スコットランド議会がアッシュ・リーガンの「買春処罰法案」を否決――しかしこれで終わりではない

 すでにこのサイトでも何度か、スコットランド議会に、買春処罰と被害者支援を二本立てとする「買ってはいけない」法案が無所属のアッシュ・リーガン議員によって提出されたことについて紹介してきた。以下の記事がそうだ。

スコットランドの国会議員が買春の違法化を求める(2023年10月19日)
「スコットランドに北欧モデル法を導入することが必要だ」──サバイバーの証言(2025年11月14日)
サバイバーによるスコットランドの閣僚・議員への公開書簡──「買ってはいけない」法案への支持を!(2026年1月10日)

 スコットランドでは、売春の勧誘、売春店の経営や斡旋は禁止されているが、買春行為そのものには処罰がなく、また、日本と同じく公共の場での売春の勧誘は処罰の対象だ。アッシュ・リーガンの「売買春(処罰と支援)」法案(通称、「買ってはいけない」法案)は、買春を処罰の対象にし、売買春の中の女性たちによる勧誘行為を非処罰にし、彼女たちに離脱支援と生活援助を与えるというものだ。これは基本的に「北欧モデル法」の一類型であり、原則的には、スコットランド政府の与党であるスコットランド国民党(SNP)も支持していた。

 しかしながら、2026年2月3日、スコットランド議会は、第一段階(法案の具体的な内容審議ではなく、法案の原則の是非を審議する段階)において、同法案を賛成54票、反対64票で否決した。保守党と労働党は支持したが、政府閣僚は法の不備をあげつらって反対し、与党であるスコットランド国民党の一部も反対に回った。また、自由民主党と緑の党の議員らはセックスワーク論の立場から原則的にも反対した。

 提案者であるアッシュ・リーガン議員はある地域で開催された討論会の中で、次のように述べた

この「買ってはいけない法案」は売買春の本質を認めるものです。すなわち売買春は、需要によって支えられる搾取と暴力のシステムだということです。この法案は、売られる人々を非犯罪化し、脆弱性に縛られた人として、犯罪者ではないと認めます。 そして、スコットランド法においてこれまで適切に位置づけられてこなかった犯罪責任を、性的アクセスを購入する者、および人間への性的アクセス販売による利得者に帰属させるものなのです。

 売買春のサバイバーたちもは国際書簡をスコットランド議会と政府に送り、法案への支持を訴えた。書簡の中でサバイバーたちはこう語っている

この法案は、真の変革をつくり出す千載一遇のチャンスだ。それは、現代の民主主義社会において、他者を利用し虐待するために金銭を支払う行為が決して許されないことを明確にするための機会であり、女性と少女の売買春と性搾取が象徴する歴史的過ちからスコットランドが回復する長い道のりを歩み始める機会なのだ。

 また、スコットランド議会が開かれている場所で売買春サバイバーのヴェネッサさんは証言に立って、こう語っている。

彼女たちの何人かは、今私たちが立っているこの場所から1マイルも離れていない場所で、今も薬物を投与され、レイプされ、殴られ、誘拐され、拷問さえされているのです。この扱いを受けた時の感覚を、私の全身の細胞が覚えています。15年経った今も、その記憶は私を苦しめます。売買春から抜け出した後、私は7年間も家から出られませんでした。今もPTSDとパニック発作に苛まれ、人間として機能することさえ不可能な日があります。生き延びたとはいえ、トラウマとフラッシュバックと恐怖に溺れ続けているからです。 時には、男が私を見るだけで、あの部屋に連れ戻されるのです。ベッドに鎖で繋がれ、男が満足するまで何度も使い捨てられる物体に過ぎないと、思い知らされるのです。

 ヴェネッサさんはこの証言を、会場にいる男たち、男性議員たちに向けた次のようなメッセージで締めくくった。

最後に言いたい。売買春は理論上では簡単に論じられる問題です。なぜなら、私たちの日常や現実から遠く感じられるからです。しかし身近にいる女性たちのことを考えてほしい。私は特別な存在ではありません。状況さえ揃えば、あなた方の身近にいる女性たちの誰かがあの部屋にいたかもしれないのです。お金と引き換えに、男たちが次々とあなたの母親の口や叔母の肛門、娘の膣を使うことを、あなた方は望むのでしょうか?

 このような多くの切実な訴えにもかかわらず、北欧モデル法に原則的に賛成しているはずのスコットランド政府と与党であるSNPの一部議員は反対に回った。彼らは建前上は法案のあれこれの不備や次の総選挙までの期間の短さを持ち出したが、実際には、法案提案者のアッシュ・リーガンがトランスイデオロギーに反対し、「性別に基づく権利(sex-based rights)」を支持する議員だったからだ。反対議員たちは、売買春の中の女性と少女の人権や尊厳よりも、トランスイデオロギーの推進という党派的利害を優先させたのである。

 アッシュ・リーガンは投票での敗北後、悔しさをにじませながら次のように語った――「本日、議会は行動よりも臆病さを選びました。圧倒的なエビデンス、サバイバーの証言、警察・検察・国際専門家の支持があるにもかかわらずです。無作為は中立ではありません。それは一個の決断であり、結果を伴うのです」。

 皮肉なことに、この投票はエプスタイン文書の新たな公開と時期を同じくした。同文書は、数々のおぞましい人身売買行為を示唆するだけでなく、グローバルな男性エリートたちが私的な場で、買春した女性と少女を貶める発言をしていたことも暴露している。最末端の買春男性から、権力と富のトップに君臨するエリート男性に至るまで、そのメンタリティにおいて大差はなく、どちらも女性の身体と尊厳を毀損しながら己れの歪んだ性欲を満たすことに余念がないのだ。

 敗北したとはいえ、同法案がわずか10票差の僅差にまで追い詰めたことは偉大な成果だった。「女性と少女に対する暴力に関する国連特別報告者」のリーム・アルサレムさんは、Twitter(現X)で次のようにポストした。

私はアッシュ・リーガン議員が、買春需要に対処し、買春の被害者である女性と少女たちをより良く保護するための、人権中心かつエビデンスに基づいた法案を可決するための印象的なキャンペーンを展開したことを称賛します。この法案は可決されませんでしたが、彼女がここまで進めたこと、そして多くのスコットランド議員がそれに賛成票を投じたという事実は、一つの成果です。アボリショニズム(売買春廃絶主義)の枠組みを提唱することはもはやタブーではなくなりました。

 実際、この否決で終わったわけではない。スコットランド政府は、「法案の理念には賛同するので、次期議会での立法化を望む」と表明することを余儀なくされた。サバイバーとアボリショニスト運動家たちは、この否決でくじけることなく、新たな闘いをただちに開始するだろう。

 この日本でも買春処罰の気運がようやく盛り上がりつつある。法案提出までまだ道のりは遠いが、けっして不可能ではない。国際的な動きに遅れることなく、この日本でも買春処罰の気運をいっそう高め、法案づくりへと進まなければならない。

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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