キャロライン・ノーマ「クイーンズランド州で進められる性産業の規制緩和」

【解説】以下の論稿は、カナダのラディカル・フェミニスト系のオンライン雑誌『フェミニスト・カレント』に最近掲載されたキャロライン・ノーマさんの論稿です。以下の記事にあるように、オーストラリアでは30年前から性産業の自由化が着々と進められてきました。オーストラリアは州制を取っているので、州によって売買春の法的規制は異なりますが、大部分の州で性産業の自由化が進められています。それはクイーンズランド州でも同じで、刑事司法制度を安上がりなものにするという新自由主義的な動機に基づいて性産業の非犯罪化がもくろまれているのです。

キャロライン・ノーマ

『フェミニスト・カレント』2022年7月17日

 この30年間というもの、オーストラリアで性産業がほぼ規制のない経営環境を自ら築き上げることに成功してきた。最初の成功は、1990年代後半のニューサウスウェールズ州で、州政府が売春業の商業的営業に対する法律や制限をほとんどすべて撤廃したことだった。その結果、シドニーにあるほとんどの売春店や「マッサージパーラー」は、現在では自治体への登録を行なっていない。2020年、ノーザンテリトリー準州でも、性産業に対するほとんどの規制が解除され、同地のどの行政文書にも「売春店」「エスコート売春店」〔日本のデリヘルに相当〕という言葉が登場しなくなった。ビクトリア州でも2021年、性産業の規制緩和がより徹底的に行なわれ、性風俗店の敷地内での飲酒もまもなく解禁される予定だ。

 オーストラリア全土で、「セックスワーク」論者たちは、「セックスワーカー」への「スティグマ」を取り除くという名目で、性産業の経営への政府の介入を減らすキャンペーンを展開してきた。このアプローチでは、規制緩和はセックスワーカーを人間扱いするための手段であり、それは彼らに労働の尊厳と個人の主体性を与えるという。他の産業の労働者と異なって、なにゆえか、政府の規制を強化することによってではなく、むしろそれを緩和することで、これらの権利が実現できると考えられているのだ。

 クイーンズランド州政府は最近、東海岸地域の州政府〔ビクトリア州やニューサウスウェールズ州など〕と同じく、同州での売買春ビジネスの規制を緩和する取り組みを開始した。今年初め、同州の法律改革委員会は、売春産業の非犯罪化のための枠組みについてパブリックコメントを募集した。250ページに及ぶ同委員会の討議用文書『クイーンズランド州におけるセックスワーク産業の非犯罪化のための枠組み』は、冒頭からいきなり、自由放任主義的アプローチを取った理由について説明している。「セックスワークを非犯罪化することで……刑事司法制度の財政負担を軽減し、警察が他の犯罪に集中できるようになるだろう」。実際、クイーンズランド州政府は、委員会の作業のために起草した委託条件において、「政府や産業界への行政上および資源上の負担を…制限」しなければならないという要件を盛り込んでいる。

 被買春女性の安全性を高めることではなくて、女性の性売買問題を安上がりに「解決」することが、クイーンズランド州の労働党政権の意外な目的だったわけだ。昨年ブリスベンで発覚した性奴隷事件のことを考えるとなおさら意外なことのように思える。だが、これはオーストラリアのほぼすべての州政府に蔓延している新自由主義の帰結なのである。

 しかし、注目すべきは、非商業的な形態の性暴力に対しては同様の便宜的アプローチがとられていないことだ。#MeTooをきっかけに、ビクトリア州政府は公立学校での「同意重視」教育を義務化し、オーストラリアの教育課程・評価・報告庁は、幼稚園から「10年生」までの保健体育の全国学習指導要綱案で「相手を尊重する関係」と「同意」について教えるよう指導を強化した。女性に対する暴力を防止するための国家的枠組み「Change the story」が広く推進されており、この枠組みを起草した組織のCEOは、「世代や文化を変える触媒として教育システムを利用することは……女性や少女に対する暴力を防ぐための最善の戦略の一つだ」というオーストラリアで広く支持されている見解を繰り返した。

 しかし、売買春に関しては、オーストラリア政府は不可解なことに、当事者である女性にとって「尊重」とはほど遠い商業的性売買に賛成しているのである。

 性的虐待・搾取の商業的形態と非商業的形態に対するオーストラリアの公式の対応におけるこの深い矛盾は、多くの(もちろんすべてではないが)フェミニストを長い間、困惑させてきた。最近、「コレクティブ・シャウト(Collective Shout)」と「オーストラリア女性人身売買反対連合(Coalition Against Trafficking in Women Australia)」という二つのフェミニスト団体が共同で、オーストラリアのメディアがこの偏った姿勢を助長しているかどうかを調査した。

