キャロライン・ノーマ「男の「買春権」を擁護するアムネスティ・インターナショナル」

キャロライン・ノーマ

【解説】以下の論文は、2015年に出版された Freedom Fallacy: The Limits of Liberal Feminism (Miranda Kiraly and Meagan Tyler (eds) , Connor Court Publishing) に掲載されたキャロライン・ノーマさんの論文です。2015年にアムネスティ・インターナショナルが売買春問題に関して全面的にセックスワーク論にもとづく「包括的非犯罪化」方針案を発表し、世界に衝撃を与えました。当時、フェミニスト・アボリショニストの側から多くの批判論文が書かれましたが、以下に紹介するのはその一つです。

「性的な欲望と活動は根本的な人間的ニーズである。より伝統的と認識されている手段を通じてこの必要性を満たすことができないか満たすつもりがなく、それゆえセックスを買っている人々、そういう人々を犯罪化することは、プライバシーの権利を侵害し、自由な表現と健康に対する諸権利を掘りくずすことになりかねない」(1)――アムネスティ・インターナショナル

 1999年以来、多くの国が買春する側の人々を違法化する法律を制定している。スウェーデン、韓国、ノルウェー、アイスランド、カナダ、アイルランド、北アイルランドはみな買春行為の方を犯罪化した〔その後、フランスとイスラエルが加わった〕。性産業とその顧客を犯罪化するが売買春の中にいる当事者を非犯罪化する方針はヨーロッパ連合(EU)と欧州評議会によって支持され、イクオリティ・ナウとヨーロッパ・ウィメンズ・ロビーによっても提唱されている。それは、売買春に関する法政策の画期的な方策であり、国際的に「北欧モデル」として知られている。

 北欧モデルの広がりは、男たちが長らく享受してきた権利、すなわち性的使用のために女性を買う法的権利が撤回されていっている事態を意味するものに他ならない。このことが性産業の事業者たちやその支持者たちからの攻撃を招くことになるのは驚くに当たらない。たとえば、一部の者は、北欧モデルはセックスワークの被害をむしろ悪化させていると論じている(2)。このような議論にあっては、性産業の「客」は売買春取引における善意の関係者とされている。売買春の中の女性にとって脅威となるのは、顧客が存在することではなく存在しないことであるとされる。たとえば、オーストラリアの学者バーバラ・サリバンは、「客はセックスワーカーの仕事に価値を与えている。なぜならかなりの額のお金を出してセックスワーカーのサービスを購入しているのだから」(3)と述べているが、そう言うことで彼女は、女性に対する買春男の暴力の脅威をまったく軽視しているのである。実際には、買春者は性産業の内部でも外部でも女性に対する重要な暴力リスクとなっている(4)。ところが、リベラル・フェミニストたちは、売買春が女性に付与する金銭的価値にもとづいて売買春を正当化する議論を繰り返している。

 典型的なのは、ジェイン・マリー・マー、シャロン・ピッカリング、アリソン・ジェラードの2013年の次のような主張である。「〔オーストラリアの売春店にいる〕東南アジア出身のワーカーたちの多くは、故郷にいる家族たちを扶養するためにお金を送金しており」、したがってこれらの女性たちは「この種の仕事を……家族を養うのに必要で、かつそのことゆえに受容可能なものであると」みなしている、と(5)。リベラル・フェミニストの見方にあっては、女性の自由は、性的搾取と引き換えに金銭的補償を受け取る「権利」から生じるのであり、したがって、この権利を公けに認めさせるために闘うことが売買春に対するリベラルなアプローチを特徴づけるものとなる。このようなアプローチにおいては、買春者は事実上不可視なものになる。

 この種のリベラルな売買春擁護論、すなわち、金銭上の利得と引き換えに「自分自身を売る」ことを個々の女性の「人権」として支持する議論は、この30年以上のあいだに欧米諸国で広く普及した。最近では、そこからさらに売買春を擁護する新たな議論が登場している。今度は買い手の権利を支持するものとしてである。この新たな、そして売り手の権利論と対をなす買春擁護論は、買春男性を正統な性的顧客として、すなわち、自らの個人的な「自由な表現と健康」を促進するために女性を買春する合理的な選択決定者として構築するものである。本稿は、アムネスティ・インターナショナル(以下、「アムネスティ」と略記)が最近まさにこの種の買春者擁護論を展開していることを叙述し、この擁護論が何よりも北欧モデルに対抗するために特別につくり出されたものであることを明らかにする。

