【解説】近年イギリスを揺るがしているグルーミング・ギャング・スキャンダルですが、ラディカル・フェミニストでジャーナリストのジュリー・ビンデルさんは20年以上前からこの問題を追及してきました。ここに紹介するのは、ビンデルさん自身が最近公表した2004年の『ガーディアン』に書いた記事とその解説です。結局、『ガーディアン』には掲載されませんでしたが(4年後に短縮版のみ掲載)、その経緯も冒頭で説明されています。
ジュリー・ビンデル
2026年7月9日
シャーリーン・ダウンズは2003年11月に失踪した。私がこの事件について聞いたのは、児童の性的搾取を専門とする警察官からだった。2004年、私はこの件を調査するためにブラックプール〔イギリスで有名な海辺の観光地〕を訪問し、『ガーディアン・ウィークエンド・マガジン』に長編記事を執筆した。こうした調査記事は往々にしてそうであるように、その原稿は掲載待ちの列に置かれたままとなり、その間に編集長はガーディアン紙の別の部署へ異動してしまった。
残念なことに、新しい編集長は雑誌の風向きを少し変えたいと考えており、私(および女性と少女に対する男性による暴力など、心を痛めるテーマの執筆を専門とする他のフェミニスト系ジャーナリスト数名)に対し、「人々が朝のコーヒーを飲みながら本当に読みたくなるようなものではない」記事は避けたいと告げた。
そのため、そのルポは長編記事として掲載されることはなかった。私が紙面の別の場所で掲載されるのを待っている間に、2人の男がシャーリーンの殺害容疑で起訴された(後に無罪となった)ため、裁判中の事件に関する報道規制により、裁判が終わるまで何も掲載できなくなってしまった。
その間、私は別の記事を編集者に持ち込んだ。これは、主にパキスタン系ムスリムの男たちが率いる組織的なストリート・レイプギャングが蔓延しているという内容だった。私は1990年代後半、まだ学術研究に従事していた頃に取材した保護者たちから、こうしたギャングの存在を知っていた。そして、加害者に関する証拠が警察に提供されていたにもかかわらず、警察が何の対応も取らなかったことに愕然とした。2004年、当時のウェスト・ヨークシャー警察本部長は、「人種暴動」を恐れて、チャンネル4に対し、このテーマに関するドキュメンタリーの放送中止を強要した。
編集者は、私がカトリック司祭による性加害事件から新たに浮上してきたネット上の性的捕食者に至るまで、数多くの児童虐待グループについて記事を書いてきたことをよく知っていたが、「レイシストとみなされてしまう」という理由で、こうした犯罪の大部分を占める特定の男性グループを名指しする記事は掲載できないと告げてきた。その後の展開は周知の通りだ。私の調査記事は代わりに2008年に『サンデー・タイムズ・マガジン』に掲載され、大反響を呼んだ。実際、この現象について全国紙で報じられたのは、この記事が初めてだった。
シャーリーン・ダウンズに関する記事については、2008年に『ガーディアン』紙に短縮版が掲載された(同紙のこの欄は『ウィークエンド』版に比べて文字数制限がはるかに厳しかった)。その間、実際のレイシストたち──つまり、見せかけだけの左派の頭の中に存在する想像上の「極右」ではなく、例えば英国国民党(BNP)のような団体──が、「グルーミング・ギャング」の話を手中に収めていた。『ガーディアン』の編集長を含む左派やリベラル派は、彼らにそのネタを丸ごと差し出したのだ。それは右派の持ちネタとなってしまった。しかし、私たちの中には、この話を伝えなければならないこと、加害者の人種構成が重要であること、そして「ディナーパーティー階級」を不快にさせるかもしれないという理由で特定のグループに好き放題にさせてはならないことを理解し、この話題に取り組み続けた者もいた。
パキスタン系ムスリムが主要部分をなすレイプ・ギャングについて20年以上調査を続けてきた中で、私を妨害して来たのは、医療や社会福祉、その他被害者と接する可能性のある職業に従事する白人リベラルたちだった。他方で、最も率直かつ熱心に語ってくれたのは、この問題を解決したいと願うパキスタン系ムスリムの人々だった。
