「性売買の真実を事前に聞いていれば、誰がそれを選ぶでしょうか」――韓国の性売買サバイバー、ポムナルさんを囲んで

【解説】以下は、2023年3月11日に東京で開催された、韓国の性売買サバイバーであるポムナルさんを囲んで行なわれたシンポジウムのレポートです。ポムナルさんの性売買サバイバーとしての記録である『道一つ越えたら崖っぷち』(アジュマブックス)については、すでに本サイトでも書評をアップしていますので、ぜひそちらも参考にしてください。

中里見博

 国際女性デー記念シンポジウム「性購買という搾取と暴力」が、2023年3月11日に東大福武ホール(東京都文京区)で開かれた。韓国から、性売買サバイバーのポムナルさんを迎えてのシンポジウムで、「セックスワーク」派からの妨害を警戒するなか、客席がほぼ埋まる100名ほどが参加し、盛会のうちに終わった。

 ポムナルさんは、20年に及ぶ性売買の体験をつづった著書を2019年に韓国で出版し大変話題となり、2021年に栄えある「ジェンダー平等文化賞・ジェンダー平等文化支援個人部門」を受賞している。実際、同書は非常に読み応えのある優れた書物であり、性売買の実態を知るうえで必読の本だ。同書は昨年、アジュマブックスから『道一つ越えたら崖っぷち──性売買という搾取と暴力から生きのびた性売買経験当事者の手記』というタイトルで翻訳が出版された(訳者・古橋綾)。

 シンポジウムは、全体の司会・進行をアジュマブックス代表の北原みのりさんが務め、「本の紹介」「韓国と日本で今何が起きているか」「セックスワーク論の問題点」という3部で構成されていた(「 」内は筆者によるもの)。

 第1部の本の紹介は、訳者の古橋綾さんがポムナルさんにインタビューする形式で行なわれ、第2部の現状については、一般社団法人Colabo代表・仁藤夢乃さんとポムナルさんが語り合った。第3部のセックスワーク論批判は、訳書を監修した李美淑さん(東大准教授、社会学・ジャーナリズム研究)のプレゼンを踏まえて、登壇者全員でディスカッションが行なわれた。最初は予定されていなかった参加者との口頭での質疑が、ポムナルさんの希望で短時間行なわれ、参加者から、ポムナルさんの勇気をたたえ、活動に感謝する発言が複数あがった。

 まず第1部について、古橋さんの質問にポムナルさんが答えたことのうち、印象に残ったことを書きたい。ポムナルさんは同書を7年の歳月をかけて完成させたという。4年間ブログで体験を書き、出版を思い至ったが、編集者から「本にするには一から書き直す」よう言われ、さらに3年かかった。執筆の過程で、ただ体験を記録するだけでは済まず、自分の半生と将来についても書かざるをえないことに気づき、自分を振り返るよい機会となるとともに、大変苦しかったとも言われた。執筆を終えて、「うれしい」という一言では表現しえない喜びを感じたという。

 でき上がった本は400頁を超える大著だが、原稿はもっと長かったらしい。しかし編集者から「表現がきつい」とか、「読者が受け入れられる程度にしてくれ」などと言われ削除した部分があるという。ポムナルさんは、事実を伝えることを第一に考えていたので当然不満だった。

 出版直後からポムナルさんへの中傷はあったが、本が受賞してからエスカレートしたという。インタビュー記事1つに対して2000件から8000件程度の書き込みがあり、そのほとんどが誹謗中傷だったとのこと。ついに刑事告訴に踏み切り、現在訴訟は最終段階にあるとのことだった。

 この本が韓国のフェミニズムに与えた影響を問われ、「当事者が発言できる」ことを、身をもって示すことができたのが重要だと答えた。当事者はだれでも自分の意見、考えを持っているが、過酷な状況のもとで、言葉を発するのに時間がかかる。それでも当事者の言葉ほど説得力のあるものはないはずだと。

