アムネスティによるノルウェー調査の欺瞞

【解説】以下の論考は、私たちがいつも参考にしているイギリスのアボリショニスト団体 Nordic Model Now! に掲載された論文の全訳です。表題は、日本の読者にわかりやすいように少し改めています。日本でも国外でも、老舗の国際人権団体であるアムネスティ・インターナショナルがセックスワーク論を採用して売買春の完全非犯罪化方針を取ったことで、あたかも完全非犯罪化がこの問題での正しい路線であるかのように思い込んでいる人々が非常に多いですが、実際には、アムネスティがその方針を採択する根拠になった調査はかなり問題の多いものでした。Nordic Model Now! のメンバーによって書かれた以下の論考は、そのことをわかりやすく指摘してくれています。かなり長いものですが、ぜひお読みください。

Nordic Model Now!

 この記事は、ノルウェーのフェミニスト組織である Kvinnefronten(Women’s Front)のウェブサイトに掲載されたアグネテ・ストレーム(Agnete Strøm)の投稿にもとづいて書かれたものです。彼女の労作に感謝します。

「ノルウェーに関する報告書を読んで、私たちはアムネスティの基盤全体に疑問を感じた。アムネスティのように女性の権利とジェンダー平等を擁護しながら、他方で、屈辱の生活、尊厳への攻撃、暴力の許容が割り当てられる人々の一カテゴリーを設定するとは考えられないことだ。」――アグネテ・ストレーム

  背景

 アムネスティ・インターナショナルは、売春に関する政策を策定する際にノルウェーで調査を行なった。この政策の策定と意見公募(協議)の方法には、多くの不正常なものがあった。その中でも特に重要なのは、(a)この政策はもともと、隆盛をきわめる性産業に強力な既得権益を持つ売春業者であるダグラス・フォックスによって提案されたものであること、(b)アムネスティ・インターナショナル事務局が調査を依頼し、会員と協議する前に、すでに2013年にその政策アプローチを決定していたこと、だ。

 これはゆゆしき問題である。これは明らかに、調査のからくりを説明するためのいくつかの方法を提供している。

 当時、アムネスティ内のより広範なコミュニティの意見は、次の2つの異なるアプローチ間で二極分化していた。

・北欧モデル……買春されている人々を非犯罪化し、性産業から抜け出すための質の高いサービスを提供し、セックスを購入すること(買春)を犯罪とするもので、社会規範を変え、性的人身売買の原因となる買春需要を減らすことを主な目的としている。このアプローチはまた、利益を得る者(ピンプ、売春店経営者、あっせん者)を取り締まるものである。

・完全非犯罪化……営利企業や買春者(セックスの買い手)を含む性売買全体を完全に非犯罪化するもの。これはダグラス・フォックスとアムネスティ・インターナショナル事務局が支持したアプローチである。この論考では、このアプローチを「完全非犯罪化」と呼ぶことにする。

 このような状況のもとでは、この2つの異なるアプローチを実施した場所で調査を行ない、両者の比較ができるようにするのが原則的なアプローチであったろう。

 しかし、アムネスティはそうする代わりに、パプアニューギニア、アルゼンチン、香港――いずれも禁止主義〔売り手も買い手も処罰の対象とする法体系〕の国――での調査と、2009年に北欧モデルを導入したノルウェーでの調査を選択した。アムネスティのコミュニティ内には、すべての当事者が犯罪者とされる禁止主義に対する大きな支持はなかったのだから、このような制度を導入している国でこれだけの努力と調査を行なうはっきりとした目的はなかったはずである。

 しかし、そのため、ノルウェーでの調査結果は、他の3つの国の禁止主義的アプローチ――セックスを売ることが違法であるため広範な腐敗が存在し、被買春女性が警察やその他の当局から暴力や脅迫を受けている――の結果と比較されることは必至であった。

 とくに、アムネスティが政策にしようと欲し、今では世界中の政府に推奨している、完全非犯罪化アプローチを採用している国について、いかなる調査も依頼しなかったことは、批判されるべきことである。

 このことが、アムネスティが調査を売買春に直接関係する法律に限定せず、アパート、路上生活者、移民政策などにまで広げた理由の説明になるかもしれない。もしこの調査が単に売買春法の影響を調べていたとしたら、ノルウェーと禁止主義諸国との結果の差は、北欧モデルが実際に効果的なアプローチであることを示していただろう。

