イギリス・リーズ市ホルベックの赤線地帯についての「独立調査」に対するノルディックモデル・ナウの回答

【解説】以下の論考は、イギリスで実験的に売買春の非犯罪化・合法化が導入されたリーズ市ホルベックの赤線地帯(ホルベックでは「管理地域」と呼ばれている)に関して、リーズ市の依頼でなされた「独立調査」に対するノルディックモデル・ナウによる批判です。「独立調査」という名目ですが、実際には、セックスワーク派の学者・研究者によってなされているので、内容は非常に偏ったものになっています。

2020年7月11日、ノルディックモデル・ナウ

 リーズ市のホルベック地域は、路上売春の非犯罪化区域に指定されており、公式には「管理地域政策」(MA)と呼ばれている。この政策は国内で論争の的となっており、私たちはすでにこの問題について当サイトに書いたことがある(The Holbeck red light zone: condoms, sex offenders and cars full of jeering men)。この一帯は地元住民から嫌悪の目を向けられている。というのも、この政策のせいで、車で通りを徘徊して女性や少女を物色し、金を払って性的に虐待できそうな獲物を探し回る気色悪い男たちが、イングランド北部全域、さらにはもっと遠く離れた場所からもやって来るようになったからだ。女性たちが、これらの男たちに性的に利用され虐待されるサイクルに囚われているのを目にすることが苦痛であるのは言うまでもないが、それに加えて、彼女たちを見張ってあぶく銭を稼いでいるピンプや人身売買業者という忌まわしい存在を目にするのはなおさら苦痛である。

 運動家たちからの圧力に押されて、2019年にリーズ市議会(LCC)は、いわゆる「独立調査」(IR)を依頼した。これはハダースフィールド大学の応用犯罪学・警察政策センターによって実施され、その最終報告書が2020年7月10日の金曜日に発表された。

 私は昨年の夏にホルベックの赤線地帯を訪れ、そこで見聞したことをレポートに書いた。この地域で私が接触した人たちによると、今年の3月下旬にロックダウンが導入された時には、状況はほとんど変わっていなかったという。ロックダウン期間中は管理地域政策は中断されたと報道されていたが、信頼できる筋から得た情報では、周辺地域ではかなりの数の路上売春が続いており、ロックダウンが緩和されるにつれてその数は急増しているとのことである。

  ジェニーの回答

 ホルベックから1マイルほど離れた場所に住む女性(ジェニーとしておく)から話を聞き、この報告書についての彼女の考えを尋ねてみた。

 「心底がっかりしました。これは地域社会の感覚をまったく代表するものではありません。私は街に行く途中でホルベックを頻繁に通るのですが、男たちはいつも私をいやらしい目でじろじろ見て、口笛を吹いてきます。指定区域を通らない時でさえそうです。」

 「この10日間だけで3回も、男が車を私の横に停めてナンパしてきました。私は40代ですよ! いやでしょうがありません。10代の女の子にとっては、どれだけ恐ろしいことか想像してみてください。なぜ調査した人たちはこういう影響が生じていることをきちんと調べなかったのでしょうか?

 彼らは住民への調査をごく狭い地域に住んでいる人たちに限定しましたが、影響はもっと広い範囲にまで広がっています。私はわずか1マイル離れた所に住んでいるのに、まったく発言権を得られませんでした。調査した人たちは、地域集会を一度も開催しませんでした。彼らは私たちが開いた「ホルベックの声」の地域集会には何回か来ましたが、もっと多くの住民に届くように、特別の地域集会を開催すべきだったと思います。