  買春者の「自律性と健康」

 2012年4月、アムネスティは売買春に関する基本方針の見直しに着手した。それ以前の10年以上のあいだ、アムネスティは、売買春に関して「成人間の合意に基づくセックスを犯罪化することは人権侵害である」(6)という性的リベラリズムの立場をとってきた。同組織のイギリス(UK)支部は、この立場を、買春者を含む性産業の参加者たちの「権利」をより積極的に承認するものへと改訂することにとりわけ熱心だった。見直しに着手したのちの2013年に、ロンドンを拠点とするアムネスティの事務局は討議のためのいくつかの指針文書を発表したが、その中では、他人を買春することが「個人の自律性」の行使として描き出されており、性的サービスの購入を犯罪化する(北欧モデルの核心をなすポイント)という政府の政策は個人の自律性と健康とを国家が抑圧するものであるとして非難し、以下のように述べている。

 「合意の上で成人からセックスを買う男女は個人の自律性を行使してもいる。……セックスワーカーとの関係性の中で自我のより力強い感覚を発展させ、生活の享受と尊厳を改善する者もいる。きわめて基本的なレベルにおいて、セクシュアリティとセックスの表現は人間的経験の第一の構成要素であり、それは個人の身体的・精神的健康と直接につながっている。したがって、合意の上で他の成人とセックスをする成人の選択に国家が干渉することは、このような個々人の自律性と健康に恣意的に干渉することである。」(7)

 アムネスティの事務局は後になって、これらの文書を発表したのは「売買春と人権」という問題をめぐる「グローバルな討議プロセス」を開始するためだったと説明している。しかしこれらの文書が、アムネスティの会員が買春者の犯罪化を支持する可能性をあらかじめ除外するものであったのは明らかである。たとえば、同文書は、国連エイズ合同計画(UNAIDS)の最近の主張、すなわち、「顧客」を犯罪化してセックスワーカーを非犯罪化する「需要抑制」アプローチは売春件数を減らすことも、「セックスワーカー」の生活を改善することもないとの主張を肯定的に引用している。アムネスティはそこからさらに進んで、買春者の行動を、「セックスワーカーからセックスを買うことは個人の自律性の行使である」(8)という論拠で擁護している。この主張を支持するものとして持ち出されているのが、買い手を犯罪化することで否定的な結果が生じている――HIVの感染が結果として増大しているとか、買い手と警察による被買春者へのゆすりが増大しているといったもの――という言い分なのである。だが、同文書はこうした主張を裏づける何らのソースも提示しておらず、実証的な調査にあまりもとづいたものではない(9)。

 アムネスティの事務局が組織の公式方針を変えることを提案したのは、アムネスティUKのメンバーであるダグラス・フォックス――イギリス最大手のエスコート型売春会社〔デリヘリによく似た形態の売春〕の創設者にしてその共同経営者――の活動に潜在的に影響されてのことではないかとの指摘が以前からなされている(10)。フォックスは自分がそのような役割を果たしたことを公然と吹聴していたが、アムネスティUKは2013年にそうした主張を否認する声明を出した(11)。それとは別に、アムネスティUKのペイズリー支部〔ペイズリーはスコットランドの都市〕が2012年に起こしたある行動が、アムネスティの非犯罪化路線のきっかけになった可能性もある。この支部は、スコットランド議会が開催した公聴会に北欧モデルの導入案を支持する意見書を提出した(12)。アムネスティUKは、北欧モデルを支持するこのような意見書の存在に危機感を抱き、ペイズリー支部に対してこの意見書を撤回するよう求めた。しかし同支部のメンバーはそれを拒否した。この事件以来、アムネスティUKは、買い手の犯罪化に反対する立場を公然と押し出す必要性に迫られていると感じたようだ。これら一連の事件からして、アムネスティの買春者擁護論は、まさに北欧モデルを受容する傾向に対抗する必要性から出てきたものと思われる。

 同じく、アムネスティによって着手された「売買春と人権」をめぐる国際的な討議プロセスも、北欧モデルに対抗するという企図にもとづいて組織されていたようだ。いくつかの国で討議を行なう仕事を任されたのは、売買春に対するラディカル・フェミニスト的アプローチに積極的に反対してきた諸組織と結びついた人々だった。たとえば、オーストラリアで討議プロセスを主導したのは、オーストラリアにおける性産業の非犯罪化を主張する長い歴史を持った「女性選挙ロビー(WEL)」という団体の役員だった。1974年のWELの全国大会は、売買春のあらゆる側面を非犯罪化することに賛成投票した(13)。カナダでの討議プロセスも、性産業の完全非犯罪化を主張していることで有名な人物によって主導された(14)。国際レベルでも、公式討議の開始に先立ってこの問題に関して複数の非犯罪化支持グループに意見が求められている。たとえば、グローバルネットワーク・オブ・セックスワーク・プロジェクトは、最初の指針文書の一つの中で言及されている(15)。同じく国際セックスワーカーズ・ユニオンも、アムネスティがそのウェブサイトで「セックスワーク」の非犯罪化に関する参考意見を求める相手として指名されている (16)、同団体はそれに答えて、「セックスワークと人権」に関する文書を発表した(17)。この文書は同団体のウェブサイトで公表されたが、その中で、この文書を起草したのはアムネスティから意見を求められた(しかも「国際的討議」がアナウンスされる以前に!)からだと述べている。

