【解説】ここに紹介するのは、2022年11月に来日されたイギリスのラディカル・フェミニスト団体「FiLiA」から来られたアリ・モリスさんと日本のフェミニスト団体・個人との交流会でなされた報告です。モリスさんはイギリスのウェールズ出身で、サバイバーです。交流会に先立って、私たちはアリさんを交えて「買春社会を考える会」といっしょに新宿駅東口で売買春に反対するリレートークを行ない、その後、御茶ノ水に移動して、交流会を実施しました。交流会には、ネット参加を含め約25人前後が参加し、4時間にわたって活発に報告と討論とがなされました。
まず最初に、今日、皆さんとお話できることを光栄に思います。私は、皆さんと同じような経験はしていませんが、自分自身のトラウマ、性的搾取、虐待に対処する必要がありました。皆さんにお送りした「経歴」で、私の過去を少し読んでいただけたかと思います。
今日は、イギリスにおける性的搾取の現状と、特にFiLiAがそれに対して行なっていることについてお話しようと思います。
FiLiAについて
FiLiA がどのような団体で、何をしているのかご存じない方のために、少しご説明します。FiLiA は、フェミニストである女性が中心となって活動している団体で、女性の人権に関する活動で慈善団体としての地位を確立しています。
FiLiA の使命は、以下のような形で女性解放運動に貢献することです。
1,シスターフッドと連帯(地域的、全国的、世界的)の構築。
2,女性の声を増幅する(とくに、あまり声を聞かれない、あるいは意図的に沈黙させられている女性の声を)。
3,女性の人権を擁護する
ブログ、ポッドキャスト、ニュースレター、キャンペーン、展示会や種々のプロジェクト、そしてヨーロッパ最大の「女性の権利国際年次大会」など、さまざまな方法でこれらを推進しています。先月開催された「FiLiA2022」はウェールズの首都カーディフで開催され、1700人以上の女性が参加し、過去最大規模となりました。アメリカ、カナダ、韓国、コロンビア、イスラエル、日本など、世界各国から多くの女性たちが参加しました。売買春、ポルノ、人身売買、イランの反乱、母性、レズビアンの空間など、さまざまなテーマで講演やワークショップが行なわれました。メリンダ・タンカード・リーストさん、ケイトリン・ローパーさん、ジュリー・ビンデルさん、ヒボ・ワーデレさん、そして6年間イランで拘禁されていたナザニン・ザガリ・ラトクリフさんなど、素晴らしいスピーカーたちが登壇しました。3日間、女性たちは語り、耳を傾け、応援し、踊り、素晴らしい新しい友人たちとつながりました。
イギリスにおける性搾取と法律の状況
女性の性的搾取に関するイギリスの状況は、複雑です。そこには、この分野をカバーする3つの重要な法律があります。2009年警察・犯罪法、2003年性犯罪禁止法、2015年現代奴隷制禁止法です。
イギリスでは、性的サービスを金銭と交換すること、つまり売買春は合法ですが、公共の場での勧誘、車での物色、売春店の所有や経営、ピンプ行為(周旋)など、多くの行為が犯罪となっています。しかし、プライベートで性を売ることは合法です。
この法律は、力の行使や強要された人とのセックスにお金を支払うのは犯罪であると定めています。しかし、これを証明するのは非常に難しいのが現実です。
イギリスでのセックスの同意年齢は16歳ですが、イギリスの法律では18歳までは未成年とみなされるため、18歳未満の人からセックスを買うことは違法とされています。2015年、児童売春という規定は削除されて「児童の性的搾取」に置き換えられました。
イギリスは、CEDAW(セドー)として知られる国連の女性差別撤廃条約に署名しています。CEDAWの第6条には、「締約国は、あらゆる形態の女性の売買及び女性の売春の搾取を抑止するため、法律を含むすべての適当な措置をとるものとする」とあります。法的な縛りがあるわけです。
このように売買春を規制する法律があれば、女性や少女は安全できちんと支援されていると思うかもしれませんが、残念ながらそうなってはいません。これらの法律の実施は、強力でもなければ、意味のある程度に実施されてもいないのです。
多くの変更と新しい法律の導入は、売春の中にいる女性たちの大部分が外国の出身であることに対するイギリス政府の懸念から生まれました。また、性的搾取を目的としてイギリスに人身売買されていると思われる女性が非常に多いことにも懸念がありました。性的人身売買は特定指定犯罪となりました。
しかし明らかなのは、外国出身者の人身売買と性的奴隷制が最重要の懸念事項とされ、売買春や性的搾取に巻き込まれているイギリス出身の女性は懸念対象ではなかったということです。