 報告書では、調査に回答した住民の割合が少ないことへの不満が述べられています。でもその調査はオンラインによるものでした。彼らが調査対象にした非常に狭い地域のすべての世帯は、独自のアクセスコード付きの調査票の入った封筒を受け取ることになっていました。しかし、なぜ彼らは特別のアクセスコードを必要とするオンライン調査が、低所得者層の地域に適していると思ったのでしょうか? 多くの住民は、ただの回覧板だと思って封筒を開けさえしなかったんじゃないかと思います。住民の多くはこの地域に一時的に住んでいるだけで、わざわざ回答するというような面倒なことをする気にはなれないでしょう。ただ、アクセスがもっと簡単だったら、何か言いたいことがあったかもしれません。それに、コンピュータを持っていなかったり、インターネットにアクセスできない年金生活者であったり、中には識字能力が低い人たちも多くいるのです。

 また、地元の方も調査疲れが出ているのではないかと思います。昨年、市議会は今回の調査が始まる少し前に調査を行ないました。その後「ホルベックの声」も調査を一度行ない、その調査結果も出されました。人々は「何の意味があるのか?」と考えていると思います。私はもう彼らに考えを伝えましたから。

 地元の状況があまりにも悪いので、私は家を売ることにしました。私の息子はもうすぐ中学に上がります。私は息子にこの地域でティーンエイジャーになって欲しくありません。この状況は、私たちの子供たちにどんなメッセージを与えているでしょうか?」

  道徳基準の欠如

 報告書の表紙には、3人の教授と3人の博士号を持つ人々の立派な著者名リストの下に、奇妙な注意書きがある。

 「任命の際に、独立調査チームのメンバー全員は、リーズやその他の場所での路上セックスワークに関して、何らかの道徳的、宗教的、イデオロギー的な立場や見解を持っていないことを宣誓する同意書に署名した。」

 売買春は、国連女性差別撤廃委員会によって、ジェンダーに基づく暴力の一形態であると認められている。つまり、売買春は本質的に暴力的であるだけでなく、女性と少女に対する制度的抑圧の本質的な一部であるということだ。

 暴力の一形態として認識されているものについて「道徳的な立場や見解を持っていない」とは何を意味するだろうか。高名な学者たちは、他の形態の暴力、例えば人種差別のような制度的不平等、あるいは窃盗や強盗についての研究に、このような声明を添えるのが適切だと思うだろうか。もちろん思わないだろう。そんなことは考えられないことだ。ではなぜ、彼らは女性に破壊的な影響を与える制度〔売買春〕については、このような宣誓を付すのが適切だと思ったのだろうか。

 オックスフォード英英辞典では、「道徳」を「正しい行動と間違った行動に関する原理への関心」と定義している。また、「犯罪学」について「犯罪と犯罪者の科学的研究」と定義している。もし、何が正しく何が間違っているかについての考察を経ていないのであれば、これらの学者たちは、どのようにして何が犯罪であるべきかを決めるのだろうか。

 彼らのこの宣誓が本当に言いたいことは、実は彼らは売買春について特定の立場を持っているということ、そしてその立場は、売買春を制度的問題とみなしたり、疑問を投げかけたりしてはならない、というものであるように思える。つまり、売買春を、女性や少女に対する暴力の一形態とみなしてはならないし、女性や少女の不平等の文脈を構成するものと理解してはならないということだ。

 彼らが、その宣誓の本当のメッセージに気づく知性を持っていなかったとことは報告書の質を示すものでもある。報告書は誤字だらけであり、現行法についても不正確に伝えている*。

※イングランドおよびウェールズにおける買春に関連する現行法を示すことを目的とした付録がついているが、2003年性犯罪法(the Sexual Offences Act 2003)(ある場所では2009年性犯罪法として言及されている)の最新の変更を無視しており、2015年現代奴隷法(the Modern Slavery Act 2015)についても言及していない。

 報告書の全体から明らかなのは、調査者たちが行間を読んだり、より広い文脈を考慮したりする能力が驚くほどなく、性差別的な現状の正当性を疑うことなく受け入れていることである。

 私は最後まで読んだが、著名なアカデミシャンたちが、どうしてこんな恥ずかしいほど粗悪な報告書に名前を載せようと思ったのか、不思議に思わずにはいられなかった。

  平等義務の放棄

 調査者たちは、今回の制度が平等に及ぼす影響についても調査しなかった。これはプロジェクトの目的がきちんと特定されていなかったからかもしれないが、そのことが彼らの免罪符になるとは思えない。