そこで私は、2004年に最初に執筆されたこの長編記事を公開することにした。シャーリーンは今も行方不明だ。彼女の殺害で有罪判決を受けた者は誰もいない。彼女の父親、ロバート・ダウンズはひどい人間で、数パイントのビールを代償にパブから男たちを連れ帰り、シャーリーンに対する性的虐待をやらせていた。シャーリーンが自宅で最後に目撃された日、ダウンズ家には有罪判決を受けた児童性犯罪者が滞在していたのだ。
『ガーディアン』の弁護士たちは、彼が名誉毀損で訴えるかもしれないという懸念から、この詳細を省くことにした(彼はこれらの犯罪で有罪判決を受けたことはない)。私は今やさらに多くの証拠を握っている。もしダウンズがそうしたいなら、私を訴えればいい。法廷で彼と対峙するつもりだ。
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2003年11月の凍えるような夜、14歳のシャーリーン・ダウンズは母親に別れを告げてキスをし、友人と一緒にブラックプールのノース・ピアにある「カルーセル・バー」へ向かった。翌朝になっても帰宅しなかったため、警察は彼女の顔写真を近所に配布した。シャーリーンは実年齢より幼く見えた。母親は娘のことを、「笑うこと、ウェストライフ〔1998年に結成されたアイルランド出身の男性ボーカルグループ〕、そしてファッションが好きな明るい娘」と語っていた。行方不明者ポスターには、輝くようなダークブラウンの髪をした愛らしい子供の顔が写っていた。今なら16歳になっているはずだが〔記事執筆の2004年時点〕、依然として行方不明のままだ。徹底した捜索が行なわれたにもかかわらず、警察は彼女が最初に姿を消した時と変わらず、彼女を見つける手掛かりを得られていない。
一人の友人によると、シャーリーンが最後に目撃されたのは、ブラックプールの中心部、タルボット通りとクリフトン通りの店々の間を走る路地付近だった。シャーリーンに何が起きたのかについてはさまざまな噂はあるが、裏づけられたものはない。3000人以上が事情聴取を受けたが、今のところ実質的な手掛かりは見つかっていない。失踪以来、彼女を目撃したという確かな報告は一件もない。捜査の初期段階で警察が事情聴取のために呼び出した人物の中には、依然として容疑が完全に晴れていない者もいる。
シャーリーンの捜索の中で、警察は、ほとんど秘密ではない秘密を暴いた。1960年代の「スティック・オブ・ロック」〔お土産用の長細いキャンディ〕や「キス・ミー・クイック(早くキスして)」の帽子、そしてドタバタ喜劇映画『キャリー・オン』シリーズの際どい下ネタ的キャプションが書かれた下品な絵葉書で知られるこの海辺の町に、児童への性的虐待と売買春が蔓延していたのだ。私の子供の頃によく夏休みを過ごしたブラックプールは、表面的には今もそこに存在しているが、性的搾取という暗い裏の顔と共存している。
この町の観光産業における季節労働と、低価格の民間賃貸住宅の大量供給が、ブラックプールへの流入・流出の激しい人口移動の一因となっている。この町は、イギリスでも子どもの人口移動率が最も高い地域の一つだ。貧困率も極めて高い。ブラックプールの児童保護登録簿に載っている、性的虐待の危険にさらされている、あるいは実際に被害を受けている児童の割合は16%で、全国平均のほぼ2倍である。児童福祉サービスに紹介された児童や、養護施設や里親家庭で生活している児童の数も同様だ。この町は、国内でも数少ない、女子の学業成績が男子より劣る地域の一つである。
この町では、未成年者による無防備な性行為が横行している。2001年から2004年の間に、HIV感染例は50%増加した。若者の最大6分の1がクラミジアに感染しており、12人に1人の少女が18歳になる前に妊娠している。最近の報告書は、この状況をこのリゾート地の「カーニバル的かつ快楽主義的な雰囲気」に起因すると指摘している。
