以下の文章は、イギリスのアボリショニスト(性売買廃止主義者)のウェッブサイト「Nordic Model Now!」からの翻訳です。売買春に対する北欧モデル(平等モデル)についての基礎知識(世界のアボリショニストの共通理解となっているもの)を知るために、ここに紹介します。
売買春に対する北欧モデル(Nordic Model)アプローチ(時にそれは、買春者処罰法、スウェーデン・モデル、アボリショニスト・モデル、平等モデルとも呼ばれています)は、買春されている側のすべての人々を非犯罪化し、そこから抜け出すのを助けるサービスを提供し、セックスのために人々を買う行為を刑事上の犯罪行為とし、そうすることで、性的人身取引の推進力となっている需要を減じようとするものです。このアプローチは現在、スウェーデン(1999)、ノルウェー(2009)、アイスランド(2010)、カナダ(2014)、北アイルランド(2015)、フランス(2016)、アイルランド共和国(2017)、そしていちばん最近ではイスラエル(2019)で採用されています。
このアプローチはどのようにして生まれたか?
北欧モデルの先駆をなしたのはスウェーデンであり、広範な調査と研究を踏まえたものです。調査研究を担当した一人であるセシリー・ホイガード(Cecilie Høigård)が、その事情について書いたものを、以下に転載します(一部割愛して編集)。
私たちは数年かけてフィールドワークを行ない、被買春女性たちとの密接な結びつきを発展させました。私たちは、過去の虐待、極端な貧困と暴力という彼女らが受けた経験に耳を傾けました。排除され周辺化された人々に関するこれまでの研究のおかげで、こうした話には一定心の準備ができていたのですが、それでも女性たちが私たちに話してくれた具体的な売春の諸経験は予想を超えたショッキングなものでした。
彼女たちは、自分の身体やヴァギナが、まるで賃貸アパートか何かのように使用され、見知らぬ男たちによって侵入されることがどのようなものであるかを語り、そして、そのことで自己の身体を自分自身から分離することが必要不可欠になることを語ってくれました。「私と私の体は二つの分離した部分になりました。それは私ではない、彼が犯しているのは私の感情や私の魂ではない、私は販売用の商品などではないのだと」。
女性たちはこの分離を維持するために実にさまざまな戦略を用いました。自分自身の生における主体的存在たろうとして、彼女らは、その余地がごくわずかでもさまざまな工夫と努力を重ねました。しかしながら、時が経つにつれて、自分の身体と自分自身との分離を維持することがますます難しくなっていきました。買春客がことを終えた後に、自分自身に戻ることがますます難しくなっていったのです。その結果、女性たちは自分が無価値で、汚れていて、嫌悪すべき存在になったと感じるようになりました。
これらの話は、私たちが他の性暴力――たとえば近親姦、レイプ、家庭内暴力――の被害者から聞いた話と非常によく似ていました。
私たちの調査グループは多くの点で意見が分かれましたが、被買春女性たちの感じた痛みと苦しみ、そして買春客が自己の行為による結果にまったく無頓着であることについては、同じ絶望の感情を抱きました。
こうして、買う側のみを犯罪化するという考えが稲妻のように私の中でひらめいたのです。この考えは私の心拍数を上げ、いっさいのつじつまが合うという感覚を私に与えました。
当初、この提案に対しては内部でも大きな反対があったのですが、何年かするとワーキンググループの中の反対者たちは考えを変え、この意見に賛同するようになりました。
その後に起こった論争は、大規模な教育キャンペーンとして役立ちました。スウェーデンではこの法律に対する世間の態度は急速に肯定的な方向に変わり、女性の身体を買うスウェーデン人男性の割合は減少しました。
北欧モデルは何を目標としているか?
刑法がその第一の目的としているのは、私たちが一個の社会として何を許容しがたいものであるとみなしているのかを明確にし、それをしようとする気を人々に起させないようにすることです。
おそらく、誰もが、人生に一度ぐらいは、誰かの鼻面を殴ってやりたいと思ったことがあるでしょう。しかし、そう考えたすぐ後に、自分が逮捕されおそらく投獄されることを想像し、こうしてもっとポジティブな解決策を検討するようになります。
北欧モデルも同じです。それは、セックスのために人を買うことは悪いことだということを明確にし、一定の制裁でもって、そうしようとする気を削ぐようにするものです。
社会の価値観というものは時とともに変わるのであり、かつては許容されうるとみなされていたことも今では許容されなくなっていますし、その逆もあります。
たとえば、かつては、喫煙は無害で、したがって職場でタバコを吸うことは問題ではないと考えられていました。その後、喫煙は、受動喫煙であっても有害であり、人々が職場で受動喫煙にさらされることはよくないことだということを人々は学びました。その結果、職場での喫煙を禁止するよう法律を変えたのです。
この法律が導入されるにあたって、大きな抵抗がありました。私自身にも抵抗がありました。何て厚かましい。忌々しい過保護国家が、どこでタバコを吸うことができるのかを私に指示するなんて、と愚痴ったものです。でもその後、私の成人した娘がこう言いました。もしこの法律が以前からあったら、私の友だちの何人かは最初からタバコを吸わなかったと思うよ、と。このこともあって、また私自身の何十年にもおよぶニコチン依存との戦いの経験もあって、私は考えを変えました。新しい法がたった一人の若者でも生涯にわたるニコチン依存から救い出すのなら、私の不便さなど何ほどのことでもないと。
職場内の禁煙を定めた新法の施行日である2007年7月1日がやって来て、パブ内でタバコを吸いたかったすべての者は外に移動しました。その週の終わりごろには、喫煙者を含むすべての人々が、パブがタバコの煙だらけでない方がずっといい、どうしてわれわれはもっと早く法律を変えなかったんだと言うようになったのです。