 最後に、日本の読者に伝えたい思いとして、「性売買をめぐる韓国と日本の法律は違うとはいえ、女性が置かれている現実は同じだ。女性が安全に生きていける社会は、だれもが安全に生きていける」と述べた。

 次に第2部の仁藤夢乃さんとポムナルさんとの対談では、核心をつく仁藤さんの質問に、的確に答えるポムナルさんが印象的だった。

 仁藤さんから、「暴力のない自由意思による選択なら性売買は問題ないと言われることが多いが、性売買を女性は選択しているのか」と尋ねられ、ポムナルさんはそれを明確に批判した。まず、性売買の現場で女性たちへは暴力にさらされているが、「暴力を暴力と判断できない心理状態に陥っている」という。性売買に入る前に幼少期から暴力被害を受けていたり、そうでなくても日常的な暴力に慣れさせられたりする。

 また、多くの女性は選択肢を制限されており、「生活のため」に仕方なく性売買に入っている。ポムナルさん自身、貧困な家庭で育ち、10代から働いて家族を養っており、性売買店のオーナーからバラ色のウソを言われ、性売買の道に入ってしまった。「もし当時、『どうしたの?』と声をかけてくれる大人がいたら、自分は性売買に入ることはなかっただろう」と言われた。

 さらに、斡旋業者は女性の体で大金を稼ぐが、性売買女性は一生烙印を押される。女性に借金を負わせる狡猾なシステムのもと、いったん性売買の世界に入ると抜け出すことはきわめて難しい。「性売買の真実を事前に聞いていれば、誰がそれを選ぶでしょうか」。

 「よく安全な性売買なら問題ないと言われるが、安全な性売買はあると思いますか」という仁藤さんからの質問に対して、ポムナルさんは「『安全な性売買』など話にもならない」と一蹴した。性を買う男性の目的は自分の「欲望」を満たすことで、金を払った以上、自分には「満足のいくサービスを受ける権利がある」と思っている。その際「満足」の中身は問われない。そういう相手を満足させるサービスを提供するセックスに安全などありえるのか、と。性産業の現場は、想像を絶する暴力が存在しているが、現場を知る人は少ない。「もし『安全な性売買』があるというなら、自分がやればよい」、そのような「セックスワーク論者が使う言葉の罠におちいらないように気をつけてほしい」とポムナルさんは言う。

 ポムナルさんは、昨年日本で成立したAV出演被害防止・救済法にも触れ、日本で作られるAVの深刻さに日本人は気づいていない、と指摘された。日本のAVは韓国でも消費されており、その影響は甚大であるが、実は日本のAVは韓国に限らず世界中で消費されており、日本のAVは世界的問題だということを認識してほしい、と述べた。

 「性売買から脱出できた女性の中に、また戻りたいという人もいて、自分で選んで戻る人がいるなら、性売買はいいところなんだって思ってしまう人もいると思うが、どう思うか」という仁藤さんからの問いかけには、ポムナルさんは、性売買の世界に戻ってしまういちばん大きな理由は、性売買社会と一般社会の間の、さまざまな「環境」の違いにあると答えた。そのため性売買の世界に長くいればいるほど、一般社会に適応するのが難しくなるという。例えば、性売買の世界では昼夜が逆転しているので、社会に戻って朝起きるということがとても大変だった。また性売買では店主に命じられるがまま、主体性を失って生きていたので、一般社会で「主体的に生きる」ことがわからなかった。さらに周囲の人に自分の過去を知られるのではないかという恐怖心が常につきまとっていた。そうした新しい環境に慣れるため身を削る努力をしたが、ふとした瞬間にまた戻ろうかなという思いがよぎるという。

