ドイツにおける売買春――合法化は惨憺たる結果を招いた

【解説】以下はドイツの一流雑誌『シュピーゲル』に掲載された最新の記事の全訳です。ドイツで売買春を合法化する法律ができてから20年が経ちますが、その悲惨な実態を取材し明らかにした力作の記事です。ドイツでは、社会民主党も緑の党も左翼党もすべて、セックスワーク論に基づいて売買春の自由化を推進しました。ドイツ共産党を除くすべての左派が、グローバルな人身売買を全面的に助ける政策を支持したのです。

カトリン・ラングハンス

『シュピーゲル』2023年6月23日

 レナは、美しい笑顔の男がピンプだとは知らなかった。ヴィクトルは背が高く、立派な体格で、体にタトゥーが入っていた。魅力的な男で、同時に世界チャンピオンのタイトルを持つ格闘家でもあった。彼はバーのオーナーだと名乗り、レナとその友人にフルーツプレートをおごった。翌日、彼はインスタグラムの彼女の写真の下に炎の絵文字を投稿した。レナとヴィクトルはメッセージを送り合い、仲良くなった。数日後、二人は合意の上でセックスをした。

 今では彼女は知っている。この男には二つの顔があることを。3回目に会った後、ヴィクトルはレナを売春店に連れて行った。彼は当時20歳のレナに売春婦として働くことを強要した。男たちが大勢やってきた。レナはレイプされた。

 『シュピーゲル』誌は、この被害学生の身元を守るため、関係者たちの名前を変えている。この記事に登場する他の売春婦についても同様である。ヴィクトルはレイプの罪で、とりわけ売春の強要、ピンプ行為の罪で懲役6年3ヶ月の判決を受けた。判決は最近確定したところだ。

 レナが経験したことは、このような状況で被るひどい経験の多くを示しているが、彼女の場合、一つの点で特別である。ピンプが有罪になったことだ。実際、ピンプや人身売買業者が有罪判決を受けることはめったにない。売買春ほど力の不均衡が大きい職業は他にない。一方が金を払い、他方が体を提供する。女性が――男性やトランスの人たちもだが――搾取され、レイプされ、精神的に傷つけられる。偽りの約束でドイツに誘われ、男に操られるケースもあれば、レナのように脅されて強要されるケースもある。にもかかわらず、彼女たちの被害は#MeTooの議論にはほとんど登場せず、売春を強要された人々のためのロビー団体もない。

  普通の職業となった売買春

 2002年以来、ドイツでは売買春はもはや「不道徳」ではなく、普通の職業である。これこそ、新たに作られた売買春法が望んだことである。したがって、売春婦は、果物屋がリンゴやナシを売るように、自らの意志でセックスを売る自己決定した起業家なのだ。売春婦は社会保障、年金、健康保険を利用できるようになり、それ以来、賃金を求めて訴訟を起こすことができるようになった。この法律は、2017年の売春婦保護法と同様、売春婦の権利を強化することを目的としていた。

 以上はあくまでも理論上の話だ。実際には、法施行後の20年という歳月がもたらした結果は惨憺たるものだった。推定によれば、ドイツでは約25万人の売春婦が働いている。しかし、登録されているのはわずか2万3700人で、健康保険に加入しているのはさらにごくわずかで、社会保障の対象になっている者はほとんどいない。この法律は善意によるもので、女性を保護するためのものだった。しかし、路上や売春店の残酷な現実が示すように、それは致命的な誤りだった。

 専門家によれば、60%から90%の女性たちが意に反して、貧困ないし強要されて売春に従事している。「リベラルな法律がドイツにおける需要を促進し、したがって人身売買を助長しているのです」とシュトゥットガルトのペーテル・ホルツヴァルト上級検事は言う。「ドイツはタイと同じような評判を受けている」と、約30年にわたり赤線地帯を研究してきた元上級刑事弁護士のヘルムート・シュポーラーは言う。ドイツは「ヨーロッパの売春宿」とみなされていると彼は言う。

 顧客はインターネットで女性の「やりやすさ」を評価する。インターネットのポータルサイト『ルストハウス(欲望の家)』では、あるユーザーがイジーという女性の「ティーンのまんこ」を絶賛している。また別の評価では、売春婦が「すっかりだらんとした状態で、激しく犯された」と報告している。ある買春男はこう書いている。「尻を叩き、後ろから細い首を絞めたら、何でも好きにさせてくれた」。

