アナ・ジン「性産業の利益を推進するアムネスティ・インターナショナル」

【解説】以下の記事はやや古いものですが、イギリスのアボリショニストでNordic Model Now! の共同創設者であるアナ・ジンさんのブログ「The Feministahood」に掲載された投稿です(表題はわかりやすいものに変更)。筆者の許可を得てここに訳載します。なお、国際条約等に関しては、日本語版をリンク先にしています。

アナ・ジン

The Feministahood, 2015年8月25日

 2015年8月11日にダブリンで開催された会議で、アムネスティ・インターナショナルの国際評議会は、国際理事会に「セックスワーク」に関する方針を策定・採択する権限を与える決議を採択した。以下、彼らのプレスリリースから引用する。

「セックスワーカーは、世界で最も周縁化されたグループのひとつであり、ほとんどの場合、差別、暴力、虐待のリスクに常に直面している。」

「この決議は、アムネスティ・インターナショナルが、合意に基づくセックスワークのあらゆる側面の完全な非犯罪化を支持する方針を策定することを推奨する。また、この方針は、セックスワーカーが搾取、人身売買、暴力から完全かつ平等に法的保護を受けられるよう、各国に呼びかけている。」

「私たちは、この重要な人権問題が非常に複雑であることを認識しており、だからこそ、国際的な人権基準の観点からこの問題に取り組んだ。また、世界中のさまざまな意見を取り入れるために、私たちのグローバルな運動と協議した」。(強調は引用者)

 この決議は、すべてのフェミニスト団体が求めている売春当事者の非犯罪化だけでなく、売春当事者に対する暴力や虐待の主な加害者であるピンプ、買春者、売春店経営者の非犯罪化をも求めている。この方針案は、本質的に売買春と性産業全体を合法化するものだ(「合法化」という用語の意味をめぐってあれこれ言う人はいるかもしれないが、犯罪でないものは合法だ)。

 問題なのは、アムネスティ・インターナショナルがなぜこのような提案をし、いったい何をどう協議したのかだ。本稿では問題点のいくつかをまとめてみた。この方針自体がなぜ誤っているかについては、他にも多くの人が十分に語っている(例えば、クリス・ヘッジ、ミッシェル・ケリー、カトリオナ・グラントなど)。この記事では、アムネスティの振る舞いの二枚舌的な性質に焦点を当てる。

1. アムネスティは国際的な人権条約を無視した

 新しい決議に関するアムネスティのプレスリリースははっきりと、アムネスティが「国際的な人権基準の観点からこの問題に取り組んだ」と述べている。しかし、これは端的に言って事実ではない。たとえば、アムネスティは、国内の人権法を支える主要な国際人権条約について言及していないか、あるいは誤った説明をしている。

1949年の「人身売買及び他人の売買春の搾取の禁止に関する国連条約」

 この条約は、「売春、およびこれに伴う悪弊である、売春を目的とする人身売買は、人の尊厳および価値に反するものであり、かつ個人、家族及び共同体の福祉をそこなう」と述べている。したがって、売買春は、すべての人に人間の尊厳と不可侵性(integrity)を保証する1948年の国連人権宣言と相容れないものであると定義している。

 アムネスティは、売買春を人権侵害と定義しているこの条約について、言及も考慮もしていない。「人権」の重要な側面は、その侵害に対する同意は関係なく、侵害を無効にはしないということである。

 アムネスティの方針案は、セックスを購入したり、他人の売春で利益を得たりする者(ピンプ)をも非犯罪化するというもので、国連人権宣言で保証された人権侵害を合法化しようとするものだ。売買春が人権侵害であると理解されれば、「合意に基づくセックスワーク」を非犯罪化するというアムネスティの提案全体が、危険な誤りであることがわかる。

人(とりわけ女性及び児童)の取引の防止、抑止、処罰に関する議定書(パレルモ議定書)

 これは2000年に国連で採択された議定書だ。この議定書は、国際的に合意された人身売買(人身取引)の定義を定め、批准国(英国もそのひとつ)に、性的人身売買につながる需要を減らすための戦略を実施する法的義務を課している〔第9条5項「締約国は、人、とくに女性及び児童に対するあらゆる形態の搾取であって人身取引の原因となるものを助長する需要を抑制するため、教育上、社会上または文化上の立法その他の措置を取り、または強化する」〕。アムネスティは、このことや、(アムネスティの提案する)性売買の非犯罪化が不可避的に人身売買の増加につながることを示すいくつかの研究結果について言及していない。

 アムネスティの新方針の初期バージョンでは、「アムネスティ・インターナショナルは、セックスワークと人身売買を混同することは、セックスワーカーの性的自律性を損ない、搾取や虐待の対象となるような政策や介入につながり、彼らの人権侵害を助長する可能性があると考える」と述べている。

