マデリン・カーンズ「売買春を合法化してはならない」

【解説】以下は、昨年2019年の8月にアメリカの保守系雑誌『ナショナル・レビュー』に掲載されたマデリン・カーンズの記事を翻訳したものです。当時、ニューヨークやワシントンDCで売買春の包括的非犯罪化法案が出されていたことをめぐって書かれたものですが、現在、再びニューヨーク州の民主党議員から同種の非犯罪化法案が出されているので、ここで紹介します。小見出しは翻訳者の判断で適時入れています。

マデリン・カーンズ

『ナショナル・レビュー』2019年8月8日

 「キモイ、ただキモイ」

 外は暗く、車の着色ガラスの窓から見通すのは難しい。ハンドルを握っているのは、ロサンゼルス警察(LAPD)南部方面局の人身取引対策部のヨランダ・ヴァレント巡査部長だ。彼女はシンプルな服装で、防弾チョッキを着用し、9ミリのセミオートマチックを携行している。近くで発砲があり複数の被害者が出たと警察無線が伝える。私たちはUターンしフィゲロア通りに向かった。そこは、南ロサンゼルスの主要幹線道であり、アメリカの最も有名な売春街の一つでもある。

 79番通りと交差するところに2人の男性警察官が立っていて、18歳の少女に話しかけていた。彼女は派手なシースルーのドレスを身に着けており、彼女の乳首の部分は2つのコンドーム入れで隠されている。私が名前を尋ねると、彼女は横顔の下の方にあるタトゥーをそっと指さした。そこには「CASH」というスペルが彫られている。後で知ったのだが、顔のタトゥーはピンプによって識別用の印として使われているのだ。

 「こういうことをいつからしているの?」と私は尋ねた。

 「13から」

 「このことをどんな風に感じている?」

 「キモイ、ただキモイ」

 「稼いだお金は自分の手元にとっておけるの?」

 「今夜はゼロ」

 私がその夜出会った幾人かの他の「路上売春婦」と同じく、「キャッシュ」はストリップ・クラブからその1日を開始した。12時間後、彼女は顔なじみの客たち=「ジョン(買春男)」がいつもいる「フィグ〔フィゲロア通り〕」に向かった。客たちはストリップ・クラブで彼女のダンスを観終わってから、彼女を探しに車でそこにやって来る。1時間ほど前、ピンプが現われて、その日の彼女の稼ぎをすべて奪っていった。彼女のずれたつけまつげの下はマスカラで黒くなっており、左のは取れかかっていた。明日は彼女の妹の誕生日なのに、拘置所で過ごすことになるかもしれないと心配していた。「正直、泣きたい気分」、彼女は私に言った。

 会話が聞こえるところに立っていたヴァレント巡査部長は、ゆっくりと近づいてきた。「今夜は警告だけにしておくから」。そう言って名刺の裏に電話番号を走り書きすると、彼女に手渡した。それは地元の被害者支援センターの番号だ。車に戻ると、どうして他の子にではなくあの少女に手を差し伸べたのかヴァレントに尋ねると、ほとんどの少女は警官を見たらすぐに逃げ出すのに、本当に切羽詰まった状況にあるときには警官に話をする機会を与えるからだと彼女は説明した。

 カリフォルニア州の刑法は、性を売ることを軽罪と規定しており、6ヵ月以下の懲役か1000ドルの罰金を科している。多くの地元民は路上売春婦に冷たく、はた迷惑な存在だとみなしている。子どもたちが学校の行き帰りに彼女らの近くを通るので、多くの苦情が出ている。

 「Tバックの下着にシースルーのナイトドレスみたいなのを身に着けた格好で、外に立ってるんだ。あいつらに言うんだ、あんたがここの住人だとしたら、そういうのを見たいかって」、この地域で13年勤務しているロバート・ジャラミロ巡査は言った。アレックス・ラミレス巡査は、以前、数ブロックも少女を追いかけなければならなかったことがあったと話した。「その逃げ足の速いこと!」。ヴァレント巡査部長に同行していたとき、私は、警官たちの言う「〔敵意ある〕態度」というやつを実際に味わった。カラフルなスリップを着た1人の女性が猛然と去っていく前にこう言ったのだ、「自分の権利なら知ってる。クソ記者なんかに話すもんか」。