 2001年にこの法律を良いアイデアだと考えていた人々でさえ、今では、みながみなこの法律を擁護しているわけではないし、そうしたがっているわけでもない。ドイツ社会民主党(SPD)と緑の党は自由化を積極的に推し進め、自由民主党(FDP)と民主的社会主義党(PDS)〔現在の左翼党〕もそれに賛成した。クリスティーネ・バーグマン元家族相(SPD)は、この分野では長い間活動していないという。イルミンガルド・シェーヴェ=ゲリック(緑の党)は、そんな「古い法律」とその影響について語るのは意味がないと書いている。貧困による売春(その一部は違法なものだ)は、法律ができてから一貫して増加しつづけている。ケルスティン・ミュラー(緑の党)は、当時議会グループの長としてこの法律の強力な支持者だったが、『シュピーゲル』誌の質問に対し、この件に関するインタビューには応じられないと答えた。

「私は何十年もの間、人身売買との闘いに邁進してきました。ピンプ行為の問題が今日ほど大きくなったことはありません。何万件もの人身売買事件があります。赤線地帯は、独自の価値観を持ち、独自のゲームのルールを持つパラレル社会です。この法律は加害者を利し、被害者を窮地に追いやっています。売買春という言葉は、ドアの向こうで起きていることを表わす言葉としては完全に間違っています。それは性奴隷制なのです。このような環境では、『私は自発的に売春をしています』と言うことが第一のルールとなっているのです。女性たちは威圧され、恐怖に怯えています。泣きそうになりながらも、微笑むことを学ぶ者も多いのです」――元刑事総監マンフレート・パウルス

  恋人からピンプへ

 レナは『シュピーゲル』誌との話し合いの場として、売春婦にさせられた後に彼女を支えてくれたカウンセリングセンターを提案した。その若い女性はスレンダーで、優しいまなざしをしている。「自発的にこの仕事をする女性など想像もできません」とレナは言う。「売買春がなぜドイツで合法なのか理解できません」。

 レナはヴィクトルが売春店を初めて案内してくれた日のことをぼんやりとしか覚えていない。3回目に会った日の夜、彼はシャンパングラスを2つ持ってバスルームに消えていった。表向きはグラスをきれいにするためということだった。シャンパンを飲んだ後、彼女はおかしな気分になったと言う。「もう自分の体をコントロールできなくなってました」とレナは言う。裁判所は、ヴィクトルが彼女の飲み物にエクスタシーを混ぜたと確信している。

 ヴィクトルはレナを約70キロ離れた売春店まで送り届けたが、そこではすでに2人の女性が働いていた。彼はレナに、俺と付き合い続けたいなら、俺のために売春婦になるしかないと言った。レナは薄暗い中、半裸の女たちに囲まれて立ち尽くし、「間違った映画の中にいるようだった」と感じたことを覚えている。ヴィクトルがお金を数えている間、若い女性がヴィクトルの前にひざまずいていたこともよく覚えている。「私は身動きできませんでした」とレナは言う。「その夜、私は連絡を絶とうと決意しました」。

 しかし翌日になって、ヴィクトルはBMWで、彼女の家にやってきた。彼女は両親と住んでいた。俺と一緒に来なければお前の父親の喉を掻き切るぞと脅された、とレナは言う。彼女はショックを受けた。「最初に浮かんだのは、どうしたら父を守れるだろうかでした」。外では、肩幅ががっちりとして、あごひげをたっぷり蓄えた格闘家のヴィクトルが悠然と待っていた。仕方なく彼女は手早く荷物をまとめた。父親には、ベルリンの友人を数日間訪ねるつもりだと話した。

 ベッド、バスルーム、洗面台、赤いライト。レナは、男に奉仕しなければならなかった部屋をそう記憶している。この部屋で彼女は睡眠も食事もとらなければならなかった。一人の売春婦がローション、タオル、コンドームを持って来て、レナに料金体系を説明した。コンドーム付きのフェラチオと性交は50ユーロ。コンドームなしのフェラチオは30ユーロの追加料金。舐めたり、指を入れたり、キスをしたりするのはそれぞれ20ユーロの追加料金だった。