 リーズ市議会は、公共部門平等義務法(Public Sector Equality Duty:PSED)のもとで、特定の不利な立場にある人々(保護されるべき特徴を持つ人々)に対する政策の影響を考慮するよう求められている。また、これらのグループに対する違法な差別やハラスメントを排除し、機会の平等を促進し、保護されるべき特徴を持つ人と持たない人との間の良好な関係を促進する必要性を考慮しなければならない。

 売買春はジェンダー化された現象である。売春に携わる男性もいるが、売買される人の大半は女性であり、買い手のほとんどは男性だ。つまり、女性や少女への影響は、男性や少年への影響とは大きく異なることを意味する。同様に、若者への影響はより年長の人々への影響よりも大きい。同様に、売買春には人種差別的な次元もある。このことは、売買春に関する政策を検討する際に、リーズ市議会は女性、子供、人種差別されているグループへの平等な影響を考慮する非常に強い義務があることを意味する。

 したがって、リーズ市議会は、調査目的の中に平等影響アセスメントを含めるべきだった。調査者が平等の影響をまったく考慮しなかったということは、リーズ市議会が目的にそれを含めていなかったことを示唆している。しかし、犯罪学と政策の分野で研究している学者として、この平等義務法を理解していたはずだ。それゆえ、女性と子供の人権と安全への影響、男女間の関係、大人と子供との関係への影響を真剣に考慮するどころか、平等への影響についての一つの注釈すら入れなかったのは異常なことのように思える。

 50ページでは調査者たちがいかに無能かがはっきりと示されている。そこでは彼らはこう述べている。

 「おそらく、この少数の居住者サンプルから得られた最も重要な発見は、ホルベックを歩いたり/旅行したりするのが最も安全でないと報告し、「管理地域」会議の戦略目標に関して最も楽観的ではなかったのは、女性と子供を持つ人々であったということだ。」

 はぁ?

 無数の男たちが地元の通りをゆっくりと運転して、女性たちを物色して買春を目的として声をかけることは、男性よりも、女性や少女たちに深刻な影響を与えることになるのは当たり前だ! もちろん、親たちは、子供が犯罪的な環境に引きずり込まれることになるのを心配するだろうし、その種の環境はまさに売買春が許容されるあらゆるところで繁栄する。

 そして、この貧しい近隣地域における女性と少女をこのように系統的に脅かすことへの彼らの解決策は何だろうか?

 「どうすればホルベックの女性居住者が、路上セックスワークに関連した諸問題をめぐってより安全に感じ、より脅威を感じないですむのか?

 提言15 ホルベックのすべての人への敬意を含む、ホルベックの一員であることのポジティブな諸側面をアピールする積極的なキャンペーンを考案し、実施すること(「管理地域アプローチ(MA)」に焦点を当てるのではなく)。これは、ホルベックの住民と企業が共同で開発し、提示すべきである。たとえば、「ホルベックを愛しリスペクトする月間(We love and respect Holbeck’ month)」はどうだろうか?」

 住民からの圧倒的な反応は、路上で女性や少女たちセックスに誘われていることは、依然として深刻な問題であるというものだ。

 女性たちは「車での買春勧誘者(kerb crawlers)」の悪影響について何度も何度も書いてきた。それはセクシュアルハラスメントであり、それが横行しているとき、女性は安全ではない。女性がどう感じているかに関わりなくそうだ。

 これは深刻な人権問題であり平等問題である。そのことで、街の通りが女性や少女を脅かすものとなるため、非常に多くの人々が外出を控えるようになる。とくに夕方以降がそうだ。そしてこのことは、女性や少女が、男性と同等に公共の生活に全面的に参加する能力に影響を与える。

