ジュリア・マグリ「売買春の合法化はマルタにとって災厄となるだろう――2人のサバイバーが語る売買春の真実」

【解説】地中海に浮かぶ美しい島マルタでは現在、売買春に関する法律をめぐって、北欧モデル型立法(売買春を女性に対する暴力・性的搾取の一形態とみなし、業者と買春者を処罰し、被買春女性に支援を与える法)をめざすグループと、売買春の完全非犯罪化(業者もピンプも買春者も全面的に合法化する政策)をめざすグループとが、激しい攻防を展開しています。そうした中で、北欧モデル型立法を支持する立場から、他の国の売買春・人身売買サバイバー2人に、売買春の現実とあるべき政策についてインタビューした記事が『マルタ・インディペンデント』に掲載されたので、それを全訳しました。

ジュリア・マグリ

『マルタ・インディペンデント』2020年10月18日

 マルタのセックスワーカーの多くは、まだ自分の経験についてオープンに話すことに抵抗があるが、日曜日の『マルタ・インデペンデント』紙は、他の国から来た2人の売買春・人身売買サバイバーに話を聞いた。2人は売買春の完全非犯罪化をするべきではない理由を説明した。

 売買春と人身売買に関する法律の改革についての議論は白熱したものとなっている。8月に入ってから、ロシアンヌ・カタジャール平等・改革担当政務官は、売買春改革専門委員会が、セックスワークの非犯罪化を目指す法的枠組みの草案作成の初期段階にあることを本紙のニュースルームに伝えてきた。

 このニュースに続いて、北欧モデル(買春者を処罰の対象とする)を支持するグループや個人、および逆に完全非犯罪化に賛成するグループや個人から、それぞれ多くの声明が発表された。

 「人身売買・売買春反対連合」として知られる40の女性団体の連合は、北欧モデルを捨て去ることは女性への侮辱であり、売買春の完全非犯罪化はマルタを「買春ツァーの拠点」にするだろうと主張している。

 このニュースルームでは、「SPACE インターナショナル」の創設メンバーであり、『私は買われた――売買春から抜け出すまで(Paid For – My Journey Through Prostitution)』の著者でもあるアイルランド人のレイチェル・モランさんに話を聞いた。SPACEインターナショナルは売買春に対する社会的態度を変えることを目的とした組織で、性売買の経験に関する女性の証言を公表している。当ニュースルームでは、イタリアのフェミニスト活動家とサバイバーの組織である「フェミニスト・レジスタンス( Resistenza Femminista)」 の一員であるブラジルのサバイバー、リリアム・アルトゥナタスさんにもお話をきいた。

  マルタで性売買が非犯罪化されれば、売買春が爆発的に増加するだろう

 2人のサバイバーは、完全な非犯罪化はマルタにとって間違った選択であると述べた。「マルタの人々は、もし非犯罪化を選択した場合、何に直面するかを知る必要があります」とレイチェルは言う。「移民が多く、性売買が完全に非犯罪化されている国では、性的人身売買が爆発的に増加することが予想されます」。彼女は、マルタで買春を非犯罪化すれば、この島で暴力沙汰や騒動がエスカレートする事態になり、社会に非常に大きなマイナスの影響を与え、それを元に戻すことはきわめて困難だと述べた。

 「お金を払って女性を性的に使用してもいいと国中のすべての男性に言っている国では、必然的にすぐに需要が増加します。そして、その需要を満たすために女性を見つけ出す必要があり、社会の中で最も脆弱なグループからそういう女性がピックアップされます」。

 リリアムは、完全な非犯罪化は完全な失敗に終わっており、それは女性の権利を破壊し、多くの女性を性的に搾取することになったと強調した。「若者は女性が商品とみなされる世界で育つことになり、ニュージーランドやドイツなどの合法国では、性的搾取の需要が高まった結果、性暴力やドメスティックバイオレンスの発生率が高まっています」。他方で、北欧モデルを導入したスウェーデンなどの国では被買春女性が殺された例はないと指摘した。「国民と政治家は、セックスワークを完全に非犯罪化することは売春店の経営者やエスコート会社〔デリヘリ業者〕のオーナーのような搾取者がピンプとみなされなくなり、立派なビジネスマンになることを理解する必要があります」。

 どうして北欧モデルがマルタにとって理想的な選択である理由かを尋ねられると、2人は、売買春が大規模な人権侵害であり、男女平等と社会正義の障害であると認識されるべきであると強調した。「北欧モデルは、今日の地球上において性売買に対処するために作られた唯一の人権法です。何年も先の未来に、いま私たちが動産奴隷制を見ているのと同じように、売買春をおぞましい気持ちで見る日が来ると私は信じています」とレイチェルは説明した。

  男性のための商品として売られる

 レイチェルとリリアムは、自分たちの経験と売買春の過酷な現実を明らかにし、買春を犯罪化する必要性について公然と発言するようになった理由を語った。

 レイチェルは15歳から22歳までの7年間、売買春に関わっていた。「私には4人のピンプがいましたが、彼らはみな同じように私を扱いました。彼らは商品として私を販売したのです」。当時、「ピンプ」という言葉は使われておらず、売買春に関わっていた若い女の子たちは、これらの男たちのことを「彼氏(boy friend)」と呼ぶのが一般的だったと振り返った。