 もちろん、人身取引対策部の主たる課題は売春者を捕まえることではなく、ピンプを捕まえることである。ヴァレントは警察無線から、1人の少女が車の中で誰かに金を渡しており、その車がちょうど私たちの車を通り過ぎようとしているとの情報を得た。ヴァレントは車のナンバーを聞いた。ラミレス巡査は、「組織犯罪課(Vice Division)〔売春やドラッグや賭博や人身売買などの取り締まりを担当する部署〕」が1人のピンプをフィゲロア通りとフローレンス通りの交差点にあるマクドナルドの店で逮捕したときのことを興奮気味に語ってくれた。その店はこの種の「裏商売」のホットスポットとして知られていた。逮捕された男は5人の売春女性を抱えていて、週に約1万4000ドル〔約150万円〕も稼いでいた。有罪になれば、30年の刑に服することになる。少女と女性は取り締まりの優先対象ではないが、全国規模の種々の研究が示唆するところでは、勧誘罪関係の逮捕者のほとんどは売春者だ。

 カリフォルニア州が売買春を違法にしたのは1872年のことだが、その法を起草した人々にはいくつかの動機があった。売買春は性病などの公衆衛生上の問題をもたらしていた。強盗や殺人など他の多くの犯罪の蔓延と関連していた。道徳的・社会的退廃に寄与していた、等々。しかし、法と実生活の両方において女性の地位が向上するのに伴って、最近は事情が変わってきた。合法化をめぐる論争は、被買春者自身の利益を中心にするものになった。

 全面的犯罪化でも、合法化でもなく

 十把ひとからげ的な見方を取る人々(買い手も売り手も、ピンプも売春者もいっしょくたにする人々)にとっては、2つの対立しあうアプローチが存在する。売買春関係のあらゆる活動を違法とする全面的犯罪化か、売買春を闇市場から表の市場に引き出す全面的非犯罪化ないし合法化(後者にあっては国が、売買春が行なわれる時間、場所、様態を規制する)か、である。どちらの議論でも暗に前提されているのは、売買春というのは、売春者の側からなされる〔自由な〕選択だというものだ。ここでの区分線は、売買春と性的人身売買(力の行使、だまし、強制による売買春と定義されている)とのあいだに引かれている。性的人身売買は、すべての人が同意しているように(少なくとも表向きは)、違法のままであるべきだとされている。

 全米50州のうち、ネバダ州だけが売買春を合法化していたが、それでも、いくつかのカウンティの一部に限定されている。しかし、今年になって、ニューヨーク州とワシントンDCで全面的非犯罪化法案が議会に提出された。民主党の大統領候補であるコリー・ブッカー、マイク・グラヴェル、タルシ・ガバードはみな合法化を支持すると語った。もっとも、彼ら・彼女らがいったいどうやってそれに取りかかるのかについては別問題だ。依然としてこの問題は州政府の問題であって連邦政府の問題ではない〔連邦国家であるアメリカでは刑法は州レベルで決定される〕。

 左派の陣営にあっては、政治家たちはますますもって、いわゆるセックスポジティブ・フェミニズムのグローバルな運動に歩調を合わせるようになっている。この種の運動は何百万ドルもの資金提供を受け、メインストリームの著名人やジャーナリストから持ち上げられている。その提唱者たちは、「セックスワーク」が正統な――エンパワーにさえなる――労働形態だと主張する。右派の陣営にあっては、この見解は、売買春を国家の干渉なしに市場活動に従事する道徳的権利だとみなす自由放任主義のリバタリアンたちによって支持されるとともに、合法の売買春を規制することは性産業を封じ込めて衛生的なものにするのに役立つと主張する保守派によっても後押しされている。それどころか、左右両陣営の支持者たちは、合法化が、一方では売買春をそれに従事する者たちにとってより安全なものにし、他方では人身売買の規模を縮小することになると示唆する。だがどちらの点でも彼らは間違っている。

