ジュリー・ビンデル「フェミニストを黙らせることはできない」

【解説】30年以上にわたって、反ポルノ・反売買春の活動を続けてきたイギリスのラディカル・フェミニスト、ジュリー・ビンデルさんの比較的最近の論考です。女性とフェミニストを暴力と脅迫で黙らせ従わせようとする動きは、右派や原理主義的な宗教勢力から起こってくるだけでなく、最近は、左派や世俗の「進歩」派からも起こっています。ビンデルさんは左右の、あるいは、宗教・世俗のどちらから起ころうと、フェミニストを黙らせることはできないと力強く宣言しています。

ジュリー・ビンデル

『アンヘルド』2021年7月23日

 私が初めて公共の場で抗議活動をしたのは18歳のときだ。他の女性の一団といっしょに地元のWHスミスの支店を襲撃し、一番上の棚にあったすべてのポルノ雑誌を床に投げ捨てた。外にはさらに多くの女性たちがいて、「ポルノは理論、レイプは実践」「女は売り物ではない」と訴えるバナーやプラカードを振っていた。比較的小さな行動だったが、スリリングだった。そして、それは波紋を呼んだ。

 最後に警察がやって来て私たちを追い払ったが、しかし私たちは自分たちの主張を訴えることには成功し、通行人の好奇心と連帯感を掻き立てことができた。私たちのデモは、『ヨークシャー・イブニングポスト』紙にも掲載された。私たちのメッセージはちゃんと伝わったのだ。

 しかし、このような顔の見えるフェミニズムは、残念ながらインターネットの普及により、少し影を潜めてしまった。キーボード・アクティヴィズムが台頭し、その戦士たちは姉妹たちといっしょに街に出るよりも、ツイッターで請願や非難のメッセージを送ることを優先するようになった。その方が便利だからということもあるが、インターネットが、多くの暴力が扇動され残酷な言葉の攻撃が行なわれる主要な場になったからということもある。

 たとえば、最近ではミリー・ヒルに対する悪質なキャンペーンがある。昨年11月、「ポジティブ・バース・ムーブメント」の創設者であり、『フェミニストとして出産する』などのベストセラー本を出版しているヒルは、「出産者(birthing people)」という表現に異議を唱え、ネット上での集団攻撃の被害者となった。彼女は次のように書いている。「『脆弱な性』と見られているのは女性であり、産科の暴力は女性に対する暴力だ。抑圧されているのは誰なのか、なぜなのかを忘れてはいけない」。

 彼らは集団攻撃に出た。最初はゆっくりだったが、だんだん激しく速くなった。「反LGBTQ」「トランスフォビック」「有毒」「危険」…。その結果、いっしょに仕事をしていた人たちは彼女から離れていった。そこで彼女は、8ヵ月間おとなしくしていたのだが、自分のひどい経験をブログにつづった。

 しかし、これで再び攻撃が再燃した。あるトランス活動家はヒルに向かってこうツイートした。「ミリー、あんたは明らかにJKローリングがその投稿で受けた反応から学んでないようね。産科の暴力が性別に基づくのはその通りだ。でも、出産できる人が全員、女性を自認しているわけでも、女のラベルを付けているわけでもないことを認めるのは、それほど難しい?」。

 ローリングは見事な形でミリー・ヒルへの支持を表明した。

「私のもとに届いた大量の応援メールや激励の手紙から判断して、もし女性たちが私の投稿に対する反応から何かを学んだとしたら、それは『黙って座ってろ』ではない。勇敢で素晴らしい @millihill に連帯の意を表します(ちなみに、あなたの本が大好きよ!)。」

 世界中の女性からの反応は素晴らしいものだった。この記事を書いている時点で、このツイートには2万2000もの「いいね!」がついている。

 いじめに屈しないローリングの姿勢は、他の女性たちにも、立ち上がって声を上げる力を与えている。ローリングは、何十万という女性たちが彼女を支持していることを知っているからこそ、がんばり続けることができる。

 これは重要な瞬間であると私は思う。世界中でフェミニストたちが立ち上がりつつあるのだ。

 そして、このように素晴らしい姉妹的連帯がインターネット上で展開されるようになると、今度はそれが再び街中へと繰り出すようになった。ますます多くの女性が、キーボードを置いて拡声器を手にしている。一部の女性にとってはそれが初めての経験だ。

 今週初め〔7月の第3週〕、300人以上の女性と少数の男性がグラスゴー・グリーンに集まり、マリオン・ミラーに対する進行中の訴訟に抗議した。スコットランドのこの会計士は、2019年に攻撃的とみなされる6つのツイートを送ったという罪で通信法に基づいて逮捕、取り調べ、起訴された。1つのツイートには、サフラジェットの緑、白、紫の色をしたリボンを木に結んでいる写真が含まれていた。これを訴えた人物(たち)によると、リボンは首吊り縄を表わしていたそうだ。この罪により、ミラーは、幼い子どもたちと切り離れて6ヵ月間も刑務所に入る危険性に直面している。

