【解説】これは、イスラエルのフェミニスト活動家で、ポルノ・売買春に反対する運動を長年取り組んできたイディット・ハレルさんが、ニュージーランドの女性首相であるジャシンダ・アーダーン首相に宛てた手紙とそれへの返信で、イスラエルのメディアに掲載されたものです。イスラエルは2018年の年末に北欧モデル型の買春禁止法を満場一致で可決し、8番目の北欧モデル国家となりました。他方、ニュージーランドは2003年に国としては世界で初めて売買春の非犯罪化法を制定し、売買春を自由化しました。イスラエルのアボリショニスト活動家であるハレルさんは、人気の高い女性首相であるアーダーンがどうして、女性に対する恒常的な暴力・搾取の装置である売買春を合法化したまま平気でいられるのかと鋭く問いかけています。
イディット・ハレル
ジャシンダ・アーダーンは、世界で最も人気のある女性の一人だ。わずか37歳でニュージーランドの首相に選ばれた。一国の経営と指導に加え、妊娠・出産をこなしているこの若く才能豊かな女性を、世界中の女性や少女が畏敬の念を持って見つめている。コロナが大流行したとき、世界中のあらゆる国々が死者を多数出している中、アーダーン首相は自国をコロナフリーの状態に維持することに成功した。
ジャシンダ・アーダーンは、自らを進歩的でフェミニストで社会民主主義者と規定している。福祉改革を主導し、中絶を支援し、ニュージーランド社会へのマオリ族の同化に取り組んでいるが、売買春による女性の搾取の問題については、ジャシンダ・アーダーンは自国の法律を変えるつもりはないようである。
2003年、ニュージーランドでは売買春を容認する法律(売買春改革法)が制定された。売買春の非犯罪化と称するこの法律は、売買春のための法的枠組みを作り、売買春の中の女性と男性の「権利」を保護し(いつから搾取されることが権利になったのか)、性産業への未成年者の参入を防ぐ(売買春を公的に制度化する政策では不可能なことだ)としている。さらに、売春地域周辺に住む住民への配慮を求め(お騒がせして申し訳ありません!)、ピンプ行為および「商業的性サービス」(売買春という言葉を避けるための言語ロンダリング)の販売を目的としたニュージーランドへの移住を禁止することなどが、法律で定められている。法律では、すべての人に商業的性サービスの提供を拒否する権利があり(本当にありがとうございます!)、売春店を経営するには営業証明書の発行が必要だ(女性が商品になると、売春店は単なるビジネスになる)。
最近まで大人気のドイツ首相を務めていたアンゲラ・メルケルと合わせて、この2人の女性指導者は自国の売買春の合法システムを変更せず、女性に対する最も過酷な不正義である売買春の制度化政策を堅持した。アーダーンとメルケルだけではなく、エストニア、コソボ、ギリシャ、バングラデシュ、デンマーク、シンガポール、スロバキアの女性指導者たちも、自国での売買春の制度化を容認している。
尊敬する指導者と、買春という犯罪を軽視する彼女の姿勢とのあいだに存在する不協和音に促されて、私はアーダーン首相に手紙を書いた。以下に全文を掲載する。
親愛なるジャシンダ・アーダーン首相
私が、性的満足のために人間を買うことの正統化と戦う活動家になったのは、人間の尊厳を重んじる価値観のおかげだと思っています。イスラエルをはじめ世界中の多くのNGOの経験や、これまでなされてきた研究などから、売買春が、慢性的な暴力を伴う途方もなく破壊的な存在であり、人権と人間の尊厳に対する重大な侵害であることがわかっています。あなたの国で、女性や男性に対するこのような持続的な犯罪をどうして許されているのですか? 女性として、人間として、私にはどうしても理解できません。
おしゃれで、「クリーン」で、「保護された」売春店で買春され、性病の検査を受けても(「客」は性感染症にかかっていないことを証明する必要はなく、男性のために健康でなければならないのは女性の側だ…)、毎日刻々と経験する売買春の被害から女性を守ることはできません。精神的にも肉体的にも傷つくことなく、虐待や拷問に耐えられる人間はいないのです。
ジャシンダ・アーダーン首相、少女や女性たちは私を含めて、あなたの業績、人格、能力を賞賛しています。コロナ危機の際のあなたの政策とリーダーシップは、多くの国にとって模範となるものです。全世界にこれほど大きな影響を与えているニュージーランドの売買春合法化政策について、どうか考え直してください。」
以上の手紙に対して、法務省の市民・憲法政策担当責任者キャロライン・グリーニー氏から以下のような返信があった。
「ニュージーランドにおける売買春の合法化について、ジャシンダ・アーダーン首相宛ての手紙、ありがとうございます。貴殿が提起された問題は、法務省の仕事に、より密接に関係しているため、貴殿の手紙に返答する仕事は私に回されてきました。
私は、ニュージーランドにおけるセックスワーカーの安全に関する貴殿の懸念を認めます。しかし、2008年に行なわれた売買春改革法検討委員会(以下、委員会)では、セックスワーカーは自らこの職業を選んでおり、この仕事にとても満足しているという結果が出たことを記しておきます。この委員会は、法務大臣によって任命された11人のメンバーで構成されていました。非犯罪化当時のニュージーランドのセックスワーカーの人数を評価し、2003年の売春法改革法の制定から3〜5年後の運用を検討することを任務としていました。また、委員会は、ニュージーランドの場合、性産業と人身売買との間に関連性がないとの判断を下しました。
