【解説】最近、『ランセット』という世界的に権威のある医学雑誌が、女性のことを「膣のある身体」と表現して、国際的な非難を浴びました。この雑誌は、トランスジェンダリズムに対して前のめりになっている雑誌として有名ですが、同時に、2014年には編集部として、セックスワーク論にもとづいて売買春の完全非犯罪化を主張する立場を表明したことでも知られています。セックスワーク派とトランスジェンダリズム推進派とはほぼ重なっていますが、『ランセット』はアムネスティ・インターナショナル」やACLU(この団体も最近、ルース・ベイダー・ギンズバーグの言葉を改ざんして、「女性」「彼女」という言葉を削除するツイートをしたことで謝罪に追い込まれた)、ヒューマンライツ・ウォッチと並んで、その代表格です。今回翻訳したジュリー・ビンデルのこの論考は2017年に書かれたもので、やや古いものですが、ちょうど、『ランセット』誌の売買春非犯罪化論を取り上げているので、ここで紹介します。
「売買春を非犯罪化すれば性暴力と性感染症を減らすことができる」という大げさなタイトルはおなじみのものである。今回、権威あるオックスフォード大学出版から出された新しい調査研究書について報告するプレスリリースがそれだった。この調査は、公衆衛生の分野における2人の学者による研究にもとづいている。
「(この研究から)ロードアイランドにおける6年間にわたる売買春の非犯罪化政策がセックス市場の規模を拡大したことが確認されたが、同時に、この時期に、レイプ犯罪件数と女性の淋病感染が劇的に下がったことがわかった」とプレスリリースは続ける――「売買春の禁止はほとんどもっぱら道徳的な問題関心にもとづいているが、セックス市場と結びついた性病感染リスクと被害リスクを減らすことも政策上の関心である」。
以上、終わりである。性売買に対するいかなる批判も――それがキリスト教福音派によるものであれ、あるいは女性の身体を売買することに対するラディカル・フェミニストの懸念にもとづくものであれ――、「道徳主義的」なものとして一律に退けられている。さらに言うと、性売買に関連して用いられる「非犯罪化」という用語は一般に、当事者の女性を逮捕するのをやめることとしてのみ理解されている。
私は性売買の廃止主義者(アボリショニスト)であり、フェミニストとして、売買春に終止符を打ちたいと思っている。私が知っている他のどのフェミニスト・アボリショニストも、被買春者の非犯罪化のためのキャンペーンを展開しているが、売春店オーナー、ピンプ、人身取引業者、その他の搾取者に対しては刑事罰を科すことを望んでいる。しかし、この報告書で調査担当者たちが用いている「包括的非犯罪化」が意味しているのは、性売買を運営している連中からあらゆる刑事罰を取り除くことである。
「最近、アムネスティ・インターナショナルや『ランセット』誌編集部のような大組織は、セックスワークの非犯罪化を支持する立場を表明した。本報告は、セックスワークを非犯罪化すれば公衆衛生上の改善がもたらされ、女性に対する暴力が減少することを示す重要な因果的エビデンスを提供している」と、報告書の執筆者の1人、マニシャ・シャーは述べている。しかし、『ランセット』誌の編集部やアムネスティ・インターナショナルが依拠しているエビデンスはいかなるものか? 私は性売買に関する自分の著作のためにこの問題についてきわめて綿密に調査し、その結果、その論拠がきわめて薄弱であることを発見した。
2014年7月、『ランセット』の特別号は「セックスワーク」を特集する号を発行した。それは大いに影響力を与えたことがわかり、売買春支持派のロビー団体に格好の武器を提供し、性売買からあらゆる刑事罰を除去することが公衆衛生に資するという議論を展開するのを容易にした。特別号の筆者たちと『ランセット』誌編集部はプレスリリースを発表し、「セックスワークを非犯罪化すればHIVの感染を3分の1減少させる」という表題の研究にもとづいていると主張した。多くの新聞はこの驚くべき主張をさっそく報道したが、このような結論を導いた調査を実際に読んだ人はほとんどいなかった。
著者たちは、この主張を導くために、多くの仮定の上にさらに多くの仮定を積み重ねている。全面的な非犯罪化によって、彼らの主張するところでは、警察の腐敗も暴力もゼロになり、買春者からの暴力もゼロになり、コンドームの使用が100%になり、クリニックへのアクセスが容易になると仮定されている。その一方で、包括的な非犯罪化がセックス市場を増大させ(このことは、この報告書の筆者でさえも認めていることだ)、それによってより多くの女性が売買春に巻き込まれることになるという初歩的事実が無視されており、彼らの主張はそれだけいっそう異様なものに見える。