 2013年に『世界開発』に発表された一研究――タイトルは「売買春の合法化は人身取引を増大させるか」――は、116ヵ国の横断的データを分析している。この調査研究を行なった筆者たちは次のことを明らかにした。「売買春の合法化は、人身売買の発生に関して2つの矛盾する効果をもたらす。〔合法売春が〕人身売買に取って代わる代替効果と、人身売買を増大させるスケール効果である」。この研究の筆者たちは、スケール効果が代替効果を上回っていることを明らかにした。言いかえれば、売買春を合法化した国々の方が、売買春が禁止されている国々よりも多くの性的人身売買が存在するということだ。スウェーデン(買春が犯罪化されている)とデンマーク(売買春が非犯罪化されている)やドイツ(合法化されている)と比較した追加的研究でも同一の結果が出ている。

 道徳的な反対論も存在する。他のどの労働形態にもたしかに強制の要素がありうるとはいえ(たとえば、家賃を払えなくなる恐れは、不快な仕事でも続ける動機になるだろう)、売春――圧倒的に売り手は女性――は本来的かつ許容不可能なまでに搾取的であると多くの者にみなされている。この確信に促されて、スウェーデンの議会は1999年に、自分自身の身体を売ることではなくて、ピンプ行為、売春店、性を買うことを違法化した。つまり、ピンプと買春者は訴追されるが、売春者自身はそうではない。現在「北欧モデル」として知られているこの政策を形成したのは、社会民主主義の理論、第2次世界大戦後における人権論の独自の発展であり、また売買春をジェンダー平等に対する構造的障害とみなすフェミニズムであった。実際面で言うと、それは、スウェーデンにおける売買春市場を縮小させ、性的人身売買の発生率を引き下げるという結果をもたらした。この成功に促されて、ノルウェー、アイスランド、カナダ、フランス、アイルランド、北アイルランド、イスラエルもそれに続いた。アメリカも同様の措置を取るのが賢明であろう。

 児童虐待と売買春

 「私はかつて多くの逮捕を行なってきましたが、これは逮捕だけで片づく問題ではないということがすぐにわかりました」とステファニー・パウエルは言う。彼女はかつてロサンゼルス警察(LAPD)の巡査部長代理だったが、性的人身売買と性的搾取の被害者を支援する非営利団体「ジャーニー・アウト(Journey Out)」の代表理事に転身した。「それは選択に見えるかもしれませんが、この『選択』は偽りの基盤にもとづくものです」。パウエルによると、相談者の85~90%が子どものときに性的被害を受けており、同じぐらいの割合で児童養護施設の出身者だ。

 シカゴ大学の社会学者で数十年にわたって性について研究してきたエドワード・O・ローマンは言う。一般に、子どものときに大人と性的接触をした〔性的虐待を受けた〕女性は、そうしたことのなかった女性よりも多くの数の性的パートナーを、成人してから持つ傾向にある。その長年の研究から、そうした女性たちの「根底にある主要な特徴」が、「より性的に強い関心を持つ傾向にあること、この関心が生涯のより早い段階で示されること」である。性的虐待の深刻さの度合いもその頻度もこの結果を変えなかった。早熟な性的関心のもう一つの要因は父親の不在であるとローマンは言う。

