【解説】2016年にフランスで成立した北欧モデル型の売買春立法は、買春行為や売春から利益を得る行為(ピンプ行為)などを処罰の対象としつつ、被買春者に対しては非犯罪化し、医療や住居、職業訓練などの支援サービスを提供するものですが、この法律に対して、セックスワーク派や売春業者のネットワークが中心となって、同法は欧州人権条約に違反するとして欧州人権裁判所に訴えられています。こうした事態に対して、女性と少女に対する暴力に関する特別報告者 リーム・アルサレムさんは、2023年10月27日に、特別声明を発表し、このフランス法が女性と少女の人権と尊厳を守るうえで必要不可欠なものであることを訴えました。以下はその前文の翻訳です。
女性と少女に対する暴力に関する特別報告者〔リーム・アルサレム〕は、欧州人権裁判所における「M.A. & Others v France」事件の枠組みにもとづいて、フランスの「売春制度との闘いの強化と被買春者への支援の提供に関する法律」(法律2016-444)に対する見解を広く共有したいと考え、この声明を発表する。
この訴訟は、売買春に関与する250人の個人によって提訴され、19のフランスのNGOによって支援されたもので、性交の対価を支払う者を犯罪者とする同法の条項の撤廃を目的としている。この裁判の法的根拠は、同法が欧州人権条約の3つの条文、すなわち、生命への権利(第2条)、非人道的で品位を傷つける扱いの禁止(第3条)、私生活への権利(第8条)に反しているというものである。
フランス現行法の影響
法律2016-444は包括的なアプローチに基づいている。同法は、「被買春者」を非犯罪化し、売買春の中にいる諸個人を被害者と認めた。また、売買春、ピンプ行為、あるいは、性的搾取を目的とした人身売買、これらの行為の被害者に対し、市民団体が共同で運営する、経済的・住居的支援、心理的支援、職業訓練、外国人被害者の一時滞在許可などを含む、国が支援する離脱プログラムへのアクセスを提供することで、支援を強化した。また、女性の身体の商品化と闘うための予防と啓発の取り組みも規定されている。 性的搾取を助長する需要を減らすため、同法は性的サービスの購入を犯罪とし、1500ユーロ以下の罰金、再犯の場合は3750ユーロ以下の罰金を科している。また、未成年者に対してこの犯罪が行なわれた場合、5年の懲役刑と7万5000ユーロの罰金刑が定められている。
フランス憲法裁判所に対して、法律2016-444が違憲であるとの訴えがなされたが、2019年12月、同法が合憲であるとの判定が下された。判決の中で裁判長は、この法律は「ピンプから利得の源泉を奪うことによって」女性の保護に役立っているとし、また同法は「この行為に対して、また、強制と奴隷化を土台とする犯罪行為である人間の性的搾取に対して闘うものである」とした。同法はまた、フランスの平等高等評議会からも「男女間の形式的かつ実質的な平等にもとづいた社会の構築に寄与する」と評価されている。
特別報告者は、人身売買業者、ピンプ、買春者など、被買春者の弱みにつけ込む者たちと闘う一方で、被買春者を保護し、代替手段を提供する、フランスにおける売買春に対するこの包括的なアプローチを歓迎するものである。
売買春に関する国際人権法
性行為の購入を犯罪化することは、国際人権法において強力な法的根拠を持つ。それは、搾取や虐待から女性や少女を含むあらゆる人を守るために、国家が利用できる正当な手段であると認められているからである。
最も疎外されたコミュニティ、最下層階級、移住、貧困の状況にある女性と少女たちが、被買春者の圧倒的多数を占める。さまざまな理由による長年の構造的差別の結果、彼女たちは搾取や虐待を受けやすくなっている。
女性差別撤廃条約(CEDAW)の第6条は、締約国は、あらゆる形態の女性の売買春および被買春女性の搾取を抑制するため、立法を含むあらゆる適当な措置を講じなければならないとしている。同じ精神に基づき、グローバルな移民の文脈における女性と少女の売買に関する CEDAW 委員会の一般勧告 38 は、売買春の搾取を助長し人身売買につながる需要を抑止するよう各国に求めている。
特に「女性と子どもの人身売買を防止し、抑止し、処罰するための(パレルモ)議定書」は、とりわけその第9条5項において、二国間および多国間の協力を通じて、人身売買につながるあらゆる形態の人(とくに女性と子ども)に対する搾取を助長する需要を抑止するために、教育的、社会的、文化的措置などの立法措置またはその他の措置を採用または強化することを各国に求めている。
同様に、2022年12月15日、国連総会本会議で採択された「女性と女児の人身売買に関する国連決議77/194」は、すべての加盟国に対し、あらゆる形態の搾取を目的とした女性と少女の人身売買を助長する需要を防止し、その根絶を視野に入れて対処するための努力を強化すること、また、この点に関して、人身売買された人を搾取する業者を抑止し、その責任を追及するための立法措置および懲罰的措置を含む予防措置を導入または強化することを求めている。
