ティガン・ラーリン「売買春の非犯罪化政策は失敗した――別のアプローチをとるべき時だ」

【解説】以下に翻訳するのは、オーストラリアの代表的なアボリショニスト団体「オーストラリア女性人身売買反対連合(CATWA)」の代表を務めるティガン・ラーリンさんの記事です。オーストラリアは連邦制を取っているので、売買春に関する法律は州によって異なります。その大部分で売買春は合法化されていますが、最も古い合法化州であるビクトリア州(アンドリュー労働党政権)は、ニュージーランドやニューサウスウェールズ州と同じ、もっと規制の少ない「非犯罪化政策」をめざしており、そこに向けて州政府が本格的に動き始めています。そうした動きを批判したのが以下の記事です。

ティガン・ラーリン

『ジ・エイジ』2021年6月30日

 ビクトリア州は現在、30年近い歴史を持つ売買春合法化制度を完全非犯罪化政策に変更しようとしている。完全非犯罪化にあっては、性産業に特化したいくつかの規制をすっかり撤廃し、この業界を他のあらゆるビジネスと同じように扱う。このアプローチによって被害が減少し、より安全な業界になると宣伝されている。

 しかし、非犯罪化政策はこれまでのところこのような期待に応えられていない。売買春を非犯罪化し、それを単なるセックスワークとして扱うことで、売買春は安全になっていない。その政策が実施された3つの国と州(オーストラリアのニューサウスウェールズ州、ノーザンテリトリー、ニュージーランド)のいずれにおいてもそうだ。

 最近起きたニューサウスウェールズ州の国会議員による被買春女性へのレイプ疑惑(起訴されなかった)や、2019年に起きたシドニー在住の被買春女性ミカエラ・ダンさんの恐ろしい殺人事件などの例は、1995年から非犯罪化が実施されているニューサウスウェールズ州において、許容できないレベルの暴力が続いていることを示している。

 めったにニュースとして報じられることはないが、法制上のアプローチの違いにかかわらず、オーストラリアの性産業において女性たちは強制、暴力、搾取を日常的に経験している。2019年に発表されたシドニーの移民セックスワーカーに関する報告書の結果は、非常に憂慮すべきものだった。

 この報告書では、調査対象となった女性の大半が、夜間を含む8時間以上のシフトのために「オンコール待機」しており、その間は売春店から出ることができないことが明らかにされている。また、4人に1人の女性がけっして客を断ることができず、42%の女性が厄介な客や暴力的な客に対応したことがあると答えている。さらに、コンドームの装着が義務づけられているにもかかわらず、23%の職場でしか実施されていない。

 売買春は本質的に有害であり、暴力的であり、搾取的であるため、完全非犯罪化政策にもかかわらず、搾取と暴力は続いている。完全非犯罪化は、被害を最小限に抑えることができていないだけでなく、むしろ被害を悪化させている。非犯罪化によって買春を合法化することは、男性にはいつでも女性への性的アクセスを獲得する権利があり、女性の中の一集団が常にそれを提供することができるべきだという考えを強化する。

 完全非犯罪化の推進者たちは、売買春を女性の選択の問題として捉えているが、これは問題の本質から人の目をそらすものだ。女性は経済的に生きていくための他の選択肢がないがゆえに性産業に入る。そして私たちが問題にするべきなのは男たちの選択の方である。すなわち、他の方法ではセックスに同意しないであろう女性たちからセックスを買うという男たちの選択が問題なのだ。

 オーストラリアでは、アジア人女性や移民女性が性産業に多く参加していることがわかっている。このグループは、英語があまりできない、教育が不十分、ビザの資格が不確か、多額の借金がある、扶養家族がいるなど、社会的に不利な要因が多く、搾取されやすいグループである。

 また、オーストラリアの性産業は、合法、非合法、非犯罪化のいずれかを問わず、人身売買された人々の目的地となっていることがわかっている。合法化された性産業が拡大すると、需要の増加に応じて人身売買も増加する。実際、オーストラリアは、人身売買を抑止するために、女性差別撤廃条約上の義務である買春需要の削減を一貫して怠っている

 売買春産業の深刻な被害と、それを減らす上での非犯罪化政策の失敗にもかかわらず、2019年、ビクトリア州政府は、意見公募や市民との話し合いなしに、売買春の完全非犯罪化を導入することを決定した。政府が他のモデルではなくこのモデルを選択した経緯や理由は不明のままだ。

 さらに、理性党〔旧セックス党〕の国会議員であるフィオナ・パッテン(長年来の性産業ロビイスト)が検討会議の責任者に抜擢された。パッテンは、1992年にパートナーのロビー団体「エロス・アソシエーション」を、オーストラリアで最も有名なポルノ業者であるロビー・スワンとともに設立し、この団体のコンサルタントを務めている。

 売買春の完全非犯罪化は、性売買を正統化し、ノーマルなものにし、拡大させ、ピンプ(ポン引き)や人身売買業者の利益を増大させる。性産業に従事する人々にとって不幸なことに、ニューサウスウェールズ州では25年以上も非犯罪化政策が続いているが、この業界から労働搾取や性的搾取を取り除くことはできていない。

 「オーストラリア女性人身売買反対連合」は検討会議に意見を提出したが、サバイバー・グループは排除された。つまり、ビクトリア州が模倣しようとしているニュージーランドなどでの完全非犯罪化政策のもとで働いた経験のある女性たちは無視されたのだ。

 ビクトリア州政府が検討しなかった別のモデルである北欧モデル――被買春女性だけの非犯罪化政策――は、スウェーデン、ノルウェー、アイスランド、北アイルランド、イスラエル、カナダ、フランス、アイルランド共和国など、世界中で採用が進んでいる。

 北欧モデルは、売買春が男女間の不平等のために起こり、その不平等を強化するものであることを認識している。このモデルは、買春、ピンプ行為、第三者による利得行為を処罰の対象とする一方で、買春されている人々を非犯罪化し、手厚い社会的・経済的支援サービスを提供している。このような対照的な政策対応をしているのは、売買春を通じて男性が女性に対する社会的、経済的、政治的な権力を乱用していることをこのモデルが認識しているからである。

 ビクトリア州政府は、男女平等の推進や「女性に対する暴力」への対策に取り組んでいるが、こうした立場は性産業の完全非犯罪化とは矛盾している。完全非犯罪化政策は失敗している。ビクトリア州政府は別のアプローチを検討すべきである。

 ティガン・ラーリンは「オーストラリア女性人身売買反対連合(CATWA)」の代表

出典:https://www.theage.com.au/national/victoria/decriminalising-sex-work-fails-it-s-time-for-an-alternative-approach-20210630-p585hc.html

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投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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