エリー・アロー「メガ売春店と売買春合法化の失敗」

【解説】以下はドイツの性売買サバイバーでアボリショニズムの活動家でもあるエリー・アローさんが、ラディカル・フェミニズムのオンライン雑誌『Reduxx』に寄稿した最新記事です。本人の許可を得たうえで全訳を掲載します。エリー・アローさんの記事はすでに本サイトでも2本掲載しています。「『セックスワーク』を隠れ蓑にした児童買春の蔓延――ドイツとニュージーランド」と「レイプ犯の囚人に売春店の利用を認めるドイツの刑務所」(彼女が『Reduxx』に寄稿した記事の一つ)です。どちらも重要な投稿なのでぜひお読みください。またここで挙げられているメガ売春店「パラダイス」の事件については、私たちの発行している『論文・資料集』第12号の記事、ヒルケ・ロレンツ「ドイツにおける売春帝国の台頭と没落」をお読みください。

(追記)この記事をアップした後、筆者のエリー・アローさんより、記事の中で触れられた情報を裏づけるリンクを入れた原稿を送ってもらったので、それをここに反映させた。また原稿にあったが、アップされる際に割愛された記述もいくつか復活させた。

エリー・アロー

Reduxx』2023年4月8日

 オランダの首都アムステルダムから、あの悪名高い赤線地帯の飾り窓がまもなく姿を消すかもしれない。アムステルダムの市当局が、合法的な赤線地帯を悩ます犯罪行為の数々に対処するための新しい戦略を試みているからだ。

 アムステルダムは、ポップカルチャーにおいて、ノーマルなものとされた合法的な売買春の代名詞となっているが、この街は、「万人の性的自由」がもたらす好ましからざる副次的影響と闘うことにずいぶん苦労してきた。ごみのポイ捨て、酔っ払いによる大暴れから始まって、人前での自慰、レイプ、そして人身売買に至るあらゆる問題が絶えず起こっているからだ。これらの問題はみな、かつて売買春に対する模範的アプローチとされていたもの〔場所を指定しての売買春合法化政策――戦前の公娼制度と類似したシステム〕から生じたものだ。

 では、アムステルダムの新しい対応はいかなるものか? 100室ものレンタルルームを備えた多層階の巨大な「エロティックセンター」を建設することだ。投資家たちは、セキュリティ、ソーシャルサービス、ヘルスケア、ホスピタリティ、ストリップクラブ、エンターテインメント、性教育、一般向けのプライドイベントなどを含む計画を提案するよう、市から要請されている。それによって、アムステルダムの性売買が最終的に「クリーン」で「安全」になるというわけだ。

 つまりは、メガ売春店の建設だ。だがこれは斬新なアイデアでも何でもない。

 ドイツでは、このような性産業集積地は何十年も前から存在している。例えば、ケルンのメガ売春店「パシャ」は、1970年代初頭に、都心から売買春をなくすという特別な目的のために建てられた、12階建てで126室も備えた高層ビルだ。このプロジェクトは地元自治体の承認を得ており、建物内にはレストラン、ピザ屋、いくつかのビストロやバー、美容院、洋服のブティック、日焼けスタジオ、ジムなど、自己完結型の内部経済が備わっている。この売春店には独自の新聞まである。

 1階の大部分はストリップクラブで占められており、コンサートなどの文化的なイベントにも貸し出されている。2007年には複数のプライド・イベントが開催されたが、抗議行動のおかげで、その後、別の場所で行なわれるようになった。2013年には、150人の女性が部屋を「レンタル」し、90人の補助スタッフがバーで働き、掃除、料理、警備、管理業務を行なっていた。テレビのインタビューで、オーナーのヘルマン・ミュラーは、すべての女性が税金を払い、保険に加入し、十分にケアされていることを自慢していた

ドイツのメガ売春店「パシャ」の経営者ヘルマン・ミュラー

 このように被買春女性を「守る」ための素晴らしい措置がとられているにもかかわらず、2003年、28歳のタイ人女性が「パシャ」の部屋の中で買春者に強盗に遭い、刺し殺された。翌年には、警察の捜査で15歳の少女2人が売春店で働いていたことが判明した。その翌年、当局は建物から武器やコカインを発見し、偽の書類を持っていた23人を逮捕した。その中には、年齢が確認できない若いアフリカ人女性も含まれていた。

