【解説】2016年にフランスで北欧モデル型立法が成立しましたが、それに対して世界中のセックスワーク派が執拗な批判と攻撃を加えています。彼らの言い分は常に同じでワンパターンですが、フランスに即した議論はこのサイトでは行なっていませんでした。このたび、フランスの立法に対する典型的な批判を行なった「世界の医療団」の調査報告書に対するフランスのアボリショニスト団体 Amicale du Nid の反論が Nordic Model Now! に掲載されたので、NMN および Amicale du Nid の許可を得て、ここに訳出します。
Nordic Model Now!, 2021年1月2日
2018年4月、「世界の医療団(メドゥサン・デュ・モンド)」〔フランスの医師によって1980年にフランスで設立された国際NGO団体〕は、2年前にフランス国民議会で可決された「北欧モデル」型立法の運用について、彼らが行なった調査結果を公表した。80ページにおよぶ報告書は「セックスワーカーはフランス売買春法についてどのように考えているか(What do sex workers think about the French Prostitution Act)」と題されており、北欧モデルは機能しておらず、「セックスワーカー」にとってより危険な状況を作っていることを示すものとして、広く引用されている。
私たちは、報告書の全文が英訳されているかどうか知らないが、8ページの英語のサマリーは利用できる。残念ながら、サマリーの見出しの主張は誤解を招くものであり、報告書全体のデータによって裏づけられていない。その結果、英語圏では知らず知らずのうちに見出しの主張が額面通りに受け取られていることが多い。たとえば、ウェストハムの労働党議員リン・ブラウンは、2020年12月9日に行なわれたダイアナ・ジョンソン議員の性的搾取防止法案に関する討論会での演説の中で、このサマリーを引用している。
フランスでは、「世界の医療団」の調査に対する本格的な批判が行なわれているが、これまで英語では公開されていなかった。そこで、フランスのNGOであるAmicale du Nidが、この調査に関する覚書の英訳版を公表する許可を与えてくれたことを光栄に思う。
「世界の医療団」の調査に関する覚書
Amicale du Nid
方法論
この調査には質的要素と量的要素がある。質的要素は次のようなものである。
・70人の売春従事者への個人聞き取りと、ワークショップや集団聞き取りを通じた38人の相談。
・フランス全体の売春従事者を支援する諸団体との24回の個人聞き取りと集団聞き取り。
10の団体が調査を監督した。特筆すべきは、運営委員会に参加している10の団体のうち9つがみなこの法律の導入前に同法に反対の立場をとっていたことである。
量的調査は、9つの団体を通じて売春従事者に配布されたアンケートで構成されている。このアンケートには583人の回答があった(そのうち16%近くがSTRASS経由での回答)。
報告書の筆者たちはバイアスがある可能性に注意している。聞き取りとアンケートは、売春に関わる人々を支援している団体が手配し、配布したものである。回答した人々は、一般的に、彼女らにこの調査のことを紹介した団体がすでに信頼関係を築いていた人々であった。その結果、「回答者が、この団体の公の目的に沿って回答する可能性がある」。
量的調査について、報告書は「この結果は、[…]フランスで売春に関与しているすべての人々を十分に代表しているとは考えられない」とし、「この法律の成立前と成立後における自分たちの行動を覚えているかどうかを尋ねているため、記憶にバイアスがかかっている可能性がある」としている。
調査の時間枠
聞き取り調査は2016年7月~2018年2月に実施された。アンケートは2018年1月11日~2月2日に配布された。
報告書では、売春従事者の離脱サービスの実施状況を評価するのは時期尚早だとしている。しかし、買い手への処罰については、大きく異なるスタンスを取っている。法律が適用されている地域は限られているものの、購入者に処罰が課せられる可能性があるというだけですでに売春従事者に悪影響を与えていると想定している。
I. 性行為の購入禁止
買春客の数について
・本調査の仮説(他のいっさいが導き出される主要な仮説)……セックスの購入が禁止されたことで、客の数が減少した。