 ヨーロッパのほとんどの国では、最も弱い立場にある人々に不釣り合いに適用される残忍で不公平な移民法がある。さらに、人種差別はノルウェーを含め、ヨーロッパ全土で問題となっている。これはすべて容認できないことだが、これらは売買春に特化した法律とは別個の問題であり、個別にそれぞれの分野で分析し取り組む必要がある。

 アムネスティが北欧モデルの有効性を真摯に調査していたならば、このアプローチの先駆者であり、制度を成功させるために必要なすべてのことを実施しようとする最大の政治的意志を持っているスウェーデンで調査を実施していたはずだ。広報キャンペーン、学校での教育、離脱サービスへの資金提供、警察と検察官の訓練、女性の雇用と訓練の機会など。

 そうする代わりにアムネスティが選んだのは、スウェーデンの10年後にこの法律を可決し、調査が実施されるわずか5年前に法律が成立したばかりの国ノルウェーだった。

 アグネテ・ストレームは、アムネスティがノルウェーを選んだのは、ノルウェーの著名なアムネスティ・メンバーが公然と北欧モデルに反対し、2013年にはノルウェーの次期政府が北欧モデル法を廃止することをマニフェストに掲げたからだと指摘している。アムネスティは、この次期政府が、同法が実質的に機能していることを理解して、事実上、このプランを放棄したことを知らなかったようだ。

 北欧モデルは、男性が女性や少女に性的にアクセスするための歴史的権利に挑戦する深遠なパラダイムシフトを含んでいる。多くの人々、とくに男性は、この変化に抵抗している。これは、アプローチが定着するまでに時間と政治的意志が必要であり、訓練と教育が必要であることを意味する。さらに、国、広域、地方のレベルで、このアプローチの精神とその実施が妨害されることは大いにありうる。アムネスティがこのことを理解していた証拠はまったく存在しない。

  方法論

 アムネスティが使用した調査方法は、調査の規範やグッドプラクティスに欠けている。標準的な研究プロトコルの下では通常、研究の目的と根拠、調査参加者の選択方法、参加者のプロフィールと人口構成、聞き取り調査の質問スケジュールを含む使用された研究方法、データの分析方法などに関する詳細な説明が期待されるが、これらのほとんどが欠落している。研究の目的は以下のように記述されている。

 「この報告書は、アムネスティ・インターナショナルが4カ国でセックスワーカーが経験した人権侵害を記録し、セックスワークに関する刑法とセックスワーカーへの処罰がこれらの侵害に関連して果たす役割を探るために行なった一連の調査報告書の一部である。」

 これは、売買春を問題のないものとして暗黙のうちに受け入れ、関係者がこうむる人権侵害を、売買春制度そのものとは無関係のものとみなすイデオロギー的立場を明らかにしている。このことは、調査結果の信頼性に疑問を投げかけるものだ。

 英国とは異なり、ノルウェーは1949年に国連の「人身売買および他人の売春の搾取の抑制に関する条約」を批准している。この条約は売買春を、世界人権宣言で謳われている人間の尊厳と価値とは相容れないものとみなしており、批准国には、売買春のために施設を貸す者や利益を得る者を取り締まる義務を課している。

 アムネスティは報告書全体の中でこの条約に一度も触れておらず、19ページにおける関連する人権条約のリストの中にさえ出てこない。また、報告書は、ノルウェーのアプローチが広範な国際的支持を得ていること、国連の人権枠組みの中で正当なアプローチとして認められていること、欧州議会によっても推奨されていることについても触れていない。これは、国際的に著名な人権団体に期待される公平なアプローチではない。

 15ページには、調査は量的調査ではなく質的調査であるとの記述がある。定性的研究は一定受け入れられている方法論ではあるが、一般化は研究対象よりも広い文脈では自信を持って行なうことができず、研究者の存在と視点が必然的に結果に大きな影響を与えることが認められている。このことは、私たちが記録してきた北欧モデル・アプローチに対する偏見と相まって、この研究は、しばしば主張されるような「北欧モデルは機能しない」ことを示すものとして合理的に解釈することはできないことを意味している。

  売春に関わる女性への聞き取り調査

 聞き取り調査は2014年11月から2015年2月までの3週間にわたってオスロで行なわれた。聞き取り調査の質問記録はなく、遺憾なことに、聞き取り調査を受けた人たちは、同意書に署名するように求められたのではなく、「口頭での同意」を求められただけだった。