 「私は麻痺し、心の中は完全に空っぽでした」とレナは言う。「どうしていいかわかりませんでした。とても怖かった」。裁判所は、レナはここでも薬物を投与されていたと確信している。レナは声を上げて泣いた。ヴィクトルは彼女を抱きかかえ、それからレイプした。評決ではそう書かれている。

 その同じ晩、最初の客が部屋に入ってきた、とレナは語る。DHL(アメリカの国際宅配会社)の制服を着た40代半ばの男だった。彼女は感覚をなくし、性行為に身を任せたという。「その瞬間、私は別人になりました」。

「部屋に入ってくる男の人すべてが怖くて、何が起こるかわからない。売春店に入ったら、私はただの売春婦アリシアでした。男たちと性交するときは、自分を切り離すために音楽に耳を傾けていました。売春婦を奴隷だと思っている人もいるし、お金を払ったから何をしてもいいと考えている人もいます。男たちが暴力を振るうと、私はよく殴り返しました。私たちへの敬意などみじんもありませんでした」――アリシア、ルーマニアの元売春婦

  売買春は憲法に違反する

 人間の尊厳は侵すことができないとドイツ基本法〔ドイツ憲法〕第1条にある。「売買春では人間の尊厳が侵害されます」とヴィースバーデン〔ドイツのヘッセン州にある古い町〕の弁護士で元州憲法判事のウルリッヒ・ロンメルファンガーは言う。彼は社会倫理学者エルケ・マックとともに、売買春法がドイツ基本法に適合するかどうかという問題を『性買(Sexkauf)』という本の中で探求している。同書は月曜日に出版される予定だ。

 ロンメルファンガーは、同法を作った国会議員たちは「人間の尊厳の評価にほとんど注意を払っていなかった」と言う。人間が単なる「目的のための手段」として虐待されることがあってはならない。「そのことこそが人の尊厳を侵害するのです」。売買春というビジネスは、買春客が自分の満足のために女性の身体を利用する権利を買うものだ、と言う。「売春婦の意思に反して、買春客が一方的に自分の目的のために女性を利用することを国家が容認することは、ドイツ基本法に違反します」。

 売買春婦の保護と権利を保障するはずの法律は、すべての売春婦が自己決定で売買春の中にいると想定していた、とエアフルト大学のエルケ・マック教授は言う。そしてそれは間違っていると彼女は言う。過去20年間、法律家たちはこの間違った前提に挑戦してこなかった。「売春婦は、買春客の望みを一方的に満たすために、性的自己決定権を放棄するのです」。「売春婦が自己決定していると言えるのは、いついかなる場合でも『ストップ、やめて、それは私を傷つける』と言える場合だけです」。

 マックはこのような自由が存在するかどうか疑っている。彼女たちはほとんどの場合、経済的に脆弱で、困窮している。故郷の家族を経済的に支えなければならなかったり、ピンプの支配下に置かれている。「性行為が相互尊重のもとで行なわれず、屈辱の道具となるなら、それは性暴力です」と彼女は言う。

 連邦家族省が、2005年に発表された調査に向けて売春婦の安全と健康を調べたところ、回答者の41%が職場環境で身体的または性的暴力、あるいはその両方を経験していることがわかった。加害者としては、買春客やピンプを挙げることが多かった。調査対象となった売春婦の約4分の1が、頻繁に、あるいは時折、自殺願望を抱いていた。全体の5分の1近くの女性が、骨折、顔の怪我、火傷、脱臼など、より深刻な怪我を負ったと答えた。

 売春婦の強要された状況につけ込んで買春することはドイツでは犯罪だが、それで処罰されることはほとんどない。起訴されるリスクは「ゼロに近い」。これはニーダーザクセン州犯罪研究所による2021年の報告書の結論である。ドイツにおける人身売買と闘うための規制は「ほとんど実効性がない」。その後まもなく、買春者の処罰にかかわる規定が強化された。売春婦の監禁された状況を「軽率にも」認識しなかった者は、3年以下の禁固刑に処せられることになったが、それを証明するのは至難の業だ。

 『シュピーゲル』誌の質問に対し、連邦法務省は、この新しい規則が有効かどうかはまだわからないと答えた。連邦刑事警察庁の「人身売買に関する連邦状況報告」によれば、2021年に完了した性的搾取の捜査件数は291件に過ぎず、その半数以上が売春の強要だった。39件が未成年の強要された売春婦の性的搾取であった。報告されていない事例が多数あると推測される。

