【解説】この記事は、数日前に『ガーディアン』に掲載されたもので、その冒頭でも説明されているように、ステラ・フリュー殺人事件の判決が下されたことを受けてのものです。若い白人男性のジェームズ・マーティンは昨年7月、バンの側面にしがみつく被買春女性のステラ・フリューさん(38)をぶら下げたまま走り去り、駐車している車の間をジグザグに通り抜けた際、被害者はアウディに衝突し、バンの車輪の下に転がり落ちました。マーティンはそのまま彼女を轢き去って、現場から逃走し、一般市民が駆けつけて助けようとしましたが、フリューさんの負った怪我は致命的なもので、現場で亡くなりました。
この事件のきっかけとなったのは、以下の記事でも示されているように、被告のマーティンが買春の金を払うことを拒否したことでした。フリューさんには4人の子供がおり、イギリス社会に衝撃を与えるとともに、売買春をめぐる論争を再燃させました。この記事は、売買春の非犯罪化を主張するセックスワーク派の議論に抗して、アボリショニズムの立場を主張するものです。
ソニア・ソダ
『ガーディアン』2021年11月21日
先週の月曜日、ジェームズ・マーティンはステラ・フリューを殺害した罪で4年半の懲役刑を言い渡された。2人は彼のバンの中で口論になり、マーティンは、フリューがバンの側面にしがみついたまま加速して走り去り、最終的に彼女を轢き殺した。マーティンは彼女のハンドバッグをバンに載せたまま走り去り、後にそれを道路に捨てた。
2人の口論の原因は何か? マーティンは彼女に対する性行為の対価を支払うことを拒んだのだ。セックスを売っている多くの女たちがそうであるように、フリューも薬物やアルコールの依存症に悩まされており、マーティンに近づいたときにはその影響を受けていた。彼女の娘は法廷で母親のことを「とても優しくて心の温かい女性」と評したが、彼女は生涯にわたって男性に虐待され、傷つけられてきた。裁判官は、マーティンが被害者に対してほとんど何の共感を示さなかったとコメントした。
これまでもそうだった。売買春は常に死の危険と背中合わせだ。ある調査によると、性を売っている女性は売っていない女性に比べて18倍もの確率で殺害されている。しかし、彼女たちは歴史を通じてずっと、他の被害者と同じように配慮する価値のない二級市民として扱われてきた。
性を売る人々(その大多数は女性だ)に対する暴力を防ぐにはどうすればよいのか、これは長い間フェミニストの間で意見が分かれてきた問題である。一部の人々は、性を売ることも買うことも非犯罪化するべきだと考えている。イングランドとウェールズでは、縁石に沿って車をゆっくり流しながら女性を物色すること(kerb crawling)、買春に勧誘すること、売春店を経営することは犯罪化されているから、これらをすべて非犯罪化することを意味する。売買春は常に存在するのであり、それをオープンなものにしておくことが最善であるというわけだ。他方では、性を売ることはどんな場合でも非犯罪化した上で、女性が売買春から抜け出すための十分なサポートを提供し、性を買う行為(それをするのはほとんど男性だけだ)を犯罪化するべきだと主張する人々(アボリショニスト)もいる。
完全非犯罪化論は、性を売る人の主体性を強化することで、売春を他の仕事と同じような「セックスワーク」に変えることが可能だという信念に基づいている。『プリティ・ウーマン』のような男性による救世主的物語から、好きなことをして大金を稼ぐことで保守的な世間に指を突き立てているセックス・ポジティブな女性へと進化してきたというイメージが、このフレームを魅力的なものにしているのはおわかりいただけるだろう。セックスワークは尊重されるべき選択肢であり、性を買う男性を非犯罪化し、より安全になるよう規制することで、セックスワークの悪いイメージを払拭すべきだというのだ。これに反発する女性たちは、セックスに対する自分の潔癖さに縛られた堅物として揶揄される。
だが、このような理論的議論を覆す2つの現実が存在する。1つ目は、セックスを売ることを前向きな選択と考える女性や男性がいる一方で、人身売買ないし搾取され、事実上、犯罪ネットワークの奴隷となっている女性や男性の方がはるかに多くいることだ。これらの女性や男性は、はした金のために、あるいはドラッグのために(しかも、このドラッグは、身を売ることを強制されて何度も何度も挿入されているトラウマを忘れるためのものなのだ)、あるいはまったく何の対価も得ることなく働かされている。
