ミーガン・マーフィー「セックスワーク論がもたらすディストピア――ベルギーの新しい労働法が意味するもの」

【解説】以下の記事は、カナダ出身のラディカル・フェミニストで、長年のあいだオンライン雑誌『フェミニスト・カレント』を発行しているミーガン・マーフィーさんによる最新記事です。筆者の許可を受けて、ここに全訳を掲載します。

 2022年にベルギーで売買春が完全非犯罪化(合法化)され、その流れで、今年の5月3日、「セックスワーカー」に労働者としての権利を付与する新しい労働法が可決されましたが、同時に、その「ワーカー」が半年間で10回以上、客の求める性行為や客を拒否すると、ピンプ(性売買業者)は政府に苦情を申し立て、介入させることができるとされています。正式に「労働」として行われる以上、雇用主(ここでは性売買業者)が求める命令に被雇用者が従わなければならないのは当然であって、「セックスワーク」という枠組みはまさに、望まぬ性行為を業者が女性に強要することを可能にするのです。つまり、セックスワークの非犯罪化の本質はレイプの非犯罪化であり、それを国家が堂々と公認することを意味するのです。

 このようなとんでもない法律が、ベルギーの国会で、賛成93、反対0(!)、棄権33で通ったというのですから、驚きです。ベルギーにはまともな政治勢力は存在しないようです。これこそまさにディストピア以外の何ものでもないでしょう。

ミーガン・マーフィー

『フェミニスト・カレント』2024年5月16日

 「セックスワーク・イズ・ワーク」という集会でのコールは、カナダの労働組合員の家庭に育ち、「オー・カナダ」〔カナダの国歌〕よりも「団結よ永遠にあれ」〔国際労働歌〕の方に感化されてきた若い社会主義者であった私の胸に響くはずだった。しかし、このフレーズを初めて耳にしたのは2010年頃だったと思うが、時すでに遅しだった。性産業とその従順な手下である第三波フェミニズムが売っているもの(そして実際にそれを売っていた)をすでによく知っていたからだ。

 私はすでに、キャサリン・マッキノン、アンドレア・ドウォーキン、シーラ・ジェフリーズのような女性たちに出会っていた。彼女たちは、現代の、ヒュー・ヘフナーに触発された「フェミニズム」に対する私の不快感を、いくばくかの確信に変えてくれた。ラディカル・フェミニズムは、私のラジオやジャーナリズムでの仕事を通じて被買春女性たちと話したり話を聞いたりする機会ともあいまって、次のことを私に教えてくれた。「セックスワーク」や「非犯罪化」のマントラは浅はかなもので、私のような人間――つまり、「ワーカー」を支援するよう教育された左翼、「性の解放」なるものによって「エンパワーメント」を求める若い女性、そして違法なものを合法化し、それを表舞台に出して規制さえすれば、より安全になると教えられた進歩主義者――を操るために特別に存在するものだということを。

 私はセックスワーカーを支援するが、いくら「赤い傘」の看板がそう主張しようとも、セックスはワークではない(あるいは、いずれにせよワークであってはならない)。また、私たちが問題にしているのは、製薬業界が利益のために同じように中毒性があり人生を破壊する合法ドラッグを販売することが許されているのに、非合法とされている違法ドラッグのことでもない(違法ドラッグを合法化すればより安全になるという考えはまた別の議論だ。重要なのは、私たちが問題にしているのは人間であって、販売可能な商品ではないということだ)。私たちが問題にしているのは、性的搾取、虐待、人身売買であり、人間の売買と、女性や少女の身体へのアクセスの売買が焦点になっているのだ。

 いくらセックスに金を払う男たちが、これを単なる取引と見なそうとしても、挿入される人間にとっては、それは最も無防備な状態にある彼女の身体なのだ。膣と人間存在を切り離すこともできないし、性産業につきものの言語的・身体的虐待と魂とを切り離すこともできない。相手の意に反してセックスをすることはレイプであるという進歩的でフェミニスト的な標準的見解は、金銭の授受があると不思議なことに消え失せる。あたかも金銭の授受がトラウマを無効化するかのように、あるいは相手が自分とセックスしたくないことを知っていながらその相手とセックスする男は非難されるべき存在であるという事実が無効化されるかのように。

 売買春を「ワーク」の一形態として枠づけ、したがって労働法の対象とし、組合結成の門戸を開くことは、性売買の中の女性たちや少女たちを保護する第一歩なのではなく、性産業を正常化し、拡大する第一歩だった。

 ベルギーでは2022年に売買春が非犯罪化されたとき、左派、リバタリアン、リベラル派がこぞってそれを祝福した。理解できない人もいるかもしれないが、売買春という文脈における「非犯罪化」とは、被買春女性たち(「商品」)を非犯罪化するだけでなく、ピンプ行為(売春斡旋)、売春店の経営、買春もすべて非犯罪化することを意味する。私に言わせれば、「女性の安全を守る」上で、悪党たちに認可印を捺す必要はないのだが、非犯罪化ロビーは、良心を和らげるスローガンで支持者を口説き落とす術にたけているため、そのような側面は看過したがるのだ。