・データが実際に言っていること……この減少は、路上売春の関係者によって「ほぼすべての聞き取り調査で言及されている」。インターネットを介した売春に関わっている人からの回答は「より多様である」。
この仮説を裏づける量的データはない。
・補足……回答者の主観的な感覚を超えるためには、より詳細な量的調査が必要である。本調査では、主要な仮説(買春客の減少は2016年4月13日の法律の直接的な結果であるという)を検証する明確な証拠を提供していない。
客の減少が確認されたとしても、法律との関連性を検証することはできない。本調査は次のように認めている。「サーベイをした2人は、客の減少と法律との関連性に疑問を投げかけている。彼らは、その説明の代わりに、客が減少したのは競争の激化と経済危機のせいではないかと考えている。[…]客の減少が法律の結果なのか、それとも新しい法律がすでに進行中であった傾向とインターネットを通じたコンタクトへの移動を促したにすぎないのか、疑問である」。
しかし、もし本当に客の減少が確認されるのであれば、それは朗報だ。需要の減少は、売春システムとの闘いを目的とした同法の望ましい効果の一つである。
不安定性(precariousness)について
・本調査の仮説……客数の減少は、売春に関わる人々の収入の減少につながり、その結果、不安定さにつながる。
・データが実際に言っていること……データはたしかに不安定さを示している。質問された売春従事者の78.2%が2016年4月以降の収入の減少を報告し、62.9%が「生活の質」の悪化を報告した。わずか4つの例外を除いて、聞き取り調査を受けた人全員が収入の減少を報告している。
・補足……売春に携わる大多数の人々がきわめて不安定な状況に置かれているのは、新法を待つまでもなかった。この調査でも、「2016年4月以前は、多くの者〔売春に携わる人々〕が貧困の中で生活していた」と認識されている。
現段階では、収入の減少と法の施行との関連性は検証できず、時期についても疑問が残る。筆者らは、一部では2013年以降の所得の低下について言及している(2013年は国会審議の開始時期に相当すると主張しつつ)。この法律と買春者の減少との関連性についての議論は、ここでも同様に当てはまる。
しかし、性行為の購入を禁止することが、売春の中の人々の不安定さの増大につながる可能性があることを考慮しなければならない。したがって問題は売買春に対するオルタナティブである。買い手の犯罪化と並行して、これらの人々に何を提供するかである。
フランスの法律は4つの柱に基づいている。「人身売買との闘いの強化」「予防」「売春に携わる人々への支援」「性行為の購入禁止」である。しかし、法律の施行には問題がある。とくに、抑制的・社会的な側面の適用と、社会的支援に割かれる資源の不足との間にギャップがある(これらの知見は、以下で説明するように、この覚書の執筆者も共有している)。
暴力への曝露について
本調査の仮説……買春客の数の減少とその結果としての不安定さの増加は、売春に携わる人々がより多くのリスクを冒し、より孤立していることを意味し、それが彼らがこうむる暴力の増加につながっている。
・データが実際に示していること……量的調査は、暴力が増加しているという結論を裏づけるものではない。45.5%の人がアンケートで変化がなかった、9.3%が改善した、42.3%が悪化したと回答している。
質的調査は暴力の増加について語っているが、次のように注意書きをしている。
「多くのソーシャルワーカーは、新法と暴力の増加との関連性について慎重な姿勢を保っている。というのも、同じ期間中に、被害者が暴力について語れて支援を受けられるようなスペースを多くの団体が構築してきたからである。そのような措置を取らなかった諸団体は次のように示唆している。この間、信頼感がアップして、それが暴力について回答する人が増大したことの背景にあるかもしれないと」。
このことが示唆しているのは、暴力が増加したというよりも、被害者が暴力について自由に話すことができるようになったと感じているため、暴力がより目に見えるようになったことだと思われる。
・補足……ここでの分析は、売買春に関連する暴力のみを考慮に入れている。売春に携わる人々は、立法状況のいかんに関わらず、そのような暴力に過剰にさらされている。2016年以前のフランスですでに彼女らは暴力に過剰にさらされていた。
売春婦と客の間の力関係について