  パラダイス事件

 売春婦にかかる圧力は大きい。しかしながら、女性たちが口を開かなければ、捜査員の手は縛られる。「女性たちが証言しなければ、有罪判決は出ない」とホルツヴァルト上級検察官は言う。彼はシュトゥットガルトで、ここ数年における赤線地帯でのおそらく最も耳目を集めた事件のひとつを裁判にかけ、そのファイルはライツのフォルダー170冊を埋め尽くしている。

 捜査の中心人物となったは実業家ユルゲン・ルドロフだ。彼は、シュトゥットガルト近郊にある売買春クラブ「パラダイス」を「男性のためのオアシス」としてメディアに宣伝していた。「パラダイス」は約5000平方メートルの巨大な箱型の建物で、すべてがクリーンだとルドロフは何度も請け合っていた。実際には、ヘルズ・エンジェルスとユナイテッド・トリブンズ〔どちらも国際的なバイカーギャング集団で性的人身売買に深く関与〕のバイカーギャングが仕切っていた。パラダイスで自発的に働こうとする女性はあまりにも少なかった。そのため、ピンプたちは売買春の中の女性たちを連れてきて無理やり売春させ、時には残酷に殴り倒した。ある女性は血が天井まで飛び散るほどひどく殴られたという。

 ルドロフは2019年、売春の強要を黙認したとして、ピンプ行為の幇助と加重人身売買の罪で数年の禁固刑を言い渡された。

 「人身売買業者を捕まえるには、莫大な労力が必要です」と検察官のペーター・ホルツヴァルトは言う。EUの東方拡大が始まった2004年以降、ブルガリア、ルーマニア、ハンガリー出身の女性たちによる貧困売春が急増している。「パラダイス裁判のように、すべてのケースを詳細に調べるにはあまりに人手が足りないのです」。ホルツヴァルトの推定では、4人のうち3人の女性は自発的に売買春をしているわけではない。市場を抑制する必要がある、とホルツヴァルトは言う。「買春の禁止が必要なのです」。

 スウェーデンはEUで初めて性的サービスの購入を犯罪化した国である。売春婦は処罰されないが、顧客は起訴される。1999年の導入から11年後の評価によれば、スウェーデンでは売買春婦の数は以前の半分に減った。この禁止令は、買春者、ピンプ、人身売買業者に対する抑止効果があったようだ。

 今日、この「北欧モデル」はノルウェー、アイスランド、アイルランド、フランスでも適用されている。欧州議会でも2014年当時、欧州議会議員の大半が支持した。欧州議会は決議の中で、売買春を合法的な「セックスワーク」に分類すれば市場が活性化し、虐待される女性や少女が増えると警告した。売春婦の大半は辞めたいと思っているが、辞められないでいる。

 『シュピーゲル』誌の質問に対し、連邦家族省は、これは議会からの勧告に過ぎないと述べている。2017年の売春婦保護法の評価を待ちたいとしている。評価は約1年前から行われており、約2年後には結果が出るはずだ。その間、またしても何もなされない。

 2002年の売買春法も公的評価がなされたが、その結果は芳しくなかった。施行から5年経っても、売春婦の労働条件も離脱の機会も目立った改善は見られなかった。

「被害者は一人でも多すぎます。ピンプは、女性たちを従わせるために、性的に虐待したりレイプしたりします。業界用語でこれを『ならし(Zureiten)』〔もともとは馬を馴らすときに使う言葉〕と呼びます。自分の生命や故郷の家族に及ぶ危険に対する恐怖は大きいのです。脅迫は、女性たちを従わせるための最も強力な手段です。問題は、犯罪を証明するための証拠がほとんど集まらないことです。恐怖から、多くの女性は証言しないか、後で結局、証言を撤回するのです」――クラウス・ダナー、バーデン・ヴュルテンベルク州の元刑事局長

  アレクサンドラの場合

 多くの事件は裁判にすらならない。アレクサンドラ(29歳)は現在、南ドイツで、売買春の女性たちの離脱を支援するエスター・ミニストリーズ協会が運営するシェルターに住んでいる。居間の棚にはバービーの馬が飾られている。彼女の3歳の娘は現在幼稚園に通っている。