現実には、警察は現行法を施行するためにほとんど何もしておらず、とくに性の買い手を起訴することができていません。警察が関与するのは通常、人身売買、移民問題、薬物売買の証拠がある場合、あるいは売春店が地域社会の中であまりに大きな問題を引き起こしている場合のみです。
つまり、売買春の中にいるほとんどの女性は、ほとんど、ないしまったく支援を得られていないのです。
たしかに、警察が女性を支援して、買い手の男性を逮捕するような地域も散見されます。しかし、これは一般的ではありません。これは通常、地元の警察と協力した、「女性に対する暴力」防止パートナーシップや、女性とともに活動する専門的な支援プロジェクトが存在する場合に起こります。
支援プロジェクトの資金は、多くの資金源から得られます。これらは通常、慈善団体からの助成金や地方自治体からのものです。イギリスでは、性的搾取を受けた女性に対する中央政府の資金提供による支援はありません。海外から人身売買された女性に対するものしかありません。このような女性たちには、政府が資金を提供する特別な制度を紹介し、イギリス国内でのサポート、居住権申請のサポート、そして本人が望むなら母国へ戻るためのサポートを提供しています。
性売買被害者支援の困難さ
先に述べたように、性的に搾取された女性を支援する政府の政策や制度はありません。支援は通常、他のルート、主に医療サービスを通じて受けることになります。性的医療サービスでは、初期評価の一環として、売買春や性的搾取に関する質問がなされる場合があります。しかし、女性が「はい」と答えた場合どうなるかは、その地域で何が制度的に利用可能であるかに完全にかかっているため、確定的なものではありません。そしてたいていは何もないのです。
イギリスでは、売買春や性的搾取に関わる女性の90%以上が薬物依存やアルコール依存にあると推定されており、多くの女性が依存症関係のサービスにも参加しています。薬物・アルコール依存回復サービスにはしばしば女性専用のセッションがありますが、こうしたサービスは、それを必要とする地域社会のあらゆる女性のためのものです。薬物・アルコール依存回復サービスは地域単位で資金を調達し運営されており、時には、他の地域の支援プロジェクトと連携し、女性が迅速にサービスに参加できるような仕組みになっている場合があります。
精神疾患、ホームレス、家庭内虐待など、売買春の中の女性たちが経験する共通の問題を支援するサービスは、他のどの女性たちの場合とも中身が同じものなので、売買春の中の女性たちが直面する追加的なトラウマや特有の困難に対する理解なしに運用されています。
売買春や性的に搾取されている女性たち、あるいはその他の形態の性産業に従事する女性たちのための専門的な支援はすべて、慈善団体や独立した女性団体によって運営されています。資金はさまざまなところから集められ、プロジェクトはそれぞれ異なる方法で運営され、何が役に立つかについても異なる考えを持っています。多くの場合、何の調査も、しっかりとしたエビデンスもないまま運営されているのです。
イギリスの法律では、ピンプによる売春周旋(ピンプ行為)は、路上や公共の場でのセックスの購入と同様に違法です。しかし、ピンプや性の買い手が起訴されたり、罰せられることはめったにありません。警察は、人身売買や薬物売買が絡んでいないかぎり、見て見ぬふりをするのが普通です。女性の命は彼らの重要課題ではないのです。
「ピンプの楽園」イギリス
2020年、フェミニストの運動家たちは、イギリスが「ピンプの楽園」になるのを阻止するようイギリス政府に呼びかけました。人身売買された女性、特に東欧からの女性が、ここでは産業的規模で性的搾取を受けているからです。毎年、何千、何万もの女性たちが、比較的リベラルな売春法を悪用しようとする犯罪組織によってイギリスに誘い込まれ、性的搾取や奴隷状態に追い込まれているというエビデンスがあります。政府は、性的人身売買の撲滅に取り組むと言いながら、売買春あっせんサイトを犯罪化することを拒否していますし、売買春に関わる女性を非犯罪化することも拒否しています。
現在、「一般売春婦」として犯罪に問われた女性は、たとえ強要ないし強制されていたとしても、100年間その犯罪歴が残ります。私たちは現在、彼女たちの有罪記録を廃棄するよう求めるキャンペーンを国会で行なっています。これを主導しているのは、FiLiA の素晴らしいボランティアの一人で、売買春とヘロイン中毒のサバイバーである女性です。
