【解説】すでに本サイトで、南アフリカ共和国における性売買の完全非犯罪化の策動についていくつもの記事で紹介してきましたが、いよいよ非犯罪化法案の成立の可能性が高まったいることを受けて、この問題について論じたジュリー・ビンデルさんの最新の論考を以下に訳出します。
ジュリー・ビンデル
『ザ・クリティック』2023年3月
南アフリカは、今後数ヵ月のうちに、性売買全体の包括的非犯罪化を実施する法案を採決し、アフリカ諸国として初めて性産業を非犯罪化する予定だ。
刑法(性犯罪およびその関連事項)改正法案(別名ジェフリー法案)は、ピンプや売春店経営を含む売買春に関するすべての刑事罰の撤廃を提案し、第一段階で承認された。この法案の支持者たちは、この新法で最も争点になりにくい要素――すなわち、性を売る者(何よりも女性や少女)が逮捕されなくなることであり、私をはじめフェミニストが何十年も支持してきた措置――をやたら熱心に強調する。
いわゆる「セックスワーカーの権利」を求めるロビイストによれば、性売買に関連するすべての法律を撤廃すれば、売買春当事者女性への暴力やスティグマ化を大幅に減らすことができるという。グローバルな性売買の法医学的知識を持つ者として、私は自信を持ってそれが間違っていると断言できる。
この法案は、当事者女性の権利を向上させるものとして提示されているが、実際には、売買春の現実に対する深刻な知識不足と理解に基づいている。それもそのはずで、法案が作成されているあいだ、性売買の廃止を求める性売買サバイバーたちの団体にはまったく相談がなかったのだ。女性たちの保護を強化するどころか、一律にすべて非犯罪化することで、売買春市場は大幅に拡大する。性産業は封じ込められることなく、むしろ合法的に登録されたストリートゾーンや屋内市場を超えて広がっていくだろう。ピンプは「職場」において権利を与えられ、これまで以上に残忍な行為を続ける。ピンプはビジネスマンとして再分類される。女性たちが受ける虐待は、この体制下では「職業上のリスク」と呼ばれる。売春から離脱するための支援は、存在しないも同然だ。
信じられないことに、この法案は、「女性を性的行為に従事させようとするあらゆる共謀、および人の意思に反して性的行為を目的とする誘拐(当該女性が16歳未満の場合を含む)」に対する禁止を撤廃し、さらに「子どもを売春に従事させるよう周旋する、または周旋しようとする親または保護者を処罰すること」(子どもの性売買業者の定義)に対する禁止をなくそうする。
南アフリカは、世界で最もレイプ発生率が高い国の一つだ。ドメスティック・バイオレンス保護施設は、政府からの資金が不足している。レイプ緊急避難センターと、被害者が性的暴行を報告するための警察機関は閉鎖の危機にさらされている。
この国のDV発生率は、世界平均の5倍だ。また、男性による女性や少女の殺害であるフェミサイドの発生率も世界第4位となっている。最も権利を奪われた女性を売買する許可が男性に与えられることで、ピンプや買春者による性的暴力や殺人がさらに増えることになるだろう。
世界中のフェミニストの活動家たちは、非犯罪化に反旗を翻している。世界各国の200以上の人権団体がシリル・ラマフォサ大統領に宛てた公開書簡に署名し、売買春の非犯罪化は南アフリカにとって災厄であり、植民地時代の古いタイプの合法規制政策に戻ることになると説明している。
作家で活動家のグロリア・スタイネムを含む署名者たちは、性売買が非犯罪化されれば、南アフリカに壊滅的な被害をもたらすと述べている。現在、推定13万1000人から18万2000人(南アフリカの成人女性人口の1%に相当)が売買春の中におり、そのほとんどが権利を剥奪された黒人の女性と少女たちである。法案が可決されれば、その数はさらに増えるに違いない。
「この法案は、買春者やピンプの手によって、あるいは売買春という制度そのものによって、私たちが受けている暴力や恐怖、トラウマ、さらには死といった問題に対処するものではありません」と、ケープタウンに拠点を置くSESP(Survivor Empowerment and Support Programme)のミキー・メジは言う。「それどころか、このジェフェリー法案は、私たちの政府の祝福のもと、今後何世代にもわたって、貧しく弱い立場にある黒人の女性や少女を性売買に従事させることになります」。
南アフリカの黒人性売買サバイバーであるメジは、女性人身売買反対連合(CATW)のような国際的アボリショニストから支持を受けている。CATWの事務局長であるテイナ・ビエン=アイメは、「南アフリカ政府は、同国の憲法や国際法上の約束に反して、女性や少女、周辺化されたグループの性的搾取を実質的に許可し、利益を得ることになります」と述べている。「この法案は、性的人身売買業者と売春店のオーナーへの贈り物です」。
メジは、南アフリカで約10年間、売買春という残酷なシステムに巻き込まれていた。しかし現在彼女は、北欧モデル立法の導入のためにキャンペーンを行なっている。北欧モデルとは、買春されている人(ほとんどの場合、女性)が非犯罪化され、性売買からの離脱支援を受けられる一方、買春者は犯罪化されるという法的枠組みであり、スウェーデンは1999年にこの法律を採用した。その後、ノルウェー、フランス、アイルランド共和国、北アイルランド、そして最近ではイスラエルなど、多くの国がこの種の立法を制定している。
