【解説】以下は、「女性人身売買反対連合(CATW)」の理事長であるテイナ・ビエン・アイメさんの最新の論考です。本人の許可を得て、ここに訳載します。
テイナ・ビエン・アイメ
『ミディアム』2022年3月1日
クリント・スミスは、著書『How the Word Is Passed』の中で、ある女性の話を紹介している。少女だった頃、「ご主人さま(master)」が夜になるとやって来て、ベッドの上から姉を引きずり出して連れていった。姉は、夜明け前、フラフラになり傷だらけになって小屋に戻された。
スミスはまた、19世紀半ばにルイジアナで奴隷になったジュリア・ウッドリッチのことも書いている。彼女の母親は15人の男との間に15人の子供をもうけた。ホイットニー農園の壁には、「彼女は売られるたびに別の男を手に入れた」と刻まれている。現在この農園は、そこで奴隷として生き死んでいった人々の人生を称える博物館になっている。
「奴隷制を理解するためには、それが女性にとって何を意味したかを理解しなければならない」と、農園のツアーガイドはスミスに語った。
アメリカの奴隷制時代、黒人女性は最も利益を生む資産の一つだった。大西洋を横断する奴隷貿易が法的に終了した1808年の時点で、米国には約100万人の奴隷が住んでいた。60数年後、奴隷解放宣言によって奴隷制の廃止が宣言された時点で、黒人の人口は450万人にまで増加していた。この巨大な成長は、アメリカとラテンアメリカ、カリブ海諸国との間で奴隷貿易が継続していたことも一因であった。しかし、それは黒人女性のレイプ、強制妊娠、売買春、性的人身売買の直接的な結果でもあった。
これらのとくに恐るべき行為は、米国における奴隷制の終焉とともに止むことはなく、今日の性売買の中で生き続けている。そして、売買春のシステムを理解するためには、それが黒人女性にとって何を意味しているのかを理解する必要がある。
最初の奴隷船が黒人女性をアメリカ大陸に運んで以来、彼女たちは性的搾取の格好のターゲットになってきた。今日、黒人の女性と少女は米国人口の約6%を占めるが、多くの州やカウンティにおいて、買春される人口の50%以上を占めることもある。同様に、1492年以来蹂躙されてきた先住民姉妹は、現在では米国の全人口の約1~2%しかいないが、いくつかの地域では被買春者の70%を占め、赤線地帯では性行為のために売買され、母親がつけたものとは違う名前で呼ばれている。
21世紀の売買春制度と前世紀の奴隷制度とを同列に扱うことは、たとえどちらも搾取者の利益と国家の利益のために人間を商品化する制度に依存しているのだとしても、不正確であろう。一つには、売春は一見したところ奴隷制のようには見えない点だ。ストリップクラブ、エスコート売春、ポルノを含む性産業は、私たちの日常生活の中であまりにも普通に行なわれているため、そこで売買される人々に虐待と破壊的影響を与えていることがわからない。しかし、奴隷制度と同様に、性産業は世界的に数十億ドル規模のビジネスであり、各国の経済成長に貢献している。そのため、性売買は私たちの日常生活の中で受け入れられ、避けられないものだろか、必要悪だとか、あるいは賞賛すべきビジネスだなどと代わる代わる表現されてきた。同様に、奴隷制も性売買も、人間性を奪い、モノ扱いすることが、罪悪感なしに人間を購入し消費するための前提条件である。
奴隷制と性産業において黒人女性に負わされる性的トラウマに関しても、後者では彼女たちが自由に闊歩しているように見えるとき、比較が難しくなる。詩人であり女性の権利活動家でもあったオードリー・ロード〔著名な黒人フェミニスト〕が「42番街に並ぶ娘たち」と呼んだ女性たちである。ピンプであれ、売春店経営者であれ、親密なパートナーであれ、彼女たちを搾取する者たちは、文字どおりの手枷足枷を必要としない。私たちの集団的無関心が、うまく機能している強制と支配の結果に対して私たちを盲目にするからだ。
『ニューヨーク・タイムズ』紙のコラムニスト、チャールズ・ブローは「白人至上主義の支柱は家父長制的性差別である」と言う。だが、男性至上主義の支柱は、白人のそれであろうと他の何であろうと、売買春である。5000年もの間、家父長制はさまざまに形を変えながら女性や少女に対して残虐行為を行ないつづけ、その被害を巧みに隠蔽し、最終的にはそれを無害なものだとして免罪した。
その一例は、現在「セックスワーク」という用語が浸透していることである。性売買に対するこの婉曲表現は、私たちの文化におけるこの売買春の実態を危険なまでに歪め、言語を絶する貶め、セクシャルハラスメント、性的アクセスに対する男の権利を覆い隠す手段にした。
「セックスワークは仕事(Sex work is work)」という支配的なマントラは、現在の倫理観に深く浸透しており、全米の大学で若者たちをガスライティングし、主流メディアに影響を及ぼし、売買春の残酷な現実に立ち向かうのではなく、むしろそれを浄化している。このよう状況はまた、性産業が華やかでエンパワー的だという幻想を打ち砕くような生きた経験を持つ人々の口をふさぐという破壊的な副作用をもたらしている。
売買春サバイバーで被害者主体の組織「ブレイキング・フリー」の創設者ヴェドニタ・カーター〔黒人サバイバーのアボリショニスト〕はこう語る。「私が『現役』だった頃、クラブやポールダンスで私を見た人は、『あの子は働いているんだ』と言うことで、自分の目の前の現実を美化することができたんだと思う。実際には、買春者が私のところにやって来るたびに身の危険を感じていたのに」。「黒人コミュニティにおける売買春は、奴隷制度に由来し、人種差別に基づくものだ。黒人女性や黒人の少女は、アメリカの地に降り立って以来、ずっと『買春』されてきた。だから、売春はけっして『仕事』ではないし、そう考える議員がいなくなるまで、私は闘い続けるつもりだ」。
ヨーロッパの啓蒙時代は、個人の自由、進歩、寛容、立憲政府という革命的な諸思想で世界を豊かにした。だがそれと同時に、これらの進歩的思想家たちは、植民地主義、奴隷制度、制度的なミソジニー、何百・何千万人もの人間の搾取を正当化する論拠をも作り上げた。
今日、いわゆる進歩的な政治団体が、候補者に対する支持と引き換えに性売買の非犯罪化を支持するよう求めるのは、このような負の歴史を繰り返すものである。地方検事が性売買を、お金を払って行なわれる性犯罪ではなく、男権に基づく無害な娯楽とみなすとき、彼らはこの暗い遺産の足跡を忠実にたどっている。黒人の社会正義運動が、銀貨のたんまり入った袋と引き換えにピンプ行為を合法化しようと呼びかけるとき、彼らはヴェドニタ・カーターのような黒人姉妹たちを裏切り、性暴力の痛ましい歴史を消し去っているのだ。
私たちが真実と和解のために開くべき道は、私たちの中で最も弱い立場にある人々を性産業に従事させるような、時代に逆行する法律を求めることではない。そうではなく、各州は、底辺に生きる人々が性的搾取を受けることなく生きていけるチャンスを提供するような政策を実施しなければならない。黒人女性が次の世代に伝えようと努力しているのは、尊厳と平等への希望を称える遺産であって、再ブランド化された人肉市場のための競売台に私たちを売り続ける遺産ではない。
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