 私たちは、アムネスティがセックスを売った経験のある30人の女性と「話した」と言われているが、アムネスティの誰が彼女たちと話したのか、話したのは男性か女性かどうか、彼らがどのような関連する訓練を受けていたのかは知らされていない。また、聞き取り調査がどこで行なわれたのか、他に誰がいたのか、聞き取り調査を受けた人が快適に感じ、安全を確保するためにどのような措置がとられたのかも知らされていない。聞き取り調査がどの言語で行なわれたか、通訳が必要だったかどうか、必要だった場合は男性か女性かどうかについての情報もない。

 30人の女性のうち、約3分の1が売春を経験していたこと、3人がトランスジェンダーであったこと、3人が人身売買されていたこと、23人が移民であったこと、その多くが3ヶ月間の観光ビザしか持っていなかったことなどがわかっている。

 この女性たちは3つの組織によって選定されたのだが、そのうちの1つであるPIONは、NSWP(Global Network of Sex Work Projects)のメンバーであり、そのメンバーはいずれも「売春は仕事(work)である」という見解を支持しており、思想的には北欧モデルに反対している。アムネスティが、特にPIONから紹介された聞き取り対象者が自由に発言できるようにするために、どのような措置をとったのかは明らかではない。同様に、聞き取り調査が録音されたかどうか、メモが取られたかどうか、取られた場合は誰が行なったかについても明らかにされていない。

 女性の年齢(聞き取り調査時の年齢や売春に入ったときの年齢)、売春に関わっていた期間、何がきっかけで売春に入ったのか、売春との関わりはどのような性質のものだったのか、ということも知らされていない。また、彼女たちが最も助けを必要としていたことは何か、北欧モデルが彼女たちにどのような影響を与えたのか、あるいは、北欧モデルが彼女たちを何らかの形で助けたのかどうか(例えば、離脱サービスを利用したかどうかなど)についても明らかにされていない。

 30人の女性のうち、報告書に引用されているのは16人だけだ。引用された内容はすべてアムネスティの立場を支持している。しかし、聞き取り調査を受けた女性の中には、その立場に同意しない人もいたことを示す証拠がある。例えば、アグネテ・ストレムは、ナイジェリア人女性が報告書の発表直後にノルウェーのメディアで、調査の一環として聞き取り調査を受けたと発言したと報告している。彼女は聞き取り調査担当者に「北欧モデルを支持している」「警察がピンプから逃れるのを助けてくれた」と話したという。しかし、アムネスティは彼女の話を引用したり、証言を載せたりしなかった。

 ほとんどの場合、ピンプ行為(pimping)は深刻な人権侵害である性的人身売買の要素を満たしている。北欧モデルがこの女性がピンプから逃れることを可能にしたことは、この研究の明示された目的に合致している。彼女の証言が報告書に含まれなかったのは、それが北欧モデルをよく見せるものであって、アムネスティがそれを悪く見せようとしていたからではないかという疑問が生じる。他にも省かれているものがあるのではないかという疑問に抱かないわけにはいかない。

 これは、アムネスティの調査が、北欧モデルの有効性について一般化された判断を下すのに使われるべきではない理由のさらなる証拠である。

  暴力

 報告書の中の「女性に対する暴力」に関するセクションは以下の文言で始まっている。

 「アムネスティ・インターナショナルが聞き取り調査した女性のかなりの割合が、近年オスロで性を売っている間に、暴力に遭遇し、場合によっては命を脅かすような深刻な暴力に遭遇したと述べている。」

 その後に続いて痛ましい事例が上げられているが、それは、最も一般的な加害者は買春者であるという見解に合致している。

 報告書のこのセクションは、ウーラ・ビョーンダールが2012年に発表した、売春に対する「被害軽減」アプローチを推進するノルウェーの団体プロセンター(プロセントレット)が委託した調査にもとづく報告書『危険な関係(デンジャラス・リエゾン)』〔「dangerous liaison」というのは「不義密通」という意味〕に大きく依存している。ビョーンダールは、北欧モデルの導入後、売春婦に対する暴力が増加したと主張している。この報告書はアムネスティによって合計29回も参照されている。