警察と社会福祉局が主導する多機関連携の取り組み「アウェイクン・プロジェクト」は、シャーリーンの失踪を直接の契機として立ち上げられた。イギリスにおいて、児童の性的搾取がこれほど積極的かつ専門的な方法で対処されたのはこれが初めてだ。現在、このプロジェクトをイギリス全土に拡大すべきだという声が高まっているが、ブラックプールでの児童の性的搾取事件の減少という成果にもかかわらず、これまでのところ政府の対応は遅々として進んでいない。
現在までに、この取り組みにより、児童虐待の容疑者30人以上が逮捕され、~件[確認中]の有罪判決が下されている。「アウェイクン・プロジェクト」に参加している警察機関は、児童に対する性犯罪が他の多くの犯罪よりも起訴が難しいという事実にもかかわらず、複雑な事件の捜査を諦めていない。直接的な性的搾取の証拠が不十分であっても、加害者によって児童が家から連れ去られたケースでは、警察は「児童誘拐法」を適用する。これは、児童虐待事件において他の警察機関がめったに利用しない手段だ。
警察や児童保護機関は、アウェイクン・プロジェクトが立ち上げられる以前の、ブラックプールにおける児童虐待対策の過去の試みが、子どもたちを十分に守れていなかったことを率直に認めている。シャーリーン・ダウンズの捜索中に明らかになったように、児童の性的搾取と家出児童との間には否定できない関連性がある。子どもが行方不明になるのには理由がある。彼ら・彼女らは通常、普段から虐待を受けているため、自分自身を被害者だと認識しておらず、通報する可能性も低い。
ランカシャー警察で行方不明者担当のニール・ミドルトン警部は、家出児童、特に養護施設からの児童が、虐待に対して最も無防備な立場にあると考えている。「われわれは自動車の軽微な損傷については計測するが、行方不明の子供について測らない」とミドルトンは言う。「そして、性的搾取を受けている子供たちが被っている被害を見れば、われわれは『何を優先しているのか』と問わなければならない」。
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歴史的に見て、ブラックプールにおける児童性虐待は隠蔽されてきた。パーティーの雰囲気や、ビーチでバケツや砂遊び道具を手に楽しそうに遊ぶ子供たちの姿によって、その実態が覆い隠されてきたのだ。「この町では、常に衝撃的なレベルの児童性虐待が行なわれてきました」と、「性的虐待を受けた子供たちの母親たち(MOSAC)」のコーディネーターであるスーは主張する。「しかし、シャーリーン・ダウンズが行方不明になるまでは、それは完全に隠蔽されてきたのです」。
ブラックプールが、児童の性搾取に対するこの専門的な介入を切実に必要としていることは疑いようがない。この町が、子どもたちにとって、とりわけ社会的に不利な立場にある子どもたちにとって、住むには最悪の場所の一つであることは、今や周知の事実だ。これは自殺率にも反映されており、15~19歳の年齢層では、自殺率はイギリスの全国平均の8倍にも上る。
ブラックプールの脆弱な子どもたちのケアに関する最近の調査では、22件中18件で小児愛者が関与していたことが判明した。調査官は、これは「自分の長年の経験からしても未曾有のことだ」とコメントした。
シャーリーンの失踪に関する疑問のほとんど――例えば、警察が捜査の初期段階で具体的に何を発見し、それがアウェイクン・プロジェクトのような画期的な取り組みの立ち上げにつながったのか――は、依然として解明されていない。
ブラックプール警察の捜査官で、アウェイクン・プロジェクトのコーディネーターを務めるポール・フィルポット氏を訪ねた。彼によると、この取り組みが成功しているのは、酒類販売免許担当、社会福祉、教育、警察の専門家たちが同じ建物に同時に集まっているため、事例について協議し、即座に行動に移せるからだという。チームの戦術には、加害者が深刻な危害を加える前に摘発・逮捕することや、子どもたちが搾取者に巻き込まれるのを防ぐことが含まれている。警官たちは、ファストフード店やゲームセンター、桟橋など、子どもと加害者の両方を引き寄せやすい、いわゆる「ハニーポット」を標的にしている。町内のファストフード店から、わずか12歳の子どもが売られているのが発見されたこともある。