同法は、ニュージーランドにおける売買春を合法化し、規制の枠組みを作り上げました。この枠組みは、セックスワーカーの権利を保護し、搾取から保護し、公衆衛生に資する環境を作ることを意図したものでした。売買春を法制度の枠の中に入れることは、セックスワーカーが他の労働者と同等の健康と安全の規制を受けることを可能にするという意味で、これらの目標のカギをなすものでした。このモデルのもとでは、セックスワークは他の産業と同じ安全衛生規制の対象となり、セックスワーカーとその顧客の両方が安全に医療や衛生に関する支援を求めることができるのです。
2004年、委員会は初めて会合を開き、同法の運用の評価検討(レビュー)を開始しました。このレビューは、複数の調査プロジェクトに加え、セックスワーカーに業界での経験について詳細な聞き取り調査を行なったものです。2008年、委員会は法律の運用に関する報告書を発表し、全体として法律は、セックスワーカーの人権を守り、搾取から保護することをはじめとするその所期の目標を達成していることを明らかにしました。」
以上の返信において、「セックスワーカー」「顧客」「職業を選んだ」「仕事に満足している」といった表現が使われていることがわかる。ニュージーランドの法務大臣の公式見解は、ニュージーランドの指導者の認識を表わしている。彼らは明らかに売春を他の職業と同様に「職業」「仕事」として捉えている。ニュージーランドの議員たちは、女性器や男性器を買いたい人にそれらを販売することを法的に容認することを支持しており、アーダーン首相もこれを何ら問題視していない。
ニュージーランドの行政が利用している情報源は、NZPC(ニュージーランド売春婦コレクティブ)である。NZPCは、売買春を「仕事」ととらえ、売買春を「ビジネス支援」と定義し、暴力、女性の人身売買、未成年者の虐待など、売買春の被害を否認している。
イギリスの人権団体「SASE(Standing against sexual exploitation)」は、同法の制定から15年後、非犯罪化モデルがちゃんと機能しているかどうかを調査し、その報告書を発表した。その結論は「NO!」だ。それは機能していない。
1、法律があっても、売買春の中の女性の安全と健康には何の改善もない……非犯罪化政策が、売買春をする女性の安全と健康に何の改善ももたらしていないことが、報告書から明らかになった。レイプ、安全でないセックス、暴力、心身の病気、さまざまな形での搾取は、売買春の中の女性たちの生活の一部でありつづけている。
2、法律があっても、女性たちは暴力を通報しない……健康と安全に関する違反の通報はほとんどなく、NZPCから政府に報告されたものは扱われていない。過去9年間でレイプの訴訟が起こされたのは2件だけ。通常、売買春の中にいる女性たちは、暴力に対する解決策として、別の売春店に移動する。
3、法律があっても、売春の防止と支援は存在しない……ニュージーランドの法律は、売買春から離脱しようとする女性を支援するための予算を割り当てていない。この法律が制定された際、売春への参加を防止し、売買春から抜け出したい女性のための予算を配分するといことが条件の一つであったにもかかわらず、である。集められたデータによると、回答者の85%が売買春からの離脱を希望している(これでもまだ不十分な評価だ。売買春の中の女性たちは常に離脱を考えているが、現実的な可能性がある場合のみそのことを真剣に考えるからだ。適切な離脱サービスがない場合、売春をやめる動機はないのである)。
4、法律があっても、未成年者や人身売買された移民女性が売買春に入っている状況に変化はない……法制定時、国会議員たちは売買春への参入をモニターすることが可能だと考えたが、それは実現しなかった。犯罪組織の関与、未成年者の売買春、国内での女性の人身売買については、NZPCは否定している。政府当局は、売春産業の闇市場(未成年者の搾取や、売買春のために取引される移民など)について何の情報も持っていないことを認めている。
売買春を生きのび、ニュージーランドで売買春根絶のために活動している女性たちは、売買春を一個の職業とみなす世間の認識やこの法律を変えようとしているが、ニュージーランド政府が買春産業を維持することに利害関係を持つ組織の認識を採用しているかぎり、変化をもたらす可能性はきわめて低いだろう。ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相が、彼女らサバイバーたちの背中を押してくれないことが、どんなに悲しく、もどかしいことか。
売買春との闘争において、ニュージーランドはイスラエルから学ぶべきことがたくさんある。2018年の最後の日(12月31日)、「売買春禁止法」が制定された。この法律と並行して、「売買春を減らすための省庁間チームの勧告を実行する」という政府決定が承認された。9000万NIS〔イスラエルシェケル=イスラエルの通貨で、現在、1シェケル=40円ほど〕の予算で、さまざまな売買春の場にいる女性や男性たちを対象に、リハビリ、雇用、医療の枠組みを拡大することが可能になった。
イスラエルでこの法律が制定されて以来、売買春で捕まった男性に罰金が科せられたケースは3000件にのぼっている。この法律の制定は、女性と男性が慢性的な暴力と持続的な搾取の中で生きている現実とは相いれない社会に向けた道徳的道標となるものだ。これは、イスラエルを、買春や女性の人身売買に対する闘い、女性の地位向上、人権擁護の最前線に位置づける、国際的に見ても画期的な動きである。
イディット・ハレル(イスラエル)
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