危機に立つノルウェーの北欧モデル法

 ノルウェーは、スウェーデンに続いて2009年に北欧モデル立法を制定した国である。北欧モデルとは、根本的な人権侵害である売買春の社会的廃絶に向けた法体系で、1.売春店の経営、売買春の周旋、売買春から第三者が利益を得ることなどを禁止すること、2.買春行為をも処罰の対象とすること、3.売春者を処罰せず、離脱(足抜け)に向けて社会的・医療的・経済的等々の支援を提供すること、という3つの柱にもとづいている(論者によっては、さらに、売買春を女性に対する暴力ないし性差別の実践と規定すること、買春者への更生教育を施すこと、などが入る場合もある)。これら3つの構成要素の中で、北欧モデルにとくに特徴的なのは、2の買春者の処罰である。しかし、現在、この買春者処罰規定がノルウェーにおいて廃止されるかのしれない可能性が出てきた。

 2019年にノルウェーの王室によって任命された刑法審議会は、刑法全般を調査して提案を行なう任務と並んで、刑法第26章の性犯罪規定に関しても全面的な見直しと提案を行なうという任務も帯びていた。そして2022年12月19日、同審議会は360頁以上もある分厚い報告書『刑法――性的自己決定権の保護、刑法改正案 第26章』を法務省と国民保護省に提出した。「自己決定権」を中心に据えたこのタイトルそのものが不安を与えるものだが、案の定、売買春にかかわる刑法規定について論じた第35章3.3において、成人から性的サービスを購入すること(買春)を非犯罪化するよう強く勧告している。

 ただし、売買春の周旋や第三者が売買春から利益を得ること(ピンプ行為)は引き続き禁止することが望ましいと勧告されているので、いわゆる包括的非犯罪化が提案されているわけではない。しかし、この勧告が政府によって受け入れられて、それを含む刑法改正案が国会で可決されれば、世界で2番目の北欧モデル国は、日本と同じ程度の売買春政策を持つ国に後退することになる。

 日本の売春防止法のもとでどれほど実質的に売買春が広く蔓延しているかについては、誰もがよく知っており、ノルウェーの刑法審議会の勧告はまったく非現実的である。この審議会が買春の非犯罪化を求める論理は典型的なセックスワーク論にもとづいており、これまでわれわれが何百回となく目にしてきた言い分に他ならない。そのいくつかを見てみよう。まず、35章3.3の冒頭において報告書は次のよう述べている。

「審議会は、成人からの性的サービスの購入を非犯罪化することを勧告する。個人の性的自己決定権の保護への配慮は、セクシュアリティに関する今日の刑法上の規制の中心原則である。審議会の見解では、このことは本件の非犯罪化を正当化するものである。売買春市場はグローバルなおよび各国内における不平等に基づいて存在しているが、このことは必ずしも、個々の売買春が、性を売る者に他の選択肢がなく、その行為によって被害を被る文脈で行なわれることを意味するものではない。」

 売買春市場が不平等に基づいていることを認めつつ、個々の売買春は必ずしも性を売る側に他の選択肢がない状況で起こるわけでも、その行為によって被害を被るわけでもないと言う。ここでは「性(セクシュアリティ)」の特殊性がまったく考慮に入れられていない。すなわち、性の根本的に人格的な性格、脆弱な性器への接触や身体内部への侵入を伴うこと、女性の従属の歴史に果たしてきた独自の役割、など、単なる労働や仕事には還元されない性のこうした特殊性を最初から配慮していない点で、この報告書は最初からセックスワーク論の立場に立っていると言える。

 すぐれて人格的で脆弱で不平等になりやすい性質の「性」を金銭の力で一方的に領有することそのものが、形式的な同意の有無にかかわらず、その行為(つまり買春)を性の侵害行為(つまり性暴力)とするのである。このことは、買われた側がそれを侵害行為と認識しているかどうかとは別である(実際には、多くの経験者がそれを――後からであれ――侵害行為と認識しているのだが)。報告書は、買春という行為がもつ本質的に侵害的で搾取的な性格を無視した上で、個々の売買春が必ずしも強制された状況で起きていないし、(買春以外の)被害を被るわけでもないから、買春を犯罪化するべきではないと言うのである。