  買春者擁護論に対するラディカル・フェミニストの批判

 多くのラディカル・フェミニストは、アムネスティの買春者擁護論に対する批判を展開した。たとえば、ジュリー・ビンデルは次のように述べている――「本来的に、セックスのために喜んで金を払う男たちは最初から女性に対して侮蔑的見方をしている。彼らが望んでいるのは対等な関係ではなく、パートナーとの意味ある交流でもない」(18)。キャスリーン・バリーはさらにアムネスティの立場に一貫性がないことを指摘している。たとえばアムネスティは、ドメスティック・バイオレンスのような「女性に対する暴力」に反対する同団体のよく知られたキャンペーンにおいては、女性の同意を持ち出すことが不適切であることを認識しているのに、買春者の行動に関しては同意にこだわり、同意の有無が被害の存在(ないし不在)を決定するものだとしている。バリーはそうした議論に反対して、売買春に対するより根本的な「人権アプローチ」を推奨する。それは、他人の身体を性的使用のために買うことそのものが――それに対する被害者の「同意」があろうがなかろうが――暴力の一形態であるというものだ。彼女はこう述べている。

「これを機に、性犯罪のあらゆるケースから被害者の同意の問題を永遠に取り除こう。売買春を人権侵害とする新しい人権法を求める中で、私たちはミソジニストのパラダイムを人権パラダイムに置きかえつつあるのだ」(19)。

 アムネスティの買春者擁護論に対するさらなる批判は、アメリカ、カナダ、イギリスなどの売買春サバイバー団体から寄せられた。これらのサバイバー団体は近年、性産業に反対し世界中で北欧モデルを採用するよう求めるキャンペーンを展開している。これらの団体は、性産業による搾取の被害者であると自ら公然と宣言した人々によって構成されており、1990年代に性産業の非犯罪化を推進するために形成された「セックスワーカーの権利」団体に対抗する重要な勢力となった。たとえば、SPACEインターナショナル(Survivors of Prostitution-Abuse Calling for Enlightenment)や「性的人身取引サバイバーズ連合(Sex Trafficking Survivors United)」などがそうである。両団体は協力してアムネスティの提案に反対するオンライン請願署名を実施している。21世紀初頭から国際的に起こったサバイバーたちの団結した行動はすでに、北欧モデル実現のためのキャンペーンに飛躍的発展をもたらしており、アムネスティの提案に対して速やかに、そして効果的に対抗する動きをつくり出している。その結果、アムネスティが、女性の人権を擁護するよりも男性の射精を擁護することを優先させたことに対して、ソーシャルメディアを通じて大きな非難が巻き起こっている。

  結論

 買春者を性的サービスの「購入者」として擁護することは、売買春を外的な強制も構造的制約もなしに商業的な性的取引に入ることを合理的に選択した個々の成人の、同意にもとづく活動とみなすリベラルな見解にもとづいている。このような定式化にあっては、買春者は、彼らが買う人々と社会的に対等であり、女性に対して個人的にも集団的にもいかなる特殊な脅威もリスクも与えないとされる。リベラル・フェミニストの見解においては、売春に入ることを選ぶ個々の女性の権利が擁護されなければならないのと同じく、他人を買春する個々の男性の「権利」も支持されなければならない。このように被買春者と性産業利用者とを同等視する見方は、経済的ないし性的な不平等という観念を最初から排除し、売買春の廃絶という方向性を視野の外に置く。