 2022年の報告書「Side Hustles and Sexual Exploitation(裏副業と性的搾取)」は、この疑問に答えるための調査プロジェクトの成果である。「新型コロナが流行した際、オーストラリアのニュースメディアは性産業についてどのように報道し、論じただろうか?」。1年間にわたり、オーストラリアの11のニュースソースから、性産業に関連するトピックを直接取り上げた400以上の記事を収集した。このデータを詳細に分析した結果、オーストラリアのメディアは「性産業について報道するだけでなく、積極的に推進していた」という驚くべき事実が明らかにされた。

 報告書の筆者たちは、「以前のメディアの議論では……女性がこの業界に入るべきだとまで示唆することはほとんどなかった」が、新型コロナ流行の最中、オーストラリアのメディアは売買春を「個人的副業の一形態」として捉え、「過去数十年の報道を大幅にエスカレートさせた」ような「宣伝文句」を押し出していたと書いている。

 言い換えれば、多くのオーストラリア人女性がロックダウンによって困窮し、男性パートナーと自宅で顔を突き合わせながら数ヶ月間に渡って困難な家庭状況に直面していた時期、メディアは性的搾取産業を、現実的な代替手段として推奨していたのである。報告書によると、「パンデミックの最初の1年間、オーストラリアのメディアは、性産業が経済的な最終手段となっている事態を深刻なこととみなさず、むしろ称賛していた」。女性の経済問題と住居のストレスが重なると、女性が性産業の勧誘に遭いやすくなる状況が生じる。職を失った――時にはホームレスにさえなった――女性たちがロックダウンから抜け出しても、コロナ後の新しい世界でもがき苦しんでいるのに、オーストラリアのメディアは、この脆弱性を軽減するような努力をほとんど何もしなかった。

 同じ年、クイーンズランド州政府は、州内の性産業の規制緩和の準備に奔走していた。他の州と違い、クイーンズランド州にはゴールドコーストやケアンズといった国際的な観光地や空港があり、また、主要な鉱山があるため、飛行機で出入りする労働者が数多く存在する。しかし、レジャーや仕事で同州を訪れる男性や、酒やギャンブル、性行為を買う地元の男たちは、同州の性産業に対する規制を撤廃しようとする政府の取り組みに対して、ほとんど何も発言していない。

 メディアの場合と同様に、研究者たちは、「性の買い手は、性産業に関する議論ではほとんど不可視なままであり、彼らが被買春者に対して暴力犯罪を犯した場合にのみ言及される」ことを見出した。クイーンズランド州法律改革委員会の報告書は、まるで売買春が女性の身体の自律性を確保することを目的とした中絶と同じような問題であるかのように、買春者たちのことをほとんど完全に消し去っている。調査報告書の筆者たちは、売春ビジネスを推進する男たちの性的特権の現実を覆い隠すことが、現在オーストラリアにおける「性売買の現実に対する報道機関の誠実な検討」を妨げていると指摘している。

 マスメディアが「性売買の現実」の誠実な検討をしてこなかったせいで、オーストラリアの州政府(最近ではクイーンズランド州政府)は、被買春女性が売買春から抜け出すのを助ける離脱プログラムを策定せず、その一方で、ピンプ(女衒)や買春者を法律的に支援するような道を突き進んでいるのである。

 オーストラリアのメディアは、この破滅的な公共政策に大きな責任を負っている。『裏副業と性的搾取』によれば、ジャーナリストたちは売買春に関連する問題に対して「法的解決策として完全な非犯罪化を推し進め」る一方で、性産業規模を縮小するための代替政策モデルについては議論していないどころか、触れてさえいない。この代替モデル(北欧モデルと呼ばれるもの)は、本来オーストラリアの「尊重すべき関係」プログラムの方向に沿ったものであり、買春者を処罰し、売買春の被害について一般社会を教育することを通じて、性産業の縮小をはかるものだ。

 他の国々が新型コロナの教訓として、女性や子どもという集団全体に内在する構造的脆弱さについて理解を深めているというのに、オーストラリアは性産業の規制緩和という特異な方向に突き進んでいる。そんなことをすれば、とりわけシングルマザーなどは、コロナ後の生活をピンプ(女衒)や買春者に依存することになるだろう。

出典:https://www.feministcurrent.com/2022/07/17/queensland-wants-to-deregulate-the-sex-industry-because-its-cheaper-not-because-its-safer/

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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