ルバ・フェイン「売買春の自由化が女性をレイプから救うというのは本当か」

【解説】本稿は、イスラエルのアボリショニストの活動家ルバ・フェインさんが、イギリスのフェミニスト団体 FiLiA のサイトに寄稿した最新論考の翻訳です。今回、筆者であるの許可を得てここに全文を翻訳します。ここで批判されている記事は、セックスワーク派の学者によるもので、売買春を自由化すれば女性に対するレイプ発生率を引き下げることができると主張しています。かつてこのような考えに基づいて、戦前の帝国日本は、戦時「慰安婦」制度を中国大陸やその他の地域でつくりましたが、今では学者が学術雑誌で同じことを主張しているわけです。

 2023年3月、『ジャーナル・オブ・ロー・アンド・エコノミクス』に「売買春はレイプ発生率に影響を及ぼすか――ヨーロッパからのエビデンス」という論文が掲載された。復旦大学のフアシェン・ガオ(Huasheng Gao)とヴァーニャ・ペトロヴァ(Vanya Petrova)の2人の研究者(以下、両研究者と略記)は、その「要旨」において、「ヨーロッパ諸国におけるさまざまな時期の法改正を用いて、商業的セックスの自由化と禁止とがレイプ率に及ぼす因果関係を明らかにした。売買春の自由化はレイプ率の有意な減少をもたらし、禁止は有意な増加をもたらす」と述べている。

 「要約」では、性犯罪を減らすための有望な方法として、売買春の自由化を発見したと間接的に述べられている。しかし、この論文を読み続けた人は、がっかりするかもしれない。まず、この「要約」からしてすでに、両研究者が売買春を性暴力の代替物とみなしていることがわかる。彼らは、論文全体を通じて何度も何度もその主張を繰り返している。例えば、「仮説の展開」の節(761頁)において、彼らはこう主張している。

「ある男性が、商業的セックスの購入者になることも、レイプ犯になることも可能で、この2つの選択肢のコストとベネフィットに基づいた選択をするとする。売買春の自由化は、代替メカニズムによってレイプを減少させると予想される。商業的セックスとレイプを同様のコストとみなす男性は、売買春が安価で容易に入手できるようになれば、レイプよりも売買春を選び、売買春が高価で入手しにくくなればレイプを選ぶかもしれない」。

 「売買春はレイプの代替物」という考え方は、事情に通じていない世間ではよく見られるもので、私も性産業擁護派から数え切れないほど聞かされてきた。しかしまさか、学術研究の中で、これほど素朴な形で出されるとは思ってもみなかった。たとえば、レイプ犯が、自分を相手に望まない「普通の」女性に無理矢理迫るのと、売買春の中の女性に金を払って性行為に及ぶのと、どちらを選ぶか悩むとする。その場合、売買春の中の女性を選択したとても、彼が犯した行為の暴力のレベルは変わらない。売買春の中の女性は依然として彼を欲していない。金によって彼女の沈黙が保証されるが、それは、貧しい女性の場合、金でねじ伏せることができるので、腕力を振るうに及ばなかったというにすぎない。

 貧困女性から望まない性行為を買うということそのものの暴力性をたとえ脇に置いたとしても、売買春が合法化されている国の合法売春店を含め、売買春の中の女性たちが受ける深刻な身体的・性的暴力のエビデンスが増えていることは無視できない。メリッサ・ファーリー博士とその同僚たちが、合法化された大規模な性産業の国であるドイツを含む6ヵ国の売買春の消費者を対象に行なった新しい研究から、売買春における暴力について多くを学ぶことができる。ドイツの売春店を訪れた人々は、研究チームに対し、売春店の女性に対する暴力を目撃したこと、そこでは多くの女性がピンプや斡旋者に囚われの身になっていること(ある回答者は「ルーマニア人とアジア人は100%騙されている」と言っている)、女性たちが明らかな精神的苦痛の様相を呈し、ピンプを恐れていることを話した。以下は、ファーリー博士の調査に協力した買春者の一人の言葉である。

「女性たちがピンプに十分なお金を払わないと、爪を剥がされたり、ピンプにドラッグを奪われたり、ボコボコに殴られたりした。女性たちは怖くて何も言えなかった。鼻血を出したりしていたが、治療を受けることはなかった」。

 つまり、両研究者は、「騙されたルーマニア人やアジア人」を、各国の「普通の」女性たちにとっての生きた盾にする道徳的権利があると信じているわけである。売買春の中の女性たちは、二重の暴力を受けることになる。他の人が安全であるために、買春者からとピンプから、だ。彼らによれば、オーウェル的な「私ではなく、彼女を連れて行け、この怪物め」が性暴力の問題を解決するというわけだ。