 しかし、パレルモ議定書の定義では、人身売買の本質的な特徴は、他人の売春の搾取に第三者が関与することであると明確に規定されている。国際的な国境を越えて、あるいは国内のあちこちで人が移動することは必要ではない。キャサリン・マッキノンの言葉を借りれば、「人身売買とはまさにピンプや業者がやっていること」だ。

 売買春の中にいる女性や少女のほとんどにはピンプ(売買春から利益を得る第三者)がついていることを考えると、2004年から2008年まで国連の人身売買に関する特別報告者を務めたシグマ・フーダが、「世界で実際に行なわれている売買春は、通常、人身売買の要素を満たしている」と述べたのも驚くべきことではない(この点については、私の別の投稿記事「Sex Trafficking」を参照してほしい)。

 アムネスティの方針案は、この重要な人権条約に反しており、また、性的人身売買に関する国家の法的義務に反しており、本質的には人身売買業者(ピンプ)の非犯罪化を推奨するものだ。

女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(CEDAW)

 これは1979年に採択された国連の包括的な条約で、女性と少女に対するあらゆる形態の差別を撤廃することを各国に求めている。この条約を批准した国は、その規定を実施する法的義務がある。その中には、すべての政策が男女平等や女性と少女の健康、地位、幸福に与える影響を考慮することが含まれている。アムネスティは、「セックスワーク」方針案において、これを実施していない。

 売買春は非常にジェンダー化された制度である。99.9%以上の買い手は男性であり、世界的に見ても売買春の中にいる人々の80%以上は女性である。しかし、アムネスティはこのことに言及することもなく、売買春が合法化された場合にすべての女性の地位にどのような悪影響があるのか、また、売買春が常に直接関係する女性や少女の健康や幸福にどのような壊滅的な影響を与えるのかについても考慮しなかった。したがって、アムネスティの方針は、この条約に基づいて国家が負う法的義務に反するような法案を推奨するものである。

 アムネスティの背景資料では、CEDAWについて触れられているが、その第6条(国家は「あらゆる形態の女性の取引および他人の売春の搾取」と闘い、抑止することが求められる)だけだ。しかし、アムネスティの関心は、これが買春客の犯罪化を必要としないことを主張することだけにあるようだ。

 スウェーデンでは、売買春は男女の平等や個人の尊厳と相容れないものであるという理由で、性的サービスの購入が犯罪化されており、第6条の義務を遵守している証拠として、そのアプローチ(北欧モデルと呼ばれる)を説明している。CEDAW委員会はこの解釈に同意している(これについては、EVAW(End Violence Against Women)の提出資料を参照)。

2,アムネスティは議論を不誠実に提示した

 アムネスティは、十分な知識を持っている人でなければ、多くの人が売春当事者を犯罪化するよう求めているという印象を与えるようなやり方で議論を提示した。しかし、実際には、この分野で活動しているフェミニストや人権団体・組織は一つもそのようなことを求めていない。このような議論の仕方は、藁人形論法と呼ばれ、議論が不十分であったり、下心があったりすることの表われであることが多い。これは、国際人権団体に期待される行動ではない。

 同様に、アムネスティは、ピンプ、買春客、売春店経営者を含む性産業全体の完全な非犯罪化を求めているという事実を、性産業の「運営面」といった表現や、性の買い手と売り手をひとくくりにすることでごまかしている。

 つまり、アムネスティの会員やサポーターは、不誠実で偏った方法で提示された不完全な情報に基づいて判断するよう求められたのである。

3,決議内容が矛盾している

 この提案を、「セックスワーカー」とその権利の保護と非犯罪化に関するものとして提示したにもかかわらず、決議の最終ポイントに次のような内容が含まれているのは異常だ。

「国家は性的サービスの販売に合法的な制限を課すことができる」

 まさしく! アムネスティは、国家はセックスの販売は犯罪にできるが、セックスの購入や産業の「運営面」は犯罪にできないと言っているのだ。これは、前述の人権条約が遵守を求めていることとは正反対であり、サバイバー運動や多くのフェミニストが求めていることとも正反対だ。そして、アムネスティがこの方針案について語っていること――「セックスワーカー」の安全性を高めるためのもの――とは正反対なのだ。

 しかし、この方針案がもともとピンプ(業者)によって書かれたものであることを考えると、驚くべきことではないのかもしれない。

4,方針の最初のバージョンはピンプが書いたものだった

 代表的な人権団体であるアムネスティが、最も弱い立場にある当事者、つまり売買春に囚われている女性や子どもたちを守る立場からこの方針案を作成したと思ったら、大間違いだ。決議案の元となった方針案は、英国最大級のエスコート売春会社〔日本で言うデリヘル〕であるクリストニー・コンパニオンズ(Christony Companions)の創立者でありビジネスパートナーであるダグラス・フォックスによって書かれたものである。すなわち、ピンプと買春客の非犯罪化に強力な既得権を持つピンプ(業者)によって書かれたのだ。

 以下は、北アイルランド議会司法委員会の2014年1月30日付会議議事録からの抜粋である。テガートはアムネスティ・インターナショナルのメンバーで、ウェルズは委員会のメンバー。

ウェルズ:ダグラス・フォックスとはどういう人物ですか?