 私やカイザ・エキス・エクマン、ジャニス・レイモンド、ジュリー・ビンデル、レイチェル・モランのような女性たちは、1999年にスウェーデンで初めて採用された北欧モデルと呼ばれる別のモデルを長年提唱してきた。このモデルは、自分の性を売る側は非犯罪化するが、搾取する者たち(人身売買業者、買春者、売春店経営者)は犯罪化するというものだ。このモデルは搾取を抑制し、売買される側をエンパワーするもので、典型的な権力関係を覆し、セックスに対してお金を払うことは悪いことだという文化的規範を提示する。「セックスワーク派」は、「スティグマをなくす」ことについてポエムを語りたがるが、女性や子どもを罪悪感なしに虐待したいと願う男たちや、その行為から利得を得る者たちを非スティグマ化する理由は私には見当たらない。

 2022年、ベルギーのヴァンサン・ヴァン・クィッケンボーン連邦法務大臣は、性売買を完全に非犯罪化する動きを「歴史的」と呼び、「セックスワーカーがもはやスティグマ化さずれ、搾取されず、他人に依存させられることがないことを保証する」と説明した。

 完全な非犯罪化をすれば、被買春女性や少女がもはや「スティグマ」を着せられず、搾取されず、ピンプに依存しなくなるという考えは実にナンセンスだ。そもそも被買春者に対する「スティグマ」の問題は解決不能だ。女性や少女はセックスを売ることを欲していない。これは望ましい職業ではない。人身売買が存在するのはそのためだ。それは自発的なボランティアでは提供不可能な肉体の膨大な需要を満たすためにある。やりたくないことをして、それを背負って生きていかなければならないことに伴う恥は、望ましくないかもしれないが、その行為自体(女性の人格ではない)の本質を物語るものだ。しかしまた、ニュージーランドのように完全な非犯罪化を試みている他の場所でもエビデンスがあるように、ひとたびそれが合法で、問題のないものとして扱われれば、売買春における女性の搾取と虐待はむしろ悪化する。いったい女性は警察に何を訴えると想定されているのか? 何といっても、自分になされていることは仕事の一部だとされているのだから。セクハラや虐待を受けることで給料を得ているのだとしたら、労働法はいったいどうやってその女性たちをセクハラや虐待から守るというのだろうか?

 2021年、ヴァン・クィッケンボーンはベルギーの議員たちに、「セックスワークは、自らそれを選択する成人が関わるものであれば、通常の経済活動である」と語った。なるほど、なるほど。だが、せめて身体の売買は非合法の「経済活動」だと言うこともできたのに、なぜそうしなかったのか(もっとも、人身売買や奴隷制が世界中で依然として活況を呈している産業であることを考えれば、間違いなく通常の経済活動であると言うこともできるが)。

 2022年の新法に対して、ロイターに引用された匿名の「トランスジェンダーのセックスワーカー」は、「それは私が私である自由だ。…..仕事の条件を決める自由、顧客を拒否する自由だ」と述べた。

 世界中の多くのフェミニストが、完全な非犯罪化の結果、女性は「ノー」と言う能力を失うだろうと警告してきたが、驚くなかれ、まったくその通りだった。

 つい先週、ベルギーが世界で初めてセックスワーカーの雇用契約に関する労働法を承認したとの発表がなされた

 新しい労働法では、売春者が6ヵ月間に10回以上買春者や性行為を拒否した場合、ピンプ〔性売買業者〕は政府の調停者による介入を発動できる。この法律のこの側面は、ピンプが彼女を「解雇」することはできないという但し書きで粉飾されている。つまり、彼女はピンプが要求する方法で働き続けるということだ。

 この新法は進歩的なものとして枠づけされている。売春婦は健康保険、年金、産休、法定休暇、失業手当を受けることができるというのだ。しかし、「エンパワーメント」として枠づけされているものの中身はそうではない。もし彼女たちが、客を断ったり、性行為を中断したり拒否したりして、何度も新しい権利を行使すれば、罰せられるのだが、そのことは看過されている。

 しかし心配無用。どんなジジイでもあなたに下劣なことをすることができることで、あなたの心、身体、魂がどうなったとしても、慈悲深い売春業者は、あなたが買春者に虐待された場合に備えて「安全ボタン」を提供してくれるので(つまり虐待は当然にも想定されている、だから「安全ボタン」が設置される)、それはきっと大いに慰めになることだろう。

 世界中で売春を合法化した結果、売買春は増大した。需要が増えるということは、人身売買が増え、搾取が増えるということだ。ドイツの「メガ売春店」がそうであるように、「定額制」の売春店では、男たちは女性が疲れ果てるまで女性を酷使することができる。そして、そのような売春店は、不思議なことに、売春に熱心なドイツ人女性ではなく、はるかに貧しく絶望的な状況にいるルーマニア人女性やナイジェリア人女性で溢れている。

 はいはい、わかっている。「売買春はなくならない」と言いたいのだろう。悲しいことに、よく繰り返されるこのセリフは本当だ。私はその点で甘い見通しを持っているわけではない。しかし、暗い現実に対する答えは、悪魔を受け入れるために門戸をさらに開放することではない。

 この新法は女性にとっては何の役にも立たないが、売春店経営者、ピンプ、買春者にとっては大いに役に立つ。彼らは今や、利益の面でもペニスの面でも本当に思いのままだ。

出典:https://www.meghanmurphy.ca/p/the-dystopian-place-sex-work-is-work-34f

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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