 性の特殊性をいっさい顧みないという報告書の立場はこれに続く文章においても一貫しており、ある行為を犯罪にする決定的な要素(性の特殊性)を排除した上で、個々の買春行為は、危害原則にもとづくなら、刑法上の犯罪をけっして構成しないと主張する。

 百歩譲って、買春行為がそれ自体として誰かに直接危害を加えないことを認めたとしても、社会の公序良俗の観点からそれを禁止することは十分に可能であるし、実際、他の多くのものに関しては、そうした禁止はなされている。たとえば、日本やその他多くの国の法律では、麻薬や銃の所持は禁じられているが、麻薬や銃の所持それ自体が誰かに直接の被害をもたらすわけではない。銃を人に向けて撃たないかぎり、誰もケガしない。しかし、それらの所持が法的に非犯罪化されたならば、それは多くの実際の犯罪を引き起こす決定的な社会的条件をもたらすし、それによって多くの人々の人権が侵害され、社会の公正な秩序が破壊されるのであり、だからこそそれらの所持は禁止されているのである。同じく、飲酒運転やヘルメットなしのバイクの運転も、それ自体としては誰かに直接危害を加えないが、やはり法律で禁じられている。買春も同じである。買春を処罰することで、売買春全体を減らすことができるのであり、そのことによって、人身売買や売春現場での暴力行為(これらについては、この刑法審議会も犯罪として扱うことを支持している)を含む直接の危害の蔓延を防ぐことができるのである。この一点だけでもすでに買春行為の禁止は正当化される。

 次に報告書は、買春処罰規定そのものがもたらすプラスの効果(人身売買の抑制)に対して次のような疑問を提示している。

「しかしそれと同時に、買春禁止規定がこのように利用されているのかという疑問も生じる。同規定導入後、売買春目的の人身売売買が摘発され起訴されるケースは以前より少なくなっている」。

 これは実に奇妙な言い分である。買春を禁止する目的の一つは、売買春そのものを抑制することによって、人身売買の発生件数を抑制することなのだから、売買春目的の人身売買が摘発されるケースは以前より少なくなっていることはまさに、当初の目的が達成されたことを示すものであると解釈することも十分可能である。もし、実際に人身売買が摘発されるケースが増えていたら、この報告書の作成者はきっとそのことをもって、買春禁止が人身売買の抑制に役立っていない証拠として持ち出すことだろう。

 次に報告書は、買春禁止規定が逆にマイナスの効果を与えているとして、セックスワーク派が持ち出す典型的な議論を持ち出している。曰く、売買春がより安全でない状況で行なわれるようになった、曰く、売買春がグレーゾーンに追いやられている(「地下に潜る」論)、曰く、売春者がより困難な生活状況に置かれている、云々。報告書は何か根本的な勘違いをしているようだ。北欧モデル法は、売買春をより安全で快適な環境で行なえるようにするためのものではなく、それ自体が重大な人権侵害である売買春そのものを廃絶するためのものである。それができるだけ売春者の不利益にならないように遂行する配慮は当然なされるが、売買春そのものをより安全で快適なものにすることが立法目的なのではない。そもそも、売買春そのものが女性の安全性の侵害なしには成り立たないのだ。そして、買春の禁止と同時に、売春からの離脱を支援するための措置がとられ、それによって全体として売買春の規模を縮小するなら、その中で必然的に生じるさまざまな被害(買春そのものがもたらす被害は別にしても)をも減らしていくことができるのである。再び百歩譲って、たとえ安全性云々に関する報告書の主張を認めたとしても、全体としての規模が縮小すれば、結局、安全でない環境でなされる売買春そのものの数も減るのである。