自由市場経済のごく基礎的な理論から知っているように、市場が拡大すると価格が下がり、需要と供給を増大させ、「商品取引」に対する世間的受容を増大させる。これを性売買に適用するなら、これは、性売買の市場を拡大することで売買春の中で虐待される女性がますます多くなるということ、買春する男性がますます増大すること、したがって安全ではないセックスを実践することへの圧力とリスクがいっそう増すということを意味する。これはまた、売買春システムに対する全面的な受容という結果を、したがってまた一方的な性的欲望のために金を払って女性の身体の内部に侵入することの全面的な受容という結果をもたらす。
今回の研究において、筆者たちは、合法化支持派の学者ロナルド・ワイツァーを肯定的に引用している。彼はその著作『売買春の合法化』の中で、合法化された屋内売春は一般に搾取を減少させ、暴力のリスクを減らし、労働条件に対する〔売春者の〕より大きなコントロール、より大きな仕事上の満足、より高い自尊心をもたらすと論じている。私は、オランダ、ドイツ、ネバダ州(米国)、ニュージーランド、オーストラリアで、多くの売春店を訪問し、そこにいる女性たちにインタビューをしてきたが、わかったのは、事実はその反対だということだ。
2004年にすでに、オランダの政治家たち、何人かの警察職員と市民は、合法化が純然たる災厄であったこと、約束されていたものと正反対の結果をもたらしたことを認めるようになっていた。非犯罪化ないし合法化のもとで買春されていた性売買サバイバーたちに私は自分の著作のためにインタビューしたが、彼女らは、買春客が正統な存在〔合法的な存在〕になったことで、自分たちの自尊心がかつてなく下がったと私に語った。買春客たちは自分たちの望むままに被買春女性を扱うことができた。なぜならもはや法が自分の身に及ぶ恐れがなくなったからだと。
合法化はまさに災厄であった。この体制のもとで、需要、女性と少女の人身売買、非合法の売春店が増大した。合法的な性売買において暴力、HIV感染率、女性の殺人が減少したエビデンスは何もないが、合法化と非犯罪化を求めるロビー団体が約束した権利や自由なるものが売春店オーナーや買春者の側に移行したことを示すエビデンスは存在する。
性売買は、その中に巻き込まれた女性と少女にとって虐待と恐怖の汚水場である。もし政府が、売買春がその罠に囚われた人々にとって深刻な精神的・身体的な被害をもたらすことを認識〔しそれに対処〕するならば、公衆衛生に関するリスクは劇的に下がることだろう。
★関連記事(ジュリー・ビンデル)
- ジュリー・ビンデル「フェミニストを黙らせることはできない」(2021年8月19日)
- ジュリー・ビンデル「ホーハウス(娼館)からホワイトハウスへ――25年間の売買春を生き抜いた黒人サバイバーの自伝」(2021年7月20日)
- ジュリー・ビンデル「女性の運命に重大な影響を及ぼすヨーロッパ性売買『人権』訴訟の行方」(2021年6月20日)
- ジュリー・ビンデル「リーズ市、ついに売買春容認政策に別れを告げる」(2021年6月18日)
- ジュリー・ビンデル「売買春が非犯罪化されるとどうなるか?――ニュージーランドの現実」(2021年6月13日)
- ジュリー・ビンデル「なぜリベラル派は性売買における人種差別に目を閉じるのか?」(2021年3月15日)
- ジュリー・ビンデル「売買春は廃絶することができるし、廃絶されるだろう」(2021年3月5日)
- ジュリー・ビンデル「オランダの『飾り窓』売買春の実態」(2021年2月2日)
- ジュリー・ビンデル「合法化された売買春はいかにスイスを性的人身売買の拠点に変えたか」(2020年12月23日)
- ジュリー・ビンデル「売買春の真実の顔――ディマンド・アボリションの買春者調査が示すもの」(2020年11月24日)
- ジュリー・ビンデル「性売買サバイバーの発言を封じようとする誹謗中傷が失敗に終わる」(2020年8月14日)
- ジュリー・ビンデル「ピンプと買春者の組合」(2020年5月19日)
- ジュリー・ビンデル「ジョセフィン・バトラー:われわれの時代のヒロイン」(2020年3月24日)
「ジュリー・ビンデル「いや、売買春の非犯罪化は性暴力を減らさないだろう」」への1件のフィードバック