 研究者たちはこうした影響をまったく見逃し、女性を本当により安全にしたいとは思っていないようだ。彼らはただ、女性をより安全に感じさせたいだけなのだ。あるいは、より可能性があるのは、何らかの対処がなされているかのように見せかけたいと思っているだけなのだ。なぜなら、彼らの解決策は、「ホルベックを愛しリスペクトする月間」なるPRイベントを行なうことであって、それが実質的に何かを変えることなどできないのは明らかだからだ。

 私がホルベックかその近くに住んでいる女性だったら、今ごろ怒り狂っていることだろう。

  組織犯罪への共同責任

 しかし、それで終わりではない。というのも、別の重要提言では、ホルベックの地域社会は、管理地域アプローチ(MA)のために労をとり、責任を共有する必要があると提案しているからだ。

 「責任を地域社会で分かち合うことも必要だ。そうすれば、路上での性犯罪によって引き起こされる諸問題を解決する責任は警察と地元のリーズ市議会だけにあるとする発想を転換することができる。」

 この制度〔管理地域アプローチ〕は、同意なしにこの地域に押しつけられたものであり、住民は何年にもわたって声を大にして反対運動を展開してきた。住民はこの制度に対する反対姿勢をさまざまな方法ではっきりと表明してきたし、今回の調査に対する住民の回答もその一つだ。

 住民も責任を分かち合うべきだという提案には、愕然とする。これはまさに「被害者非難(victim blaming)」だ。これらの学者たち、特に女性の学者や、子供を持つ人たちは、自分たちの住む地域にこのような制度を望むだろうか? そして、そのような制度が自らの意志に反して押しつけられた場合、彼らはその責任を分かち合いたいと思うだろうか? いったい全体、なぜ住民がそうしなければならないのか?

 この制度が、ほとんどが低所得者層であるホルベックに押しつけられたのは偶然ではない。北リーズのアルウッドリーやその他同様の裕福な郊外の富裕な住民が、玄関先でこのような制度を我慢するだろうか? もちろん、彼らは我慢などしないだろう。そして彼らは、そうならないようにするための力と資力を持っている。これが、ホルベック市にこの制度が持ち込まれた理由である。市議会はホルベックの住民が、それを止めるだけの資力とコネを持っていないことを知っていたのである。それにもかかわらず、ホルベックの住民たちはこの不当な制度に対して、きわめて原則的で驚くほど堂々とした闘争を続けてきたのである。

 ジェニーさんにこの提言書についてどう思うか尋ねると、彼女は激怒して言った――「彼らは私たちに組織犯罪の共同責任を負わせようとしているんです!」。彼女は続けて、これらの女性たちのほとんどにピンプがいて、近くに潜んでいるのを見ることができると言う。そして、そこにいる多くのルーマニア人女性は、明らかに人身売買の被害者であり、彼女たちについているピンプや人身売買業者はまったく冷酷非情である、と。「調査者は、私たちにもこのことの責任があるなどとよくも言えたものです。ほんと、よくも言えたものです」。

 会話の中でさらに彼女は、調査者がなすべきだったのは、これらの女性たちの生活をちゃんと掘り下げることだと言う。そうすれば、彼女たちがこうしたことに巻き込まれた背景には何があるのか、どういう人がどういう理由で性売買に巻き込まれるのかがわかるだろう。そうすることで、どうすれば彼女たちを助けられるのか、どうすれば子どもたちを助けることができるのか、子どもたちがそこに巻き込まれないようするためにどのように子どもたちを支援することができるのかを理解しはじめることができるだろうと彼女は言う。

 現在、ベイシス・ヨークシャー〔セックスワーク派のNGO団体〕は公的資金を受けて、この地域で児童性搾取(CSE)の危険にさらされている少女たちにサービスを提供している。ジェニーはそのことにものすごく腹が立ったと言う。売春を普通の仕事として推進し、ピンプを非犯罪化するためのキャンペーンを行なっているような組織がいったいどうやって、弱い立場にある少女たちに性売買のもたらす重大なリスクを理解させることができるというのか?