 「パシャ」やその系列の売春店が関与した人身売買については、さまざまな支援団体が長年にわたって証言しており、少なくとも1人の17歳の少女が9ヵ月間部屋から出ることを許されなかったケースがある。2006年には、別の若い女性が買春者にナイフで致命傷に近い傷を負わされた。2015年には、男が女性を買った後に首を絞め、被害者はかろうじてパニックボタンで助けを呼ぶことができた。中でも私が思い出す最も心をかき乱す事件は、2007年、オーストリア・ザルツブルクにある「パシャ」のチェーン店内で、18歳の女性が出産したことだ。この女性は、出産後のショックと精神異常のあまり、乳児を窓から投げ捨てた。これらは報道された事件の一部にすぎず、けっして網羅的なものではない。

 合法売春店は、施設にいる女性の幸福に配慮しているエビデンスとして、警備サービスによる保護の存在を挙げることが多いが、この業界に詳しい人は、この「保護」なるものには暗い代償が伴うことを知っている。まず、「警備」が介入するのは、たいてい事件が起こった後であり、手遅れになってからである。また、多くの売買春女性が証言するように、売春店の警備に携わる男性は、しばしば危険な人物であり、必ずしも女性たちの「味方」ではない。警備会社は、暴力団の構成員や前科者によって経営されていることで有名で、「パシャ」はその事実を見事に証明している。

 2010年、売春店の用心棒5人が、敵対するギャングのメンバーであったと思われる男性をリンチして瀕死の重傷を負わせ、加重暴行罪で起訴された。目撃者の証言によると、彼らは砂入りの手袋と金属製の先端の靴を履いていたそうだ。このような連中なら、女性を簡単に威嚇したり、殴って黙らせることができるのは明らかだろう。

 ドイツのシュトゥットガルトにあるメガ売春店「パラダイス」では、まさにこのようなことが起こった。この自称「健康センター」には、2008年に600万ユーロ(約8億5000万円)もの莫大な資金が投入された。運営者は、女性の苦情を受け付ける2人の相談係、施設内に常駐する婦人科医、自治体の規制当局や税務署や警察との懇談の場を持っていることを自慢していた。その他にも、退職金や健康的な食事に関する女性向けの教育イベントなど、善意のほどをアピールしていた。「パラダイス」の被買春女性は全員、自分が提供する性行為をことこまかに用紙に記入し、施設への出入りをチェックされることに同意し、彼女の書類が当局とオープンに共有されることを認めなければならなかった。

 しかし、こうした至れり尽くせりの対策にもかかわらず、最初の人身売買業者が摘発されるまで、わずか1年しかかからなかった。「パラダイス」は2014年に警察の捜索を受け、その経営者は性的人身売買、身体的暴行、女性を家畜のように強制的に「焼印」した罪で起訴された。そのわずか2年後の2016年、既婚の4人家族の父親が25歳のルーマニア人売春婦を刺し殺し、その直後に「パラダイス」の広報担当者が身体的暴行の罪で有罪判決を受けた。これは、ドイツの裁判所による10度目の起訴となった。

 「パラダイス」の経営者は、売春店への「女性の供給」を維持するためにギャングを利用していたことを認め、2019年にようやく責任を追及された。被害者たちはたいてい、1日に少なくとも10人もの男性にレイプされた。そしてそのすべてが、合法的で「クリーン」でスタッフの充実した売春店で起こったのだ。

 しかし、「パシャ」と「パラダイス」はとくに特異な存在であるわけではない。バイエルン州最大の売春店「ライエルカステン」は、契約殺人に関与した男が長年にわたって運営していた。ベルリンの「アルテミス」は、社会主義者で「セックスワーク」推進派の動画配信者ハッサン・ピカーを経営者の一人にしたことで有名なメガ売春店だが、トルコの「ヘルズ・エンジェルズ」〔バイク乗りを中心とする国際ギャング団で、アメリカで生まれ、現在世界22ヵ国に支部が存在する〕が関与する性的人身売買の現場だった。そのことは一人のサバイバーと元経営者によって証言されている。また、2012年には「不満を持った客」による銃撃事件も起きている。

