグルーミングされた事例を絶えず耳にしてきました。たとえば、オックスフォード、ロザラム、ロッチデールなどです。オックスフォードのケースでは、373名の子どもたちが被害に遭ったと推定されており、その大部分は少女であり、多くが自治体の児童養護施設の出身者であり、中には11歳の子供もいました。これらの子供たちは男たちに1時間当たり600ポンドで売られていました。

 今ではこれは「子どもの性的搾取(CSE)」と呼ばれており、子どもたちは非難されるべきではないということが明確になっています。しかし残念ながら、このことは、地域社会にいる普通の男たちがお金を払って少女を時間決めで買って使用し虐待しているという事実を曖昧にしており、またこの巨大な儲けこそがピンプの動機になっていることも曖昧にされています。こうしたことがイギリス全土で起こっており、そのことを示す証拠が存在します。

  性的人身売買と売買春

 性的人身売買(人身取引)は現代の奴隷制の一形態です。性的人身売買の国際的に認められている定義は、パレルモ議定書と知られている国連条約の中にあります。この定義の中心をなすのは、強制力や強要を用いることであり、あるいは誰かの立場の弱さを利用することによって、誰かを売春させ、それを搾取ないしそこから利益を得ることです。その際、その当人がある地点から別の地点へと移送されるかどうかは関係がありませんし、また当人が同意したかどうかも関係がありません。それは奴隷制や拷問の場合と同じです。

 イングランドとウェールズの性的人身売買に関する法的規定は現代奴隷制禁止法(Modern Slavery Act)の中にあります。残念ながら、同法はパレルモ議定書の定義を用いていません。なぜなら、もしそうしていたら、性的人身売買がピンプ行為の圧倒的多数と本質的に同じであることが明らかになっただろうからです。そして、売買春の中にいる女性と少女の大多数がピンプの支配下にあるのですから、ほとんどの売買春が性的人身売買の国際的定義を実際に満たすことになります。

 あるいは、法学教授のキャサリン・マッキノンが言うように、「性的人身売買は露骨なピンプ行為」です。彼女はこう言います。誰も性的人身売買を擁護しようとしないが、人々はそれをできるだけわずかなケースにしか当てはまらないようそれを再定義して、何事も変えないようにし、社会として私たちが人身売買の中で売買春が果たしている中心的役割を見ないで済むようにしているのだと。

 人身売買は、グロテスクな人権侵害であるというだけでなく、非常に儲かる犯罪でもあります。それは、麻薬取引と武器取引に次いで世界で最も金の儲かる犯罪なのです。

 上の地図は、売買春に対する男性の飽くことのなき欲望を満たすために、いかに世界中から女性と少女が取引されているかを示しています。グローバル経済を考えるなら、送り出す国々がより貧しく、目的地となる国々がより豊かであることを理解することができるでしょう。

  売買春における人種差別主義

 人種差別主義(レイシズム)は売買春の本質的特徴です。最もひどい被害を受けているのが黒人女性とアジア人女性です。下の写真は香港の売春店の価格表ですが、民族的出自によって女性のランクが分かれていることがわかります〔マレー人が最も安く、ロシア人が最も高い〕。このように人種は、製品ないし商品として扱われている女性たちの中心的なセールスポイントとして使われているのです。

  ポルノグラフィと売買春

 売買春とポルノグラフィを分離することはできません。それは、ポルノグラフィそれ自身が売買春を撮影したものであるというだけでなく、多くの女優たちが強要されてそこに出演させられているからであり、人身売買の定義に合致するからです。

 さらにまた、ポルノグラフィが、個々の少女や若い女性たちを売買春に誘い込んだり、本来なら受け入れなかったような行為を受け入れさせるのに使われているからでもあります。それどころか、オンラインポルノは、私たちの国のすべての若者たちを売買春や、女性と少女の客体化(モノ化)を受け入れさせるのに広く利用されていると言っても過言ではありません。

 性産業に関わる裁判を担当してきた弁護士であるアン・オリヴァリウスは、これまであった中で最もひどい傷つけられた女性たちは被買春女性であったと言っています。買い手はポルノで見た行為を彼女たちに試してみるのです。

  売買春の現実

 次に、絵や漫画を使って、売買春の現実に目を向けてみましょう。これらのものは不愉快なものですが、正しい解決策がなんであるのかを理解したければ、私たちは現実を直視しなければなりません。