売買春はその中にいる人々にダメージを与え、それを安全に保つことはけっしてできません。そして売買春の存在は、男性との平等という女性の人権を遠いかなたの夢想にしてしまいます。女性(大部分はそうです)と子どもの身体を売買する下劣な行為から莫大な額の利益が稼ぎ出されており、これは不可避的に性的人身取引をもたらします。
セックスのために人間を買うことは許されないということを明確にし、そうする気を起こさせないよう、刑事罰という制裁を科すべき時なのです。
私たちが欲しているのは誰かを処罰することではありません。私たちが欲しているのは人々の行ないを変えることです。そして、その中にいる人々に対して、その外部で新しい人生を開始する手助けをしたいのです。
私たちはイギリスでどのようなキャンペーンを行なっているか
北欧モデルを導入したどの国にも、その実際の施行にあたっては若干の違いが見られます。最も成功しているのはスウェーデンですが、同国ではこの法律は、女性と少女に対する男性の暴力に取り組み、性的平等を実現するための一連の法的措置の一環として導入されました。
私たちは、他の国々の経験から学ばなければいけないし、北欧モデルを一連の必要な措置の一環として導入するべきであると考えています。
1、買春される側の人々の全面的な非犯罪化
エビデンスが示すところでは、女性と子どもたちの大部分は、多くの現実的な選択肢のあいだで自由な選択の結果としてではなく、子供のころの虐待、貧困と逆境、グルーミング〔手練手管を使って人を売春に誘い込むこと〕、強要、だましの結果として、売買春に入っています。そして、売買春が本来的に暴力的であり、その中にいる人々にダメージを与え、そこに入るよりもそこから抜け出すことの方がはるかに難しいということも、エビデンスから明らかになっています。そして前科の存在は抜け出すことをなおさら困難にします。
したがって私たちは、買春される側の人々を取り締まり対象とするあらゆる法律を撤廃することを求めており、これらの人々が過去の自身の売春に関わって生じた犯罪歴を取り消すことを求めています。
2、売買春の中にいる人々のための質の高いサービス
売買春の中にいる人々向けの質の高いサービスを保障する特別の資金援助を私たちは要求しています。これは中立的なものでなければならず、既存の支援――住居、法的助言、依存克服サービス、長期的な精神的・心理的サポート。教育と訓練、子育て――だけでなく、被害軽減のための資金もカバーしなければなりません。
買春客はほとんどが男性なのですから、女性のためのサービスは対象を女性のみとするべきであり、男性およびトランスジェンダーの人々向けのサービスは分離されるべきであると私たちは考えます。
3、性を買うことを刑法上の犯罪とすること
私たちは、セックスのために人間を買うことおよびその未遂行為を刑法上の犯罪とするべきだと要求しています。それが世界のどこで起こっているかにかかわりなく、です。私たちは、イギリスの男性が他の諸国で被害を与える自由を持つべきだとは思いません。先に説明したように、目的は誰かを処罰することではなく行ないを変えることです。私たちは最長1年の懲役刑を推奨しています。
4、売春の斡旋、ピンプ行為、性的人身取引に関する立法を強化すること
ピンプ行為〔女性に売春させてお金を稼ぐ行為〕と性的人身取引に関するイギリスの立法は目的に合致していません。私たちは、売春の斡旋、ピンプ行為、性的人身取引を人権侵害だとみなすより強力な立法に置き換え、この点を反映した罰則をこれらの行為に科すことを要求しています。これらの犯罪の取り締まりには十分にリソースが割かれ、優先課題とされなければなりません。
5、人々を売春に追いやるあらゆる要因に取り組むこと
私たちは、売春を、貧困や不利な状況に置かれた人々、新たな移民、シングルマザー、女性や子供たちにとっての解決策として受け入れることを拒否します。いやそれどころか、他の誰にとってもそれは解決策ではありません。
したがって私たちは、すべての人々に最低収入が保障され、男性と女性とのあいだの賃金格差が根絶され、親と「要保護」児童に対してより多くのリソースとサポートが投下される、より公平でより平等な社会を要求します。また学生の学費負担やゼロ時間契約〔イギリスで導入された新自由主義的な労働契約で、勤務時間帯や長さの定めがなく、企業の必要に応じて随時呼び出されて短時間だけ働き、その時間だけ給料をもらう労働契約。日本ではオンコール契約とも呼ばれる。大きな反対世論があり、イギリスの労働組合ナショナルセンターTUCはその撤廃を要求している〕をなくし、その他、人々を貧困の罠に陥らせるようなあらゆる要因と取り組まなければなりません。
6、総合的アプローチ
・広範な情報提供と宣伝キャンペーン……北欧モデルが効果的なものになるためには、後半な情報提供と宣伝キャンペーンを並行して展開しなければなりません(喫煙法を改正するときに展開されたようなそれ)。
・学校での教育プログラム……売買春が引き起こす被害やダメージを率直に説明すること。
・警察などのための教育と訓練……他の国々での経験が示すところでは、北欧モデルが効果的であるためには、警察、司法、検察に対して、および、教育、ソーシャルサービス、地方自治体、HS(国民医療サービス)における第一線労働者に対して、徹底した教育と訓練が並行して進められなければなりません。
・この法が積極的に、かつ全国的に調整して執行されること……北欧モデル・アプローチが効果的であるためには、全国でこの法の執行に積極的に取り組まれ、一貫した形で執行されなければいけません。そうしないと、ピンプと買春客は単に、この法が熱心に執行されていない地域に移動するだけでしょう。同様に、買春された人々に対するサービスも全国的に調整されていなければならず、単なる特定地域の課題とされてはいけません。
私たちは、これ以上、女性と子供たちが売られ続けることを受け入れることはできません!
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