 以下の画像は、最近までベイシス・ヨークシャーがEtsyという店で販売していポストカードの一つである。これは、ベイシス・ヨークシャーという団体の本性をはっきりと示している。

ベーシス・ヨークシャーが販売してしたポストカード

  その他の明白な欠落

 なぜこの報告書は、管理地域アプローチ(MA)――およびピンプや人身売買に対するその本質的に中途半端な態度――が、特に若い女性に対するピンプ行為や人身売買(現代奴隷制)にどのような影響を与えているのか、そしてどのようにそれがこの地域での売春の推進要因になっているのかを検討しなかったのか?

 なぜ、このような悪辣な方法でピンプによって支配され売買されている若い女性たちの人権に与える管理地域アプローチの影響を検討しなかったのか?

 明らかにピンプによる支配や人身売買を受けているのに、公的機関がそれを容認しているために助けを得られないでいる女性たちを、ほぼ毎日目にしている地元市民への影響をなぜ考慮しなかったのか?

 43ページには、「薬物依存やアルコール依存は、路上でのセックスワークに従事させるための主要な推進力の一つであり、セックスワークの蔓延を減らすための主要な障壁の一つであること……が確認された」と書かれている。これは、捨てられた「麻薬道具」がそこらへんに散乱している問題として多くの人が言及していることで裏づけられている。しかし、1990年代にリーズで路上売春をしていた「アンナ」が説明したように、麻薬の売人を兼ねるピンプが、売買春の中の女性たちをコントロールするのに共通して用いられる方法が、まさに女性を麻薬漬けにすることなのだが、このことについては言及されていない。

 また、なぜ調査者たちは、車で買春の勧誘をする連中(kerb crawlers)を、路上売買春の本質的な一部であると考えなかったのだろうか? 彼らがいなければ売買春は存在しなかったろう。なぜ彼らこそが問題の核心であると考えなかったのか?

  報告書の「主な調査結果」は辻褄が合わない

 報告書には、主な調査結果がいくつか列挙されている。しかし、それらはすでに広く主流メディアで繰り返されてきたものであり、例えば、『ヨークシャー・イブニング・ポスト』の記事がそうだ。しかし、もう少し深く掘り下げてみると、これらの主張されている調査結果の多くは、まったく辻褄が合っていないことがわかる。そのことからして、調査結果が間違っているという必然的な結論になる。以下にいくつかの例を挙げるが、実際にはもっと多い。

偽りの主張1:「路上セックスワーカーの健康と安全は管理地域アプローチ(MA)によって大幅に改善された」(53ページ)

 研究者たちは12人の「路上セックスワーカー」に聞き取り調査した。これは、昨年夏に調査が始まったときに、この地域で路上売春に従事していたと推定される140人の女性のごく一部(10%未満)であり、この12人の女性のうち、「管理地域」が導入される以前からこの地域で路上売春に従事していたのは何人なのかについて説明がなく、彼女たちがいったい何と比較していたのかは明らかではない。

 さらに、報告書には、彼女たちの人口統計上の特徴〔年齢など〕や、どのようにして彼女たちを募集したのかについての情報もいっさい記載されていない。わかっているのは、彼女たちが、ベーシス・ヨークシャー(資金提供を受けて彼女たちにサービスを提供している団体)によって研究者に紹介されたということである。つまり、聞き取りされた女性たちは、すでにこれらのサービス提供団体と良好な関係を築いていた可能性が高く、この地域の路上売春に従事する女性の幅広い層を代表するものではなかった可能性があるということだ。

 聞き取り調査を受けたほとんどのセックスワーカーは、管理地域アプローチのおかげで より安全になったと感じていると明確に述べている。

 しかし、先に述べたように、より安全だと感じることは、より安全であることと同じではない。それに、管理地域アプローチ(MA)が、実際に安全性を高めたとの報告はどの女性からもなされなかった。55ページでは、「路上でのセックスワークは不安定で危険な性質を持っているため」、売買春では安全性を保証することはできないと正しく指摘されている。しかし、報告書はこのはっきりと露呈している矛盾をつくろっていない。