 安全な環境にあってこそ初めて人は希望をもって前向きに生きられるが、そういう生活をしたことがないので、新しい環境に適応できない。そんな中で自分が社会に復帰できたのは、仲間のおかげだとポムナルさんは言う。自活支援センターに入って、過去を違う見方で見られるようになったからだ。自分は、「前借金は借金だから返さなければならない」という考えに縛られていたが、自分は「店主のふところを肥やすためだけに搾取されていた」と理解できるようになり、そう理解できてから強い怒りが沸き上がってきたという。自分の反性売買の活動は怒りが原動力だと。

 「当事者は辛すぎるので痛みに気づかないように生きている。当事者が背負わされすぎている。当事者が自由に語れるためには、当事者ではない人はどうすればいいか」との仁藤さんの問いかけに対してポムナルさんは、「みんな当事者ではないか」と答えた。女性という理由だけで差別され暴力にさらされている。暴力の種類と色合いが違うだけで、すべての女性が日常生活の中に潜む同じような危険にさらされている。みなが当事者として証言者になってほしい、そうすれば安全な環境で発言できるようになるだろう、と語った。

 最後の第3部では、最初に李美淑さんが、森田成也著『マルクス主義、フェミニズム、セックスワーク論──搾取と暴力に抗うために』(慶応義塾大学出版会、2021年)に主に基づきながら、性売買に関する法制度や社会の考え方を整理してプレゼンした。そこでは、現在の中心的な対立点が、セックスワーク論vs.性搾取論、性売買の完全非犯罪化(合法化)vs.北欧モデル立法にあることが指摘された。李さんは、韓国では2004年に制定された性売買特別法を契機にセックスワーク論が強まったのに対して、日本では1990年代からセックスワーク論が広まり、現在はそれが中心になっているのはなぜか、と問われた。

 この問いに、司会の北原みのりさんは、当事者対当事者ではなく、当事者の声を受けた研究者どうしの争いになっているのではないか、その中で、性売買を批判すると「当事者差別になる」という見方が強くなっていると指摘した。

 古橋さんは、性売買を批判してはいけないという雰囲気があることを同様に指摘した上で、セックスワーク論の流行以前の問題として、日本は「性を買う」という歴史が長く、社会のすみずみに文化として根付いていることに改めて注意を促した。

 北原さんが、性売買に反対というと「差別だ」と言われてひるんでしまう中で、どうやって反性売買、反性搾取の運動をつくれるだろうか、と提起したのを受け、ポムナルさんは、韓国でも性売買女性が受けた被害は社会で共感を得られにくい現状があると語った。性暴力被害者の中にも、性売買女性は「お金をもらったじゃないか、私たちとは違う」とか、「性暴力を私にしないで性売買の店に行ってやってくれ」と言う人がいる。女性どうしの争いにされている、と。

 李さんは、そういう現状に対して、メディアやジャーナリズムが本来果たすべき役割を果たしているかと提起された。メディアは、#MeToo運動にも冷たく、Colaboに対する攻撃についても、問題を掘り下げた調査報道が見られない。女性が商品として売られることが社会全体にもたらす意味が公共圏で議論されていないが、それを促すためにジャーナリズムの役割は重要だと語った。

 登壇者が口々に語ったように、日本は、ますます性の商業的搾取が隆盛をきわめ、インターネットではポルノサイトが蔓延し、あたかも性売買合法化国であるかのような様相を呈しているが、それに対する批判の声は小さく弱いように思われる。しかし、日本でも被害を受けた人々の中に、声を上げる人が出てきているのも事実だ。会場での短い質疑の時間に、涙ながらにポムナルさんに感謝を述べる人がいた。会場の鳴りやまない拍手を聞き、ポムナルさんの圧倒的な本と、このシンポジウムで語られた明快で力強い批判の言説が、日本における反性売買の言論と運動を前に進める力に必ずなるに違いないと感じた。

(注)以上は、私のメモに基づく報告なので完全に正確ではないこと、筆者の問題意識等に基づく話題の取捨選択がなされていること、とくに第3部はさまざまな要素を考慮して割愛した部分が多いことをお断りしておく。

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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