性暴力ポルノ雑誌『ハスラー』の創刊者ラリー・フリントが死去

 性暴力的なポルノ雑誌として有名な『ハスラー』の創刊者ラリー・フリントが2021年2月10日、心不全で死去した。享年78歳だった。

 ラリー・フリントは1974年に『ハスラー』という性暴力的ポルノ雑誌を創刊し、その中で女性を徹底的に性的虐待に貶める画像を掲載しただけでなく、少女や少数民族、フェミニストをターゲットにした性的写真や漫画を多数掲載した。ある号の表紙では、裸の女性がひき肉機にさかさまに突っ込まれてひき肉にされている画像を掲載している(以下の写真)。

 また、ユダヤ人の少女を金のついた棒で誘ってレイプする漫画や、フェミニストをイメージした大柄な女性の局部からアリがはい出している漫画なども掲載しており、単に性差別的で性暴力的であるだけでなく、人種差別的で、明確に反フェミニズムの政治的煽動雑誌でもあった。

 さらにラリー・フリントは隠し撮りされたジャクリーン・ケネディ(ケネディ夫人)のヌード写真をパパラッチから買い取って、それを1975年8月号に掲載し、この号が世界中で爆発的に売れたため、フリントはたちまち大金持ちとなった。

 このような性暴力的写真や漫画に対してラディカル・フェミニストたちは何度も抗議行動を行なったが、リベラル派はこれを「表現の自由」だとして擁護し、フリントを「表現の自由の擁護者」として描き出した。たとえば、フリントをテーマにしたハリウッド映画『ラリー・フリント』でもそのように描かれているし、今回のフリントの死に際して、多くのリベラル系メディアは「表現の自由の擁護者」として報道している。

 彼女の娘であるトーニャ・フリント=ヴェガさんは、ラリーを美化した映画『ラリー・フリント』に怒りを覚え、実は子供のころ父親のラリーによって性的虐待を受けていたことを告発し、後にポルノ被害のサバイバーとして反ポルノ活動に従事している。

 『プレイボーイ』や『ペントハウス』や『ハスラー』といったアメリカ産の性暴力ポルノ雑誌の世界的普及の延長上に、ポルノハブによる暴力ポルノや児童ポルノ、AV強要などがあるのである。われわれはこの機会に改めて、ポルノ被害の根絶と性暴力ポルノの法的規制を訴える。

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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