2018年には、性的搾取を伴う人身売買事件が212件も発生しました。しかし、有罪判決に至るケースは非常に少なく、また、有罪判決を受けても比較的小さな罰しか受けません。多くは罰金を科せられるだけで、投獄されることはありません。たとえば私が住むサウスウェールズ州では、これまでピンプが起訴されたことはありません。特にここには違法な売春店がたくさんあり、そこで女性が強制的に売買されているのですから、許しがたいことです。
売買春における人種差別と児童虐待
ロンドンのような大都市では、売買春の中の女性たちの約8割が海外から来た移民女性です。中国、東欧(とくにルーマニア)、アフリカの一部の国々から来た女性たちが一般的です。私が住んでいる小さな町でも、売春店にいる女性の75〜80%は移民女性です。通常、売春店には出身国別の「メニュー」が用意されています。カタログのような冊子には、さまざまな出自の女性たちが、さまざまな値段で紹介されています。女性たちはその出身地の人気度によって値段を決められているのです。このようなシステムの中に組み込まれている人種差別は嫌悪すべきものであり、そしてとても根深いものです。ポルノではとっくにそうなっており、売買春でも何ら変わらないのです。彼女たちは、英語が話せないという言葉の壁と、移民という不安定な地位のせいで、さらに弱い立場にあります。彼女たちは通常、母国に家族を持ち、家族は彼女たちからの仕送りを当てにしているため、自分自身や家族全員にとって悲惨な結果を招かずに性産業から抜け出す方法がないのです。
イギリスでは、ほとんどの女性が14歳ごろから売春を始めます。通常、彼女たちは貧しい環境にあり、多くの場合、児童養護施設や生活保護の世話になった経験があります。ほとんどの場合、幼少期に虐待やトラウマを経験しているため、ピンプや買春者にとっては格好の餌食なのです。
イギリスでの調査によると、売買春を始めたり、何らかの形で性的搾取を受けたりする女性の大半は、そこに入る前に同じような背景や経験を持っていることがわかっています。それは次のようなものです。
・児童保護を受けたり、機能不全家庭や虐待的家庭の出身である
・薬物やアルコールの問題を抱えている
・メンタルヘルス上の問題を抱えている
・貧困層の出身である
・教育レベルが低い
・ホームレスや不安定な住居にいる
女性たちが語るには、売買春の世界に入ったのは、すでに経験した虐待によって、自分には価値がないと思い込んだり、セックスというたった一つのことしか自分にはできないと考えるようになったからです。
支援制度と支援者の問題
このように複合的な脆弱さを抱えた女性たちは、すでに支援窓口からぞんざいに扱われており、さらに、売買春やその他の性風俗産業に携わっていることがわかると、いっそうひどい扱いを受けることが多いのです。彼女たちは混乱した生活を送っており、その日暮らしをし、ただ生きのびるために薬物を求める日々を送っていることが多いのです。
イギリスの多くの専門家たちの態度は、売買春の中にいる女性たちは自分自身で選択してそこにいるのであり、それゆえ支援リストの最後尾に置かれ、支援に値しないと判断されることが多いのです。たとえば、彼女たちは朝早くから路上に出なければならないにもかかわらず、支援担当者との面談の予約は早朝に取らされます。案の定、約束の時間に来ないと、待機者リストから取り除かれるのです。私はソーシャルワーカーとして、このような状況を目の当たりにしてきました。彼女たちは悪しざまに言われ、特に移民の女性は人種的な中傷で語られることがよくあります。
脆弱性を抱えた女性たちを支援することは非常に困難です。なぜなら、実際の支援を行なう前に対処しなければならない問題がいくつも存在するからです。ウェールズのプロジェクトで私が支援した女性の100%が、薬物依存の問題を抱えていました。薬物カウンセラーのアポイントを取るのは、ほとんど不可能です。サービスによっては、3カ月待ちという場合もあります。女性たちは、しばしば、解決不能な板挟み状態に陥っています。メンタルヘルス上の問題がある場合には、薬物サービスの担当者は彼女たちに会おうとせず、薬物を使用している場合には、メンタルヘルスサービスの担当者は彼女たちに会わないのです。
女性を分断し対立させる家父長制の戦略
家父長制は、女性を分断し、支配し、女性同士で争うように仕向けることで繁栄してきました。このことはまた、売買春が実際に女性に何をもたらすかについて考えることを妨げています。
