【解説】今月、イギリス国防省は新しい隊員規定を定め、今後、海外で英国兵士が買春行為をした場合は除隊などの処分の対象にするとともに、上級将校と下級兵士との間の性的行為も禁止すると発表しました。これは、10年前にケニアで起きたアグネス・ワンジルさん殺害事件(トップの写真はワン汁さんの写真を提示するお姉さん)を受けてのものです。以下のジャニス・ターナーさんの最新の論稿は、国防省の今回の発表を評価しながらも、なぜ海外でだけなのか、あらゆる場において買春は女性に対する虐待であり搾取であると主張するものです。
ジャニス・ターナー
『タイムズ』2022年7月22日
何世紀ものあいだ、兵士向けの売春施設は軍事作戦の一環であり、売買春は兵士の士気を高めるために不可欠な補助的サービスとみなされてきた。フランス軍にはかつて「軍用売春施設計画(Bordels Militaires de Campagne)」というのがあって、トレーラーが10人程度の女性を乗せて大隊の後ろを走り、現地で兵士たちはチケットとコンドームとタオルを受け取って列に並んだ。
フランス植民地時代、この移動式部隊には、親族によって奴隷として売られたアルジェリア人やベトナム人の若い女性たちが配属された。日本帝国陸軍は、占領下の朝鮮半島や中国で、看護婦になると信じ込まされた地元の少女たちを「慰安婦」として集めた。第2次世界大戦中、ドイツは公式の軍用売春施設に、街角で拉致されたポーランド人やロシア人のいたいけな女の子たちを集めていた。
これらの女性たちは残虐な扱いを受け、1日に50人もの男とセックスをさせられ、妊娠させられた。戦後、彼女たちは家族から見捨てられ、二度と故郷に帰ることができなかった。だがこれらのことが、華々しい戦史で語られることはまずない。この軍用売春システムの目的は、兵士をより従順にさせ、扱いやすい存在にすることだった。それに加えて、強姦できる女性たちをまとめて確保しておけば、兵士は民間人には手を出さず、性病にかからないだろうと期待された。
英国陸軍のアプローチはこれほどフォーマルなものではなかった。たとえばソンム河沿岸〔第1次・第2次大戦で激戦となったフランスの地〕では、故国から遠く離れた兵士たちが「赤いランプ」のついた店の前に列を作った。英国陸軍はそれを積極的に許容しなかったが、寛容に扱った。この10年間でさえ、暑い時期の訓練でケニアに派遣された何百人もの兵士たちが、鎖でつながれた垣根越しに売春婦とセックスしたり、一晩10ポンドのホテルに何人もの女の子を連れ込んでいることにも目をつぶってきた。
しかし、赤ん坊を養うために「セックスワーク」に駆り立てられた美容師のアグネス・ワンジルが殺され、浄化槽に投げ込まれた事件が起きたとき、在ケニア英軍基地の兵士たちはその死を隠蔽し、その後、WhatsApp〔世界最大のメッセンジャーアプリ〕のグループで笑いものにした。英国陸軍は事件との関係を否定し、事件はいまだ未解決のままである。
『サンデー・タイムズ』のジャーナリストはこのスキャンダルの真相を見事に暴いたことによって、英軍も#MeTooの時代に突入した。イギリス国防省は今後、「海外駐在中の買春を含む、権力の濫用を伴うすべての性的行為」を禁止すると発表した。
この決定に対しては四方から揶揄と嘲笑が寄せられた。いったいどうやって取り締まるというのか、なぜ「合意の上」の行為が軍法会議の対象になるのか、男の性的欲求はどうなるのか、等々。しかし、ベン・ウォレス国防長官が言うように、「生活は前進している、違う世代になった」のだ。
たしかに、英国政府が行動を起こさなかったとしたら、それは偽善的だったろう。というのも、かつてオックスファムが2010年のハイチ地震の後、基本的な物資とセックスを交換したり、現地の女性に金を払ってスタッフの乱交パーティーに参加させたりといった一連の性的虐待のスキャンダルを引き起こした後、イギリスは同団体との支援活動契約を打ち切った。コンゴ民主共和国(DRC)でオックスファムのさらなるスキャンダルが発覚した際、この禁止は継続された。慈善団体の職員が弱い立場の女性を搾取するのはだめだが、英国の兵士なら構わないということには、さすがにならないだろう。
オックスファムのスキャンダルは、発展途上国で活動する多くのNGOスタッフの性的放縦さを暴いた。大規模な自然災害が起きた地域で、自己満足に浸っている欧米の援助提供者たちが現地の若い母親に対し、物資の見返りにセックスを求めるのは、とりわけグロテスクなことだ。しかし、物資の代わりに金銭が与えられるのであれば、よりましになるのだろうか?