 「自分の苦境を理解するのに何年もかかりました」とアレクサンドラは言う。彼女の物語は、東欧出身の多くの女性たちと同じだ。彼女はブルガリアの貧しい環境で育った。母親は職を失い、キプロスに移住したという。「他に私たちを養う方法がありませんでした」とアレクサンドラは言う。当時、彼女はまだ14歳だったが、それ以来、2人の小さな兄弟の面倒を見なければならなかった。「私の子供時代は終わったのです」。

 母親からの仕送りはほとんどなかったという。「私たちは飢えていました」。そこで彼女はピンプの魔の手にかかり、1日に3、4人の男に性的サービスをすることになった。そのお金は電気代、水道代、食費で消えたと彼女は言う。「私は恥ずかしかった」とアレクサンドラは言う。

 18歳のとき、彼女はブルガリア人の男性と恋に落ちた。「彼は素敵な生活を約束してくれました」。いわゆる恋人詐欺は、ピンプが女性を売買春に引き込むときによく使う手口だ。若い女性の夢をもてあそび、素晴らしい愛があると信じ込ませ、路上や売春店で働かせるのだ。

 アレクサンドラは、ブレーメンのヘレネン通りで売春婦をしていたと言う。平日は1日10人、週末は25人の買春客を相手にし、そのお金を「ボーイフレンド」に渡していた。「私は閉ざされた空間の中で生きていて、友達もいませんでした」。

 妊娠が発覚したとき、彼女は辞める決心をしたという。「精神的に限界で、子供のために違う人生を送りたかったのです」。もちろん「ボーイフレンド」はそれを受け入れようとしなかった。彼はナイフを持って彼女を追いかけた。彼女はその時に足と顔に受けた傷跡を見せてくれた。

ベルリンの路上売春。住民は何年も前から売買春の禁止を求めている

  路上売買春の実態

 「路上で働く女性たちには、ほとんど選択肢がありません」、ベルリンのクアフュルステン通りを歩きながら、ストリート・ソーシャルワーカーのヤナ・シュミットは言う。緑色のショルダーバッグにはキャンディバー、コンドーム、シャワージェル、右手にはコーヒーポットを持っている。週に一度、シュミットはハンガリー人の通訳と一緒に売春婦の様子を確認する。

 若い女性たちは派手なドレスを着て通りを挑発的に上り下りし、母親たちは乳母車を押して通り過ぎる。一方は高級マンション、もう一方は性風俗店と教会だ。高い金属フェンスが住民の家の入り口をふさいでいる。住民は何年も前から、売買春を禁止するよう要求をしてきたが、無駄だった。「私はほんのひと時でもいいから彼女たちに普通さを味わってほしいのです」とヤナ・シュミットは言う。

 シュミットはピンクの髪の女性の前で立ち止まる。「コーヒー飲みます?」とシュミットは尋ねる。女性は首を横に振る。おそらくコンドームを受け取るだろう。彼女はシュミットに婦人科医を知らないかと尋ねる。彼女はひどい生理痛があるが、健康保険には入っていない。シュミットは紙に医者の電話番号を書く。

 通りの向こうでは、ショートパンツをはいたタトゥーの男性が、緑のスカートをはいた若い女性と言葉を交わしている。2人は黒い車に乗り込み、走り去っていった。

 労働裁判所からそう遠くないところに、蛇模様のドレスを着た女性が木造トイレの横に座っている。市は売春婦のために、このようないわゆる「サービスボックス」〔簡易の公衆買春所で、トイレと兼用〕を設置している。そこで彼女たちは路上でとどまりながら、同時に自分たちの商売をすることになっている。ボックス内は糞尿の臭いがする。その売春婦は20ユーロでフェラチオをしたところだと言う。彼女は、自分と6歳の息子のために家を買う資金を貯めているという。

  ドイツにも北欧モデルを

 「いつか、ドイツに住む私たちが東欧から来た若い女性たちにしてきたことを恥じる時が来るでしょう」とドイツ社会民主党(SPD)のレニ・ブレイマイヤー議員は言う。彼女はドイツでの買春禁止を求めるキャンペーンを何年も続けている。「私にとって、これは現代の奴隷貿易です」。売春婦保護法は善意で作られたものだが、「目的は達成されませんでした」と彼女は言う。