 売春女性のあいだでは、崩壊した家族と児童性虐待は共通して見られる特徴である。そうした女性たちが意識的に性的放縦を追求するということではない。むしろ、彼女たちの年少期の経験が彼女たちをある種の行動へと方向づけるのである。ほとんどの人々と同様、彼女らの多くも実際には愛情と安定性を求めている。そこに「ロメオ型」ピンプがつけ込むのだ。これらの連中は「人を操る名人」であり、彼女らの求める「関係性の外観をつくり上げるんです」――LAのダウンタウンで安全な避難場所としての住居を売春者が探す手伝いをしているジャーミシャ・アンドリューズは言う。「それは人を操る馬鹿げたテクニックですが、効果があり、常にそうでした」。パウエルも同じ意見だ。「ロメオ型」ピンプは被害者のパーソナリティのうちに弱い部分を見つけ出す。「低い自尊心だったり、親の保護がなかったり、です」。そしてそれを見つけ出すことができなければ、彼らはそれをつくり出す。

 マリアの物語

 マリア・スチューは、LAで父親のいない家庭で育った自称「ウェルフェア・ベビー〔母親が福祉の世話になっていること〕」である。彼女は7歳の時に性的にいたずらされた。18歳になると、州はあらゆる児童福祉支援を打ち切った。彼女の母親は病気になり、家賃を支払うためのお金がどうしても必要になった。そんな時に会ったのが、後に彼女を人身売買する男、ロベルト(実名ではない)である。当時30代半ばのロベルトは「非常にハンサム」で、シボレーのカマロという高級車に乗っていた。彼は家に食料を運んできたり、マリアの母親が入院した時には花束をくれた。スチューが恋に落ちると、ロベルトは彼女をストリップ・クラブに連れて行き、彼女をクラブのオーナーに紹介した。そいつは彼女のことを「べっぴん」だと言い、他の少女たちのようにダンスで500ドルは稼げると言ったが、彼女はほとんど関心を持たなかった。だが彼女の母親の病状がますます悪化すると、ロベルトにしつこく言われて、やむなく彼女はストリップ・クラブで働くことに同意した。彼女は自分のシフトを何とかやり切るために過度な飲酒に頼った。「1杯飲んで、また飲んで、また飲んで、また飲んで、それから汗だくになって踊る」。彼女は一晩で800ドルも稼ぐようになったが、1セントも彼女のものにはならなかった。

 ストリッパーとして、スチューは性産業の合法部門で働いていた。だが、このことは彼女を人身売買から守ってくれなかった。スチューはロベルトを皮切りに、ピンプからピンプへとたらい回しにされた。彼女はしばらくのあいだLAで家具も水道もない「トラップハウス〔売人のたまり場〕」で暮らしていたが、まもなくベガスの別のピンプに売られた。ベガスのピンプは「ロメオ」というよりも「ゴリラ」だった。つまり、そいつは女性たちを恐怖で支配し、従わない場合には暴力を振るった。女性たちは彼のペントハウス〔高級マンションの最上階〕で一緒に暮らし、「トイレのドアを開けたまま用を足す」よう指示されていた。スチューは、殴られるのを避ける唯一の方法はいい子にしていることだということを学んだ。殴られること――「目の周りの青あざ、引き抜かれた髪の毛、血だらけの唇」――の恐怖から、誰かがひどい目に遭ってもそれを傍観するようになる。スチューは、ある女性が彼の車に戻るのが遅れた時のことを覚えている。ピンプは彼女のことをあまりにも激しくぶん殴ったので、「彼女はSUV車の後部座席まで吹っ飛んだ」。このゴリラ型ピンプにさんざん稼がせ、そいつの信頼を勝ち取ったスチューは、ようやく逃げ出す機会を見つけ出すことに成功した。

 「幸せな娼婦(ハッピー・フーカー)」の神話

 「搾取なき世界(World Without Exploitation)」(全米で人身売買や性的搾取と闘っている160団体の連合組織)の全国理事で、ニューヨーク市の性的人身売買対策部の元警察検察官であるローレン・ハーシュは言う。虐待されている女性たちは、自分は虐待されていないと主張する場合がある。「そこには実にさまざまな心理が働いています。しかし、私が支援した圧倒的多数のサバイバーたち――現時点でそうしたサバイバーはおそらく数千人にはのぼると思いますが――は、いったん搾取的状況から脱け出すと、自分がそこにいたのは選択によるものではないと話すようになるのです」。