・本調査の仮説……買春客と売春従事者との交渉における力関係が悪化し、売春従事者にとって不利益なものになっている(あるいは以前は売春従事者にとって有利だったのにそれが逆転した)、というのは、買い手は法の下で制裁を受けるリスクを負っているのは自分たちだと考えているから〔それなりのサービスをするべきだと売り手に無理に迫ってくるから〕である。
・データが実際に示していること……この調査では、交渉の指標としてコンドームの使用に焦点を当てている。量的調査では、そのような変化があったと結論づけることはできない。回答者の50%はそのような変化を観察していない、38.3%は以前ほど容易ではないことがわかったと答え、6%は以前より容易になったと言っている。質的調査では具体的に「大多数の人々はそういうのが以前から常にあったことを覚えている」と述べられている。
・補足……筆者たちは、法律以前には、売春従事者にとって力関係は有利だったのではないかと示唆している。これは間違っている。売買春システムの根底には、家父長制と経済的不平等がある。権力を持っているのは常に買春客である。
売春の場所について
・本調査の仮説……買春客の減少と売春従事者の不安定さから、客との接触に関して、より隔離された場所やインターネットを介したものを求めるようになっている。
・データが実際に述べていること……質的調査では、「一部の人々は[…]目につかない場所に移動した」あるいは「インターネットに移動した」としているが、「団体への聞き取りによると、このような変化は都市によって大きく異なるようだ」としている。本調査はまた、「調査を受けた人たちは、アパートで交渉したいという客の需要の増加に言及している」とも述べている。
この仮説を裏付ける量的なデータはない。
・補足……実際には、目につかない形での売買春は現在ではほとんど当たり前になっている。目につく売買春の減少と、とくにインターネットを通じた目につかない形での売買春の増加は、2016年の法律に端を発したものではない(たとえば、2011年のBousquet / Geoffroy議会報告書や2015年のProstcost調査を参照)。
売春に費やされる時間
・本調査の仮説……客数の減少と売春に関わる人の不安定さが、売春活動に費やす時間の増加につながる。
・データが実際に言っていること……量的研究はこの結論を支持していない。37.6%の人が売春に費やした時間の増加を宣言し、33.7%が減少、25.8%が変化なし。
身体的・精神的健康への影響
・本調査の仮説……客数の減少と不安定さの増加は、売春に関わる人々のストレスレベルを高め、健康に有害な結果をもたらす。
・データが実際に言っていること……売春従事者は、不安と身体的苦痛の状態にあることについて語っている。「アルコールや薬物の消費量が増えたと言う人もいる。それは鬱状態を助長している」「ナントのパロマ協会は自殺願望の増加を報告している」。
この仮説を支持する量的データはまったくない。
報告書で言及されている健康への影響は、法律が制定されるずっと前から現場で観察されてきたものであり、それには当然の理由がある。
ピンプ行為について
・本調査の仮説……客数の減少と不安定さの増大は、売春従事者はいっそう「仲介者への依存」(インターネット、マッサージパーラー、海外の売春店などで買い手を探すこと)に陥るようになる。そのため、「自律」の可能性は以前よりも制限されている。
・データが実際に語っていること……質的調査はこの仮説を裏づけるものではない。「法律が成立して以降、調査対象者は仲介者への依存が増えたことに気づいていなかった」「客の犯罪化に反対する人々の仮説の一つに反して、法律は明らかにピンプ行為を助長するものではなかった」。
この仮説を裏づける量的データはまったくない。
筆者たちが言及する「自律性の選択」は現実には存在しない。売買春の中にいる人々の大多数はピンプの支配下にあり、そうでない場合でも、自分を偽ることなしに「選択」や「自律性」について語ることはできない(売買春システムの支配力、その中にいる女性たちの脆弱性の諸要因、売春システムへの参入原因などがあるため)。したがって、「仲介者への依存」という表現を用いることは、選択の幻想を強化するだけである。
むしろ、法律がより寛容な地域(たとえばドイツなど)では、犯罪ネットワークが繁栄していることがわかる。2016年4月13日に施行されたフランスの法律は、ピンプ行為との闘争のための既存の法的手段を強化した。したがって、もし新法がピンプ行為の増大をもたらしたとすれば、まったく予期せぬものだ。それは、同法の目的にまったく反するものだ!