 警察に通報された暴力事件の件数が増加したことは、女性たちがより安全になったことを示唆するものとして用いられているが、この場合も、このデータは必ずしもその結論を裏づけるものではない。

 図表5.1は、管理地域アプローチ(MA)導入前と導入後に警察に通報された暴力事件の件数について示したものである。通報が増えたことは大きな成果であると主張されている。しかし、それは単に、売買春の規模そのものが拡大したことによって、暴力事件そのものが増えた結果かもしれない。むしろ、そう考えるのが自然だろう。

 Ugly Mugs〔イギリスのセックスワーク団体〕への事件報告の増加についても言及されている。しかし、データはいっさい示されていない。Ugly MugsはMAが導入される前の数年間では比較的新しいものであったため、このことから確固たる結論を合理的に導き出せるとは考えられない。

 聞き取りされた12人の女性たちは、利用できるサービスや警察の態度が改善されたことについて非常に前向きに話している。もちろん、これらの改善は大いに歓迎すべきことだが、管理地域アプローチ(MA)の他の諸側面、たとえば大規模なピンプ行為や車での買春勧誘行為(kerb crawling)を許容するようなことをしなくても、達成することができたろう。

 このアプローチは「取り締まり(enforcement)」に依存していないと主張しているにもかかわらず、58 ページでは、この取り締まり行為がまだ女性に対して行なわれており、彼女たちが刑務所に入れられることさえあることを明らかにしている。しかし、ピンプに対する取り締まりはないようで、車での買春勧誘者(kerb crawlers)に対する措置は90分のビデオを見せることだけである。つまり、売買春という構造全体を作動させている男たち〔買春者〕には教育、そしてこの構造の被害者である女性たちに対しては刑務所と警告というわけだ。

 以上のことからして、管理地域アプローチ(MA)が路上セックスワーカーの健康と安全を著しく改善したという主張を裏づける明確なエビデンスは報告書の中には存在しない。したがって、この大げさな主張は偽りであり、ミスリーディングである。

偽りの主張2: 「エビデンスは、管理地域アプローチ(MA)がリーズにおける路上セックスワーカーの蔓延を減少させたことを示している」(42ページ)。

 この大きな書体での主張は、同じページのさらに下の方にあるはるかに小さな書体で書かれている以下の言明と明らかに矛盾している。

「MAによって路上セックスワーカーの数が減少したことを裏づけるエビデンスは…ない。」

 その後、昨年は21人の女性が 路上売春から離脱したとの主張が続いている。これは明らかに歓迎すべきことだ。ただし、この報告書は後のページで、離脱はその女性が本当に売春の道から抜け出したことを意味しないかもしれないと述べている。これが実際のところ何を意味するのかは明確ではない。屋内売春に移行したということなのか、それとも、しばらくの間は離脱していたが、残念ながらそれを維持することができなかったということなのか(残念ながら、これはとてもよく見られることだということを私たちは知っている)、それとも本当に売買春の生活から逃れたということなのか?

 この制度〔管理地域アプローチ〕が6年間で数百人もの女性を巻き込んだことを考えると、それは圧倒的な成功の証拠であるとはとうてい言えない。

 回答した住民は、この計画によって、この地域における路上売春の蔓延や、それに伴う問題が減少したわけではないとはっきり述べている。146人の地域住民が調査に回答している。図表7.4は、一般的な回答をまとめたものだ。ここでは、この主張に関連する質問への回答を抜粋しておく。

 図表7.1は、過去 6ヵ月の住民の認識をまとめたものだ。これも同様に否定的な結果となっている。以下がその関連部分である。

 このように、またしても、MAが成功したという大げさな主張を裏づけるものは、ほとんどない。

虚偽の主張3:「エビデンスは、路上セックスワークが住民に与える影響が減少したことを示している」(42ページ)。

 現在、住民が地域の路上売買春に関連した問題を通報するための警察への専用回線が設置されている。報告書は、専用回線への通話のうち、関係のない問題に関するものの割合が増加していることや、2019年の夏に最も多くの通話があったことなどを根拠に、住民への影響が大きく減少したと主張して、自己の主張を正当化している。しかし、報告書はまた、この種の問題が通常、日中が長くて人々が夕方に外出する可能性の高い夏の間に多くなることは明らかであると述べている。