 倫理的な問題だけでなく、この論文はいくつもの不可解な方法論的問題も抱えている。たとえば、この研究では、既存の売買春規制モデルを曖昧な内部論理に従って5つのカテゴリーに分類している。「新しいアボリショニズム」(北欧モデルの同義語として使われることもあるが、ここでは違う意味)というカテゴリーでは、ベルギーのような極めて自由な性産業法を持つ国々と、フィンランドのような、人身売買の被害者を搾取する買春者を罰するより厳格な法律を持つ国々とがいっしょにされている。さらに、売春店を合法化したことのないイギリスは、性産業合法化の代表的な国であるドイツのような国々といっしょに「合法化国」のカテゴリーに分類されている。もう一つの方法論上の問題は、規制を自由化した国(認可売春店を設立した国もあれば、売買春の中の個々人に対する処罰をやめた国もあるなど、方法はさまざま)が8ヵ国、性売買の規制を強化した国が6ヵ国しかないことだ(そのほとんどは北欧モデル国だが、売春自体を行政罰の対象としたクロアチアは例外)。

 紙幅の都合で、同研究の方法論上の問題点をすべて列挙することはできない。しかし、読者のみなさんには、ロンドンの売買春サバイバーであり活動家であるエスターさんによる、より詳細な批判をご覧いただきたいと思う。本稿では、その中心的な問題の一つに焦点を当てようと思う。すなわち、同研究が、レイプの発生率を測る指標として、レイプ事件の通報件数に依存していることである。レイプの通報件数は、実際のレイプ発生率よりも、文化、法環境、被害届の提出手続き、データ収集方法、社会規範の影響などを強く受けている。両研究者でさえ、実際に起きたレイプ事件のうち3%程度しか通報されていないことに同意している。

 両研究者はこう述べている。

「禁止国における(通報されたレイプ件数の)増加は、他の2つのグループよりも明らかに大きい。1990年から2017年にかけて、禁止国の平均レイプ率は7.70から36.81(380%)に増加した。一方、自由化国ではレイプ率が6.49から9.71(50パーセント)、合法規制国では4.67から8.48(82パーセント)に増加した」。

 レイプ率の380%もの増加というのは途方もないものであり、82%や50%「だけ」の増加でさえそうだ。十分に根拠のある十分に説得的な説明がないかぎり、わずか30年の間に、レイプ事件がこれほど高い割合で増加したと単純に考えることはできないはずだ。そのような説明がなければ、私たちが直面しているのは、レイプ発生件数の増加ではなく、通報件数の増加であると考えるしかない。

 北欧モデルを採用したことと、レイプ事件の通報率が高くなったことの関連について、より良い説明は次のようなものだ。そのような社会では、レイプ被害者に対するサポートがより充実しており、レイプの訴えに対してより真剣に対処している。したがって、北欧のモデル国では、レイプを通報する意欲がより高くなる、と。

 注目すべきは、両研究者がレイプの過少通報の問題に言及していることである。たとえば、「肉体的・性的虐待の被害者であることが多いセックスワーカーは、売買春が自由化されると、もはや違法行為に従事していないので、レイプを通報しやすくなる」と主張している。しかし、この主張は、売買春の中の個々人が享受している限られた自由について、私たちがすでに知っていることと矛盾している。元警察官のヘルムート・スポーラーが率いる委員会がドイツで発表した正式な報告書によると、合法化されたドイツの性産業に従事する女性のほとんどは、何らかの強制力やその他の手段によってこの産業に拘束されている外国人である。メリッサ・ファーリー博士の独自調査と同じく、ヘルムート・スポーラーの正式の報告書では、これらの外国人女性はさまざまな種類の犯罪の被害者であるが、言葉の壁、権利に関する限られた知識、人身売買業者に対する恐怖、さらには当局に対する信頼度が低いことのために通報しない、と述べている。「絶対的大多数の場合において、女性たちは、自分たちの置かれた状況に徹底的な捜査が入って、加害者が逮捕された後でなければ、自分が被害に遭ったことを認めない」と述べている。

 結論として、ガオとペトロヴァは、性産業の自由化はレイプ事件の通報件数の中程度の増加と関連し、性産業の法的規制はその急激な増加と関連するという楽観的な結論を示しているが、実際には、その結論は偏っていて、根拠も十分ではない。このように、両研究者は、レイプ事件の通報件数の変化がレイプの発生件数そのものの変化を反映していると仮定しているが、実際には、市民の通報意欲を表しているだけかもしれない。著者らの主張を受け入れるには、わずか30年の間にレイプ事件が50%から380%という膨大な増加になった理由を説明しなければならない。さらに、両研究者は、性産業に従事する諸個人の実態を「合意の上でのセックス」と呼び、レイプの代替物としてふさわしいとみなしている。しかしながら、これらの人々が日々経験する性暴力やその他の暴力については、個々人の経験においても調査研究においても多くのエビデンスがある。彼女らが経験する苦しみは、「普通の」女性を守るための「小さな代償」ではない。彼女らも幸福で自由な生活に値する、他の人々と同じ人間なのだ。

出典:https://www.filia.org.uk/latest-news/2023/4/21/a-new-study-suggests-that-the-sex-industry-saves-women-from-rape-is-that-so

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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