「多くの子どもたちは、特に家庭環境が不安定だったり虐待を受けていたりする場合、自分が搾取されていることさえ気づいていない」とフィルポットは言う。先月における警察の摘発では、家出中の少女が「ナタリーズ・サウナ」で働かされていたことが発覚している。
ブラックプールで、シャーリーン・ダウンズの行方不明から2周年を迎えた日、私は地元紙『ブラックプール・ガゼット』の表紙を見た。同紙は、ほぼ運動的な熱意をもってシャーリーンの事件を報じてきた。1面には両親のロバートとカレンの写真が大きく掲載され、16歳になったシャーリーンがどのような姿になるかを想像した合成写真が添えられていた。見出しには「希望にすがりつく」と書かれている。翌日、カレン・ダウンズに会った時、その言葉がいかに真実であるかを痛感した。
「最悪の事態なんか考えられません」と、カレンはブラックプール中心部の自宅近くにある古びたパブで私に語った。「そんなことになったら、もう生きていけませんから」。カレンは神経質で、ほとんど子供のような物腰をしており、話す間中、絶えず両手を組み合わせていた。彼女の顔は丸く、天使のような風貌で、4人の子供がいるとは信じがたい。少なくとも、彼女はまだ4人の子供がいることを願っている。
シャーリーンの母親が私に語った話は、よく耳にするものだ。シャーリーンはどうやら「悪い仲間とつるむ」ようになり、母親はその連中を家から締め出した。結局、シャーリーンは不登校を理由に学校から退学処分を受けた。「13歳の時、彼女は道を踏み外し始めました。理由はわかりません」と彼女は言う。
行方不明になったその週は、すべてがいつも通りだった。「シャーリーンはいつものようにダレン・デイ〔イギリスの有名な俳優〕のビデオを見ていました。行方不明になった日の数日後には、復学について話し合うために学校に戻る予定でした」。シャーリーンにいったい何が起こったのか。「どこかへ行って、手に負えない状況に陥ってしまったのかもしれません」。
フィルポットは、加害者がどのように獲物を狙うかを説明する。「よくあるシナリオは、若者がかなり年上の男性に親しみを寄せられ、ささやかな贈り物や無料の食事、少額のお金などで口説かれるというものです」と彼は説明する。「彼らは若者に多くの関心と愛情を注ぎ、いけると確信した時点で、性的暴行を加えます。その若者に自分もその行為に加担していると感じさせたうえでそうするのです」。
加害者から贈られた品物を受け取り、加害者との接触を続けている子どもたちは、──多くの場合、被害者を監視するために加害者から渡された携帯電話を通じて──性的暴行を当局に通報する可能性が低くなる。これも加害者がよく承知していることだ。
加害者たちは、子どもたちをより従順にするために、薬物やアルコールに依存させる。標的とされるのは、多くの場合13~14歳の子どもで、服や安価な宝石、金銭と引き換えに性行為を強要される。「これは、多くの人が想像する『売買春』よりも巧妙な手口です」とフィルポットは言う。「ここではその用語は使いません。これらの子どもたちは性的虐待を受けているのです。それが実際のところです」。
ブラックプールで活況を呈する性産業は、売春店やストリップクラブを求めて男性をこの町に呼び寄せており、児童保護機関や女性団体にとって長年の懸念材料となっている。彼らは、ラップダンスクラブや無許可の売春店が、かつては家族連れに人気のあったこの地に買春ツァー客を呼び込み、その結果、「まともな」観光客が遠のいてしまったと考えている。近年、ブラックプールは独身最後のパーティーの人気の開催地となっている。
現在、ブラックプールには約800人もの有罪判決を受けた高リスクの性犯罪者が居住している。その多くは刑務所から出所した後、この地へ移り住むことを選んでいる。「なぜこれほど多くの児童虐待者がブラックプールに住みたいと思うのか?」と、児童福祉団体バーナードスのウェンディ・シェパードは問う。「児童の性的搾取の増加と並行して、ブラックプールでは性産業が著しく拡大しており、『独身最後の週末』を装った買春ツァーも横行しています。この関連性について問う必要があります」。