 それに対して、北欧モデルは、売買春を通じて女性に対する性的支配権を行使する長年来にわたる男の「権利」にとって、そしてこの支配を通じて金を儲けることにとって、本格的な脅威をなすものである。したがって北欧モデルは、アボリショニストにとって、男の性的権利を問題の俎上に載せ、歴史的に男の権利として称揚されてきた買春行動と対決するうえで、重要な立法上の手段を与えるものである。北欧モデルは買春されている側の人々を非犯罪化することを主張しており、これは、性産業の事業者たちとその支持者たちに何らかの手を打つことを余儀なくさせた。性売買をその廃止の動きから守るために、「自分自身を売る」女性の「権利」という性産業の従来からの擁護論に加えて、買春者を擁護する議論を新たに構築する必要に迫られた。アムネスティ・インターナショナルが最近になってこの新たな擁護論の構築に貢献したのは、何よりも、北欧モデルに対抗する過程を通じてであった。だが、この世界最大の人権団体がこのような貢献をなしえたのは、女性には性的搾取から金銭的利益を得る「権利」があるとする主張がリベラル・フェミニズムの形で存在していたからであり、そのような「人権」言説が幅を利かせていたからに他ならない。リベラル・フェミニズムの売買春擁護論は北欧モデルに対抗する動きを支え続けており、根本的にフェミニスト的な意味での平等な社会関係を実現することに向けた障害物であり続けている。

(1) Amnesty International Secretariat, Decriminalisation of Sex Work: Policy Background Document (2013) Amnesty International. Document available from: https://sites.google.com/a/amnesty.org.au/aia-activist-portal/bulletinboard/consultationondraftsexworkpolicy?pli=1.

(2) Jay Levy, Criminalising the Purchase of Sex: Lessons from Sweden (Routledge, 2014).

(3) Barbara Sullivan, ‘Feminism and Female Prostitution’ in Roberta Perkins et al (eds), Sex Work and Sex Workers in Australia (University of New South Wales Press, 1994) 262.

(4) Brian Heilman et al, The Making of Sexual Violence: How Does a Boy Grow Up to Commit Rape? (International Centre for Research on Women, 2014) 14.

(5) JaneMaree Maher et al, Sex Work: Labour, Mobility and Sexual Services (Routledge, 2012) 50.

(6) Amnesty International, Have Your Say Amnesty’s Sex Work Policy (2 April 2014), http://www.amnesty.org.au/leader/comments/34256/.

(7) Amnesty International Secretariat, Decriminalisation of Sex Work, above n 1.

(8) Amnesty International Secretariat, Background Information for Survey Participants: Amnesty International Consultation on Proposed Policy on Decriminalisation of Sex Work, Amnesty International. Document available from: https://sites.google.com/a/amnesty.org.au/aia-activist-portal/bulletin-board/consultationondraftsexworkpolicy?pli=1.

(9) Ibid.

(10) Kat Banyard, The Equality Illusion: The Truth About Men and Women Today (Faber & Faber, 2010) 140.

(11) Amnesty International UK, Douglas Fox and Amnesty International, Amnesty International (1 February 2014), http://www.amnesty.org.uk/douglas-fox.

(12) Melissa Gira Grant, ‘Amnesty, human rights and the criminalisation of sex work’, New Statesman (online), 12 June 2013, http://www.newstatesman.com/lifestyle/2013/06/amnesty-human-rights-and-criminalisation-sexwork.

(13) Barbara Sullivan, ‘Prostitution Politics in Australia’ in Joyce Outshoorn (ed), The Politics of Prostitution: Women’s Movements, Democratic States and the Globalisation of Sex Commerce (Cambridge University Press, 2004) 24.

(14) Kate Shannon et al, ‘Shannon, Bruckert & Shaver: Canada must set sex workers free’, National Post (online), 7 April 2013, http://fullcomment.nationalpost.com/2014/04/07/shannon-bruckert-shaver-canada-must-setsex-workers-free/.

(15) Amnesty International Secretariat, Background Information for Survey Participants, above n 8.

(16) International Union of Sex Workers, IUSW Response to the Amnesty International Consultation on Decriminalising Sex Work (8 April 2014), http://www.iusw.org/2014/04/iusw-response-to-the-amnesty-internationalconsultation-on-decriminalising-sexwork/.

(17) International Union of Sex Workers, Sex Work and Human Rights (March 2014), http://www.iusw.org/wp-content/uploads/2014/04/SexWorkAndHumanRightsIUSWMar14.pdf.

(18) Julie Bindel, ‘An abject inversion of its own principles’, Daily Mail (online), 24 January 2014, http://www.dailymail.co.uk/news/article-2544983/JULIE-BINDEL-An-abject-inversion-principles.html.

(19) Kathleen Barry, Why is Prostitution a Violation of Human Rights, Abolish Prostitution Now (2013) http://abolishprostitutionnow.wordpress.com/why-is-prostitution-a-violation-of-human-rights/

出典:Miranda Kiraly and Meagan Tyler (eds), Freedom Fallacy: The Limits of Liberal Feminism, Connor Court Publishing, 2015.

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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