テガート:ダグラス・フォックスはアムネスティ・インターナショナルのイギリス支部のメンバーだった人物で……今はメンバーではありません。

ウェルズ:ダグラス・フォックスについては他にも言うことがあるのでは?

テガート:その点については、調べておきます。

ウェルズ:ダグラス・フォックスがどういう人物なのか、すでにご存じだと思いますが?

テガート:あなたのメールでの問い合わせの後、私の同僚がグーグルで検索したところ、国際セックスワーカー連合(IUSW)の活動家としてヒットしたと思います。

ウェルズ:ダグラス・フォックスは、イングランド北東部で最大の売春組織を運営している人物ですよ。彼は『ノーザン・エコー』の一面を飾ったこともあり、そのことをかなり誇りに思っているようです。ダグラス・フォックスはイングランド北東部で最大の売買春組織を運営していながら、同時にアムネスティ・インターナショナルのイングランド北東部支部のメンバーであり、2008年にノッティンガムで開催されたアムネスティ年次総会で〔性産業の非犯罪化の〕動議を提案しました。それは事実ですか?

テガート:彼が動議を提案したわけではありません。動議はニューカッスル・アポン・タインのグループが提案したものです。

ウェルズ:しかし、あなたのグループに提出されたその動議には、彼が貢献していましたね。

テガート:彼は、その動議を提出したグループのメンバーでした。

ウェルズ:つまり、イングランド北東部で最大の売春組織を運営していた人物が、アムネスティの方針立案に大きな影響を与えることを許可したのですね。

・ダグラス・フォックスが自分の関与について書いたメモのコピーは以下を参照。What Does the Fox Say.:A super-pimp’s strategy re: Amnesty International.

・ピンプとしてのダグラス・フォックスについては、以下の動画を参照。エスコート・エージェンシー』(映画)

・ダグラス・フォックスのインタビューについては以下を参照。”What you call pimps, we call managers.”

・ダグラス・フォックスが政策に影響を与えるために、性産業の仲間にアムネスティへの参加を勧めたことについては、以下を参照。’Sex trade was asked to join Amnesty and lobby internally‘.

5,アムネスティの立場は事前に決まっていた

 フェミニストのジャーナリスト、ジュリー・ビンデルは、2013年にイギリスで開催されたアムネスティ・インターナショナルの会議のメモを入手し、国際事務局(IS)が、協議プロセスに先立って、性産業の完全な非犯罪化を支持するという明確な意図を持っていたことを明らかにした。その内容はこちらで見ることができる。Exclusive: Amnesty International UK’s Stitch-Up Job?

 アムネスティの国際事務局が事前に自分たちの立場を決めていたことを考えれば、彼らによる協議や意見公募が見せかけのものであったとしても、何ら不思議ではない。

6,見せかけの協議

 2014年の初めに方針/背景資料の草案がリークされたとき、多くのサバイバーやフェミニストのグループがこの方針案を非難した。その後、会員には3週間(2014年4月2日~21日)、この文書に対するフィードバックを提供するよう提案されたが、ほとんどの会員はこの通知を受け取っていなかった。そしてアムネスティの会員は世界70ヵ国以上に散らばっているのだ。誕生パーティーのための連絡でさえ、もっと頻繁になされるだろう。

 また、Eavesや英国の「End Violence Against Women (EVAW)」(女性組織、サービス提供者、学者、サバイバー、フェミニストの連合体で、奇しくもアムネスティUKもメンバーになっている)など、多くのサバイバーやフェミニストの組織がフィードバックを提供した。この文書では、方針案が男女平等や女性・少女の健康と安全に与える影響、関連する人権条約、そして、この方針案が、性的人身売買に取り組み、男女平等や女性・少女の健康と安全に配慮するという拘束力のある人権上の義務といかに相反するかを明確に示していた。