 ネバダ州では、アメリカのフェミニスト、メリッサ・ファーリーが3年にわたって合法売春店における被買春女性の健康と生活状況について研究を行なった(ネバダはアメリカで唯一、合法売春店の存在する州であり、研究者は合法売春店と非合法売春店とを比較することができる)。ちなみに、合法の施設は同州に存在する売買春のわずか10%しか占めておらず、大部分では人身売買が依然として行なわれている。ファーリーがインタビューした45人の女性のうち、10人が子どものときに人身売買されてこの世界に入っており、36人が、他に適当な仕事があればすぐにでも辞めたいと語った。

 オランダでは売買春は1988年以来合法だったにもかかわらず、売春店とピンプ行為に対する全般的な禁止は2000年まで解除されなかった。そのような解除がなされたのは、そこに関わる人々にとって性産業をより安全なものにするという企図にもとづいたものだった。しかし、そうはならなかった。少なくとも、オランダ警察庁の調査によるならそうだ。この調査はオランダの検察庁によって委任されたもので、その結果は『表層の下で』という報告書にまとめられている。2008年に出版されたこの報告書は、オランダの3つの都市における被買春女性の50%から90%が「自分の意志に反して働いている」ことを明らかにした。報告書の筆者たちはまた、かなりの数の被買春者が雇用主によって肉体的に虐待され、なかには10年もの長きにわたってそうされている者もいた。これは、売春店監査官によって見逃されてきた事実である。彼らはこう書いている。

「警察に通報したり供述書を提出した被害者たちは、野球のバットで殴られたことや、冬期に休日の公園の冷たい池のところで立たせられたことなどを話した。他にも、強制中絶、豊胸手術(強制された場合も自発的にした場合もある)、ピンプの名前のタトゥーを体に彫られた事例なども報告されている。」

 「売春女性ないし元売春女性の中で売買春が合法化されるのを望んでいる人がいるとすれば、それは彼女たちが、売買春の悪に慣れっこになっていること、そしてそこから自分自身がこうむる被害にも慣れっこになっているからだ」と、アイルランドの活動家で元売春者のレイチェル・モランは『私は買われた――売春から抜け出すまでの道のり(Paid For: My Journey through Prostitution)』という著作の中で書いている。実際、イギリスのフェミニストで『売買春の美化――セックスワーク神話の解体(The Pimping of Prostitution: Abolishing the Sex Work Myth)』の著者であるジュリー・ビンデルはオランダのアムステルダムに飛び、「幸せな娼婦(happy hooker)」という造語を作った女性、ハヴィエラ・ホランダーに会いに行った。それでわかったのは、ホランダーは実は売春店の女経営者(つまり、女のピンプ)であり、彼女自身が売春者として働いたのはわずか6ヵ月だけだったことである。そんなことはお構いなしに、ホランダーの『幸せな娼婦――私自身の物語』は全世界で2000万部も売れた。

 LAのロングビーチにあるキリスト教系の被害者支援センターである「ジェムズ・アンカヴァード」で、私は理事のメアリー・ホワイトと会った。彼女は、元売春女性のカウンセリングをした時のことを話してくれた。

「それで私は彼女に尋ねました。『あなたが幼い少女だったときの夢は何だった?』。彼女はずっと下を向いて自分の手を見つめ、そのまま5分ほどが過ぎました。私もただじっと黙っていました。たぶん思い出そうとしているのだろうと思ったのです。そしてようやく彼女は顔を上げ、私を見つめ、涙をぽろぽろ流しながら言いました。『夢なんて、持ったことありません』。私は言いました。『いいのよ。じゃあ、今なにか夢見ていることはある?』。」

