レイ・ストーリー「非犯罪化されたニュージーランドの売春店で働くということ」

【解説】以下の手記は、少し古いですが、『フェミニスト・カレント』に掲載された売買春サバイバーのレイ・ストーリーさんの証言です。彼女は、セックスワーク派から絶賛されているニュージーランドの売春店で働いていた経験について語っており、そこでの経験からそれが「他のどの仕事とも同じ」というセックスワーク派の決まり文句に反論しています。『フェミニスト・カレント』の許可を得て、ここに訳載します。

レイ・ストーリー

『フェミニスト・カレント』2016年5月2日

 私が売春店で最初に顔を合わせた被買春女性の一人は、買春客との取引を受け入れる前にその男のペニスをチェックして性病の有無を調べたほうがいいよと言ってくれた。しかし、明らかなヘルペスは別として、何をチェックすればいいのかよくわからなかった。いずれにしても、オークランドの売春店で最初に客になった買春男はこの考えに激怒した。私はおずおずとチェックさせてほしいとお願いしたのだが、男は居丈高に、もしそれをどうしてもやるというならマネージャーに言って(友達だと言っていた)、クビにさせるぞと言った。私はまだ19歳にもなっていなかったし、この奇妙な新世界に圧倒されていたので、口答えしなかった。

 私はそこでひと夏を過ごしたが、この小さな街がよそよそしく灰色がかっていたのを覚えている。おそらく、夜の6時から朝の6時まで働いていたので、ほとんどの場合、午後の終わりか明け方の街しか見ることができなかったからだと思う。1日の残りは、朦朧としたままうつらうつら眠ってすごし、いつも何かの際(きわ)から降りてこようとしていた。過剰活動、アドレナリン、不安…から。

 数年後、ニュージーランドは売春法を改正し、売買春を完全に非犯罪化した(2003年以前は、売春の勧誘、売春店の経営、他者の売春で得た収入で生計を立てること〔ピンプ行為〕は違法だった)。私が働いていたような大規模売春店では、ワインバーや階段、ジャグジー付きの大理石のスイートルーム、ピカピカに磨かれたベッドなど、内装にお金を注ぎ込んでいた。ピカピカに磨かれた贅沢さ。

 それはオーナーにぴったりの美学だった。オーナーはいかがわしい雰囲気を漂わせた男で、真っ黒のスポーツカーを乗り回していた。この男は、自分の店で働いていた何十人もの売春婦から集めたお金を使って、さまざまな立派な委員会のメンバーになっていた。彼は時おり売春店内のバーをうろついた。表向きは、私たちがきちんと座っているかどうかを確認したり、男たちときちんと話をしているかどうかを確認したりするためだったが、同時に自分の支配的な存在感を示すためでもあった。それが彼の唯一の仕事の一つであり、それ以外にやることといえば、新しい売春婦を面接して、彼女が自分の小さな王国に性的にふさわしいかどうかを見極めることだけだった。

 私たちはバーに並んでスツールに座り、優雅に足を組んで、気持ちよさそうに微笑んでいるのが好まれた。私たちは、薄暗い空間の中で居心地よさそうに群がっている買春男たちに、気難しいとか反抗的に見えないよう自分たちをアピールしなければならなかった。私たちは、容易に利用できるように見えるように振るまい、主張しすぎないようにしなければならなかった。もちろん、これはマネージャーであっても常に規律づけることのできない厳しい基準だ。12時間ものシフトの間、私たちは投げやりになったり、時には敵対的になったり、アルコールやこっそり使用していた麻薬のせいで、最高と最低の間を揺れ動いたりしていたからだ。

 だがお金を稼ぐためには、元気で愛想のいい外面を維持しなければならなかったし、客が少なかったり毒々しい〔女性間の〕競争で疲れ果てたりしないようにしなければならなかった。これをやりこなすのは、最初の数週間は容易だ。最初は結構な額のお金が稼げるので、そのことに駆り立てられて夜を徹して頑張れるのだが、長期的にそれを維持するのは難しい。あるブロンドの売春婦と話をした時のことを覚えている。彼女は、自宅にいつも数千ポンドの余裕があった最初のころを思い出してよく嘆いていた。今では生活費を稼ぐのがやっとの状態になっていたのだ。

 私たちがお金を稼げるのは、私たちを2階に連れて行くほど買春客に興味を持ってもらえたときだけだった。最初のころは、熱意が潤滑油となってくれるので、これは容易だった。しかし、時が経つにつれ、睡眠不足と不健康なライフスタイルによる無気力のせいで、他の多くの女性たちと同様、疲れ果ててしまう。この不健康なライフスタイルは蔓延しており、制度化されていた。休むことも、健康的な食事をすることも、休憩を取ることもできず、また日中に寝ているので、自然光をほとんど浴びることがなかった。薬物の使用と濫用の文化が相まって、これは健康的なライフスタイルをおよそ不可能にした。

 それに加えて、競争(時には一晩に50人もの女性)は信じられないほど激しいものだった。買春男の多くは売春店の常連だったので、長くそこで働けば働くほど、彼らの気まぐれな興味関心を自分に向けるのが難しくなっていく。女性たちがうまく「常連」を開発できなかった場合(彼らは買春男に彼らの望むあらゆるサービスを提供していた)、長期的にお金を稼ぐことは難しい。実のところ、ほとんどの売春婦がお金をたっぷり稼いでいるという考えは、この業界に関する最も根強い神話の一つである。買春男たちはいつも最も新しい最も若い女の子を欲しがるのだ。