 少数の自発的な売春婦の権利は、売春を強いられる多くの人々の苦しみを正当化するものではない、と彼女は言う。「アフリカやルーマニアに住んでいる女性たちが、『売春店で働けたらいいのに』と自分で思うようになるというのはファンタジーであり、まったく馬鹿げています」。職場でのセクハラがタブーであることは誰もが認めるところだが、誰かが20ユーロをテーブルの向こうに渡すやいなや、女性とやりたい放題になってしまう、とブレイマイヤーは言う。「私たちの国は女性の人間性を奪い、モノに貶めています。一部の女性を買うことができるかぎり、すべての女性には値段がついているのです」。

 ユリア・ヴェーゲはラーベンスブルグ・ヴァインガルテン応用科学大学の教授である。彼女は14年間、ドイツにおける売春婦の状況を研究してきた。「売買春の中の女性たちのうち、自己決定して働いているのはごく一部です」とヴェーゲは言う。「私たちは店のウィンドウに映る女性を見てこう思います。彼女は自分で部屋を借り、税金を払い、何もかもクリーンだと」。実際には、彼女たちは「暴力のスパイラルに巻き込まれ、赤線地帯の外には誰も相談相手もいないことが多いのです。彼女らは深刻なトラウマを負い、抜け出すのに何年もかかります」。

 彼女は博士論文で売春婦の経歴を調べた。一部の者たちはたしかに自発的に働き、十分な収入を稼いでる。彼女らは境界線の侵害から自分の身を守り、トークショーに出演し、職業団体に組織され、良い労働条件を求めて運動することができる。「SMの女王様やエスコート業の女性たちは、暴力を受けたら警察に行く、我慢はしない、と言います」。

 しかし、それ以外の女性たちは自発的に売買春をするのではなく、強制的な状況や緊急事態から売春をする。「多くの女性は自分の仕事を恥じていて、家族にも話さない」とヴェーゲは言う。多くの場合、彼女たちは幼少期に暴力やレイプを経験し、自尊心や自信が持てなかった。「多くの場合、売春は生存戦略なのです。なぜなら、彼女たちは心理的に弱っており、人生を切り開く方法が他にないからです」。そして法律は彼女らを保護しない。

  アンナの場合

 アンナはこの第二のグループに属する女性だ。会話を始める前に、彼女は外で一服しなければならなかった。現在44歳の彼女は、定期的に訪れる売春婦のためのカウンセリングセンターのテラスでラテとレッドブルを飲む。彼女は売春婦として登録されたことがなく、健康保険にも加入しておらず、公式の統計に載らない女性たちの一人だ。

 アンナは、3人の子供により良い暮らしをさせるために、2010年にブルガリアからドイツにやってきた。「家賃も電気代も食費もなかった」。彼女は3人の子供を祖母に預け、末娘はまだ1歳半だったという。しばらくして、2人の娘たちは児童養護施設で暮らし、息子は里親のもとで暮らしている。これは『シュピーゲル』が入手した文書に記録されている。

 ドイツではまずウェイトレスとして働いたとアンナは言う。しかし、稼ぎは少なく、ほとんど手元に残らなかった。「仕送りもできませんでした。子供たちのために毎日泣いてました」。だから彼女は路上で売春しはじめたのだと言う。今日に至るまで、子供たちはそのことを何も知らないとのことだ。

 彼女は「コンドームなしのセックス、フェラチオ」を50ユーロで提供する。競争は激しい。うまくいっていない。「子供たちが恋しい」とアンナは言う。クリスマスにブルガリアに行くこともできない。最近、彼女は清掃員の仕事に就こうとしたという。しかし、語学力、永住権、健康保険がなければチャンスはない。

「私に言わせれば、買春はお金と引き換えに行なわれるレイプです。女性たちは激しい痛みと精神的ストレスに苦しみ、多くは健康保険に加入していません。買春男たちはコンドームなしのセックスを要求します。女性たちはHIVに感染し、慢性的な腹部の感染症に苦しみ、不妊症になります。わが国では、妊娠34週目まで妊婦が売春婦として働くことを法律で禁じられていなません。それは人間の尊厳とまったく無縁です」――ヴォルフガング・ハイデ、ハイデルベルクの婦人科医