人身売買業者、特に人身売買の中の女性たちと子どもたちに関する特別報告者が、第9条5項によって生じる義務は、被買春者の使用の犯罪化とこれらの規定の誠実な執行によって効果的に満たされることを認めたことは、言及に値する。
最後に、国際基準の観点から、2023年9月14日の欧州議会決議は、売買春を暴力の一形態と認識し、加盟国に対し、アボリショニスト・モデルのすべての柱、すなわち、被買春者の非犯罪化、離脱へのアクセス、性的行為の購入とあらゆる形態のピンプ行為の犯罪化、特に男性と若い人々を対象とした啓発プログラムの実施を求めている。
フランス法の好ましい結果
この法律はまだ比較的新しいが、すでに心強い効果が観察されている。
フランスと、性行為の購入を非犯罪化した他のヨーロッパ諸国との被買春者数の比較推計によれば、この法律が制限的な効果をもたらしていることがわかる。
1247人の被買春者(ほとんどが最も差別されている諸集団に属する女性と少女)が、国が支援する離脱プログラムを利用した。このようなプログラムは、彼女らの生活を根本的に変え、95%がコース終了時に売買春から永久に離脱している。これは現在、世界でも類を見ない取り組みであり、積極的に奨励されるべきである。
売買春や 性的搾取を目的とした人身売買との闘いに関しても、フランス法に基づくアプローチは、司法、補償、支援への被買春者のアクセスを強化しているようである。
これらの予備的な結果は、長期間にわたって買春を犯罪化してきた他の国々の結果と一致している。
最後に、この法律と関連措置の利点は、フランス国民の大多数に理解され、支持されているよことを指摘しておく。2019年に実施された独自の全国調査によると、フランス国民の65%が、男女平等を標榜する社会では性行為を買うことは可能であってはならないと考え、73%が、そうすることは個人的な満足のために被買春者の苦痛から利益を得ることに相当すると感じていた。71%が、他人の身体や性へのアクセスを買うことは可能であってはならないと考え、74%が買春は暴力の一形態であると答えた。これらの意見はいずれも女性・男性ともに過半数を占めており、男女平等会議が主張した、男女間の形式的・実質的平等を実現するための手段としての法の役割を裏づけている。
フランス法が廃止された場合に人権に及ぼしうる影響
特別報告者は、性行為購入の犯罪化を含むフランス法が廃止された場合、欧州人権条約(ECHR)の第2条、第3条および第8条によって保障された権利へのアクセスが確保されることになるのではなく、その反対に、性売買の圧倒的多数を占める最も差別された女性および少女たちを、人身売買ネットワークおよび性買業者の支配、暴力、非人道的で貶め的な扱いにいっそうさらすことになることを懸念する。
特別報告者はまた、この廃止の悪影響がフランス国内にとどまらず、欧州評議会の他の加盟国、場合によっては、現時点でフランス法と同じないし同様の不立法を有しているEU以外の国々にも影響が拡大する可能性があることを懸念する。それは、性的搾取を目的とした人身売買を助長する需要と闘うための国際的に認知された手段を後退させ、国際人権法および国際基準を否定することになりかねないからだ。
性的行為の購入が非犯罪化された場合、女性と少女が暴力にさらされる機会が増えるというエビデンス
性行為購入に対する需要を非犯罪化することで、被買春女性の安全、尊厳、生活環境が改善されるという主張は、事実によって裏づけられているとは思われない。売買春は、当事者である女性たちに重大な人権侵害をもたらし、彼女たちの身体的、心理的、社会的健康に悪影響を与える。さらに、スティグマ、暴行、レイプ、殺人ないし殺人未遂を含む組織的暴力、非人道的で貶めるような扱いを受け、拷問のレベルにまで達している。
さらに、セックスの購入が合法である国々では、それへの増大する需要に応える「供給」を提供するために、人身売買やピンプ行為のネットワークが増加していることが観察されている。
また、セックスの購入が非犯罪化ないし合法化された国々では、性行為の購入に対する需要の増大に応える「供給」を提供するために、大規模かつ高度に組織化された人身売買業者のネットワークが発展していることが観察されている。
結論として、特別報告者はフランス政府に対し、性的行為の購入需要との闘いを引き続き強化するよう求める。現行の法律2016-44は称賛に値するものであり、パレルモ議定書第9条5項の法的義務、すなわち人身売買につながる性的搾取を助長する需要を抑止する義務を前進させる重要な一歩であると同時に、性的搾取を目的とした人身売買の被害者となっている、またはそのおそれのある者に対する重要な支援を提供するものである。したがって、この法律をそのまま維持し、全国で完全に実施されるよう、あらゆる努力を払うべきである。
2023 年10月27日