ジュリー・ビンデル「合法化された売買春はいかにスイスを性的人身売買の拠点に変えたか」

ジュリー・ビンデル

『テレグラフ』2018年11月12日号

【解説】スイスは永世中立国で多くの国連機関の本部が置かれている国として、非常に進歩的で先進的なイメージで語られることが多いですが、実際には1971年まで女性には参政権がなく、2013年まで児童買春が可能で、現在も売買春が合法化されていて、多くの女性たちが人身売買されている国です。その実態の一端を明らかにした、イギリスのアボリショニスト(売買春廃絶主義者)のジュリー・ビンデルさんの記事の翻訳を掲載します。

 午前8時、激しい雨が降っている。通りは閑散としているが、10人ばかりの女性とそのピンプたちは別だ。モルドバやルーマニア、西アフリカや東南アジアといった世界で最も貧しい国や地域からやって来た女性たちだ。中にはまだ10代の者もいる。

 それほど遠くないところには、多くのマッサージパーラー〔日本で言うソープランド〕や特殊サウナ店があり、女性と少女たちを売りものとして提供している。

 ここはアムステルダムでもなければ、アジアの大都市の怪しげな裏通りでもない。ここはスイスのジュネーブ、すなわち、世界保健機構(WHO)や国際赤十字をはじめ、人道主義的目的に奉仕している無数の国連機関や国際NGO団体の所在地だ。

 これらの機関は人身売買と現代奴隷制に対して闘っているはずである。しかし、それらの機関の目と鼻の先で人身売買が行なわれているのである。

 スイスは、性売買へと人身売買される女性たちが移送されてくる主要な目的地(中継地ではなく)である。被害者たちの主な出身地域は中欧と東欧だが、タイ、ナイジェリア、中国、ブラジル、カメルーン、ドミニカ共和国、モロッコからも来ている。

 スイスでは人身売買は違法だが、それを推進するもの――売買春――はそうではない。2013年まで同地では16歳以上の少女と金を払ってセックスをすることは完全に合法であった。現在それは18歳以上に引き上げられたが、この商売は大いに繁盛している。

 国際NGO団体「女性人身売買反対連合(CATW)」によれば、約1万4000人の女性が現在スイスで性を売っており、その約70%がこの保守的で有名な国の外部から来ている。

 起訴されるのはまれだが、2年前、1人の女性が80人のタイ人女性を人身売買を通じてスイスに連れてきて、ベルン、ゾロトゥルン、ルツェルン、バーゼル、ザンクト・ガレン、チューリヒなどの売春店に送ったとして有罪判決を受けた。その他の数百人、いやおそらく数千人もの女性たちと同じく、彼女たちは「旅行債務」を支払うために、鍵のかけられた部屋に閉じ込められ、地元の男たちに性的奉仕を強要されていた。

 20歳のある女性はルーマニアの自宅から連れ去られ、バーゼルの売春店に送られたが、現在はチューリヒのNGOでボランティアとして働いている。その彼女は、当時しょっちゅう殴られていたと語ってくれた。「スイスの男たちは、私たちの国の男たちよりもずっと金持ちで、ずっと高い教育を受けていましたが、私たちに対しては同じでした。彼らは私たちを虐待し、そして、お金を払っているのだからそうしていいと思っているのです」。

 スイスは、女性たちが白昼堂々と路上で売買されていることを平然と許容しているが、このことは国際的な避難所としての同国の評判に真っ向から矛盾する。

 イギリスの引退した警察官で、最近まで反人身売買組織のコンサルタントとして活動していた人物は、ジュネーブのことをよく知っており、ヨーロッパにおいて国際人身売買を阻止するためにいくつもの作戦行動を指揮してきた。彼は30年間にわたって、かつて「ヴァイス(悪徳)」という名で知られていた部署〔売買春や麻薬取引などの組織犯罪を専門とする警察の一部署で、一般に「ヴァイス・ユニット」という名前で呼ばれていたが、現在は違う名前になっているか、解体されている〕で働いていた。その彼はこう語る。

