パク・ヘジュン「美容行為に対する韓国女性の抵抗」

【解説】以下は、2022年8月27日に行なわれた、『美とミソジニー』(慶応大学出版会)の翻訳記念ウェビナーで発表されたパク・ヘジュンさんの報告です。ヘジュンさんは韓国のラディカル・フェミニストで、長年にわたって性売買の廃絶運動に従事してきました。

 こんにちは。私の名前はパク・ヘジュンです。私はこれまで、韓国でラディカル・フェミニスト文献の出版プロジェクトに数多く参加してきました。今日は、脱コルセット(タルコルセット)運動と『美とミソジニー』が及ぼした影響についてお話したいと思います。

 ご存知の方も多いと思いますが、2015年に韓国でラディカル・フェミニストの運動が起こりました。それは、韓国の若い女性たちの間で行われたオンラインベースの大衆運動でした。これらの若い女性たちは、売買春、トランスジェンダリズム、美容行為に反対したのです。私は、長い間、売買春の廃絶運動に従事してきましたが、2017年に、この新しいオンライン・フェミニストたちのラディカルな政治性を知ったとき、とても興奮しました。というのも、私は、多くのフェミニストやクィア活動家が「セックスワーク」イデオロギーに傾いてることに不満を感じていたからです。これらの若いフェミニストたちはFacebook上で、著名なフェミニスト学者の売買春や性的搾取に関する意見を批判していました。当時、私はシーラ・ジェフリーズさんの文献を熱心に読んでいたので、これらのフェミニストたちに、売買春やトランスジェンダリズムを批判的に分析しているラディカル・フェミニストの学者がいることを知らせたいと思ったのです。

 その中の一人で、後にヨルダ・ブックスの代表となるク・ジヘに連絡を取り、シーラ・ジェフリーズさんの著作『有害なジェンダー』の一つの章を韓国語で翻訳したものを送りました。彼女はこの本にとっても深い感銘を受けました。そして、ジェフリーズさんの作品を韓国で出版する必要があるという結論に至りました。こうして私たちは、フェミニスト出版社を設立することにしたのです。

 『美とミソジニー』は、韓国で出版したいと思った最初の本でした。当時、韓国では脱コルセット運動をめぐって本格的な議論が展開されていたからです。しかし、女性たちのネット上での議論から生まれたネット上の資料を別にすれば、そうした議論を裏づけたり理論を提供したりする書籍も学術論文も存在していませんでした。『美とミソジニー』を出版することで、私たちだけが美容行為と戦っているわけではないこと、ラディカル・フェミニズムの政治を提唱する理論や学術書があることを韓国の読者に知ってもらいたかったのです。

 『美とミソジニー』の韓国語版が出たのは、ソウルで男性の暴力に反対する女性だけの前代未聞の集会が行なわれた2018年7月のことです。何千何万もの女性たちが街頭に押し寄せ、男性の暴力に対する怒りを表明しました。そして、集会では、抗議の一環として頭髪を刈り上げるパフォーマンスがなされました。多くの参加者が、美容行為がいかに女性の性的客体化と関係しているか、なぜ脱コルセット運動に参加したのかについて語ったのです。

 ここで、脱コルセット運動がどのように発展してきたかを簡単に説明しておきたいと思います。

 「メガリア」に代表されるラディカル・フェミニスト運動の出現は、2000年代初頭に形成された大規模な女性だけのオンライン・グループの存在に影響を受けています。女性たちが女性専用のオンライン・グループを立ち上げ始めたのは、ミソジニー的なネット文化が原因でした。皮肉なことですが、当初、これらのネット空間は、女性同士で美容情報を共有することに重点を置いていました。

 しかし、その後、有名人たちの性差別的な言動をめぐって男性グループと対立し、フェミニスト化することになったのです。女性だけのネット空間では、ミソジニー文化への批判を自由に表現し、女性同士が精神的な支えになります。この安全な環境の中で、女性たちはユーモアや風刺を通じて男性たちのとんでもない行動を嘲笑することもありました。

 この経験は、2015年に登場した「メガリア」のパロディ戦術とリンクしています。「メガリア」の登場によって、女性たちの間で、ミソジニー文化に対するより本格的な批判が発展し、フェミニスト意識が芽生えたのです。これのおかげで、女性自身のネット空間が開かれ、その中で自分たちの私生活を共有し、その経験をフェミニストの観点から共に分析できるようになりました。こうした環境は、ネットでの集団的な意識向上を促進したのです。

 女性として自らの私生活を語るのですから、美容行為は当初から中心的な話題の一つでした。「コルセット」という言葉は、家父長的で抑圧的な規範を検証するために採用されました。tal-corsetの「tal」(脫)は、服を脱ぐ、何かから離れるという意味です。

 ネット上での議論の結果、女性たちは次のような結論に至りました。規範としての「女らしさ」は女性の社会的地位の低さを示すものであり、美容行為は女性を人形にするメカニズムであり、女性を物や商品に変え、女性の性的客体化に奉仕するものだということです。女性たちは、美容行為を完全に放棄することで、規範としての女らしさを拒否する必要があると考えました。脱コルセットの実践には、一般に、化粧、ダイエット、スカートの着用、ロングヘアなどの美容行為を拒絶することが含まれます。