 マイルズの物語

 「ジェムズ・アンカヴァード」におけるホワイトの任務は、「被害者をサバイバーにすること」である。彼女はその最も立派な成功例の一つである人物、タンジェリナ・マイルズを紹介してくれた。マイルズは現在、ホワイトといっしょに被害者のためのカウンセラーとして働いている。マイルズはドラッグ依存者の母親から早産で生まれ、LAの児童養護施設で育った。彼女が18歳になるまでに――このとき彼女は後に自分を人身売買する男に出会っている――、23箇所も転々とした。その男ダレンは背が高く、髪は黒く、ハンサムで、40歳ぐらいの年齢だった。自分も児童養護施設の出身だと語った。マイルズは言う、「誰かと共感しあえるように感じる、そういう『me too』の瞬間がそこにはたっぷりありました」。ダレンは彼女に大いに気を遣い、プレゼントを買ったり、彼女のことを誉めたりした。いっしょにニューヨーク市に行かないかと彼に誘われたとき、彼女はイエスと言った。彼女は恋に落ちていた。

 しかし、ニューヨークに着いてすぐ、暴力が始まった。蹴る、噛む、殴る、そして「気違いじみたあらゆること」。ある夜、ダレンとその友人は彼女をレイプした。「私はただこう思い続けていました。『でも彼は私を愛している、私を愛している、私を愛している』と」。マイルズは今は理解している。これはみな「彼女を言いなりにする過程の一部」だったことを。それ以降起きたことは人身売買だった。ダレンは彼女を怪しげなホテルや知らない男のアパートに連れて行った。彼女は1日で6~13人もの客とセックスをさせられた。マリア・スチューと同じく、彼女は1ペニーも自分のものにできなかった。

 ある日、マイルズは、クスリをひとつかみ丸ごと飲んで自殺しようとした。「私が目を覚ました時、目の前にダレンがいて、私の首に両手をかけて言いました。そんなに死にたけりゃ、俺が殺してやる。お前は自分で死ぬことさえ許されないんだ、と」。マイルズが2度目にクスリの過剰摂取をしたとき、ダレンは、1月だというのにサンダルとTシャツを身に着けただけの彼女をバス停に放り出した。「覚えていますが、私はうつぶせになり、両目に水が入ってきました」とマイルズは言う。「汚い雪が積もっていて、黒と茶色と白色の混じったどろどろのぬかるみでした」。彼女はそのまま気を失った。たまたまオフの警官が彼女を発見し、病院に連れて行き、ソーシャルサービスと連絡を取り、彼女は一命をとりとめた。

 グローバル性産業とピンプの団体

 私はこれまで、何十人という警察官や検察官、地域社会の住民、医者、住宅専門家、アウトリーチ・コーディネーター、活動家、サバイバーたちと、つまりは性産業に関して最も詳しく内部事情に通じた人々と話してきたが、これらの人々のうち誰一人として、セックスを買うことを合法化することに賛成の者はいなかった。「女性人身売買反対連合(CATW)」の事務局長テイナ・ビエン・アイメはこう語る――「私たちが相手にしているのは、何百万人もの女性と少女を売り買いしている数十億ドル規模のグローバル産業です。……この産業で稼ぎ出される1ドル1ドルが買春者のふところから来ているのです」。アフリカ系アメリカ人として語る彼女は次のようにさえ言う。「褐色と黒色の女性の身体は常に、虐待と搾取を通じた経済的利潤を稼ぎ出す中心にありました」。そして彼女は性売買を「この遺産の継続に他ならない」とみなしている。