 しかし、目に見えるものがすべてではない。アグネテ・ストレムは、英語圏の人々には知られていないことを明らかにしている。

 「今日のノルウェーに関するアムネスティの報告書を読んでいる人なら誰でも知っていると思うが、2012年6月、『危険な関係』が発表された2日後に、プロセンターのリーダーであるビョルグ・ノルリは、結論の統計的根拠が非常に疑問であり、暴力が増えたと主張するいかなる根拠も与えていないことをメディアに公に認めざるをえなかった。」

 しかし、この話はこれで終わりではない。1年後の2013年4月、ノルリはこの報告書を英語で利用できるようにし、国際的に配布した。こうして再びこの偽りの統計が前面に押し出され、北アイルランドやフランスの売買春ロビーによって利用され、今なお世界中で利用されている。それは今でもプロセンターのホームページに掲載されている。

 フェミニスト研究者のサマンサ・バーグが、『危険な関係』の報告書を分析したところ、この調査は暴力の増加を示しているのではなく、それどころか、次のグラフに示すように、すべての深刻な暴力が減少していることを示していることを発見した。暴力が増加したというビョーンダールの主張は、データの恣意的操作に基づいていたのだ。バーグの記事の全文を読むことをお勧めする。

 ノルウェー政府は2014年、社会調査機関のビスタ・アナライズに北欧モデルの評価を依頼した。この調査は、暴力が増えたという明確な証拠がないことを確認した。

 「この分析では、法律の導入後、路上市場で女性に対する暴力が増えたといういかなる明確な証拠も見つかっていない。違法行為を問われるのは顧客であり、それゆえ顧客は売春婦から警察に通報されることを最も恐れている。警察は、性的サービスの購入が禁止された後に、より暴力的になったという兆候をまったく示していない。」

 アムネスティは、女性たちが報告した暴力のレベルを深刻な人権侵害と表現し、これらの暴力行為に対する効果的な警察の保護がないことを嘆いている。これは、売買春が本来的に暴力的であり、何ものもそれを安全にすることはできないという現実を直視することを拒否している点で、自己矛盾である。売春に内在する暴力を防止する唯一の効果的な方法は、売買春のシステムそのものを根絶することである。これが北欧モデルの究極の目的である。

  立ち退き

 ノルウェーの法律では、先に述べた1949年の国連条約で義務づけられているように、故意に売買春を目的として施設を貸すことを禁止している。罰則は罰金または6年以下の懲役であり、売買春を促進することを禁止する法律の一部だ。

 アムネスティはこの法律に憤慨しており、女性への暴力よりも立ち退きに関する問題の方に約2倍のページを割いている。北欧モデルが導入される2年も前に始まり、アムネスティが調査を行なう数年前に終了したにもかかわらず、「Operasjon Husløs」(ホームレス作戦)と呼ばれる警察の作戦についてかなり詳細に書かれている。

 残念ながら、ビスタ・アナライズの報告書の全文はノルウェー語で、英語では要約しか掲載されていない。しかし、アグネテ・ストレームは、報告書の全文を見ると、女性が大量に家を失ったわけではないことが明らかになっていると説明している。彼女は関連する文章を次のように翻訳している。

 「オスロ警察は、性を売っている外国人女性が住んでいるアパートから追い出され、その結果、彼女たちが家を失ったと批判されている。これは、アパートの所有者が、そのアパートが性売買に使われていたことを知らされた場合に起こりうる。しかし、警察が女性から家を取り上げているというのは正しくないと警察は指摘する。というのも、市場の9割は売春のためにあちこちに移動している女性たちであり、したがって家は1日から14日程度の短期間しか仕事場として使われず、14日を超えることがあっても、いずれにせよ短い期間だけだからだ。アパートから追い出された場合のマイナスの影響は、女性が支払った保証金を失うことかもしれない。というのもアパートの家主はこの保証金を返金するのを拒否する場合があるからだ。」

 アムネスティは、それが言及している立ち退きの多くが、契約違反に基づく短期賃貸によるものであることを明確にしていない。しかし、綿密な調査は、実際にはそうであったことを示唆している。影響を受けた5人の女性のうち、4人はナイジェリア人で、1人は「アフリカ系」の女性だった。

 同報告書のエグゼクティブ・サマリー(7ページ)は以下のように始まる。

「『昨年は私にとって本当に地獄だった』――ナイジェリア人のセックスワーカーであるマーシーは、ノルウェーでの差別、社会的排除、人権侵害の経験をこう語っている。彼女の話は、2014年に自宅から強制的に追い出されたことで頂点に達した。マーシーが正当な手続きや通知なしにホームレスにされたという事実は、国際法の下での人権侵害を構成している。」