季節労働、安価な宿泊施設、そしてゲームセンターやビーチで遊ぶあらゆる年齢層の子供たちの多さは、児童を虐待しようとする者たちにとって魅力的だ。児童保護に携わる専門家たちは、家出してブラックプールにやって来る子供たちへのケア、特に支援付き宿泊施設の提供が不十分であることを問題視している。多くの専門家は、そのせいでブラックプールが児童性虐待者の避難所と見なされていると指摘する。
路上で売買春を強いられている子どもを見かけることはめったにないが、彼らが食事や睡眠のために訪れるまさにその場所で、体を売らされることがよくある。搾取者が一晩の寝床で家出少年少女を誘い込むのと同様に、こうした子どもたちがすぐ近くにまともな食事を得られることはめったにないことを承知の上で、温かい食事を提供する者もいる。
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私はアダム(仮名)に会った。彼は16歳で、兄からの暴力から逃れるために南東部の自宅から家出していた。「古い工場の入り口で寝ていた時、一見まともそうな男が、彼が経営するB&Bホテルの部屋に泊まる場所を提供してくれたんだ」。その男はアダムに、仕事が見つかったら返済すればいいと言い、町内でテイクアウト店を営む従兄弟に会わせてやると約束した。「でも、そこに住み始めて2週間ほど経った頃、家賃の一部を返済するためにフェラチオをしなければ追い出されると言われたんだ」。
これはウェンディ・シェパードにとってお馴染みのパターンだ。「ブラックプールのような、安価なB&Bが立ち並ぶ場所では、家主こそが新たなピンプです」と彼女は語る。「市場があることを知って、子供をブラックプールに連れてくる加害者もいます」。
北桟橋と中央桟橋の間にある悪名高いゴールデンマイル〔露店やアミューズメント施設が立ち並ぶ繁華街〕を歩き、プロムナードを通り過ぎ、ウィンターガーデンズ〔ヨーロッパ最大級のエンターテイメント複合施設がある場所〕を眺めると、表面的には30年前、私が家族旅行で訪れていた頃と変わらないように見える。しかし、よく見ると違いがわかる。子供の頃、私が泊まった大通りの角にあるB&Bは、今ではマッサージ店〔売春店のこと〕になっている。さらに先へ進むと、子供たちがバレエ教室用の靴を買う店の隣には、ラップダンスクラブがある。その道を少し上がったところには、「サウナ」と宣伝されている「トワイライト・ベイブス」〔ブラックプールの有名な性風俗店〕がある。
プロムナードに戻り、「ラッキー・スター」というゲームセンターを訪れた。ここは、児童虐待の有罪判決を受けたジョン・グッドフェローが、スロットマシンで遊ぶためのお金を渡して、子供たちを自分のアパートに連れ込もうとした場所だ。グッドフェローは、未成年者を性的行為に誘引しようとした罪で、7月に懲役7年の判決を受けた。子供たちはブラックプールの明るい光に惹かれるため、この町には家出少年少女が少なからず集まってくる。そして、子供たちが寒さに震え、空腹で、住む場所を失っていること──おそらくすでに虐待の被害者であることも──を知っている捕食者たちが、常に大勢待ち構えている。ブラックプールでは毎月平均2人の幼い子供がホームレスとして保護されている。
「子供たちが家出をする要因はいくつかあります。無料のタバコやカクテルの魅力などです」とミドルトンは言う。「酒、セックス、そしてロックンロールです。彼らは捕食者の標的になる。時には、子どもたちを守るために、保護下の子どもたちを州境を越えて移動させなければならないこともあります」。
多くの外国人移民が、サービス業で生計を立てられることを期待して、あるいは不法入国している場合、発覚を免れるためにブラックプールにやってくる。そこには、毎日ブラックプールを通過する何百人もの「よそ者」たちが混じっている。「『難民申請者』が町に『溢れかえっている』」とする一部の地元メディアによる扇動的な報道が、独自の神話を生み出している。町に外部から人がやってくるせいで、自分の子供たちはもう安全ではないと語る人々もいる。
