マヌエラ・ショーン「『合法化は売買春の安全性を高める』という神話」

【解題】以下の記事は、ドイツのアボリショニスト活動家であるマヌエラ・ショーンさんが2019年にイギリスのラディカル・フェミニスト団体である FiLiA がブラッドフォードで開催した「Feminist Perspectives On The Sex Trade」会議で報告したものです。2016年にショーンさんが書いた論文はすでにこの国際サイトで翻訳しましたが、その3年後に発表されたこの報告は、2016年の論文を補完し、さらにその後の状況を明らかにしたものです。多くの資料が用いられており、売買春を合法化したドイツの悲惨な状況がよりリアルに明らかにされています。マヌエラ・ショーンさんのサイトにアップされたものを、本人の許可を取ったうえで、ここに訳出します。

マヌエラ・ショーン

2019年10月22日、Blog 記事

 今日の私のテーマ――合法化によって売買春の中の女性が安全になるというのがどうして神話なのか、そして、ドイツというピンプ国家が売買春の中の女性にとって意味することを表現するのになぜこの血まみれの手の写真(下の写真参照)を選んだのか――についてお話しする前に、昨日私たちが行なった性売買反対マーチで起きたことについてみなさんと共有したいと思います。

 黙とうをささげた後、ある男性が私とインゲ(ドイツから来たもう一人の活動家)に近づいてきました。彼は、レベッカ・ホール〔殺された被買春女性〕の名前を読み上げたインゲに、レベッカのことを知っているかと尋ねました。彼女は「知らない」と言い、彼は「知っている」と答えました。彼は、偶然にもヴィジルに住んでいたことがあり、街頭でレベッカの名前を聞いたときに、何が起こっているのかに興味を持っていっしょに歩いたのです。レベッカは、昨日私たちが読み上げた10人のブラッドフォードの〔殺された〕女性のうちの1人でした。彼はレベッカとは20年前いっしょに学校に通っていて、今でもよく彼女のことを思い出していると言っていました。彼女はとても愛すべき人だったと。私の声が震えているのがわかるでしょうか。本当に感動的な瞬間でした。私たちが「Sex Industry Kills プロジェクト」を運営しているのは、まさにそのためです。性産業で命を奪われた女性たちは、家族や友人に愛されていました。残された人々は彼女たちのことを失って深く悲しんでいるのです。彼女たちのことをけっして忘れてはいけません。

 「売買春を合法化する必要がある、なぜならその中の女性(とその他の関係者)がより安全になるからだ」という言い分はほぼ毎日のように読むことができます。

 ちょうど今週、ドイツ連邦議会で、北欧モデルをドイツで実施することを主張する国会議員によって始められたグループ間全体委員会の初会合が開かれました。この最初の会議はドイツの「セックスワーカー」たちの抗議に遭いました(これらの人々は、売春はセックスワークであり、他のどの労働とも同じだと主張するグループであり、それが「被害の軽減につながる」と主張しています)。また、バーデン=ヴュルテンベルク州の社会民主党は、先週末に北欧モデルを支持する党大会の決議を発表しました。

 ドイツにとって革命的とも言えるこうした動きに対抗して、ドイツ海賊党〔2006年成立のリバタリアン政党で大麻自由化などを主張〕は「合法的なセックスワークを通じて、立憲的・保護的支援を提供することの方がはるかに容易だ」との声明を発表しました。「緑の党」左派の機関紙TAZは、北欧モデルは「より少ない保護、より少ない権利、より多くのスティグマ」につながると主張する論稿を発表しました。

 ドイツでは少なくとも19世紀から売売買春は合法とされています。ということは、これらの言い分からすると、ドイツは被買春者にとって最も安全な避難所であると期待してもよさそうなものです。

 残念ながら、この問題を扱った研究は数件しかなく、包括的な実証データもありません。私たちの仲間の活動家であるインゲ・クライネは、「そもそもデータを集めないのなら、国家はどのようにして売買春における『男女の平等』と『安全』を保障することができるのか」という重要な問いを発しました。

 2002年の売春法の施行により(制定は2001年)、それまで以上に売春がノーマルなものとされ、ピンプ行為のほとんどの側面が非犯罪化されたことで、ドイツ政府と研究者たちは、売春に関わる女性たちにとって合法化が何を意味するのかを知ることに明らかに関心を失いました。統計もなく、数字もなく、市場を見守る政府のスタッフもいないのです。

 では、ドイツにおける被買春女性の状況について、私たちが把握している数少ない研究にはどのようなものがあるのでしょうか? まず第1に、さまざまな研究からいくつかの推定値が出ています。

 まず売買春はどこで行なわれているでしょうか? ドイツで買春されている女性の3人に2人はアパートで買春されています。下の写真に写っているのは、私の近所の通りで、売春アパートのベランダにある赤いランプが見えるところです。路上売春とエスコート売春はドイツの市場ではそれぞれ1%のシェアしか持っていません。