 2014年6月11日付のアムネスティの内部文書には、フィードバックがまとめられており、別の方針案も含まれていた。回答した29ヵ国のうち、すべての国が売春当事者の非犯罪化を支持したが、方針案の全体を支持したのは4ヵ国のみで、ほぼ同数の3ヵ国がセックスを買う者の犯罪化を求め、2倍以上の11ヵ国がさらなる協議を求めた。しかし、この内部文書には、協議プロセスで寄せられた異なった意見――たとえば、北欧モデルを支持する議論や証拠――について、公正な情報を提供していない。

 方針の最終案は、2015年7月7日にメンバーに公開された。以前のバージョンにあった、セックスを買うことは人権であり、セックスの購入を制限することは買春者の人権を侵害することになると示唆する文章など、より論議を呼ぶ文章の一部が削除されていた。たとえば、2014年初頭に流出した方針案からの抜粋は以下の通りだ。

「性的な欲望と活動は根本的な人間的欲求である。より伝統的と認識されている手段を通じてこの必要性を満たすことができないか満たすつもりがなく、それゆえセックスを買っている人々、そういう人々を犯罪化することは、プライバシーの権利を侵害し、自由な表現と健康に対する諸権利を掘りくずすことになりかねない」。

 これは、協議と意見公募の結果、正当化が困難であると判断されたため、削除されたものと思われる。しかし、その他の変更点は、買春客や「組織的側面」(ピンプや売春店経営者のこと)を含めて売買春を完全に非犯罪化するという方針案を根本的に変えるものではない。新しい方針案では、フェミニスト団体やサバイバー団体からの批判や、完全な非犯罪化が人身売買や児童の性的搾取の拡大につながることを示す研究結果についても言及されておらず、北欧モデルの主張については言及されていないどころか、参考にすらされていない。そして、提供された参考文献はどれも、彼らの立場を支持しているものだばかりだ。反対の立場を示す多くの文献や研究を省くことで、非常に一方的で偏った見解を示している。

 たとえば、9ページでは、買春を犯罪化することをこう否定している。

「セックスを買うことが禁止されると、セックスワーカーは、法執行機関による摘発から顧客を守るために、顧客だけが決めた場所に行くなどのリスクを負わなければならなくなる」26。

 そして、これを裏づける注26の参考文献は以下のものだ。

26. 参照、ノルウェーにおける犯罪化。以下も参照。Bjørndah,l U. Dangerous Liaisons: Bjørndah,l U. Dangerous Liaisons: A report on the violence in prostitution in Oslo are exposed to. Oslo, 2012. Vista Analyse, Evaluering av forbudet mot kjøp av seksuele tjenester 2014 (English Summary- available at: http://vista-analyse.no/site/assets/files/6813/eng1.pdf)

 これは立派な参考文献に見える。しかし、ここで挙げられている『危険な関係(Dangerous Liaisons)』という報告書が、ノルウェーで北欧モデルが導入されたことにより、実際に暴力が減少したことを示す研究結果を誤って伝えたものであった。以下を参照。New research shows violence decreases under Nordic model: Why the radio silence?

 サバイバー団体(たとえばSPACEインターナショナル)やフェミニスト団体を含む多くの組織が、アムネスティの新しい方針案を批判した。女性人身売買反対連合(CATW)は、400以上の支持者や団体が署名した公開書簡を発表し、「990億ドル規模の世界的な性産業の柱であるピンプ、売春店経営者、買春者の非犯罪化を求める政策を採用するというアムネスティの提案」を非難した。

 非犯罪化によって売春当事者がより安全になるという主張に対して、批判者たちは、性産業の規制緩和が破滅的な結果をもたらした多くの国の調査結果を示している。「たとえば、2002年に売買春産業の規制を緩和したドイツ政府は、その法律を制定した後も、女性にとって性産業がより安全になったわけではないことを明らかにした。それどころか、ドイツでは合法的な売春店が爆発的に増え、それが引き金となって性的人身売買が増加した」。これらの運動家は、代わりにアムネスティに、買春者とピンプを犯罪化し、売春当事者は非犯罪化し、離脱のための総合的なサービスを提供するという、いわゆる北欧モデルを支持するよう求めた。ジミー・カーター元大統領は、アムネスティが北欧モデル・アプローチを採用するよう求める署名活動を行なった。

 寄せられた回答を無視するのであれば、協議や意見の聴取に何の意味があるだろうか?