 ここに出てくるマーシーが「性を売るためにノルウェーに旅行してきた若いナイジェリア人女性」であること、「彼女はシェンゲン地域に居住しており、したがってノルウェーに3ヵ月間滞在することができる」ということを知ることができるのは、38ページも後のことだ。

 つまりマーシーは観光ビザを得て一時的に滞在していたので、彼女が追い出された物件の賃貸条件は短期的なものであり、報告書がそう誤解を与えているような恒久的なものではなかった。これは起こったことを容認できるものにするわけではないが、被買春女性が恒久的な家から広範囲に立ち退きが行なわれていることを示すものではない。

 スウェーデンにも、性売買を抑止する目的で、売買春を目的とした施設を賃貸することを禁止する法律がある。調査によると、実際には、スウェーデンの警察はこの法律の下で被買春女性を追及することはなく、ピンプや人身売買業者に対してこの法律を用いている。この点では明らかにノルウェーがスウェーデンから学べることがあるようだ。

 多くの被買春女性が、安全のために他の被買春女性といっしょに仕事できるようにしたいと言っていた。女性たちがいっしょに働いた方が安全だという考えは、小規模売春店を非犯罪化するための共通の議論であり、一見すると説得力があるように見える。しかし、もっと深く掘り下げると、物事は最初にそう見えるものほど単純ではないことが明らかになる。この点については、「数が多ければ安全」説の問題点を参照してほしい。

 アムネスティは、「合意の上でのセックスワーク」には何の問題もないという根拠に基づいて、売買春の促進を禁止するノルウェーの法律を、搾取的行為のみを禁止する法律に置き換えることを勧告している。このことはわれわれを、北欧モデルと完全非犯罪化という2つの対立するアプローチの背後にある異なる世界観の核心に導く。

 意見の相違の核心にあるのは、売買春が人権と両立することができるのか、また、男性が性的使用のために(圧倒的に若く、貧困で、民族的マイノリティが多い)女性たちを購入する権利があると考えている場合、男女平等に基づく社会が成り立つのかという問題だ。

 ノルウェーはこのようなことはありえないと考えており、売買春制度の廃止を目指している。目的が廃止であるとはどういうことかというと、売買春に巻き込まれた諸個人とより広範な社会の双方にとって、売買春に内在する加害性と暴力性を認識し、売買春を根絶するための具体的な諸措置を採用し、売買春に巻き込まれた人々を処罰の対象から外して、新しい生活を送れるよう支援するという新しい社会的コンセンサスを勝ち取ることを意味する。

 これは、単にすべての行為者を犯罪者にすることによってそれを抑止することを目的とした禁止主義とは異なる。奇妙なことに、アムネスティは禁止主義的アプローチと廃止主義的(アボリショニスト)アプローチの間にある深い相違を認識することを拒否している。報告書は頻繁に北欧モデルを禁止主義として言及しているが、これは不正確で誤解を招くものだ。

 北欧モデルの本質は、売買春の中の人々に質の高いサービスを提供することであり、それには真の離脱手段の提供も含まれている。目的は、買春された人々を処罰することではなく、買春された人々がその外部で新しい人生を築けるようにすることである。不可解なことに、アムネスティは18ページにおける北欧モデルの定義からこの重要な側面を省いている。

 アムネスティが提供している証拠の中にはたしかに、これらのサービスが売買春に巻き込まれたすべての人々、とくに移民女性のニーズを満たしていないことを示唆するものもある。このことが示しているのは、各種サービスに、そして、売春以外の手段で生計を立てるための実行可能な機会を女性に確保するために、もっと多くの資金が投じられるべきだということである。

 このことは、GRETA(欧州人身売買禁止条約)の2012年の報告書でも認識されており、「ノルウェーは本当に必要としているものを満たすために、離脱プログラムを拡充すべきである」と書かれている。アムネスティがこのことに言及しなかったのは、おそらく、売春は仕事であり、売春には何の問題もないと考えているからで、女性には離脱への支援や実行可能な代替手段は必要ないと考えているからであろう。