警察との関係
・本調査の仮説……勧誘罪が廃止されても、客に処罰が科せられても、警察の見方は変わっていない。警察の圧力は依然として高く、増加しているとさえ言える。
・データが実際に語っていること……警察との関係性について収集したデータは以下の通り。アンケート回答者の49.5%が変化が見られない、20.6%が悪化、8.9%が改善と回答した。質的調査では、いくつかの都市で売春禁止命令が続いていることや、身元調査が増えていることが語られている。警察に対する恐怖や不信感は聞き取り調査で語られている。
・補足……これは一般的に私たちも観察していることである。多くの地域では、警察は売春従事者を保護することや、彼女らとの良好な関係を構築することよりも、公の秩序を優先している。
新しい立法の視点が実際に実施されるように、警察や国家憲兵隊を啓発し訓練する必要がある。これは長期的にのみ可能である。
II. 売春離脱プログラム(PSP)
離脱プログラムについては、本調査の知見はわれわれと同様である。
1、現実的な評価を行うための視点が不足している。
2、売春離脱プログラム(PSP)は、離脱支援の必要性を表明した売春従事者に応えている (法のこの規定は、「調査対象者がしばしば表明した要求に応えることができた」「調査対象者の大多数が他の仕事をしたいと表明した」「提案された解決策は、表明された要求に応じている」、質問された団体の中では、「誰もがこのプログラムが有益であることを認識している」)。
3、問題はプログラムの実施方法にある。
①情報が不足しており、権利へのアクセスが困難である。
②財政的な手当が少なすぎる。
③追加の資金がなくても、組織はより多くの仕事をしなければならない。
④PSPの具体的な実施のための一般的な資源の不足(特に居住施設へのアクセス)。
⑤部門別の売春防止委員会や、ピンプ行為の禁止、人身売買防止対策の実施が遅れている。
⑥部局間の不平等な扱い。
⑦移民政策との矛盾
⑧PSPプログラムを利用するためには、すべての売春活動をやめることを約束しなければならない。しかし、そのような約束をすることは困難だ(一朝一夕にはできない。売買春から離脱するまでのプロセスは長く、何度も往復する可能性があるからだ。PSPへの参加には準備が必要である)。
⑨社会的統制への恐れと、人々の最善の利益のために、PSPの委員会に何を言ってもよくて何を言ってはいけないのかという問題。(これはAmicale du Nidの見解でもある)。
Ⅲ、結論
1、買春客への処罰については、この法律が売春従事者にマイナスの影響を与えていると断言するには、データが明らかに不十分である。唯一の具体的データは、不安定性に関する数字だけであるが、その解釈には困難があり、データは法律との関連性を確立していない。
この研究の主な問題点は以下の通りである。
- 現実とはかけ離れた売春肯定言説による偏った分析。それは現実と乖離している。良い客と良い条件での売買春が可能であるとか、売春従事者の自律性と自由な選択というナイーブな信念。
- この分析を、何のエビデンスもなく、得られた量的・質的データとも矛盾するのに、非常に大げさな形で提示する報告書のやり方。
2、売春からの離脱ルートを確立する問題については、Amicale du Nid が発見したものと同様の結果が得られている。
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