イギリスでは、路上で売春する女性たちは、性売買ヒエラルキーの最下層に位置すると考えられています。高級エスコート嬢として働く女性は、ヒエラルキーの頂点にいると考えられています。より小さなグループ内でも、年齢や魅力、売春に携わってきた期間によってヒエラルキーが形成されているのを私は見てきました。彼女たちが切実に求めているのは、友情と理解なのに、このような分断を目にするのは悲しいことです。彼女たちがどのような人生を送ってきたかを知る人が必要なのにです。
新型コロナ・パンデミックは、こうしたヒエラルキーがどのように機能するかを白日の下にさらしました。ここイギリスでは、女性たちは長期間にわたってロックダウンの下に置かれ、路上や売春店に行ってお金を稼ぐことができなくなりました。ヒエラルキーの上位に位置する女性たちは、ロックダウンの規則を破ってやって来る買い手が少なくなったため、下位にいる女性たちを市場から完全に追い出してしまったのです。私の意見では、ピンプたちはこのテクニックを意図的に利用して、女性たちを互いに疎外するように仕向けています。そのため、彼女たちは、同じ仲間同士の支援ネットワークを持たず、自分たちが置かれた状況を男たちやシステムのせいにするのではなく、自分たちのせいにしているのです。
このことは、事実上、私たちの社会で最も弱い立場にある女性たちを、相互支援や実際的な支援、同じような経験を持つ他の女性たちと友情を築く可能性を奪うことによって、さらに弱い立場に追いやることになりました。
新型コロナのパンデミックと、イギリスが現在経験しているひどい経済危機は、さらに多くの女性を貧困に追いやり、その結果、彼女たちを性産業に走らせました。メディアは、Only Fans(オンリーファンズ)のようなオンラインサイトを、女性や少女がお金を稼ぐための有効で安全な方法として宣伝していますが、このようなサイトには大きな問題があります。そうでないわけがあるでしょうか。メディアは、性産業が、女性が生きていくための有効かつ無害な手段であるという神話を煽っているのです。
変化の兆し
しかし、ここイギリスでは、性的搾取を受けている女性に対する認識が初めて変化しつつあります。性売買の被害が、公的サービスを提供し変化をもたらす力を持った人々によって認識されたことは、大きな前進です。フェミニスト運動は大いに世間を騒がせ、この変化の中心的存在となりました。FiLiA や Nordic Model Now(私はかつて同団体のキャンペーン・マネージャーを務めていました)のような組織がその最前線にいます。私たちは今、売買春や性的搾取が「女性に対する暴力」というアンブレラのもとに入りつつあるのを目にしています。この動きは、支援を必要とする女性や少女に大きな変化をもたらすでしょう。イギリスには「女性や少女に対する暴力」根絶法があり、すべての地方自治体は女性や少女に対する暴力を根絶する戦略を持たなければならないと定めています。しかし、それをどのように解釈し、どのようなサポートを提供するかは、それぞれの地域の裁量に委ねられています。性的搾取を受けた女性が、一般的な女性向けサービスや、訓練も理解もない専門サービスから、不適切な支援を提供されているのを、私たちはまだ目にしています。
性産業は搾取的で危険で有害であるというフェミニストの主張と並行して、イギリス売春婦コレクティブ(ECP)による声高な反論が見られます。これはセクスワーク派の団体であり、「セックスワークは真の仕事(リアルワーク)だ」というマントラを唱え、性的搾取を受けることはエンパワー的であり、自由な選択であるとの思想を吹聴しています。彼らは、売買春やその他の形態の性売買を完全に合法化することを提唱しています。そうなれば、ピンプや買春男には経営者や事業主の地位が与えられ、搾取されている女性は何の支援も受けられないままになってしまうことでしょう。
このような不十分で非系統的なサービスや、「セックスワークは真の仕事だ」というミスリーディングで誤ったキャンペーンに抗するために、FiLiA はイギリスで初めて、トラウマ理論を踏まえ、エビデンスに基づく、サバイバー主導のツールキットを開発したのです。私は幸運にも、このプロジェクトに取り組むチームの一員となることができました。このツールキットは、地域の女性や少女を助けたいと願う地方自治体や組織にとって、非常に貴重なリソースとなるでしょう。このツールキットの焦点は、安全な方法で売春や性産業から離脱することにあります。このプロジェクトの開発には、サバイバーが不可欠でした。FiLiA には、私たちと共に活動するサバイバーのグローバルなネットワークがあり、私たちの活動に影響を及ぼしています。
(当日は、ツールキットについての詳しい説明がなされましたが、ここでは割愛します)