 売買春はすぐれてジェンダー化されています。以下の写真はネバダ州の売春店において買春客を待っている女性たちの写真です。

 買春客の流れは予想がつかないので、女性たちは常に準備を整えた状態を維持していなければならず、買春客の注目を集めようとお互いに競争することを強いられます。

 上の絵は、19世紀末のパリの売春宿で下着姿か裸で買春客を並んで待っている女性たちの姿を描いています。注意してほしいのは、この絵では、買春客は上から下まで服をきっちり身につけていて、並んでいる女性たちをまるで商品を見るかのように品定めしていることです。女性たちの表情にも注目してください。そして彼女たちの表情と買春客の表情とを見比べてください。

 それでは、買春客は何を買っているのでしょうか? 彼が買っているものは彼女の身体です。彼女のヴァギナ、直腸、口、乳房を含む身体です。これが売買春の中核にあるものです。それはサービスではありません。むしろ買春客は彼女の身体の使用権を購入しているのです。

 下の漫画は、「売春店ガール」タンブラー・ブログからとった自伝アートです。これらの漫画は売買春の現実を見事にとらえています。これらの漫画での彼女の表情に注目してください。

 男が彼女を使っているあいだ、彼女は楽しんでいる振りをしなければなりません。あるいは、男のファンタジーに合わせてふるまい、彼のことを立派だと思っている振りをしなければなりません。彼女が実際に何を思い何を感じているかにかかわりなく、この「振り」を続けなければなりません。これは仕事の一部であり、買春客が買っているものの一部なのです。

 上の漫画に見られるように、男は思うことを何でも口にする「権利」を買っています。それがいかに侮辱的なことであってもです。買春客は普通に彼女のことを「ビッチ」や「売女」などと呼びます。これもまた仕事の一部なのです。

 彼はさらにその場を支配する「権利」をも買います。 下の漫画は、男が「逆オーラルセックス」あるいは「クニリングス(愛撫)」をしているシーンを描いています。これは室内売買春ではよくある光景の一部です。明らかに、ここで問題になっているのは男が性的絶頂を得ることではなく、男の行為に対して女性の側が性的に興奮することが求められていることです。おそらくこのことは、これが合意に基づく行為だと男の側が思い込むことに役立っているのでしょう。

 売買春というのは通常の社会的慣習の外部で行なわれます。ジュリア・オコンネル・デヴィドソンの言葉を用いるなら、買春客は女性を、あたかも彼女が社会的に死んだ存在であるかのように扱います。あるいは、サバイバーの一人が使った言葉で言えば、女性を「公衆便器のように」用いるのです。

 上の漫画に描かれている女性たちの表情に話を戻すなら、彼女に期待されているのは彼女たちがそれを望んでいるように見えることです。そして買春客はそれを彼女らが自由な選択でこういうことをしているのだと解釈するのです。

  売買春の諸結果

 一部の人々をまるで人間ではないかのように扱うことができるとすれば、それは社会にとってどのような意味を持つでしょうか? そしてそれは彼女にとってどのような意味を持つでしょうか?

 見知らぬ他人があなたの胸を撫でまわしたり、あなたに性的に触れたり、性的に襲いかかったりしたら、自分自身がどのように反応するかを考えてください。その反応の仕方は人によってさまざまでしょうが、通常は、警戒、嫌悪、恐怖、怒り、動揺といった感情に襲われるでしょう。しかし、まさにそのような行為が売買春の本質なのです。

 したがって、売買春の中にいるためには、自分自身の自然な反応を抑え込み、あたかもそれを楽しんでいる振りをすることさえ必要になるのです。そのためには、自分自身の感情、自分の真の自我から自己を切り離すことが必要になります。このことは長期的な心理的ダメージをもたらします。そして、多くの女性たちはそれに耐えるためにドラッグやアルコールに頼るようになるのです。

 たしかに一部の女性は習慣化したドラッグの費用を稼ぐために売買春に入りますが、それよりもずっと頻繁に起こっているのは、売買春の中に入ったことによってドラッグやアルコールに頼らざるをえなくなる事態です。なぜなら、それが状況に耐える唯一の方法だからです。

(以下略)

出典:https://nordicmodelnow.org/2017/07/04/whats-wrong-with-prostitution/

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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