  性的人身売買

 アムネスティは、人身売買と「同意に基づくセックスワーク」とはまったく別物であり、けっして「いっしょくた」にしてはならないと必死で訴えており、その切迫ぶりは何か絶望の悲鳴に近いものがある。しかし、実際にはどのように区別するべきなのか彼らは説明していない。人身売買された女性のための別個の市場など存在しないし、「パンター・フォーラム」での買春者自身の言葉を見れば、多くの(おそらくほとんどの)買春者が、自分が買春した女性たちがそこにいることを望んでいるかどうかなんて気にしていないことは明らかである。

 そしてアムネスティは、性産業が巨大で冷酷な資本主義的金儲けマシンであり、そこで販売されている商品が、若く脆弱な(主として)女性への性的アクセスであることにはけっして言及しない。

「人身売買は非常に儲かる。本当に考えてみれば、1キロのヘロインを1回売ることができ、13歳の少女を1晩に20回、1年365日売ることができる」――『デイリー・コス』2018年2月6日付

 アムネスティは、業界全体を動かしているのは観客が支払うお金であることに言及していない。もし言及していたら、セックスを買うことを犯罪にすることへの彼らの激しい反対が、非合理的で非倫理的なものであることが明らかになっただろう。このこと、そして、この残虐な業界の行き過ぎを取り締まるための効果的かつ実用的な手段を真剣に検討していないことは、「女性と少女の権利」と「両性の真の平等」のために闘うことへの彼らのコミットメントと倫理に重大な疑義を残す。

 アムネスティは、北欧モデルを実施するのではなく、人身売買の被害者からセックスを買うことを犯罪化するべきだと提案しているが、これはイギリスとフィンランドですでに試みられ、効果がないことが示されている方法だ。

 売春が合法化されたり、完全に非犯罪化されたりすると、人身売買が増加するという明確な証拠がある。性的人身売買に本当に取り組むためには、ピンプ行為や売春店の経営にゼロトレランスのアプローチが必要であることは言うまでもない。少なくとも、それらの行為は、国連のCEDAWによって禁止されているからであり、ピンプ行為はたいてい、パレルモ人身売買議定書の中で定義されている性的人身売買の要件を満たしているからだ。読者は、アムネスティの報告書を読んだだけでは、このことを知ることはできないだろう。

 まるでアムネスティが、あらかじめ決められた政策を正当化するために、これらの拘束力のある国連人権条約を故意に無視しているかのようだ。

 しかし、私たちは、ノルウェーでは性産業に従事する移民女性が移民取り締まりの対象となり、しばしば強制送還されているという点では、アムネスティの批判に同意する。これは、女性が性売買の被害者である場合にはとくに許しがたいものだ。移民女性や被買春女性に対する強引な取り締まりとともに、これをやめさせるべきだ。

  その他の聞き取り調査と机上調査

 報告書の8ページ目には、アムネスティが調査の過程でノルウェーで話を聞いた他のさまざまな人物が掲載されている。その一人は法務大臣だ。アグネテ・ストレームの説明によると、アムネスティの報告書が発表された直後に、彼は自分の貢献がアムネスティによってどのように扱われたかについてメディアで不満を訴えた。彼はアグネテに次のように語っている。

 「アムネスティは私に自分の引用をチェックする機会を与えてくれたが、その後は、どのように引用を使用するか、どのような設定で使用するか、どのような焦点で使用するかなどについては私の手はまったく及ばなかった。アムネスティ・インターナショナルは、自分たちのイデオロギーと政治をすでに作り上げていて、自分たちの政策に合わせて引用文を使っていたのだと思う。」

 彼らが聞き取り調査した、唯一の親「北欧モデル」のノルウェー人学者も、ほとんど同じように扱われた。アグネテ・ストレームは次のように説明している。

 「Kotsadam という研究者は、売買春に関してフェミニスト的見解を持っていて、ノルウェーの北欧モデル型立法が及ぼした影響について研究した唯一の学者だ。彼は若い経済学者で、若い男性の社会変化、需要、市場、お金と犯罪組織、ヨーロッパ諸国での人身売買、売春に関する法律などを研究していて、彼の研究は興味深いものだった。彼のものは何も引用されていないが、アムネスティは彼の論文の一つに、2009年の法律施行から8ヶ月後には、売ることも買うことも両方犯罪化すべきだと考える人がわずかに増えていることを発見した。私が彼にコメントを求めたところ、彼はこう述べた――『彼らが引用しているものには嘘はないとはいえ、彼らは自分たちに都合のいい部分だけをピックアップして利用したのです』。」