アパートで行なわれる売買春

 被買春者の10人に9人が女性で、残りの10%は男性が7%、トランスの人が3%となっています。

 すでに述べたように、2002年の売春法の施行に伴い、ピンプ行為が再定義され、さらに非犯罪化されました。つまり、今日では「搾取的なピンプ行為」のみが犯罪となり、裁判所は被買春者の稼ぎの50%より多くを奪うとことが搾取にあたる判断しています。

 その結果はどうだったでしょうか? 実際にはそれが意味するのは、ドイツでは、野蛮な状況下で人身売買されていることも、性的暴行を受けてアパートに監禁されることも、もはや残酷な犯罪の犠牲者ではないということです。信じたくないって? では、若い東欧の女性のケーススタディを見てみましょう。彼女は1日24時間、「エスコートサービス」のために待機していなければなりませんでした。彼女の「雇い主」は彼女を車でアポイント地点まで送りました。彼は彼女をレイプしました。彼女が逃げようとして窓から飛び降りるまで、彼は彼女をアパートに閉じ込めつづけました。彼女は両足と腰に重傷を負いました。

 これを「労働災害」としてカウントすべきだと考える人がいれば、ちょっと手を挙げてみてください。

 この若い女性は「仕事に従事することができない」という理由で福祉を受けていますが、これで少なくとも医療費を支払うことができるようになったことは喜ばしいことです。しかし、彼女が「セックスワークの仕事」に戻れるほどに回復したらどうなるでしょうか?(このケースの詳細はこちらを参照

 この事件で思い出したのは、ドイツでよく言われている「家庭内で最も多くの事故が起きている」という言葉です。私は、これが、女性に対する男性の暴力が蔓延していることを表現するための婉曲表現だと気づくまでに何年もかかりました。それは、どこからともなく「起こる」「事故」なのです。

 ドイツの売買春の中にいる女性の健康状態はひどいものです。被買春女性の10人のうちたった1人しか健康保険に加入していないだけでなく、医師が日々の仕事の中で目にしていることを私たちに語ってくれたその内容も衝撃的です。女性器の炎症はごくありふれたもので、性感染症も増加傾向にあります。屋内売春では家賃が高いため、女性は耐えがたい痛みに苦しみながらも客に奉仕し続けなければなりません。梅毒が原因の、不妊、遅発性流産、重度の障害もかなり一般的です。そして、女性は出産してからわずか3日後には売春に戻っていることもしょっちゅうです。  エイズ防止団体は、性感染症の問題になると、被買春女性のあいだでは、そうでない女性と比べて、HIVの有病率が高いことは示されていないとしばしば強調します。研究はこれが正しいことを証明していますが、この主張は、リューベック大学によって行われた調査での、売春女性と非売春女性との以下の比較表からわかるように、他の性感染症にはあてはまりません(以下のグラフ参照。左から、クラミジア、細菌性膣炎、淋病、カンジタ、トリコモナス、梅毒、B型肝炎、C型肝炎、HIV)。

被買春女性における性感染症

 2005年、ドイツにおける女性の状況、安全性、健康に関する包括的な研究が発表されましたが、これは「連邦家族問題・高齢者・女性・青少年省」の委託を受けたものです。被買春女性というサブ集団を対象にした調査では、健康問題や暴力が売春では日常的な経験であることが示されています。この調査はまた、平均的女性の生活と被買春女性の生活における健康問題の発生と経験された暴力を比較することを可能にしました。

 その中の身体的健康の状態を見ると、被買春女性のあいだでは、重い月経痛、月経周期の問題、腹痛などの問題が平均よりもはるかに高い割合で見られます(以下のグラフ参照。青が被買春女性、赤が平均で、月経痛は被買春女性が23%であるのに対し、平均は5%、月経周期の問題は被買春女性が21%であるのに対して、平均は6%。腹痛などの問題は、被買春女性が18%に対して、平均は8%)。

生理痛などの問題

 メンタル・コンディションについて見ると、この2つの比較対象グループの相違はいっそう大きなものになっています(以下のグラフ参照。青が被買春女性で、赤がそれ以外の女性。左から、自尊心の欠如、不安・パニック発作、買い物・消費中毒、自傷傾向、希死念慮)

メンタル・コンディション

 さらに、以下のグラフから、被買春女性の方が、家宅侵入や強盗などの暴力行為や、移動の自由を制限された経験がはるかに多いことがわかります(以下のグラフ参照。左から、家宅侵入、強盗、移動の自由の制限)。

犯罪被害

 調査対象の被買春女性の3人に1人が、売買春において安全ではない、ないし非常に安全ではないと感じていました。5人のうち4人が、買春客への恐怖について報告し、40%がピンプや同僚への恐怖について報告しています(以下のグラフ参照。左から、買春客(johns)、ピンプ、同僚)。

