【解説】本稿は、「Nordic Model Now!」の最新記事の一つで、売買春サバイバーでアボリショニストであるミッシェル・ケリーさんが、イギリスのサービス産業中心の労働組合であるユニゾンの女性部門である「ユニゾン・ウィメン」主催のイベントで講演したものです。100万人以上の組合員を抱え、その7割以上が女性であるイギリスの大労組ユニゾンは、長年にわたって売買春に関する北欧モデル(性の売り手を非犯罪化して、代わりに総合的な支援を提供し、性の買い手を処罰する立法モデル)を支持してきましたが、昨年、左派と労働運動を席巻しているセックスワーク論の影響で、この北欧モデル支持を撤回し、売買春の完全非犯罪化というニュージーランド・モデルを支持する決議を採択しました。このユニゾンの変質と屈服に対しては、本サイトですでにいくつか記事を掲載していますが(アナ・フィッシャー「なぜ労働組合は北欧モデルを支持するべきなのか」、アナ・フィッシャー「売春は普通の仕事ではない――国際女性デーに労働組合に訴える」、ジュリー・ビンデル「組合では売買春の中の女性を守ることはできない」)、今回は、売買春サバイバーであるケリーさんの講演を紹介します。ケリーさんの記事としては、すでに本サイトで以下のものを紹介しています。ミッシェル・ケリー「売買春における『同意』の神話」。
ミッシェル・ケリー
Nordic Model Now, 2023年9月5日
以下は、私が昨年にユニゾン・ウィメンで行なった講演である。
本日は、性的人身売買、性的搾取、売買春のサバイバーである私にとって、非常に重要なトピックについてお話しするためにここに来ました。まず、自分の生い立ちを説明し、そしてなぜ私が、ここで代替案として提案されているニュージーランド・モデルではなく、北欧モデルないし平等モデルという枠組みこそが私たちの進むべき道であると考えるのかについて説明させていただきます。
私は最初、10代を過ぎたばかりの若い女性として、ホームレス生活を経験し、家庭内虐待から逃れようとして、売買春に引き込まれました。私は貧困の中で育ち、ジプシーのコミュニティの出身です。当時は知りませんでしたが、統計的に、こうした周辺化された領域を生きている女性たちは、売買春や他の形態の性産業で搾取されるリスクが非常に高いのです。
私は銃を突きつけられて人身売買されたわけでも、国境を越えて密入国させられたわけでもありません。私は地元紙の裏面に掲載された広告に引き寄せられたのです。私のナイーブな心には、「有料デート」というのが無害なものに思えたのですが、正直なところ、何か嫌なことをされることになるとは思ってもいませんでした。その広告が合法的に新聞に掲載されているという事実は、私にはそれがまっとうなものであることを示しているように思えました。しかし実際には、私の「面接」は、私を売り買いすることになる男にレイプされ、最初の「顧客」のところへ車で連れて行かれるというものでした。私はずっとショックと深刻なトラウマの状態にありました。
私は「高級エスコート嬢」として広告され、私の性的搾取によって彼は大金を稼いだと思います。この状態が何ヵ月か続き、私がこの状況から逃れるには、私を虐待していた前のパートナーのところに戻るしかないと思うようになり、暴力と搾取の新たなサイクルが始まりました。
これが2002年3月のことで、その後10年間、私は売買春や、ポルノやネット配信などの関連分野に出入りしていました。レイプ、暴力、ストーカー行為、人身売買、経済的搾取などを経験し、ポルノ業界にいる間に再び人身売買されました。この業界は完全に非犯罪化されていますが、危険で搾取的であることに変わりはありません。私は性産業の主流分野で人身売買され、悲しいことに、これは私が一緒に「働いていた」女性たちのあいだではごく普通のことでした。私の体験談はけっしてユニークでも珍しいものでもありません。
性産業を辞めてから、私は売買春の他の領域――その中には私の地元での街頭売春があり、強要、貧困、ホームレス状態が圧倒的な要因になっています――にいる当事者女性たちと一緒に活動したり、ボランティアをしたりしてきました。私は性売買サバイバー・コミュニティに参加しており、こうした問題を一般の人たちにもっと知ってもらおうと活動している草の根グループともつながりがあります。