 リリアムは、非常に貧しい環境で育ち、レシフェ〔ブラジルの大都市〕の貧困街(ファベーラ)で育ったと述べた。「両親が離婚して私が父の家族と同居するようになると、私がまだ6歳の時に近親者が私への性的虐待を始めました」。絶望に駆られて家出し、路上生活を始めた彼女は、安全な場所を約束してくれた女ピンプと会った。「私はより良い生活を夢見ていたので、彼女を信頼しましたが、その時から悪夢が始まったのです。私は誘拐されたことに気づきました。彼女は私をある家に置き去りにし、そこに男たちがやって来ては私をレイプし、そこに住んでいた他の子供たちをもレイプしました」。

 15歳になると、リリアムはある人身売買業者に売られた。彼は彼女や他の未成年の少女たちをドイツに連れて行き、そこの売春店で性的に搾取した。ドイツ警察が彼女を人身売買業者から解放した後も、性的に搾取された少女や女性のための適切な離脱プログラムはなく、しばらくして彼女は売買春に戻ることになった。「貧しい移民の少女で、これまでの人生で暴力しか経験したことのない私は、社会から疎外され、社会からクズとみなされ、売買春が私の唯一の生き残りの手段だと感じていました。私の試練は13年間続きましたが、22歳でようやく売買春から抜け出すことができました」。

 2人とも売買春から抜け出すことがいかに困難であったか、そして2人ともいかに深刻なトラウマに苦しんだかを語った。リリアムは、自分の子供時代から、より良い教育を受け、社会的スキルを身につけ、自分の将来を築く機会を与えられなかったことを振り返っている。「私は虐待者や人身売買業者によって商品にされ、性的な対象であることだけが私の唯一の取柄だと思っていました」。彼女は継続的な性的虐待に耐えるために薬物中毒になり、摂食障害を起こし、何度も自殺未遂をした。「複数のトラウマの結果から立ち直る過程はとても長く、苦痛を伴うものでした」。

 「世界は売買春を虐待の一形態として認識していないので、女性がそこから抜け出すのは通常とても難しいのです」とレイチェルは説明した。「ドメスティックバイオレンスのシェルターが存在するのは、世界がドメスティックバイオレンスを容認できない暴力だと認識するようになったからです。もし売買春が同様にみなされていたら、売買春から抜け出すための女性の権利を支援するサービスが提供されていたことでしょう」。彼女は、売買春に対する世間の認識の変化と、女性が適切に売買春から抜け出せるようにするためのサービス支援が必要であると強調した。

  売買春で出会った人はみんな同じような話をしてい

 「売買春で出会った人はみな同じような話をしていました。私たちはみなネガティブな場所からやってきたのです。貧困であったり、幼少期の性的虐待であったり、その両方が重なったものであったりです」とレイチェルは言う。「女性はポジティブな場所から売買春に向かうことは普通ありませんし、それ自体が何かを物語っているのではないでしょうか」。

 リリアムは、彼女が性売買で、権利を奪われた貧しい女性や少女に会ったときのことを思い出すと、そこでも同じ言葉が聞かれたと言う。「私は、自分や彼女たちが直面しなければならなかった多くの痛みと苦しみを目の当たりにしてきました。そしてその痛みと死は永遠に私の中に残るでしょう」。

 なぜ公の場に出て自分の話をすることにしたのかと聞かれると、2人とも売買春の現実について真実を伝えたかったのだと言う。「私にはわかっていました。売買春が何世紀にもわたって続いてきたのはまさに、女性の恐怖と羞恥心が彼女たちに沈黙を守らせてきたからだと。私も怖くないわけではありませんでしたが、売買春の実態を明らかにするためには、公の場で売買春について話す必要があると思ったのです」とレイチェルは説明した。

 リリアムは、自分自身を隠したり、過去について嘘をついたり、対処した痛みやトラウマを隠したりすることに飽き飽きしたのだと言った。「私はそんな風に生きることができなかったし、死んでしまった友人たちのことも忘れられなかったのです。彼女たちは、闘って人生を取り戻す可能性を持てませんでした。私は抑圧者や犯罪者に嫌気がさしていました。私が黙ったままでいるかぎり、彼らは自由に殺したり拷問したりすることができるのです」。 彼女は、売買春のために死んだ女性たちや、今も性産業に囚われているすべての女性たちのために、公の場に出ることを決意したという。

 「私は、自分の身に起こったことを話す準備がまだできていないすべてのサバイバーたちのためにも、あなたたちは一人ではないし、あなたたちを助けるためのサポートが待っていることを知ってもらうために声を上げているのです」。

出典:https://www.independent.com.mt/articles/2020-10-17/local-news/Full-decriminalisation-would-be-disaster-for-Malta-prostitution-and-sex-trafficking-survivors-6736227933

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

ジュリア・マグリ「売買春の合法化はマルタにとって災厄となるだろう――2人のサバイバーが語る売買春の真実」」に3件のコメントがあります

コメントを残す