 「少女たちは若く、たぶん18、19歳にもなっていないでしょう。彼女たちはみな何らかの形で〔ピンプの〕コントロール下に置かれています。ここには多くの人身売買が存在します。なぜなら、多くの売買春が存在し、この需要を満たすために女性たちが各地から人身売買されてくるからです。売春店のオーナーたちは常に新顔を欲しており、客たちもそうです」。

 性的サービスに金を払う男たちが下層階級に限られていると考えるのは誤りだろう。スイス連邦の司法警察省の報告によると、12万5000人のスイス人男性(約20人に1人)が定期的に性を買っている。同国の市場規模は年に約10億スイス・フラン(7億7000万ポンド)〔約1100億円〕である

 私は、ジュネーブで数年にわたって主要な人権組織の一つで活動してきたある人物と接触した。その人物が内部告発者であることが知れれば仕事を失うだろうし、おそらく同僚たちから非難され、非公式にブラックリストに入れられ、同じ分野〔人権団体〕の他の仕事にも就けなくなるかもしれない。

 ジェイ(仮名)は言う。職場では「金曜日の夜は『娼婦ナイト(ho’ night)』として知られています。私のチームの男たちは売春婦のところに行ったことを文字通り自慢げに吹聴しています。チームにおける役割の一つは、人身売買や非正規移民に関する意識を高めることですが、これらの男たちは何の考えもなしに出かけていって売春婦を虐待しているのです」。ある時など、「性欲過多なルーマニア人」との夜を楽しんだことをオフィスで自慢した同僚がいたので、彼に、どうしてその女性が人身売買されてきたのでも、売春を強要されたのでもないことがわかるのか尋ねたことがあった。

 すると答えはこうだった――「人身売買されてきた女とはセックスなんかしないよ。望んでそこにいる女の子とだけだ」。「人身売買されていないかどうかどうしてわかるの?」とジェイが食い下がると、「彼女たちに訊いたからさ」とその同僚は答えた。

 何人かの同僚たちがある売春店に集団で押しかけたときには別の事件が起きた。「彼らは、5人でその店の1人の女性とセックスしたことを自慢していました。彼女は英語がまったくしゃべれませんでした。彼らが去った後、その女性は泣いていました。男たちの1人は、まったく無自覚にこう言ってのけました。たぶん、われわれのうちの誰かと付き合ってほしかったんじゃないか、それで取り乱したんだろう、と」。

 ジュネーブにおける売買春の定義は、「セックスを売る行為」である。買い手は、立法においても世間の意識においてもほぼ不可視である。

 CATWの共同代表であるタイナ・ビエン=アイメは、人身売買され買春されている女性たちに対するスイス政府の無関心を「嫌悪すべきもの」だとしている。

 「役人たちは、選択という観念や、スイスの性産業で売買されることへの女性の同意なるものの背後に隠れています。しかし、たとえば、ナイジェリアのエド〔ナイジェリア南部の州〕出身でまったく無権利の若い女性が、地図上でチューリヒやジュネーブを探し出したり、ましてやスイスへの片道切符を購入して売春店や『セックス・ボックス』にやって来るなど、人身売買業者なしに、あるいは彼女たちの運命を支配するピンプなしには、およそ困難であるというのは、別に厳密な調査などしなくてもわかることでしょう」。

 スイスにおいて人身売買された女性と少女に対する市場を提供しているのは、何もジュネーブだけではない。チューリヒで私が泊まったホテルは、悪名高い「セックス・パフォーマンス・ボックス」地域(同市の郊外にあるドライブスルー式売春店)から歩いていける距離にあった。

チューリヒのセックス「ドライブイン」を案内する標識

 チューリヒ市から200万スイス・フラン(150万ポンド)〔約2億円〕もの補助金を受けて2013年にオープンした同施設は、チューリヒ市の整然さと豪華さとは対照的に、私がこれまで見た中で最も気の滅入る――そして最もぞっとする――場所である。価格は、「手慰み」が約50スイス・フラン(38ポンド)〔約5000円〕で、本格的なセックスがその2倍である。