この法の目的は、責任の重みを被買春者から性的サービスに金を払う側へと移し、長期的には男性が性的な対価を支払うことを抑止することである。ジェフリー法案を批判する人たちが南アフリカで見たいと願っているのは、この法律だ。「売買春のない世界を想像すると言うと、まるで空気や水がなくても大丈夫だと言っているように扱われます」とメジは言う。「しかし、売買春は誰のためにあるのでしょうか? それは女性のためではありません。自暴自棄から売春をしたり、しばしば暴力的なピンプによって売春させられている彼女たちではなく、自分たちの利己的な快楽のために私たちを虐待する男たちのためにあるのです」。さらにメジは言う――「アパルトヘイトと人種差別の歴史と、性売買における黒人女性の扱いを切り離すことは不可能です。なぜなら、これは奴隷制の一形態であり、女性を非人間化して、男の快楽のために売り買いできるようにするものだからです」。
SWEAT(Sex Workers Education and Advocacy Taskforce)は、南アフリカを代表する売買春推進派のNGOである。2000年以来、非犯罪化を求めるキャンペーンをずっと展開してきた。以前はこの団体のボランティアだったが、現在はその目的を支持していないジェンダー研究の学生ドゥドゥ・ヌドロヴは、こう語る。「アパルトヘイト後の南アフリカで黒人女性として買春されることで思い知らされるのは、ようやく解放されるはずだったのに、実際には自分たちが依然として無価値なままだということです」。
今こそ、南アフリカは男女平等および人種的・社会的正義に基づく視点から、売買春の問題に取り組むべき時だ。ところが、SWEATのような売買春推進活動家たちは、性売買に関する法律をすべて撤廃すれば、「セックスワーク」が適正な職業と認められ、労働者が組合に加入して雇用権を持つようになると主張している。しかし、合法化された体制においては、組合への組織化は不可能であることが証明されている。お金を払ってセックスをする男たちは、自分の好きなことを好きなようにしたいのだ。いわゆる「労働者の権利」がどう役立つというのか?
売買春を非犯罪化した国々では、性売買が爆発的に増加し、ドイツなど多くの国では、その利益をGDPの一部に算入している。オランダ、スイス、デンマーク、米国ネバダ州に見られるように、このような法的枠組みのもとでは、合法市場とともに違法市場も成長しているし、人身売買業者や未成年の売買春も増加している。
植民地征服の時代、女性の身体は商品として扱われていた。植民者たちは、女性の身体にアクセスしたいという男性の要求を満たすために、南アフリカの黒人女性の性的・経済的搾取を利用した。スペインのコンキスタドール(征服者)は、ラテンアメリカにおいて性売買を組織化し、管理し、産業化した。イギリスの植民地軍はインドで合法的な売買春のシステムを構築し、フランスの植民地軍はそれぞれの植民地でそれと同じことを行なった。独立後、ほとんどの反植民地指導者が合法的な売買春制度を廃止したのは、このためだ。
国際NGO団体であるCAPインターナショナル(Coalition to Abolish Prostitution)のCEOジョナサン・マクラーは、今回の法案は南アフリカの女性と少女に「破滅的な」メッセージを送っていると述べている。「社会的・経済的権利やディーセント・ワークへのアクセスを保証する社会的・経済的なセーフティネットを提供するのではなく、男性による女性の身体の果てしない搾取を合法化することが生計の手段であると認めよと言われているのです。……売買春の非犯罪化は、このような抑圧をさらにノーマル化し正当化することになるでしょう」とマクラーは言う。
この法案に対する意見公募の過程は1月31日に終了し、現在、国会での審議が行なわれているが、アボリショニスト運動家たちは、世界中で自分たちの支持者が増えていることから、この法案を阻止することができると今なお信じている。しかしミッキー・メジによると、南アフリカ全土でこの法案を支持する40以上の組織のネットワークがあり、その中にはLGBTQの組織もすべて含まれているという。
このようなことになっているのは、一見すると、これらの団体が、被買春女性と同じハイリスクグループであるゲイ男性を対象としたHIV関連の予防サービスや同じ資金源を共有しているからであるように思える。しかし、2014年に医学雑誌『ランセット』が推進した、世界的な非犯罪化がHIVの新規感染率を著しく低下させるという説は事実によって否定されている。このような説を唱えた研究者たちは、非犯罪化・合法化のもとで売買春市場がスパイラル的に拡大するという事実を考慮に入れていなかったのである。
南アフリカは今なお多くの点でアパルトヘイト国家のままであり、最も貧しい黒人の女性と少女が、白人金持ちの欲望を満たすために売買春へと強要されている。これは、ネルソン・マンデラが、著しい不平等と暴力的な人種差別から国民を解放することに成功したときに望んだ国ではない。彼は2005年の演説でこう言っている。
「女性と少女が暴力的に攻撃されるたびごとに、私たちの人間性は低下する。女性たちが男性の求めによって無防備な性行為を強いられるたびごとに、私たちの尊厳と誇りは破壊される。女性たちがセックスのために自分の生を切り売りさせられるたびごとに、私たちは生涯刑務所に入るよう宣告される。私たちが沈黙する一瞬ごとに、私たちは女性たちに陰謀を企てているのだ」。
出典:https://thecritic.co.uk/issues/march-2023/a-gift-to-pimps-and-traffickers/
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