テイナ・ビエン・アイメ「被買春女性の平等と尊厳に尽くした生涯──ミッキー・メジ追悼」

【解説】以下に翻訳するのは、女性人身売買反対連合(CATW)の理事長であるテイナ・ビエン・アイメさんによる、南アフリカのアボリショニスト活動家ミッキー・メジさんの追悼文です。

テイナ・ビエン・アイメ
Sowetan, 2026年9月1日

 ノモンデ・ミルハリ・「ミッキー」・メジは、ケープタウンで貧しい黒人の少女としてこの世に生まれ、2026年8月13日、世界中から尊敬を集める南アフリカの先見の明ある人権活動家の一人としてこの世を去った。享年45歳だった。

 18歳になるかどうかの頃、すでに幼い子の母親であった彼女は、売買春に引きずり込まれたが、あらゆる困難を乗り越えて生きのび、世界中の性売買の被害者やサバイバーのために戦う、最も傑出した擁護者の一人となった。

 彼女は並外れた情熱をもって、南アフリカや自ら訪問巡回した多くの国々において、被買春女性たちの犯罪化を終わらせる法律の制定を求めて運動した。政府は、被害者を処罰するのでななく、サバイバーに対してトラウマに配慮した支援を提供し、性行為のために彼女たちを購入する男性たちに与えられている不処罰特権を終わらせなければならないと、彼女は主張した。

 メジは、「平等モデル」あるいは「アボリショニスト・モデル」として知られるこの法的枠組みを推進するため、最期の息を引き取るまで戦い続けた。彼女とアフリカのサバイバー仲間たちは、これを「サンカラ平等法」と名づけた。これは、売買春を搾取的な社会の縮図として非難したブルキナファソの元大統領、トーマス・サンカラにちなんで名付けられたものだ。スウェーデンは1999年にこの進歩的な法律を制定した最初の国となった。その後、7カ国と米国の1州がこれに追随している。

 この法律は、数十億ドル規模の商業的性産業を駆動する「ターボエンジン」である売買春の需要に直接対処するため、性的人身売買を防止する効果的な手段でもある。

 メジのアドボカシーへの道のりは独特だった。9年間路上生活を送っていた彼女を、セックスワーカー教育アドボカシー・タスクフォース(SWEAT)が、コンドームや潤滑剤の配布を担当するピア・エデュケーターとして採用した。これにより、メジは性売買から抜け出す道を得た。

 白人男性によって設立された組織であるSWEATは、メジの並外れた知性を認め、彼女を性売買の非犯罪化を求めるグローバルな活動家として育成した。

 その後、SWEATの分派であるアフリカ・セックスワーカー同盟とシソンケに、国別コーディネーターとして彼女を異動させた。

 また、彼らはメジに「セックスワーク」という用語も紹介した。これは、売買春や性的搾取をノーマル化するために欧米の売春・ポルノ産業が作り出したプロパガンダ用語である。メジは、「セックスワーカー」という言葉が、侮蔑的な「売春婦」よりも響きが良かったため当初は魅力的に感じたが、その目的が売買春を正当化することにあると気づき、すぐにそれを拒絶した。

 メジはSWEATの主力活動家だったが、オープン・ソサエティ財団などの資金提供者たちが助成金の見返りとして「セックスワークの非犯罪化」を約束することを要求しており、彼らの利害が売春店の経営者側にあることを知ると、怒りを込めて組織を去った。

 その決断は、フェミニスト・アボリショニストとSWEATのどちらを選ぶかという選択ではなく、サバイバーたちの声に耳を傾ける中で自分自身が変わっていった結果だったと彼女は語った。

 これらの女性たちは、幼少期の性的虐待、ミソジニー、人種差別、そして家族や国家による遺棄といった共通の過去を抱えていた。彼女たちは、植民地主義によって分断され、アパルトヘイトによって形作られてきた人々の仲間だった。サバイバーに必要なのは、ケアと尊厳であって、致命的な性売買を幾何級数的に拡大させるような政策ではない。

 メジは、売買春を強制されている人々を犯罪者とする現在の南アフリカの法律が早急な改革を必要としている点には同意しつつも、政府による「セックスワークの非犯罪化」に向けたあらゆる取り組みを、売買春の世界において被買春者の圧倒的多数を占める黒人女性に対する裏切りだと位置づけた。

 メジは、女性と少女に対する男性の暴力がいかに人間性を損なうか、また売買春がいかに一生を台無しにするかを理解していた故ネルソン・マンデラ元大統領の言葉をしばしば引用した。マディバ〔マンデラの愛称〕は彼女に行動を起こすよう鼓舞し、フェミサイドが猛威を振るうこの国において、男性の性的アクセスを称賛するイデオロギーを、彼女はあらゆる場面で拒絶した。

 彼女は南アフリカで画期的なサバイバー・ネットワークを立ち上げた。最初クワネレで始まったこの団体は今では、7つの州に700人以上のメンバーを擁し、その後「サバイバー・エンパワーメント・アンド・サポート・プログラム」を設立した。

 最近、メジは、性行為の購入を非犯罪化すれば南アフリカはより安全になるとするSWEATの主張に対し、司法省を相手取った訴訟において、高等裁判所西ケープ支部に反論の証言を提出した。この訴訟の審理は10月に予定されている。

 短い生涯の中で、メジは闘いの仲間である多くの姉妹たちの死を見送った。売買春がいつの日か自分自身をも死に至らしめることを承知しながら。彼女は、HIV/エイズと関連したガンであるカポジ肉腫で亡くなった。

 「もし明日私が消えてしまったら、誰かがこの闘いを引き継がなければならない」と彼女は私に語っていた。「南アフリカは、他のすべてを奪われた黒人女性に残された唯一の手段が売買春になってしまうような国であってはならない。私たちにふさわしいのは正義と平等であり、性売買ではない」。

出典:https://www.sowetan.co.za/opinion/columnists/2026-09-01-taina-bien-aime-meji-rejected-sex-work-term-in-pursuit-of-equality/

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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