 しかし、多くの女性にとって、日々の美容行為で慣れ親しんできたものを捨てるのは容易なことではありませんでした。彼女たちが日常生活の中で美容行為を拒否するきっかけとなったのは、自分たちが美容行為を続けているからり若い世代の美容行為を強化することになると考えたからです。美容行為から解放された女性の新しい外見規範を設定しなければならないという使命感が、多くの女性たちに共有されていたのです。

 2018年に開催された女性だけの大規模な集会は、脱コルセットを実践するフェミニストたちがお互いに直接顔を合わせる機会を女性たちに与え、運動をタイムリーに後押しするものとりました。6つの集会が開かれ、合わせて数万人の女性たちが街頭に集まりましたが、新しく登場したオンライン・フェミニストはみな、集会で美容行為を放棄した女性たちの姿を見て深く感動し、脱コルセットの実践についてより勇気を持つようになったのです。

 私は自分の博士論文のために12人の脱コルセット参加者に詳しいインタビューを行いましたが、週末に仕事をしなければならなかった一人の女性を除いて、すべての女性が少なくとも一度は集会に参加したことがあることがわかりました。この経験は、女性たちに脱コルセットを実践するフェミニストとしての帰属意識と連帯感をもたらしました。この脱コルセット運動を通じて、美容行為の拒否は、女性の社会的地位を高め、抑圧的な美の規範を終わらせるための集団的努力として意味を持つようになったのです。このフェミニスト的な大目的は、社会的な圧力に抗して、女性たちが脱コルセットを実践しつづける力を与えてくれました。彼女たちは、自由と利便性のためだけでなく、未来の世代を含むすべての女性の権利のために脱コルセットを実践しているのです。

 しかし、あらゆる社会運動がそうであるように、やがて脱コルセット運動もやがて勢いをなくしはじめました。脱コルセットを続けるためには、他のラディカル・フェミニストたちと直接顔を合わせることが重要なのですが、新型コロナの大流行がこの運動にとって大きな打撃となったのです。

 2020年以降、脱コルセットに関するSNSへの投稿や議論が減少しているので、今は運動の成長が止まっているように感じます。しかし、今でも「tal-corset(脱コルセット)」というハッシュタグをつけたSNSの投稿やその体験談を目にすることがあります。女性のオンライン・コミュニティでは、脱コルセットは女性の権利を向上させるために役立っており、美容行為は女性に害を与えるというのがおおむね共通の意見です。私は、脱コルセット運動の最も大きな成果は、美容行為が個人の好みの問題ではなく、女性の社会問題であり政治問題であると認識されるようになったことだと考えています。

 たとえば、2021年夏のオリンピックで女子アーチェリーのアン・サンが3つの金メダルを獲得したとき、韓国の男たちは彼女がショートヘアで女子大に通っていることを理由に、ラディカル・フェミニストだと非難しました。

 こうした男性たちからの攻撃をきっかけに、女性のオンライン・コミュニティでは、女性のショートヘアを擁護するハッシュタグ・キャンペーンが行なわれました。

 脱コルセット運動が発展する中で出版されたジェフリーズさんの『美とミソジニー』は、この運動に理論的文脈と歴史的背景を与えてくれました。韓国のアカデミズムはこの運動のラディカルな政治性にあまり関心を示さず、軽蔑さえしていましたが、この本は、なぜ美容行為を拒否することが女性の解放を達成するために重要なのかを、学問的に明らかにするものでした。『美とミソジニー』韓国語訳を出した出版社は、この本が脱コルセット運動との関連で重要であることを知っていたので、ジェフリーズさんの2枚の写真を掲載しました。

 1枚は彼女が若くて長い髪をしていたときの写真、もう1枚は最近撮った短い髪をしている写真です。「著者はコルセットを脱いだ」というキャプションが添えられました。このことが示しているように、韓国のフェミニストたちは、この本を、進行中の脱コルセット運動と結びつけることを望んでいたのです。自分たちの脱コルセット運動を支えるラディカル・フェミニズムの理論を探し求めた結果、この韓国語訳が生まれたのです。韓国のアカデミズムとは異なり、女性読者はこの本の出版を歓迎しました。多くのラィデカル・フェミニスト系のブッククラブが、この本を選んで読み、熱心に議論しました。

 著者は脱コルセット運動に対する私たちの熱意を共有してくれました。2019年に『有害なジェンダー』のブックツアーで韓国に来られて、講演を行なった際、聴衆がみなショートヘアでノーメイクの女性ばかりなのを見て感動したそうです。1970年代のイギリスでの女性解放運動を思い出したとおっしゃっていました。当時、著者を含む多くのイギリス人女性は意識向上の結果、美容行為を放棄したのです。

 この本が日本で出版されることをうれしく思います。なぜなら、この本が日本の女性たちに、美容行為の有害性について考えるインスピレーションを与えてくれると確信しているからです。ありがとうございました。

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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