 買春男が私に興味を示すと、私は歩きづらいヒールで一緒にフロントまで歩いて行き、フロントで受付の人に料金を払ってから、いっしょに2階に上がる。このシステムは賢いやり方だ。店側がお金を管理することで、私たちがシフトが終わる前にどこかに行ってしまうことがないようにしているのだ。最低限の数の男だけを相手にしたい女性でも、結局、お金をもらうためには朝6時までそこにいなければならなかった。私たちは「個人事業主(independent contractors)」のはずなのだが(後になってそう分類されていることを知った)、システムの仕組みはまるでそうなってはいなかった。自分たちが稼いだ金額は注意深く数えなければならなかった。そうしないと、受付係がちょろまかすよ、と何人かの女性たちが教えてくれた。しかし、しばしば私は酩酊状態で混乱していたので、どのくらいのお金を稼いだのかあまり定かではなく、ほとんどの場合、いちいち数えたりしなかった。それは私だけではなかった。

 これらの取引には多くの無給の仕事が付きまとっていた。すべての買春者が女性を2階に連れて行かなければならないわけではない。なぜなら、彼らはバーで飲み物にお金を払うからだ。バーの飲み物には、普通のバーよりも高いプレミア価格がつけられていた。下着姿の女の子たちといっしょにいられるからだ。もちろん、私たちはこれらの収益から1%も得ていなかった。私たちが休憩を取れるようなラウンジや部屋はわざと設けられていなかった。化粧室もリラックスできないように作られていて、化粧鏡がフォークの先のようにぎっしり並んでいた。時折、私は洗濯室に逃げ込み、ウィッグを外し、山のような汚れた無地のタオルと格闘していた男とおしゃべりをした。しかしたいていは、ほっと一息つく間もなく、受付やオーナーが監視カメラのモニター(カメラはほとんどどこにでもあった)で私のことに気づき、フロアに引き戻されるのだった。

 買春男たちに対する私の記憶は霧がかかったようにぼんやりしている。私がうっすら覚えているのは、汗をかいた男たちが出し入れしているあいだ、眠りに落ちないように努力していたことと、この時間が早く過ぎてくれないかと願っていたことだけだ。しかし、一人の買春男のことが印象に残っている。ボスは私たちにほとんど毎夜仕事をさせたがっていたので、(しばしば)狂ったように激しいセックスをしたがる男たちからの絶え間ない酷使のせいで、私たちはずっと傷と痛みを抱えていた。件(くだん)の買春男はやたら太いペニスを持っていて、できるだけ激しく速く私に突っ込みたがった。最初は深く息を吸い、筋肉をリラックスさせようとしたが、痛みは耐えがたいものだった。私は彼の腰をつかんでペースを落とさせようとし、私から押しのけようとしたが、彼はいらいらし、次に怒り出し、まるで自分が何か大きな不正の犠牲者であるかのように、文句を言いながら部屋を出て行った。

 私がフロアに戻ると、受付がその客の苦情を伝えるために私を脇に引っ張っていった。私はそいつの残忍な行為を誇張して話した。行為が痛すぎて買春男とのセックスという凡庸な経験に耐えられなかったのだと言っただけでは、受付を納得させられないことを知っていたからだ。受付の女は疑わしそうに目を細めたが、これが私に示された唯一の不満のしるしで、見逃してあげると言ってくれた。振り返ってみると、他の女性たちは自分たちでこうした状況を多少とも緩和する方法を学ばなければならなかったようだ。すなわち、外傷、不愉快さ、疲弊、客体化、そして売春店の利益のために行なう無給で無感謝の仕事の数々、これらのものに対処する方法についてだ。

 ウェイトレスは絶えず笑顔でいなければならないかもしれないが、怪我をさせられたり、あざを作ったりする必要はない。大工や煉瓦職人は手をすりむいたり、腰を痛めたりするかもしれないが、それを快感だと思っている振りをする必要はない。痛みを無視しなければならないわけでもない。しかし、大規模売春店の文化では、これらの区別は崩れ落ち、これらの不満は抹消されてしまう。私が働いていたような大規模売春店のドアをくぐる何千人もの女性たちは、ただバラバラになって虚空の中に消えていくのであり、買春者やピンプと肩を並べて、売買春のさらなる正統化を――「他のどの仕事とも同じ」とみなされるべきだとするあの破壊的な自己満足を――呼びかけるピケットラインになど連なっていないのである。

レイ・ストーリーさんは現在、英国在住のパートタイマーのライター。さまざまな国において10年以上性産業で働いたのち、「性産業に批判的」になった。エクセター大学で映画研究の修士号を取得。売買春だけでなく、フェミニスト映画論、社会主義フェミニズム、「女性と嗜癖」にも関心を持っている。彼女のブログは「In Permanent Opposition」。

出典:https://www.feministcurrent.com/2016/05/02/working-in-a-new-zealand-brothel-was-anything-but-a-job-like-any-other/

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投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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