7,「セックスワーカー」の声に耳を傾ける――ただし同意できる場合にかぎる

 2015年8月11日のダブリンでの投票に向けて、アムネスティは「セックスワーカー」の声に耳を傾けることの重要性を強調した。しかし、ダグラス・フォックスがジュリー・ビンデルとキャス・エリオットとのインタビューで説明したように、多くのピンプや売春店経営者が自分たちを「セックスワーカー」と表現している場合、それはどういう意味を持つのだろうか。また、ラケル・ロサリオ・サンチェスが「How to manufacture consent in the sex trade debate」で雄弁に語っているように、自らを「セックスワーカー」と称する人々は、ほとんど自動的に性産業の非犯罪化に賛成しているのである。

 国際的な売買春サバイバーの大規模な運動は、「セックスワーク」や「セックスワーカー」という言葉を拒否している。これらの言葉は、虐待的で強欲な産業を曖昧にし、浄化する婉曲表現であり、売買春が他の仕事と同じであるかのような偽りの示唆を与え、すでに述べたように、この言葉にはしばしばピンプや売春店オーナーが含まれているからである。アムネスティは、このようなサバイバーの声を意図的に無視しているようだ。そして、完全な非犯罪化に賛成しない被買春女性たちの声も。

 売買春の中にいる人々のほとんどは疎外されていて、北欧モデルを含む可能なアプローチについても知らない。ニュージーランドの被買春女性であるチェルシーは、アムネスティのアプローチについて次のように語っている。

「私も売春婦ですが、同じ売春婦で、ピンプや被買春者を非犯罪化したいとか、ピンプからすでに取られている金に加えて税金も払いたいと思っている人になんか会ったことはないし、離脱やリハビリテーション、将来のための教育や本当の仕事を得るための社会サービスをゼロにして、今の場所に留まっていてもまったく問題ないと言われたいと思っている人もいません。お金が必要だから『選択』してここに来た人でさえ、誰もそんなことは望んでない。みんな、一時的なものであってほしいと思っています。できることなら、すぐにでもここを去りたいって。」

 「私たちのほとんどは政府の政策について知らないし、北欧モデルについても聞いたことがないので、非犯罪化を支持するかもしれないけど、それは私たちが犯罪者として逮捕され、加害者と一緒に逮捕されることになると考えているからです。北欧モデルのことを知っている人はみんな、それを支持しています。北欧モデルを自分の国に導入するためには、命をかけてもいいと思っています。」

8,アムネスティの提案は誤った前提に基づいている

 性産業は990億ドルもの大金を稼ぎ出すマシンだ。女性は使い果たされ、男たちはいつでも新顔を求めているので、常に新しい血を必要としている。しかし、現実的な選択肢を持っている女性は、たとえばコンピュータ産業、医療、看護、銀行、学界などできちんとした高給の仕事に就くので、通常は売春を選ばない。売春は、快適な中流階級の家庭に生まれた少女たちに与えられたキャリア選択のメニューにはない。

 ここに性産業にとっての問題がある。男たちからの需要、つまり利益につながる需要をどうやって満たすのか。

 私は「不平等な世界における選択」の中で、貧困、困窮、児童虐待、そして私たちの過剰にセクシュアル化された文化が、多くの少女や若い女性を売春に駆り立てていることを明らかにした。これは強制の一形態だ。他の形態の強制はもっと露骨だ。人身売買業者やピンプは、貧しい国で少女たちを誘拐したり、ケータリングや保育などの良い仕事を約束して少女たちを誘い出す。あるいは、豊かな国の貧しいコミュニティに行き、不満を抱えた少女、移民としての不安定な身分にある女性や少女、ホームレスの女性や家出少女、生活のできないシングルマザーなどを探し出し、誘い出し、捕らえ、手なずける。ピンプは、いったん彼女たちを捕らえたら、そこから逃げられないよう何でもする。殴ったり、監禁したり、ドラッグ中毒にして、その行為を続けざるをえなくするのである。これが、世界中で売春をしている女性や少女の大部分の現実だ。

 さて、アムネスティのセックスワークの定義を見てみよう。彼らはこう言う。

「セックスワークとは、同意した成人間で性的サービスを交渉する契約上の取り決めにもとづくものであり、性的サービスの売り手と買い手の間で契約条件が合意されたものである。セックスワークの定義は、商業的な性行為に従事しているセックスワーカーがその行為に同意している(つまり、そうすることを自発的に選択している)ことを意味し、人身売買とは区別される。セックスワークにはさまざまな形態があり、国やコミュニティによっても異なる。セックスワークは、多かれ少なかれ『公式』であったり、組織化されていたりと、その程度はさまざまである」(強調は引用者)。

 この定義は、売買春の中にいる大多数の女性や少女の物質的な現実や、買春客と被買春女性・少女とのあいだにある極端な力の不均衡を反映していない。また、この定義は、人身売買を、同意と無関係な人権侵害であると誤解している。この定義は、人身売買を否定する人々やそれに既得権を持つ人々の希望的観測にもとづいている。

 売買春の中にいる女性や少女に不利な力が働いているという現実を認めることは、彼女たちの主体性や機略を否定するものではないし、それを示唆することはすべての人の知性を侮辱するものだ。