  地獄の日々

 レナにとって売春店での数週間は地獄だった。最初のころは、ヴィクトルが毎日やってきて、彼女の稼いだ金を巻き上げ、レイプした。ヴィクトルは彼女がいつ起き、いつ買春客にサービスし、いつベッドに入ったかを知りたがった。彼女の食事を管理し、体重を減らすよう強要した。彼女が膀胱炎で倒れたときは、数日休んだ後すぐに仕事を続けなければならなかった。ヴィクトルはレナが友人と接触するのを妨げた。彼はレナに両親に別れのメッセージを送るよう指示した。そこには、自分一人でやっていきたいと書いてあった。レナの母親はほとんど毎日メッセージを書いてきた。レナは、ヴィクトルが両親に危害を加えるのではないかと恐れ、両親との連絡を絶った。

 レナは、ヴィクトルが買ったブラジャー、パンティ、サスペンダーを身につけなければならなかった。平日は20人、週末は1日に40人もの客をとったという。「男を選ぶことはできず、全員を相手にしなければなりませんでした」とレナは言う。その中には、攻撃的な若い男や60を過ぎた年配の男もいて、彼女は吐き気を催したという。「買春客にとって、私たちはモノです。彼らは楽しみ、ストレスを発散し、女性を辱めます」とレナは言う。彼女に放尿を要求する者も少なくなかったという。

 ある種の客には特にイライラしたと言う。その客は、レナが自分の意志で売春店で働いているのではないのではないかとの疑いを抱いたようだったが、結局、彼女を助けようとはしなかった。「私が本当に自発的にやっているのか、こんなカワイ子ちゃんが自分の意志でやっているのか知りたがる男たちが何人もいました。私はイライラして、そう思うんだったら、警察に通報してよと思いました」とレナは言う。ヴィクトルはしばしば廊下に立って彼女を監視していた。「私は本当のことを話すことはできませんでした」とレナは言う。

 彼女はやせ細り、売春店からほとんど出ず、医者に行くときもヴィクトルが付き添った。数週間後、レナは作戦を変更した。「彼の信頼を得る以外に道はないと思いました」。彼女はヴィクトルを騙して、今では自発的に彼のために働いていると信じ込ませた。「彼が私をレイプしたとき、私はもう彼を押しのけたり、抵抗したりしませんでした」とレナは言う。

  この記事はどのようにして生まれたか

 この調査のために、『シュピーゲル』の編集者カトリン・ラングハンスは、30人の専門家と被害を受けた人々に話を聞いた。その過程で彼女は、売春婦を苦境から救う窓口があることがいかに重要であるかに気づいた。ソルウォディ組織、アマーリエとコブラのカウンセリングセンター、カフェ・ノイスタート、エステル・ミニストリーズ協会などである。センターは多くの場合、寄付金だけで活動資金を賄い、ボランティアの協力に頼っているのが苦しいところだ。「ほぼ毎週、ドイツ全土から依頼があります」と、ドイツ南部のシェルターで女性の世話をしているヴェロニカ・シューレは言う。「しかし定員がいっぱいの場合、女性たちをお断りしなければならないのです」。彼女は受け入れ後、母国に女性たちを照会したり、母国に戻るサポートをする。

 さて、レナの新しい計画はうまくいき、ヴィクトルのコントロールは弱まったとレナは言う。「その後、勇気を出して携帯電話で友人に場所を知らせました。そして本当のことを話しました。彼らは私をすぐに連れ出したがったけど、私は『それは危険すぎる』と言いました」。

 数日後、レナはまつ毛のエクステの予約を取った。「ヴィクトルにとって、私がきれいに見えることは常に重要でした」。その日、彼は彼女に付き添うことができなかった。レナは友人に連絡し、電車に乗って家に帰った。その日、彼女は警察に向かった。

 それから数ヶ月間、彼女はほとんど家から出ず、ワインをボトルで飲んだ。友人や家族が彼女を助けてくれた。しかし、売春を強要されたことで自分は変わってしまったと言う。セックスを求めなくなり、どんな男性も信じられなくなった。「その経験は私の男性に対するイメージを破壊しました」。レナは言う、「今日、優しい笑顔の人を見ても、微笑み返すことはできません」。

出典:https://www.spiegel.de/panorama/gesellschaft/prostituierte-in-deutschland-vergewaltigt-vergessen-verloren-a-8b3d6b82-8c5b-430c-be19-70cf52d3535c

投稿者: appjp

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