 公判が延期されたにもかかわらず、抗議活動は予定通り行なわれた。支持者たちはグラスゴー・グリーンに集まり、「#女は黙らない(#WomenWontWheesht)」(「wheesht」はスコットランドの口語で「黙れ」を意味する)と書かれたバナーやプラカードを振っていたが、これはフェミニストが沈黙を拒むことを象徴する言葉だ。

 みんなスローガンを唱和し、歌い、大騒ぎした。素晴らしくオールドスクールな雰囲気だった。そして、レイプや男性による暴力の有罪判決が過去最低であったにもかかわらず、警察や検察が「ヘイトクライム」を犯したとされた女性を標的にしたことに、声を大に怒りをあらわにした。

 男性による暴力や抑圧があるかぎり、女性は抗議してきた。イギリスで記録に残る最初の女性だけの直接行動は、1905年にマンチェスターで行なわれたものだ。クリスタベル・パンクハースト〔女性参政権運動で有名なパンクハースト三姉妹の長女〕と工場労働者のアニー・ケニーは、著名な自由主義者であったウィンストン・チャーチルとエドワード・グレイ卿の演説を妨害し、女性の政治的権利についてどのような立場にあるのか問いただした。

 1910年11月、サフラジェットたちは、ハーバート・アスキス首相〔自由党出身で帝国主義政策を推進〕が女性の投票権に敵意を持っていることに抗議して、下院に対して直接行動を仕掛けた。これに対し、警察は女性たちを警棒で殴打攻撃し、多くの女性が殴られ、性的暴行を受け、屈辱を受けた。

 このようにして、これらの女性たちの訴えの正しさが裏書きされた。女性たちは反撃し、ウェストミンスター宮殿〔国会議事堂〕の窓ガラスを割って回り、財産を攻撃した。彼女たちは逮捕されたが、これらの直接行動は歴史に刻まれた。

 その後もフェミニストたちは、1970年にロンドンで開催されたミス・ワールド大会で小麦粉爆弾を投げつけたり、1980年代に子持ちのレズビアンたちがその子供を国家に取り上げられたことに抗議して、「理想の家」展に侵入したりした。婚姻関係におけるレイプを犯罪とするキャンペーンのために建物にスプレーで絵を描いたり、説教中の教会に押しかけたりした。

 目に見える行動こそが、政府やその他の国家機関に恥をかかせ、変化をもたらすのだ。SNSは、裁判所の外に立って公衆の面前で要求を叫ぶことに取って代わることはできない。だからこそ私は、家庭内暴力や女性に対する不正義に反対するデモを、英国内で何百回も開催してきたのだ。

 現在、左派と右派の両方が私たちを黙らせようと必死になっているので、私たちの声を聞かせることはなおさら重要だ。左派は女性が生物学的性別に基づく権利(sex-based rights)について話すことを許さず、右派は虐待を受けた女性のためのシェルターから資金を奪うことに汲々としている。そして、何かが変わりつつある。女性たちはより騒々しくなっている。多くの女性が立ち上がりつつあるのだ。サラ・エバラードさんが殺害された事件で、怒りと悲しみを表現するためにどれだけ大勢の人々が集まったかを見てほしい。

 そして、立ち上がった人々は、他の人々にも同じことをするように促し、駆り立てる。ミリー・ヒルが私に言ったように――「他の女性が私を勇気づけてくれたので、私も他の女性を勇気づけたいと思った」。そして J.K.ローリングもいじめっ子たちに立ち向かい、殺害予告にも毅然としている。

 私は、近々出版予定のフェミニズムに関する本〔『女性のためのフェミニズム』〕のために、2年間で50人の若い女性たちにインタビューを行なった。これは、最近、若いフェミニストと第2波フェミニスト(私を含む)の間で欠けていた、世代を超えた理解と協力を模索するためだった。

 インタビューに答えてくれた人たちはみな口々に、同じような話をしてくれた。それは、自分の身に起こる悪いことはすべて「エンパワー」になるというリベラルな考え方に立ち向かっていることだ。彼女たちは、グローバルな性売買、強制結婚、FGM(女性器切除)、日常的なセクシュアルハラスメントなどに怒りを感じている。だからこそ、ますます多くの若い女性たちが、街中に繰り出しているのだ――それを自らの手に取り戻すために。

 マリオン・ミラーとその支持者たちのように、老若問わずフェミニストたちは、脅されて沈黙や屈服に陥ることはない。そのような屈服は、私たちの運動の精神に真っ向から反するものだ。フェミニズムが存在するのは、女性が何世紀にもわたって家父長制というこん棒の下に置かれてきたからである。フェミニストの集会で常に聞かれる私のお気に入りのスローガンは、「女の伝統は闘争であって服従ではない」だ。

 私は、若い頃にやった公然たる抗議活動や直接行動の爽快感をけっして忘れない。秩序紊乱の容疑で警察署に拘束されたこともあった。翌朝、無事に釈放されたとき、自由の甘美な感覚を覚えた。私は、すべての女性や少女にそのような自由を感じてほしいと思っている。毎日毎時間そう感じてほしいのだ。

出典:https://unherd.com/2021/07/you-cant-silence-a-feminist/

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投稿者: appjp

ポルノ・買春問題研究会(APP研)の国際情報サイトの作成と更新を担当しています。

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