 アムネスティの方針案全体は、この定義に基づいている。つまり、売買春とは、ビジネス上の取り決めに同意する、等しい地位にある二者間の合意であるという考えだ。そして、これが真実であるごく少数の人々がいる可能性はなきにしもあらずだが、実際には、このごく少数の人々を、何らかの形の強制が現実である大多数の人々から切り離すことはできないのである。

9,利益の相反

 前述のように、売買春に関するアムネスティの方針に影響を与えるために、ピンプや性産業から利益を得ている連中がアムネスティに参加しているという証拠がある。しかし、それ以外にも強力な既得権が存在する。アムネスティは、性産業の非犯罪化を推進するジョージ・ソロスとオープン・ソサエティ財団から多額の資金援助を受けている。この強力な金銭的な利益相反については、以下の記事を参照してほしい。NGOs: the best PR and Spin Doctors that (sex-industry) money can buy.

 さらに、アムネスティが英国や米国などの政府から資金援助を受けているという証拠もある。これらの政府は、多かれ少なかれどんな犠牲を払っても利益を最大化するという新自由主義的プロジェクトを支持しており、人間性の核心である性を含む私たちの生活のあらゆる側面に市場を押し広げ、緊縮政策によって広範囲で壊滅的な貧困を引き起こしている(その結果、女性や少女は売買春に、少年や青年はピンプ行為に駆り立てられる)。

 しかし、この利益相反の問題は、資金面だけではない。それは、家父長制的資本主義社会における両性間の関係の根幹に関わるものだ。私は「売買春――新しいパラダイムを求めて 」の中で、売買春が、男性を支配的地位に置き、女性を従属させる家父長制システムの要のひとつであることを示した。他の大組織と同様、アムネスティも男性によって支配されている。アムネスティのジェンダー部門の元責任者であるギタ・サーガルは、停職処分を受けた後、その女性差別的な指導部について語っている

 男たちは、家父長制システムの受益者として、売買春や性産業を維持することに既得権を持っている。率直に言って、アムネスティ・インターナショナルを支配している男たち(そして、すべての男たち)は、この問題について女性の意見に耳を傾けるべきだ。そして、あなたに同意する女性たち(そして、アムネスティ内で下級職に就いている若い女性など、あなたに依存している女性たち)だけでなく、あなたに同意しない女性たち――売買春のサバイバーやラディカル・フェミニストなど――の意見にも耳を傾けるべきなのだ。

「女性の身体が資本主義市場で商品として売られているとき、最初の契約条件は忘れられていない。男性の性の権利の法は公に肯定され、男性は女性の性的主人として公に認められるようになる。そこにこそ売買春の問題がある」(キャロル・ぺイトマン『性の契約』)

10,アムネスティの調査には欠陥がある

 アムネスティは、北欧モデルを導入している一国(ノルウェー)を含む、売買春に対するさまざまな法的アプローチをとっている4つの国・地域(パプアニューギニア、ノルウェー、アルゼンチン、香港)で調査を行なった。アムネスティは報告書の全文を公開していないが、発表された最終方針案には、「包括的な」調査結果の要約が含まれている。これによると、「80人のセックスワーカー」にインタビューを行なったとしているが、これは4ヵ国それぞれ平均20人ずつであり、決定的な結果を導き出すにはサンプル数が少なすぎる。また、先に述べたように、「セックスワーカー」という言葉の中には、アムネスティが推奨する非犯罪化のアプローチに既得権を持つピンプなどが含まれている可能性がある。

 この調査の目的は、「セックスワークの犯罪化がもたらす人権への影響」を明らかにすることだ。しかし、アムネスティは、完全な非犯罪化を実施している国(オランダやドイツなど)での調査は行なっていない。完全な非犯罪化が彼らの観察した問題の解決策であることを示すためには、その解決策を実施した国ではこれらの問題が存在しないことを示す必要がある。

 リサーチ・サマリーでは、「セックスワークの犯罪化はセックスワーカーに対するスティグマと差別を増幅させる」という見出しで、ノルウェーで路上売春をしている移民女性が、通りすがりの白人ノルウェー人女性から受けた人種差別的な中傷について述べた4つの引用文が掲載されている。これらの女性が述べていることは明らかにひどいものだが、それがノルウェーの売春立法に起因するものであることを証明するものではないし、非犯罪化によって解決されることを証明するものではない。

 「セックスワーカーは、セックスワークに関するさまざまな法律によって犯罪化され、悪影響を受けている(セックスの直接販売に対してだけではない)」という見出しのもと、ノルウェーで売春をしている女性たちが、セックスの購入を禁止した結果、客の自宅を訪問しなければならなくなり、そのことが危険を伴うと訴えていることがいくつか引用されている。たとえば、次のようなものだ。