ワヒネ・トア・ライジングは、ニュージーランドの先住民マオリ族の女性たちで構成されるグループで、全員が売買春のサバイバーであり、ニュージーランドの非犯罪化モデルに反対する運動を行なっています。彼女たちは、このモデルのもとで搾取されてきた経験に基づいてそれに反対しているのです。同法に対する2008年の議会評価は、その支持者たちによって非犯罪化モデルが最良であることのエビデンスとして頻繁に取り上げられていますが、実際には、この報告書の中でも、最も周辺化された声に対する聞き取りがなされていないことが認められています。報告書のエビデンスは、売春店の経営者自身や、法律制定に尽力した「ニュージーランド売春婦コレクティブ」とつながっている当事者女性たちから集められたものであるにもかかわらず、インタビューに応じた女性たちの40%もの人が、望んでいないのに買春者にサービスさせられた経験があることを認めているのです。これはレイプです。
つまり、ニュージーランド・モデルの最良のエビデンスとされているものでさえ、合法化された国でも完全に犯罪化された国でも、おおむね同程度の割合で、つまり信じられないほど高い割合で、暴力と性的暴行が存在することを公然と認めているのです。ですから、私はサバイバーとして、このモデルが「被害軽減策」で進歩的なものとして、それどころか社会民主主義的なものとして推し進められていることに深い懸念を抱いています。実際にはそれは性的同意の商品化であり、新自由主義資本主義モデルの最たるものであると言いたいと思います。そして、ワヒネ・トア・ライジングのマオリ女性たちとともに、売買春は女性に対する搾取であり、しばしば社会で最も周辺化された人々に対する搾取であると認識するよう呼びかけたいと思います。
イギリスに話を戻しますと、売買春が実際には性的搾取であるにもかかわらず、「セックスワーク」として法律に明記することは、売買春の中で搾取されている周辺化された女性たちを、完全に見捨てることになると思います。イギリスでは「セックスワーク」という言葉は、セックス産業における多くの役割を指すために使われています。実際、多くの活動家が、エロティックダンス、ポルノ、ネット配信など、すでに完全に非犯罪化されている産業の分野に携わっている場合、「セックスワーカー」を自認しています。
もちろん、私はすべての人が好きなように自認する権利を尊重しますが、ニュージーランド・モデルを採用するのであれば、何を非犯罪化するのかを明確にすることが重要です。イギリスでは性を売ることは、売春店におけるものを含め、すでに非犯罪化されています。性を売ることを取り締まる唯一の法律は――それは「北欧モデル」型の法においても早々に廃止されることになるでしょうが――、街頭売春のように公共の場で性を売る行為を取り締まるものです。ニュージーランド・モデルにおいては、それ以外のものも非犯罪化されます。売春店の経営や売買春の斡旋がそうで、私のコミュニティではピンプ行為として知られているものです。ユニゾンに、労働組合が搾取的で暴力的な「ボス」を合法化することにどうして賛成できるのか問い正したいと思います。
北欧モデルは、最初の講演者がうまく説明したように、売買春に内在する搾取を認識する唯一の枠組みです。私は、他人の性的サービスや性的同意を売って利益を得ることほど搾取的なことはないと思います。
売買春で起きていることが何であるかについて率直に言うとすれば、それは実のところ性的同意が売買されているということです。私たちは #MeToo について語り、若者たちに相互の性的同意について教えておきながら、それと同時に、その同意がお金に置き換われば問題ないなどと言うことはできません。若い男性に、パートナーの性的同意を尊重し、それを確かなものにするよう教えながら、同時に、その代わりにお金があれば、そんなことはどうでもいいと言えるでしょうか? これは売買春の日常的な現実であり、これを「仕事」としてノーマルなものにしようとするのは労働運動などではなく、最も弱い立場の人々に対する最も特権的な人々の性的権利を正当化する運動でしかありません。
「ユニゾン・ウィメン」のサイトを見ると、職場でのセクハラや搾取に反対しているようです。これはもちろん素晴らしいことです。では、ニュージーランド・モデルのもとで、非犯罪化された売春店でそのようなことが起こらないようにするにはどうすればいいのでしょうか? これらの売春店の中には、2008年の報告書にもあるように、「すべて込み込み(all-inclusives)」サービスをオンラインで公然と提供しているところがあります。つまり、買春者は一律の料金を支払うと、その後は何人とでも(たいていは女性ですが)と、好きなだけセックスをする権利が与えられるということです。そういう状況下で、いったいどうやって彼女たちを職場での性的暴行やハラスメントから守ることができるというのでしょうか。