恐怖を感じる相手

 水曜日にこの小冊子(下の写真)を手に入れました。これは、路上売春をしている女性たちに暴力的な買春客のことを警告しています。

 そこには加害者と暴力行為に関する記述があり、加害者が被害者とどこで接触し、どこで暴力行為が行なわれたかが書かれています。写真のページには、今年2月に起きた2つの事件が記載されています。加害者の1人は、淡い色の古いメルセデスに乗って女性に近づいてきました。年齢は28歳くらい。彼は自分が警察官であることを示し、女性にオーラル行為をさせ、お金を払わなくてもいいのなら通報しないと言いました。本人は性売買に詳しかったと書かれています。

 2つ目の事件は、実に手慣れた男で、黒いステーションワゴンに乗った女性に近づいてきました。男は女性に大量のクラックとへロインを飲ませ、彼女を監禁してレイプし、女性は2日後に窓から逃げることができました。これもまた例の悪名高い「労働災害」の一つとして対処すべきものでしょうか? そして、みなさんは仕事の中で、このような顧客について警告する小冊子を必要としますか?

 先ほど述べた研究では、少なくとも3人に1人の女性が性売買の中で身体的暴力を経験し、同じく、少なくとも3人に1人の女性が売春の中で性的暴力を経験していることが示されています。

 2001年に行われた別の調査では、暴力行為の蔓延度はもっとずっと高く、調査対象の80%以上が性暴力の被害者であり、そのうち60%がレイプであるという結論に達しています。対象者の70%は「仕事」の中での身体的暴力の被害者でした。このケースの77%で、加害者は買春客でした。驚くべきことでしょうか?

 2013年にドイツの性産業における致死的暴力を記録するプロジェクトを始めたとき、私たちはドイツの売買春で殺された22人の女性のリストを持っていました。私は1960年代に掲載された記事を見つけましたが、そこでは連邦犯罪捜査局の犯罪統計に触れられていて、当時における売買春での殺人事件が記録されています。1950年から1965年までの15年間で88人の殺人があったと書いてありました。

 そこで私は、現在、そのような統計があるかどうかを調べるために、連邦犯罪捜査局に手紙を書きました。彼らは、2002年の売春法の施行により、記録をつけるのをやめたと返答してきました。売買春という仕事にスティグマを着せることになるからだというのです。興味深いことに、タクシー運転手に対する暴力に関する統計はまだ存在するのです。

 私たちの Sex Industry Kill Wikiのサイトは2014年に立ち上げられました。個々の殺人者たちの詳細や背景などの情報を調べて公表し、被害者を人間化し、売買春の中の女性たちの生活実態に関して世論を啓蒙することを目的にしたものです。

 私たちが発見したことの一部をここで紹介します。

 2000年以降、私たちが把握しているかぎりで、ドイツでは少なくとも91人の被買春女性が殺されています。他にも43件の殺人未遂事件がありました。3人の被買春女性が失踪、薬物の過剰摂取と自殺がそれぞれ1件ありました。

ドイツで起こった被買春女性の殺人事件と殺人未遂事件

 記録されている被害者のほぼ99%が女性で、2人がトランス女性、1人が男性でした。最年少は15歳、最高齢は67歳でした。外国人被害者は1990年までは被害者の中に散発的にしか現れていませんでしたが、その後は外国人女性の数が着実に増加しています。1990年から1999年の間には、少なくとも被害者の4人に1人が外国人であり、2000年から2009年の間には、移民女性がすでに被害者の半数を占め、現在記録されている10年間では、被害者の4人に3人近くが移民女性になっています。

 1990年から1999年までの間、女性に対する犯罪のほとんどは屋外での売春(路上やキャラバン:58.3%)であり、2000年から2009年までの間に発生した殺人事件の78%は屋内での売春でした。

 知られている動機は、あからさまなミソジニー、他の犯罪(強姦、強盗など)を隠蔽する試み、嫉妬、特定の性行為を実行するのを拒否されたことへの怒り、支払いをめぐる争いなど、さまざまです。

 ドイツを見れば、一つのことだけははっきりとしています。売買春を合法化すれば売買春の中の女性たちは安全になると言いたがる人は、嘘つきであるか現実をまったく知らないかのどちらかだということです。

 2001/2002年の売春法に対するドイツ政府の評価は、曖昧さのないはっきりとした結論を引き出しています。引用させてください。

「売春法は、売春婦の社会保障状況に何らかの測定可能な現実的改善をもたらすことはできなかった。売春の労働条件に関しては、実際上、測定可能な効果はほとんど見られなかった。[……] 売春法によって売春からの離脱可能性は向上しなかった。売春法が犯罪を最小化する効果があったことを示すはっきりとした指標は何もない。」

 売買春による被害を止めたければ、売買春を完全に止めなければなりません。他に道はありません。

 そして、私はみなさんに約束します。ドイツに北欧モデルを導入することを!

出典:http://manuela-schon.de/en/2019/10/22/the-myth-of-legal-makes-it-safe/

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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