「客の家に行くと、5人くらいいるかもしれない」。「もし彼に傷つけられても、助けてくれる人はいません」。

 これは、非犯罪化が解決策であることを証明するものではなく、買春客が売買春の中の女性たちにとって本質的に危険であり、売買春の関係が本質的に不平等であることを示すものだ。アムネスティは、この本質的に危険で不平等な関係を、業界全体の完全な非犯罪化によって正当化しようとしているが、それはアムネスティが、最も弱い立場の人々を保護するという本来の目的を見失っていることを証明している。

 サマリーは、「犯罪化は警察にセックスワーカーを虐待する免罪符を与え、警察によるセックスワーカーの保護の大きな障害となっている」という見出しのもと、アムネスティは「ノルウェーではセックスワーカーに対する警察の暴力の実質的な証拠は見つからなかった」と述べている。残念ながら彼らはここから、ノルウェーの北欧モデル型立法がノルウェーの被買春女性にとって良い結果を生んでいるとは結論づけなかった。さらに報告では、ノルウェーの売春防止法が、警察によって被買春女性を宿泊施設から追い出すためにどのように使われているかが詳しく説明されている。しかし、これはアムネスティが提唱する完全な非犯罪化が唯一の解決策であることを証明するものではないし、あるいはそもそも何らかの解決策であることを証明するものではない。他の解決策を考えつくのに、別に天才である必要はない。

 サマリーは、「最も周縁化されたセックスワーカーは、しばしば犯罪化の最高レベルで最悪の経験を報告している」という見出しのもと、ノルウェーの移民の路上被買春女性が警察や一般市民からの人種差別を訴えていることが報告されている。しかし、これが北欧モデル法そのものに関連しているという証拠はなく、また、性産業の完全非犯罪化がこの北欧社会の人種差別を魔法のように解決するという証拠もない。

 また、ブラジルのトランスジェンダー人権NGOの代表が、被買春トランスジェンダーを人身売買ネットワークや強盗から守るために、警察がお金を要求していると語ったことも報告されている。またしてもこれは、性産業の完全な非犯罪化がこの問題を解決することを証明するものではない。しかし、このことは、買春されている人々が、性産業で利益を得ている人々から受ける非常に危険な状況を示唆している。

 疎外された人々が性産業でひどい扱いを受けていることに、疑問の余地はない。議論の焦点は、これに対処する最善の方法は何かということだ。売買春が、社会から疎外された人々の直面する不利益をいっそう固定する傾向があることを示す相当数の研究調査がある。これは、売春産業全体を完全に非犯罪化するのではなく、北欧モデルを支持する論拠である。

 アムネスティの調査は設計も実施もお粗末なもので、その調査結果から、売春産業の完全非犯罪化が、アムネスティの列挙する諸問題の解決策になると推測することはとうてい不可能である。これは、調査が誠実でオープンな精神に基づいて行なわれたのではなく、すでに決定されていたことを証明する目的で行なわれたことを示唆している。

 より誠実なアプローチは、完全非犯罪化のアプローチを実施している国(オランダなど)と北欧モデルを実施している国を比較することである。北欧モデルを導入している国の例としては、スウェーデンが最適な選択と言えるだろう。同国は北欧モデル国として最も長い経験を積んでおり、問題点を解決するための時間と政治的意志を持っているからだ。

11,人身売買や子どもの性的搾取への対処法について、アムネスティは沈黙している

 アムネスティの決議は、国家が人身売買や子どもの性的搾取を防止し、対抗する義務があることに言及している。しかし、国家がどのようにこれに取り組むべきかについては沈黙している。これは非常に大きな欠落であり、いやでも目につく欠落だ。

 性的人身売買や子どもの性的搾取は、簡単に莫大な利益が得られるがゆえに推進されている。膨大な数の男たちが総計で莫大な額の金を払って(主に)女性や子どもの性を平然と買っているからこそ、このような巨額な利益が生まれるのだ。英国では、人身売買業者やピンプが少女や若い女性を1時間あたり500ポンドから600ポンドで売っているという話をよく耳にする。

 売買春を合法化することは、必然的に男たちからのこのような需要を増やすことにつながるのは明らかだ。

 レイチェル・モランは売買春とはいかなるものかについて雄弁に語っている。それが若さに対する商業的価値であること、売春店での電話で最も一般的な質問は常に「おたくの一番若い子はいくつ?」であること、そして、成人の売買春と子どもの売買春を分けるという考え自体が、ほとんどの被買春女性が子ども(売買春に関しては国際的に18歳未満と定義されている)の時に開始することを考えるなら、根本的に欠陥がある。