売買春をまともな雇用基準と両立させる方法はありません。コンドームの使用を保証するだけでは、暴力、強要、レイプ、トラウマ、あるいはそれらの後遺症から守ることはできません。このモデルでは、PTSDや婦人科系の問題――私は10年経った今もそれらに苦しんでいますが――に対して補償を受けることができるのでしょうか? 売買春サバイバーにこれらの問題が統計的に多いことを考えるならば、そうではないだろうと思われます。
私が北欧モデルを支持している理由について少し説明して終わりますが、その前に、ニュージーランド・モデルの支持者からよく聞く、性的人身売買とセックスワークはまったく別の現象だという主張について指摘しておきたいと思います。これはまったく誤った言い分です。私や大多数のサバイバーが経験したことから言うと、強制と選択は連続したものであって、隣り合って起こっており、同じ人でも異なる時期に起こるということです。売買春は、強要や性暴力、搾取がなければ存続できないのです。
北欧モデルは、これらの現実を認識する唯一の枠組みです。したがって私は、サバイバーとして、フェミニストとして、社会主義者として、そして労働者階級出身のジプシーの女性として、北欧モデルを支持します。悲しいことに、この枠組みに反対するために多くの藁人形論法が持ち出されています。そのいくつかについて触れておきたいと思います。売春店の経営やピンプを非犯罪化することで売春婦がより安全になるというエビデンスがないように、北欧モデルが暴力を増加させるという因果的なエビデンスもありません。因果関係について一概に述べることには注意が必要ですが、実際のところ、北欧モデルを導入した多くの国では暴力が減少しています。売買春をしている人々の安全を確保する唯一の方法は、売春から離脱させることなのです。
また、北欧モデルは周辺化されている人々の声を無視しているという議論もありますが、これもまったくの誤りです。この枠組みを支持する売買春当事者の草の根グループは、現役の人も元職の人も含めて数多く存在します。そして、彼女ら/私たちの声は、イギリスでは多くの特権階層の人々で構成されている「セックスワーク」界隈ではもちろん歓迎されません。
売買春サバイバーの草の根団体としては、スウェーデンのInte din Hora、労働者階級の女性や有色人種の女性が中心となっているSPACE International、アメリカ先住民の女性たちで構成されているNIWRC、有色人種の先住民クィアや有色でトランスの売買春サバイバーが中心となっているアメリカのAf3irmなどがあります。イギリスには、フィオナ・ブロードフットやサム・ウォルシェのような労働者階級出身のサバイバーがいて、被買春女性の勧誘罪での前科を犯罪記録から抹消するよう懸命のキャンペーンを展開しています。しかし、私たちの声はしばしば消され、無視されています。これは誰のためなのでしょうか。
北欧モデルに対する最後の批判は、それが「監獄的(carceral)」な解決策であるというものです。これはもちろん、警察や刑務所の廃絶主義者ないし改革主義者でもある多くの社会主義者が懸念していることです。しかし、私はこれも藁人形にすぎないと考えています。北欧モデルは固定的なものではなく、さまざまな国でさまざまに適用され、私見では、ある国は他の国よりも効果的に適用されています。ほとんどの国では、買春者は投獄されるのではなく、罰金や社会奉仕活動で起訴されます。トランスやクィア女性が率いるAf3irmは、変革的で修復的な司法モデルを提案しています。
私は、北欧モデルはフレキシブルで総合的なものであり、解決策についての新しい考え方のプラットフォームを提供することができると信じています。私たちはこのような対話を始める必要がありますが、実際には私たちの立場ではない藁人形的立場を取り上げざるをえない状況に追い込まれていては、対話を始めることすらできません。率直に言って、売買春サバイバーとしてこのようなことを話すことは消耗的ですし、「セックスワークは仕事だ(sex work is work)」と騒々しく言い立てられる中で話を聞くのはとても疲れることです。
「北欧/平等モデル」は安易な解決策ではありません。総合的な脱出策を提供するためには、住宅、失業、依存症、育児の問題や、ミソジニー文化やレイプ文化に取り組む必要があります。現在の政権下でこれがいかに難しいかは承知しています。しかし、これはあきらめる理由になるでしょうか? 労働組合と社会主義者の誇り高き歴史は、安易な解決策を取るものではないと私は思います。
ですから、私はユニゾンの女性たちに、私たちを見捨てないでほしいとお願いしているのです。皆さんの支援が必要です。
ご清聴、ありがとうございました。
P.S. 私の講演は好評を博したが、その後ユニゾンは全体として、イギリスにおける北欧・平等モデルの実施に対する支持を撤回することを決議した。