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昨年10月、4人の男が、ブラックプール市中心部のファストフード店のテイクアウトコーナーから15歳の少女を拉致し、レイプした。彼女は車でアパートに連行され、暴行を受けた後、ゴールデンマイルに放り出された。犯人らは全員イラク系クルド人とみられているが、警察はその事実を控えめに扱おうとしている。男の一人、アワット・アフメドは有罪判決を受けた。他の男たちは逃走中だ。アワットは、そのテイクアウト店で不法就労していた。この事件をきっかけに、ブラックプールの住民の中には、町内で児童に対する性犯罪が明らかに増加しているとして、難民申請者を非難する者も現れた。シャーリーンが最初に失踪した際、地元住民の間では「パキ・アレー」〔南アジア系移民が多く住む地域の俗称で、「パキ」は南アジア人の蔑称〕として知られる地区にあるバルティ料理店の1つに彼女が時おり出入りしていたことから、「パキに連れ去られた」という噂が広まった。失踪から6ヵ月後、警察はこの地域のインド料理店3軒の冷凍庫を捜索した。何も見つからず、逮捕者も出なかった。
「黒人や少数民族の男性が児童をピンプしたり虐待したりする問題は、どこに行っても扱いにくい問題です」と、ブラックプールで専門家向けの研修を行なってきた児童性的搾取の専門家、サラ・スワンは言う。「伝統的に、児童を人身売買する男たちの中には就業の機会が限られている者がおり、そこには一部の移民や難民申請者も含まれていますが、こうした犯罪に関与している地元の白人男性も大勢います」。
シャーリーンが行方不明になった際、彼女の家族は、警察の呼びかけが地元にとどまり、全国的な報道が「行方不明者ヘルプ・ライン」によるものだけだったことに驚いた。これとは対照的に、昨年10月にブラックプールから14歳のマキシン・ビンディが行方不明になった際には、警察はイギリス全土で広く報道されるよう手はずし、この事件を『クライムウォッチ』というTV番組で取り上げさせることに成功した。番組が放送されてから2日後、マキシンは警察署に自ら足を運び、家に連れて帰ってほしいと頼んだ。
カレン・ダウンズは、警察がマキシン・ビンディに注力したのは、シャーリーン事件における自らの失敗を認識したことのストレートな結果だと考えている。「私たち家族にとって、アウェイクン・プロジェクトは、馬が逃げた後に厩舎の扉を閉めるようなものです」と彼女は言う。
ブラックプールの児童保護責任者であるデビッド・ランドは、シャーリーンが行方不明になった当時、深刻な問題があったことを認めている。「児童保護の水準が本来あるべきレベルに遠く及ばなかったことが判明した後、現在は大幅な改善がなされています」と彼は私に語った。
ブラックプールで子どもを標的にする男たちについて、警察はいったいどれほど把握しているのだろうか? 多くの児童保護機関よりも、警察の方が多くのことを把握しているようだ。リバプール大学はこれまでのアウェイクン・プロジェクトの分析と評価を行ない、児童の性的搾取の被害者の70%以上が女性であり、3分の2以上が14歳未満であることを明らかにした。その大半は片親家庭の出身で、ほぼ全員が兄弟姉妹を持っていた。
加害者の大半は白人だったが、30%近くは黒人や少数民族コミュニティの出身だった。加害者のほぼ半数は、仕事や定住先があり、規則正しい生活を送っており、そのほとんどが30歳以上だった。4分の3には前科があったが、性犯罪によるものはわずか1%に過ぎなかった。
「性犯罪の前科がわずか1%だったという事実は、ギャップを如実に示しています」とポール・フィルポットは言う。「われわれは家族内での虐待の取り締まりには長けていますが、家族の外で、見知らぬ者から虐待を受ける子どもたちに関しては、大きな空白が存在しているのです」。