 フィンランドとイングランドでは、力や脅し、強制を受けた人から性的サービスを購入することを犯罪としている。イングランドでは、2009年のPolicing and Crime Actでこの規定が導入された。最高刑はレベル3の罰金だ。しかし、これは効果的なアプローチではない。

 2012年から2013年にかけて、イングランドとウェールズで起訴されたのはわずか8件だった。英国には何千人もの人身売買の被害者がおり、それぞれの被害者が毎年何百人もの買春客をとっている。仮に、何らかの形で力や脅し、強制を受けているという基準を満たす女性が1万人いると控えめに考え、これらの女性がそれぞれ年間200人の買春客をとっているとしよう(ほぼ間違いなく過小評価だが、中には複数の女性を買春する者もいる)。そうすると、合計200万人の潜在的な犯罪者がいることになる。しかし、1年間で起訴されたのはたった8人なのだ。その女性が強制されたり、脅されたり、強要されたりしたことを、「合理的な疑いを越えて」という刑事裁判所の基準に合うように証明するには、かなりの警察資源が必要だ。しかし、この犯罪自体の刑罰は低く、そのため警察がこの犯罪の取り締まりに十分な資源を投入することは正当化されない(この点については、Sex Traffickingを参照)。

 北欧モデルでは、買春された人が強制されたかどうかにかかわらず、セックスを買うこと自体が犯罪とされる。これにより、犯罪の取り締まりが非常に容易になり、有罪判決を得ることが容易になる。そしてこのことは翻って、法の執行をいっそう容易にする。そしてこのことが現実的な抑止力として機能するのである。というのも、逮捕され世間に知られるようになる現実的な可能性があることは、男性にとって最も抑止力になると考えられるからだ。このことによって、女性や子どもを売春目的で人身売買することへの衝動をつくり出している需要を減らし、国は性的人身売買への需要を減らすという法的義務を果たすことが可能になるのである。

12,アムネスティは誰に相談したかについて嘘をついた

 アムネスティの提案した方針をめぐる抗議に対する電子メールでの回答で、アムネスティ・インターナショナル・カナダの「女性の権利キャンペーン」担当のジャッキー・ハンセンは次のように述べている。

「国際的に、アムネスティ・インターナショナルは、何百もの組織や多くの個人と議論を重ねてきました。その中には次のものが含まれますが、それにかぎられません。ヨーロッパ・セックスワーカー権利国際委員会(ICRSE)、UNAIDSのプログラム調整委員会(PCB)へのNGO代表団、フリーダム・ネットワーク、オーストラリア女性人身売買反対連合(CATWA)、ラトヴィアの女性リソース・センター(Marta)、アイルランドのルハマ(Ruhama)、リプロダクティブ・ライツ・センター、グローバル・ネットワーク・オブ・セックスワーク・プロジェクト、SPACEインターナショナル(Survivors of Prostitution-Abuse Calling for Enlightenment)、イクオリティ・ナウ、レイプ・クライシス・ネットワーク・アイルランド(RCNI)、インドのSANGRAM、Abolish Prostitution Nowなど」。

 売買春のサバイバーであり、SPACEインターナショナルの共同創設者であるレイチェル・モランは、2014年1月30日に行なわれた北アイルランド議会の司法委員会会議において彼らと協議することを約束していたにもかかわらず、アムネスティは実際にはSPACE インターナショナルに相談しなかったことをツイートで明言している。

 フェミニストのキャンペーン団体であるResources Prostitutionも、何ヶ月もアムネスティに電話して彼らの提案について話がしたいと要請していたのに、彼らが回答したのは8月11日の重要な投票のだったことをツイートしている。

 アムネスティが投票した直後、レイチェル・モランはBBCの「The World This Week」に出演してアムネスティと討論するよう頼まれた。彼女は同意したが、アムネスティは彼女と直接討論することを拒否し、番組を分割してレイチェルが最初に話し、自分たちがその後で話すと主張した。彼らはレイチェル・モランと正面から議論することを拒否したのだ。

 アムネスティは、たった一人の売買春サバイバーと話をすることで、いったい何を恐れているのだろうか、おそらく真実を恐れているのだろう。

13,では、アムネスティは今何をなすべきか?

 今からでも遅くはない。アムネスティは、この問題で非常に多くの重大な過ちを犯したこと、とりわけ強力な既得権者の影響を受けてしまったことを認めるべきである。そして、アムネスティが現在の方針案を放棄することはけっして遅すぎない。私は、アムネスティが緊急にこれを行なうことを切に望むものだ。

出典:https://thefeministahood.wordpress.com/2015/08/24/what-amnesty-did-wrong/

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投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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