 もちろん政治家たちは、人身売買に対抗する措置を取ることに時おり賛成する。バラク・オバマは、人身売買を現代の奴隷制と呼ぶべきだと言った。昨年、トランプ大統領はフォスタ-セスタ(FOSTA-SESTA)法(下院のオンライン性的人身取引対策法と、上院の性的人身取引抑制法)に署名した。この法は、クレイグスリスト(Craigslist)のようなウェブサイト〔不要品の売買、求人、仲間の募集などの公告を個人が書き込めるコミュニティサイトで、頻繁に人身売買や児童ポルノ、違法取引にも利用されている〕で第三者が不法な売買春を推進している場合に、そのウェブサイトに対して刑事上および民事上の責任を問えるようにするものだ。批判者たちは表現の自由を定めた合衆国憲法修正第1条に違反すると言っているが、この立法は2020年大統領選挙におけるほとんどの民主党候補者によって支持されており、その支持者には売買春の合法化に賛成の者もいる。クレイグスリストでの広告はピンプと売春者がセックス市場を利用する多くの方法の一つにすぎないとはいえ、この新しい法はおそらく一定の限定的効果を持つだろう。それゆえ、いくつかの反人身売買グループはこれを正しい方向に向けた一歩だと評価したのである。この法が執行されることで閉鎖された「バックページ」〔あらゆる商品の売買を使う大規模な広告ポータルサイトで人身売買の取引も行なわれていた〕は、売買春を推進する同じぐらい生々しいサイトに取って代わられた。

 しかし、このような措置にみんながみんな喜んでいるわけではない。「セックスワークの法的承認とジェンダー・アイデンティティ」は、ジョージ・ソロスの「オープン・ソサエティ財団」によるトップ20の資金援助事業となり、2017年には、トータルで4580万ドル〔約50億円〕もの寄付金がさまざまなグループに分配された。しかし、「ジェンダー・アイデンティティ」の場合と同じく、「セックスワーク」をめぐって発せられる種々のメッセージは相互に矛盾しており、非効果的である。たとえば、今年の7月にジェフリー・エプスタイン――14歳の少女の性的人身売買のかどで最近有罪となった億万長者〔その後、獄中で死亡〕――に関する記事を掲載した『ティーン・ヴォーグ』は、その3ヵ月前に「どうしてセックスワークはリアルワーク(本物の仕事)なのか」というタイトルの論説を掲載した。ここでの「セックスワーク」という言葉はもちろん、わざと広い意味で用いられている。つまりそこにはピンプも含まれている。

 「セックスワーカーの権利」を最も声高に論じたてる人々のほとんど――もちろん『ティーン・ヴォーグ』の編集者も含めて――は買春される側の人々ではない。『売買春の美化(The Pimping of Prostitution)』執筆のための調査の一環として、ジュリー・ビンデルはカンボジアの非営利団体「団結のための女性ネットワーク」を訪問した。この団体は、6500人の「セックスワーカー」を代表する組合であると自称しているが、それは偽りであった。ビンデルは、売春女性のグループとのミーティングを設定したのだが、そこには同NGOの役員も出席し、出席した他の女性たちの代わりにしゃべり、彼女らの話にしょっちゅう割り込んだ。だが、ビンデルが真実を発見するのを妨げることはできなかった。彼女はこう書いている。彼女が話をした被買春女性たちは、「みんな、生活のためにセックスを売るのがいやでいやでしょうがないと語った。……女性たちはエンパワーなどされていないようだった。買い手によって妊娠させられたものも何人かいて、彼女たちは赤ん坊の世話をしていた。3人はHIVポジティブだった。これらの女性たちの全員が複数回レイプされていた。誰もが、公式の身分証明書を買うための200ドルさえ持っていたら売春から脱け出すことができるのにと語った。というのも、それが、この国のサービス産業や工場で正式に雇用されるための唯一の方策だからである。これらの女性たちの誰も、性売買を非犯罪化する国際キャンペーンについて知らなかったし、みんなここから脱け出したいと語った。」

 ソーシャルメディアの責任

 ソーシャルメディアは多くの責任を負っている。ピンプは現在、フェイスブックやインスタグラムを通じて直接に少女たちに接触することができる。ロサンゼルスのダウンタウンで売春者のために住居を探す手助けをしている前述したアンドリューズは、#RPGO(real pimping going on)、#RHGO(real hoeing going on)、#304(電卓の各数字上のスペルを逆にすれば、HOE(娼婦)になる)といった暗号の体系が存在していることを教えてくれた。人身売買を阻止する活動に従事している人々がとくに強調しておきたいと思っていることは、どんな少女であれ――中高校に通っているのであれ、大学に通っているのであれ、養護施設にいるのであれ、恵まれた家庭にいるのであれ――、ネット上で彼女らを引っかけるのを止める手段は存在しないということである。