 その上で、報告書は続けて次のような不合理な結論を述べている。

 「要するに、LCC(リーズ市議会)、WYP(西ヨークシャー警察)、調査メンバー全員が、2019年以降、管理地域アプローチ(MA)がホルベックの住民やビジネスへのセックスワークの影響を大幅に減少させたと述べている。」

 2019年以前は、住民たちは警察や役人、議員にこの管理地域への不満について激しく訴えていたが、2019年以降は大幅に減少した。とはいえ、このことは、問題がもはや存在しなくなったということを意味するものではない。2019年は、専用回線の完全実施と「独立調査(IR)」への委託とが重なった年だったのだ。

 その年、ようやく住民は苦情を訴える別の手段を持つことができ、独立調査によって問題が明らかになることを期待したのであり、それゆえ、役人や代表者に接触する頻度が減ったのは驚くべきことではない。これまで長年にわたってそうやって来たのに、変化をもたらすことがほとんどできなかったことを考えればなおさらだ。誰だって、無視されつづけたら、うんざりしてしまう。  しかし明らかに、住民の生活への影響について尋ねるべき相手は、住民自身ではないのか? そして、すでに一部紹介した図表7.4と図表7.1が示すように、明らかに、住民たちが調査に与えたメッセージは、住民の生活への悪影響は衰えることなく続いているということだ。

 地域住民への影響を測定することを目的とした「独立調査」を行なっておきながら、その目的の一つである住民の実際の発言を無視し、それを否定することは、途方もない傲慢さではないだろうか。

 またしても、MAの成功という大げさな主張は、それを裏づけるものがほとんど何もなく、それどころか多くのことがそれに矛盾していることがわかるのである。

虚偽の主張4:「研究文献を体系的に網羅し、イングランドとウェールズの警察の調査を実施しても、イギリスの既存の法律の限界内で、路上セックスワークに関連した問題を減らすための、より効果的な介入や方法を特定することはできなかった」(11ページ)。

 この主張はミスリーディングであり、おそらく不誠実なものでさえある。それにもかかわらず、あたかも事実であるかのようにマスコミで大々的に報じられている。

 管理地域アプローチ(MA)は、買春者(徒歩であれ車であれ)――彼らがいなければ、そもそも路上売春も存在しない――を抑止するためにほとんど何もしていない。多くの女性たちがひどい経済状況にあり、一般に男性の可処分所得の方がはるかに高いという現在の不平等状況の下で、そして、男性の買春需要に対処することもなく、また女性が真の代替収入源を見つけるための体系的な努力もしないという中で、路上売春を減らすことができると考える人がいるとはとても思えない。

 イングランドとウェールズの現行法には、車での買春勧誘者(kerb crawlers)を取り締まる規定があるが、管理地域アプローチ(MA)の背後にいる人々は、その規定を執行しないという戦略的な決断をした。したがって、路上売春に関係する諸問題を減らすために、現行法の範囲内でできるかぎりのことをしていると彼らが主張するのは、不誠実である。なにしろ、車での買春勧誘は大きな問題の一つであるのにも関わらず、彼らはそれを止めるために何もしないことを決断したのだから。

 報告書はまた、管理地域アプローチが NPCC(英国警察)のガイドラインに影響を与えていると主張している。これは、私たちの報告書「性差別のプリズム――売買春の取り締まりに関する警察の指針(A Sexist Prism: National Police Guidance on Policing Prostitution.)」で説明したように、彼らが公共部門平等義務法(PSED)だけでなく、国際法の下での拘束力のある義務も軽視していることを考えると、確かに大いにありうる話だ。