 私はタクシーに乗って、フェンスで囲まれた、サッカー場ぐらいの大きさのその場所に行ってみた。ドライバーは入り口のゲートでチェックされ、車に乗ったまま、イギリスの簡易ビーチハウスに似た10棟並んだ木造の掘っ立て小屋みたいな所へと進んでいく。それぞれの車の助手席に1人ずつ女性を乗せて、である。

 〔そこにいる女性たちの〕一部は酔っているようだが、多くは心身ともに弱っているように見える。売買春は、女性の身体的・精神的健康に恐るべきダメージを与える。チューリヒにおける193人の被買春女性を対象とした調査によると、50%以上が何らかの精神疾患を患っていた。抑うつ、不安症、摂食障害、重度の精神病などである。アルコール依存も共通して見られた。

 見ていると、客たちは手招きして女性たちを自分の車に引き入れる。いったん車に乗せると、場内を車で移動して、「ボックス」へと入っていく。そこは、一定のプライバシーを保障するために両サイドを壁で区切った駐車スペースだ。

 それぞれのボックスは赤や緑や黄色のライトで光っており、その壁には安全なセックスを謳うポスターが貼られている。ボックスにはパニックボタン〔何か問題が起きた時に押す緊急ボタン〕と、車の中でセックスし終わった後にコンドームやティッシュを捨てるゴミ箱が設置されているだけである。

ドライブスルー式セックスボックスの脇を歩く被買春女性

 この施設を運営している組織の誰も私と話すことが禁じられており、私も女性や客に近づくことを許されていない。私に渡されたのは、そこで働く女性たちに配布されているリーフレットで、スペイン語、ハンガリー語、ブルガリア語、ルーマニア語のバージョンもあった。

 現在はスペインに住んでいるエラは、このドライブスルー式売春店が最初にオープンした5年前にそこで働いていた。「私を買ったある男は、これはドライブインでハンバーガーを買うのと同じだな、と言いました。彼はそれを冗談で言ったのですが、まさにその通りです」。

 エラのような人身売買された女性がこうむったひどい状況から、少しずつだが、スイスの一部の政治家たちは売買春に関するリベラルな諸法への疑問を抱くようになっている。

 これらの法が性感染症を封じ込めたり女性に対する暴力を抑制するよりもむしろ、女性に対する暴力を悪化させ蔓延させるのであり、また市場が拡大し、それによって増大した需要を満たすためにピンプがますます人身売買に精を出すようになる可能性の方が高い。そのことを示唆する国際的エビデンスは増える一方だ。

 ウルスラ・ナカムラ=ステックリンは引退した医療専門家で、スイスの性売買に囚われた女性たちのために活動しているが、その彼女が言うには、売春規制のいわゆる「北欧モデル」を採用したスウェーデン、フランス、北アイルランドのような国々の経験はこのモデルの有効性を証明している。

 北欧モデルのもとでは、性を売ることは合法のままで、それに従事する女性は犯罪化されないが、性を買う行為やピンプ行為は違法とされる。それは力関係を女性に有利なように変え、ギャングやピンプが活動するのをより困難にする。スウェーデンでそれが1999年に導入されて以降、人身売買や女性に対する暴力の事案は劇的に減少した。

 「現在スイスでは、セックスワークかアボリショニズム(売買春廃絶主義)かという論争が巻き起こっています」とナカムラ=ステックリンは言う――「これらの(売買春に肯定的な)組織は、売春者の約70%が性的人身売買の被害者であるという事実に目を閉じています。この無視はまったく理解しがたいものです」。

出典:https://www.telegraph.co.uk/global-health/women-and-girls/cuckoo-clocks-banking-think-liberal-laws-prostitution-have-made/

投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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