 「わかってきたのは、ロメオ型のピンプがいるという以上に事態が深刻だということです」とヴァレント巡査部長は言う。「若い少女がソーシャルメディアのサイトやその中の影響力ある人物のサイトを閲覧している」なら、その中には、ハリウッドからの誤ったメッセージとも結びつきつつ、性産業を美化しているものがたくさんある。ハードコア・ポルノの蔓延もネットを若者たちにとってより危険な場にしている。ヴァレントは、パトロール隊がフィグ〔フィゲロア通り〕で12歳の少女を呼び止めた時のことを語ってくれた。彼女は「ピンクのホットパンツと小さいブラジャーを身に着けて」立っており、勇気づけのために少し年上の10代の女の子がそばにいた。ロサンゼルス・カウンティにおいて2003~2012年に勧誘罪で逮捕された3万5402人の女性のうち、およそ1400人が子どもだった。その中にはまだ9歳の子どもまでいた。

 フィゲロア通りは、生きた身体をネバダからテキサスへ、北カリフォルニアから南カリフォルニアへ、そして全米各地へと運んでいく流れの中の、主要な動脈であり、一滞留地である。FBIは行方不明となった子どもたちを探しにこのフィゲロア通りをしょっちゅう捜索しにくる。だが、それよりもずっと多くの成人が――彼女らが最初に買春されたのは子どもの時だ――、ここに行きつく。今では、インターネットとソーシャルメディアの発達によって、フィグでの売買春活動はよりスピーディーになった。買春者はネットで注文することができ、それから手早く「こと」をすませる。組織犯罪課の捜査官たちはスピードと経験を兼ね備えており、30~40年もこの部署で活動している者もいる。彼らは何を探せばいいかを熟知している。1人で通りを流している男性ドライバーだ。刺激的な服装をした少女たちは、他の多くの人々と違ってA地点からB地点へとまっすぐ歩くのではなく、通りの角でぶらぶらしている。そして、手を振って車を停車させ、車に乗り込み、そして車から降りる。時には覆面警官がおとりになって、性行為の値段を訊く――「フェラだと50ドル?」。そうやって逮捕するのだ。

 孤立と裏切り

 私はLAPDの警官と2回パトロールに同行した。日中に1時間、そして夜にもう1時間。私たちがフィゲロア通りで見かけた女性は20~30人はいた。ハイヒールのブーツを履きピンクのドレスを身に着けたシャンテルは、ヴァレント巡査部長が言うには、「上品であるとともに、うまく言い逃れる稀有な才能」の持ち主だ。また、明らかにサイズが小さすぎる丈の短い黒いドレスを身に着けたマリエラは、何を質問されても「そうかもね」と答えた。元気のいい2人組――32歳と22歳のコンビ――は、ひどく陽気で、お酒の匂いをぷんぷんさせていた。21歳の子は微笑みながら警官に言った。いいえ、本当にその子のことをかわいそうと思っていたらじろじろ見たりしない、じろじろ見るのは、「私が娼婦(hoe)だからよ」。

 そこには例の「キャッシュ」もいた。かわいそうなキャッシュ。彼女は、タトゥーを入れられた悲しい顔で、ポケットをからっぽにして家に帰るのだ。ヴァレント巡査部長は車を降りて署に戻る途中、まるで私の心を見透かしたかのように言った。「私たちはこれらの女性たちのことを被害者と見ています。彼女たちは、何のサポートシステムもなく、助けとなるものも何もなく、そういうときに、誰かを信頼してしまい、ひどく裏切られ、そしてあそこに立って、ああいうことをせざるをえなくなったのです」。

出典:https://www.nationalreview.com/magazine/2019/08/26/dont-legalize-prostitution/

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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