ブラックプール警察は、児童性虐待の予防と検挙において画期的な取り組みを行なっていると私に語った。ランカシャー州の行方不明者対策班は最近、行方不明児童への先駆的な取り組みが評価され、内務省から賞を受賞した。ニール・ミドルトン警部は、行方不明児童を迅速に発見することが、この地域における性的搾取を受ける児童の数を減らすと断言する。「ランカシャーで行方不明になっている児童のほぼ80%は18歳未満です」と彼は私に語った。「全事例の半数以上が、3回以上行方不明になっている。ある少女については、78回もの別々の捜査が行なわれてきました」。
こうした事例への対応における主な変化は、警察のコンピュータで照合できるようになったことで、行方不明の児童の写真を国内の他の地域にメールで送信し、捜索範囲を広げられるようになった点だ。新しい取り組み以前は、行方不明の児童の詳細は紙のファイルに記録され、コピーも取られていなかった。現在でも、ほとんどの警察管区では依然としてこの方法で対応している。シャーリーン・ダウンズが行方不明になった際も、このシステムが使用されていた。
「340人のケースが、われわれの時間の半分以上を占めています」とミドルトンは言う。「そのほとんどが子供です。養護施設から行方不明になる子供の数は、不釣り合いなほど多いのです」。
児童虐待のネットワークは複雑だ。多くの場合、養護施設にいる少女たちが、酒やタバコ、そして一時の愛情を与えてくれる男性に自ら接触する。これらはすべて、少女たちが切望しているものだ。その後、ピンプは少女たちに「自分の友人」に親切にするよう説得し、ニール・ミドルトンが私に語ったところによると、彼は少女たちを売り渡した男たちから報酬を受け取る。こうした少女たちが警察に被害届を出すことはめったにない。だからこそ、警察が積極的に加害者を探し出し、その手口を未然に阻止することが極めて重要なのである。ブラックプールは矛盾の塊だ──ある地元住民に「ここでの暮らしはどうですか」と尋ねた際、「海辺の汚物溜め」と表現した。そう呼ばれる一方で、警察や他の諸機関が協力して児童虐待を根絶すべき模範例でもあると主張する者もいる。
夜遅く、私はセントラル・ドライブ〔かつての繁華街で現在はシャッター通りになっている〕とリグビー・ロードが交差する周辺の路上売買春地区を訪れた。ここは2005年、悪名高い性犯罪者アンドルー・ハンフリスが路上売買春婦の舌を噛み切る行為をした場所だ。その後しばらくは静かになったが、1年足らず経った頃、私はこの地域で、悪名高いタクシー乗り場に車を停め、若い女性たちが近づいてくるのを待つドライバーたちを目にした。その中には、16歳にも満たないように見える少女もいた。いわゆる「マッサージパーラー」の経営者の一人に話を聞いたところ、ドラッグを買うために売春をする女性たちで「溢れかえっている」ため、「女の子は断っている」と語った。彼女たちの大半は、幼少期に性的搾取を受けたことがきっかけで売春を始めたと考えられている。
アウェイクン・プロジェクトには18歳以上の者を保護する体制が整っていない。しかし、支援の網からこぼれ落ちてしまった虐待被害者やホームレスの若者たちの多くは、他に選択肢がほとんどないため、売買春に追い込まれてしまう。「肝心なのは」とウェンディ・シェパードは私に語る。「子供たちに取り返しのつかない傷を負わせる事態が起きる前に、手助けをすることです。芽のうちに摘み取ることなんです」。シャーリーン・ダウンズにとっては、もう手遅れかもしれない。彼女が行方不明になってから──跡形もなく姿を消した──ブラックプールでは、子供時代を奪おうとする者たちの魔の手から、多くの子供たちが救い出されてきた。シャーリーンの子供時代は、事実上、過ぎ去ってしまった。彼女が成人期を迎えるかどうかは、警察や彼女の愛する人々がまだ見極められていないことだ。
出典:https://juliebindel.substack.com/p/the-story-of-getting-the-story-out