 ドイツの売春チェーン店の「プッシー・クラブ」は、「セックスし放題」を売りにする売春店で、ルーマニアの若い女性の人身売買業者に関与していたことが判明したが、その中には、1日に60人もの男性にレイプされる女性もおり、倒れて意識を失うまでレイプされた女性もいた。同じく売春チェーン店の「エロス・センター」は、数件のレイプ、誘拐、大人と未成年の人身売買業者、そして殺人の現場となっている。

 このほかにも、多くのメガ売春店が犯罪の現場として摘発されており、数え上げればきりがない。

 リベラルな活動家たちの主張とは裏腹に、メガ売春店は、他の「合法」性売買と同様に、ピンプ〔女性に売春させて利益を上げる連中、女衒、ポン引き〕と買春男にしか利益をもたらさないという圧倒的な証拠がある。これは、売春店を経営すること、セックスを買うことを、それぞれ普通の職業、普通の娯楽として歓迎する社会の姿勢を示すものである。メガ売春店は、女性の商品としての地位をあからさまに表示する一種の明確な標識として都市の景観の中に存在している。

 このような施設は、適法性と安全性の外観を与える一方で、実際にはそのどちらも提供しない。その充実した内部経済は、性的人身売買業者への贈り物であり、彼らは敷地内から出ることなく、被害者にピザを食べさせ、髪を整えさせ、性感染症の検査を受けさせることができるのである。女性の出入りは、素性の怪しい男たちの集団である用心棒によって厳しく管理されている。

 2017年に違法化されるまでは、女性たちはレンタルしている売春店の部屋で寝るのが一般的だった(この習慣は今も事実上続いている。 ピンプは今ではボックス部屋を借りている)。そして、メガ売春店は女性にとっても非常に高くつく。「パシャ」では1日160ユーロ(約2万4000円)、「パラダイス」では1日127ユーロ(約1万9000円)(うち25ユーロは税金)を、女性たちに課している。これらはすべて、立派な施設を維持する必要によって正当化されている。女性は、その日の4人目の男を相手にするまで、プラスアルファのお金を稼ぐことができない。貧困と借金の恐怖から、ピンプの有無にかかわりなく、不快で危険な買春客を受け入れざるをえない。

 このような内部施設はその活動を闇で遂行することを前提としているが、それでもまだ足りないかのように、ほとんどのメガ売春店では、被買春女性以外の女性が店内に入るのを禁止している。それは、セクハラを受けたり、壁の中で実際に起こっていることを目撃して「男の隠れ家」的雰囲気を乱すことがないようにするためである。

 しかし、売春店の客たちが酔っ払って近隣に迷惑をかけることもあり、時に店内のミソジニスト的様子が外部に漏れることがある。こうした懸念から、アムステルダムの売春店はすでに移転を検討しているが、その候補地ではすでに同じような懸念が生じている。あるオランダ人の母親は最近、地元紙の取材に応じ、候補地の1つの周囲には多くの学校があり、自分の娘の通う小学校に近すぎるという懸念を表明した――「実際のところどうなのか、言いましょう。100室もある巨大な売春店になるんですよ。[…]私の娘もここの小学校に通っているんです。本当に信じられません」。彼女は正しい。

 こうした「巨大売春店」が店内にいる被買春女性の安全や尊厳を向上させるものではないというのが実際のところであり、性売買が周囲にもたらす下劣な不快さを内部に封じ込めようとする試みとしては、せいぜい疑わしい成功にとどまるだけである。どちらかといえば、アムステルダムの今回のプロジェクトは、合法的な性売買プロジェクトが失敗だったことを認めたものと見るべきだろう。しかし、その失敗を認めて反省するのではなく、深刻な被害をもたらす影響をコントロールしようとしているだけなのである。

 このような合法売買春はアムステルダムに税収をもたらすだろうが、歴史が示すように、この「メガ売春店」の中にいる女性たちへの恩恵は(そもそもその種のものがあるとしても)、ほとんどないのである。

出典:https://reduxx.info/netherlands-mega-brothels-and-the-failure-of-the-legal-sex-trade/

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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