 2006年にイプスウィッチ〔イギリスのサフォーク州の州都〕という都市で、路上売春をしていた5人の若い女性が1人の買春者によって残忍に殺害された後、イプスウィッチは、北欧モデルとして知られているアプローチに非常に似た3本柱の戦略を考え出した。第1に、女性の逮捕をやめ、代わりに売春をやめて生活を立て直すための実質的な支援を提供すること。第2に、「車での買春勧誘(kerb crwaling)」を規制する法律とナンバープレート認識技術を利用して、車での買春勧誘者を厳しく取り締まること。そして第3に、性売買にグルーミングされる危険性のある子供たちを支援して、子供たちが路上で搾取されるのを防ぐこと、である。

 ある研究は、このアプローチによって、大多数の女性が永続的に売買春から離脱することができるようになり、「車での買春勧誘」もなくなったことを見出した。研究者たちはまた、このアプローチがそれにかかった費用をはるかに超える効果を出したことを明らかにした。なぜなら、より低い刑事司法コストと社会的支援コストで済むようになったからである。

 報告書の研究者たちのバイアスのほどは、このイプスウィッチ・アプローチについて歪んだ記述を行ない、それが問題と無関係だとしてあっさりと退けたことで明らかだ。それでいながら、それが管理地域アプローチ(MA)に似ていると不正確かつ奇妙にも主張している。 

  結論

 先に述べた多少ポジティブな点以外にも、報告書は、非常にポジティブなことを他に2つ強調している。

 第1に、地域社会の信じられないほどの強さと、その地域で路上売買春に携わっている女性への共感的な配慮である。路上売買春は地域社会に多くの問題を引き起こすので、売春をしている女性たちに対して、怒りや批判があっても不思議ではない。しかし、たいていの場合、そうではなかった。売買春は、それに巻き込まれている個々の女性よりもはるかに大きなシステムの問題であるという、高度に政治的でフェミニスト的な理解を発展させてきたのである(この「独立調査」に対する彼女たちの反応は、ここで読むことができる)。

 第2に、地元の路上清掃サービスが見事な方法で、コンドームや麻薬道具や、その他のゴミを地域から撤去したことである。この成功の一部は、地元のコミュニティが彼らの人気のFacebookページを利用して、清掃チームが問題を把握し続けるようにしていたことにもよるだろう。

 報告書は、制度のコストは年間20万ポンド〔日本円で約2500万円〕であると主張している。しかし、私はこれを怪しいと思っている。4人の専任の警察官、1人の警察データ専門家、専用の電話回線、大幅に余計にかかっている路上清掃費用、CCTVカメラの設置と運用、支援と薬物回復の財政支援、これらの資金調達コストをこの金額でカバーすることができるだろうか。また、その点は別にしても、多くの公共の資金と資源が、個々人や地域社会に多大な害を及ぼすシステム、そして組織犯罪や、人の弱みを利用して搾取する下劣なシステムを維持することに費やされているのは問題である。

 イプスウィッチを見習った方がいいのではないのか? すなわち、CCTVカメラとナンバープレート認識ソフトウェアを使って、車での買春勧誘行為を法的に厳格に取り締まり、ピンプや人身売買業者を取り締まる。そして、女性たちに質の高い総合的で個別のサービスを提供し、薬物の習慣を止められるよう支援し、彼女たちが売買春から離脱して生活を再建できるようにした方が、よっぽどいいではないか。

 この報告書を読むと憂鬱になり、苦痛を感じる。調査者たちは特定の結果を求めてやまない党派勢力に捕らえられていたのではないかと思わずにはいられない。この勢力はこの特定の結果を手に入れるためには何だってやる。しかし、もしそうだとすると、それはオウンゴールだったかもしれない。ほんのわずかでも知性のある人なら、この報告書を読んで、それがリサイクル用のゴミ箱に入れる以外の価値があると考えることはできないだろうからだ。

出典:https://nordicmodelnow.org/2020/07/11/nmn-response-to-the-independent-review-of-the-holbeck-red-light-zone-in-leeds/

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。