 それとは対照的に、北欧モデルにイデオロギー的に反対している3人のノルウェー人学者は大々的に引用されている。ビョーンダールについてはすでに論じた。アムネスティは、他の2人、スキルブレ―(Skilbrei)とヤンセン(Jahnsen)について、それぞれ42回と24回言及している。

 欧州議会がハニーボール報告書(性的搾取と売買春およびそれらがジェンダー平等に及ぼす影響に関する報告書)を議論して、北欧モデルの採用をEU諸国に勧告することになったのだが、スキルブレーとヤンセンは、北欧モデルは効果がなく危険であるという理由で、それに反対する請願書を組織した。

 前述したように、ノルウェー政府は2014年に北欧モデル法の運用評価をビスタ・アナライズに依頼した。その主な結果は以下のようなものだった。

 「性的サービスの購入禁止は、セックスに対する需要を減少させ、その結果、ノルウェーにおける売買春の程度を減少させることに貢献している。この法律が施行されたことで、人身売買やピンプ行為に対する法律と相まって、ノルウェーは売買春に基づく人身売買にとって、法律が採用されていなかった場合に比べて魅力的な国ではなくなった。さらに、この法律が施行されたことで、ノルウェーの売買春の経済的条件が低下した。これらの効果は法律の意図に沿ったものであり、意図しない副作用とはみなせない。本報告書では、買春の禁止が施行されて以降、売春婦に対する暴力が増加したという証拠は見つかっていない。」

 スキルブレーとヤンセンはこの評価を激しく批判し、アムネスティはその批判を熱烈に引用した。あたかも、スキルブレーとヤンセンがイデオロギー的にひどく偏った思考の持ち主ではないかのように。

 以上の話は十分ひどいものだが、これよりひどいものがないかのように考えるとすれば、間違っている。というのもアグネテ・ストレムは、アムネスティが参照している調査の多くが実は2009年に北欧モデルが導入される以前に実施されたものであることを発見しているからである。

  結論

 この記事は、アムネスティのノルウェーでの調査を全面的に批判するものではない。その目的はただ、アムネスティの調査におけるとくに顕著な欠点を指摘することだけだ。

 私たちは、買春されている個々の人が買春されているという理由で差別されたり標的にされたりすべきではないという点ではアムネスティに同意するが、アムネスティの分析の多く、とくに、売買春から大金を稼いでいる業者と買春者をも完全に非犯罪化しようとするその姿勢には同意できない。

 私たちは、「セックスワーク」や「セックスワーカー」という言葉を拒否する。なぜなら、それらの言葉は現実を混乱させ、曖昧にし、売買春は例えばウェイトレスと同じような仕事であるかのように示唆しているからだ。これ以上真実からかけ離れたものはない。

 また、私たちは、この種の主張の根底にあると思われる前提にも同意しない。すなわち「セックスワーク」は単なる一職業以上のものであり、「セックスワーカー」であることはアイデンティティの一形態であるというような前提だ。これは、売買春と、そこにいる人々とを同一視するようなものであって、私たちはそれを絶対的に拒否する。

 世界で売春をしている人々の大多数にとって、売買春は惨事であり、不運と複数の構造的不平等とが交差した結果である。私たちは、買春される人々は、男性の性的満足やその自己満足のために利用される以上の価値があると信じている。

 弱い立場にある人々に対する性的アクセスを購入する男性の権利のために闘うのではなく、そしてピンプ行為や売春店の経営者がこれらの弱い立場の人々の苦痛と苦しみから金を稼ぐのを助けるために闘うのでもなく、アムネスティは、人々を売春に追い込む構造的不平等の土台を破壊し、その悪夢の中で身動きが取れなくなっている人々のために真の代替案を求めて闘うべきであり、私たちはアムネスティがそうすることを願っている。

 以上見たように、アムネスティのノルウェー調査はきわめて偏った質の低いものであり、それを利用して「北欧モデルは機能していない」とか「北欧モデルは売買春の中の女性を危険にさらす」などと主張する正当な根拠は存在しない。

出典:https://nordicmodelnow.org/myths-about-prostitution/myth-amnestys-research-in-norway-has-proved-the-nordic-model-is-harmful-to-sex-workers/

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。