性的人身売買に関するある調査では、レスターシャー州警察が調査に入った売春店の女性の86%がルーマニア人で、ノーサンブリア州では75%だったと報告されている。売買春がいかに危険であるかは、多くの研究によって明らかにされている。性を売っている女性の大多数は、激しく繰り返される暴力を経験しており、3分の2以上の女性がPTSDをこうむっているが、これは戦争体験者に匹敵するレベルだ。現実的ないし事実上、強制的に売春をさせられている女性たちは、性売買の廃止を主張する有力なサバイバーネットワークが存在するにもかかわらず、政策論議の場ではほとんど発言権を持っていない。
第2に、フェミニスト運動家のジュリー・ビンデルが2017年に出版した『美化される売買春(The Pimping of Prostitution)』で明らかにしたように、非犯罪化と規制合法化は擁護派が主張するような成功を収めていない。ビンデルは、オランダ、ドイツ、ネバダ州、ニュージーランド、オーストラリアの合法売春店で働く女性たちを訪問してインタビューしたところ、搾取が横行しており、合法化によってエンパワーされているのは売春店のオーナーであることがわかった。ラスベガスのある売春店では、女性は同伴者がいない場合や支配人の許可がない場合は外出することができない。ドイツのある売春店では、女性は店から提供されている部屋の家賃を払うために、1日6人もの男性に最低料金で奉仕しなければならなかった。ニュージーランドの売春店では、男が支配人に文句を言えば返金されるが、その代わり女性の受け取るお金はゼロになる。
非犯罪化は、売春の被害を減らすことはなく、また規制によって約束された利益をもたらすことはなく、その国における売春の全体的な規模を拡大させる。ニュージーランドでは、ビンデルが暴露したところ、12年間で売春店の安全衛生検査が11回しか行なわれていなかった。スペインの警察は、売春店に踏み込んだとき、そこにいる若い女性たちが明らかに怯えて苦しんでいても、「自分の意思でそこで働いている」と言われた場合、捜査がいかに困難かを説明している。
売買春は本質的に危険で搾取的なものなので、それを非犯罪化しても安全にはならない。性を売っている女性たちは、物理的に自分を殺せるような男に被害を受けたとき、どうやって安全な境界線を維持したり、同意を撤回したりできるのだろうか?
性を買う男たちは、ほとんどの場合、世間の目を逃れている。アボリショニストが取り組んだ「透明人間プロジェクト(Invisible Men project)」では、男たちが性を買ったときの経験について吐き気を催すような言い方で語っているさまを記録しているが、それが活字になることはほとんどない。ある調査によると、性を買う男性は、パートナーを虐待したり、非人間的なセックスを好む傾向が強く、レイプなどの性犯罪を犯す可能性も高いという。
相関関係と因果関係は同じではないかもしれないが、金を払って女性の身体を使用すること、たとえそれが女性を傷つけるものであってもそうすることは、女性に対するすでに存在する有害な態度をさらに悪化させることは想像に難くない。このような男たちは、自分たちの買春行為を美化することに既得権を持っている。最も顕著な例は、元(労働党)国会議員のキース・ヴァズだ。彼は、内務省の特別調査委員会の議長を務め、性を買う人を犯罪化する提案に反対したが、その数ヵ月後、性を売っている2人の男性からコカインを買うことを申し出たことが暴露された。
売買春に囚われている人々には、汚名(スティグマ)を着せることなく、助けとサポートだけを与えるべきだ。しかし、私たちの社会は、性を買うという有害な行為に従事する男性を正当化しており、それは社会にダメージを与える。英国では、男性の約10人に1人がお金を払ってセックスをしたことがあると言われているが、売買春が非犯罪化されているスペインではそれよりもはるかに高い数字になっている。売買春は常に起こるものであり、私たちにできることはそれを規制することだとして受け入れることは、女性への虐待を容認することになるだけでなく、その拡大に加担することである。