 報告書が持ち出しているマイナス効果の中で最も馬鹿げているのは、顧客が処罰される可能性があることで、たとえ売買春の中で違法行為があっても、それを警察に通報することが躊躇される、「なぜならそのことによって客が、ひいては自分たちの生活基盤が脆弱になるからだ」という下りだろう。報告書の筆者は自分の書いていることの意味を理解しているのだろうか。ここで言う「違法行為」とは、買春そのものを指していないことは明らかだから、買春以外の違法行為(たとえば、身体的暴力や、避妊の拒否、約束と違う行為の強要など)のことだろう。買春そのものが処罰されていなくても、何らかの違法行為があってそれを警察に通報すれば、当然、客は逮捕され(ちゃんと捜査されれば)、したがって自分たちの生活基盤が脆弱になるだろう。あるいは少なくともその恐れが生じるだろう。したがって、この「躊躇」なるものは、買春処罰規定とは最初から何の関係もないのである。むしろそれは、売買春そのものを断罪する論理なのである。買春が処罰の対象であろうとなかろうと、あるいは、売買春そのものが完全に非犯罪化されていても、被買春者は、たとえ買春者から何らかの暴力やその他の違法行為をされても、ほとんどの場合、生活基盤が脆弱になることを恐れて警察に通報することを躊躇する。それはまさに、売買春そのものが必然的に暴力やその他の違法行為を伴いやすいものであること、売買春が(全体としてだけでなく個々のそれも)まさに強制と不平等の文脈で行なわれていることを示すものでしかない。

 次に報告書は、人身売買だけでなく、売買春の現場で個々に起こりうる暴力や性的暴行に対しては、それ自体としてすでに刑法上の処罰対象になっているので、そういうものとして扱えばそれでいいと主張する。これもまたセックスワーク派がよく持ち出す理屈だが、とっくに破綻が証明された命題である。全体として違法性が棄却された行為の中で、たまたまある行為が違法であることを証明することははなはだ困難であり、またその取り締まりはなおさら困難である。実際には、そんなことはほぼ不可能である。だからこそ北欧モデルが構想され、実施されたのである。銃の携帯所持を合法化した上で、それがたまたま犯罪に使われる場合のみ取り締まればいいという論理がまったく非現実的であるのと同じである。また警察は、全体として合法化され正当化されている行為に対しては厳しい監視の目を向けはしないし、そこで起こる個々の被害にも冷淡である。自己責任で売買春に従事したことで受けた被害に対しては、たいてい自業自得だという態度を取る。

 それに対して、北欧モデル型立法はまったく異なったアプローチを取る。被買春者は、買春されているというだけですでに被害を、人権侵害を受けているのであり、したがってそれに加えてさらなる被害を受けた場合には、当然にも熱心な救済対象となるだろう。もちろん警察自身の意識も変わらなければならない。だが、警察の態度が変わる決定的な契機はまさに、買春そのものを人権侵害とみなして犯罪化すること、したがって論理必然的に、被買春者が被害を受けている当事者であるという立場を、法律が、したがって社会全体が取ることなのである。

 以上、簡単ながら、ノルウェーの刑法審議会の報告書を批判的に検討した。すでに述べたように、この勧告が受け入れられれば、ノルウェーは北欧モデル国ではなくなり、日本と同じ程度の売買春政策を持つ国に後退する。だが、おそらくそれにとどまらないだろう。買春の非犯罪化は、ただ、売買春そのものの完全な非犯罪化に向けた一里塚にすぎない。実際、この報告書は、売買春の包括的非犯罪化(買春のみならず、売春店の経営や売春の周旋などを含めた非犯罪化)を主張しているアムネスティ・インターナショナルや医学雑誌の『ランセット』誌などの立場を肯定的に持ち出している。北欧モデル法からいきなり完全非犯罪化に転換できないからこそ、その最初の決定的な一歩として、北欧モデル法の最も重要な核心である買春禁止規定を撤廃し、それの非犯罪化を勧告しているのである。けっしてそれを許してはならない。ノルウェーのアボリショニストと連帯し、国際世論を盛り上げて、ノルウェーの北欧モデル立法を維持し、むしろそれをいっそう発展させる契機にしなければならない。

English version: SOS! The Nordic Model is under threat in Norway!

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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