国連はこのような売春を搾取と分類している。ハイチからシエラレオネまで、国連の平和維持軍はセックス・スキャンダルに巻き込まれつづけた。1990年代には、ボスニアとコソボで人身売買された女性が働く売春店にブルーヘルメットが出入りし、カンボジアではそうした店で未成年の少女が働いていることが明らかになった。コンゴ民主共和国の平和維持軍は、配給パックの卵2個で性行為を買っていたことが判明した。リベリアでは、2016年の報告書で、モンロビアの女性の半数が売春に頼り、客の75%が平和維持軍であることが判明した。国連平和維持軍の存在がその地域全体を汚染していたのだ。
今からおよそ20年前、国連のコフィー・アナン事務総長が、平和維持軍は、支援対象である現地住民とのあいだで性的関係を持つ「べきではない」、なぜならそこには「本質的に不平等な力が働いている」からだと発表した。アナン事務総長の言葉によってこの種の虐待がなくなったわけではないが、英国陸軍が同じことを約束したのは正しいことだ。
兵士がセックスを買うことに社会が寛容なのは、それがレイプを防ぐという信念があるからだ。あたかも売春婦が、貞淑な女性を守るための非人間化された防波堤となったかのようだ。しかし、調査によれば、セックスを買う男性はレイプをする可能性も高い。同意とお金を交換することで人間としての共感能力が低下し、自分の快楽だけが重要だと考えるようになり、パートナーをも虐待する可能性が高くなる。
サラ・エヴァラードを殺した警官のウェイン・クーゼンスは、警察の同僚にエスコート嬢を見せびらかすほどの買春常習者で、サラの遺体を処分した直後にも売春婦を予約しようとしていた。「買春者(パンター)」サイトのレビューを読めば、男性が女性の身体、従順さ、熱心さを高く評価し、苦痛を伴う要求を拒んだらマイナス評価をつけることがわかる。
問題は、なぜ兵士が海外での売春施設の利用を禁じられなければならないのかではなく、なぜ海外でだけ禁じられるのかだ。「権力の濫用を伴う性的行為」でない買春があるのだろうか。ドイツの合法化されたスーパー売春店では、女性たち――その多くはルーマニアやアフリカから人身売買されて連れて来られている――は、売春店の家賃を払うためだけであっても少なくとも一晩に6人の男と寝なければならない。体液との接触、望まないボディタッチ、ましてや暴力が回避できるといった基本的な健康と安全の条件が守られないのであれば、それは「他のどの仕事とも同じ」とはとうてい言えない。
売春女性の大半は、おしゃれなベルドジュール〔イギリスのある調査研究者が「ベルドジュール(朝顔)」というペンネームで、高級コールガールとしての体験談をブログに書いて本として出版し、話題になった〕タイプではなく、子どもの頃に虐待を受け、ピンプ(女衒)のボーイフレンドに誘い込まれ、ドラッグやアルコールで痛みを誤魔化しているのだ。
ベン・ウォレス国防長官は正しい。新しい世代になっているのだ。フランス、アイルランド、スウェーデンなどで採用されている、性を売る行為を非犯罪化し、買春を処罰の対象とする北欧モデルを国会で議論するときが来ている。いかなる男性も、それが一夜の遊びであろうと、国に奉仕するためであろうと、女性の身体を買うことを免罪されるべきではない。
出典:https://www.thetimes.co.uk/article/soldiers-should-not-be-buying-sex-anywhere-hrrbqqsjp